蒸気空船2
「……なに?」
「かつて魔法文明全盛期だった頃は、空はあなたがた魔法使いの専売特許でしたが、飛行機械の発達によって、上空から調査して王国内の版図はほぼ完成しているのですよ。だからかつて魔法使いたちがひた隠しにしていた秘密の場所は、今やほとんどが明らかになっているんです。塔の存在もそのひとつです。あなたの塔も、存在自体は数年前から判明していましたよ」
「そうだったのか……」
これはカナタにショックを与えた。魔法使いギルドが存在していた頃でさえ、各魔法使いは秘密主義を通していたと聞く。ギルドが解散してからは交流を行う場さえも消滅してしまったため、ほかにどのくらい魔法使いが残っているのかを把握することすら困難を極めていた。
「ダークエルフは塔を起動させていた……ということは、塔の起動が、魔族にとってなにか有利になることだということになります」
カナタはうなずいた。
「で、塔の数は全部でいくつあるんだ?」
「あなたの分も含めて三つです」
ゴトはわずかにためらったのちに、口をひらいた。
「来てください」
艦橋の中央部には巨大な地図が拡げられていた。カナタとリシテアはうながされるままその前に立って地図を眺めた。
「これは……」
「王国の版図です」
「すごい……」
リシテアが思わず感嘆するほど見事な出来の地図だった。
薄い革製の薄茶色の表面に、焼き印のように描かれているそれは、町々の位置だけでなく、幾本もの川、広大な森の木々、広陵に山といったあらゆる地形が、事細かに描写されていた。
まるで実際にその光景を目にしているかのような細かさに、カナタは目を見はった。相当値の張る地図に違いなかった。
「あなたがたがいた塔はここです」
ゴトが指さしたのは、地図の西端にある広大な森林の中であった。指されている場所の一点に塔らしきものはなかったが、その場所は上空から見たときの景色とかなり似通ってみえた。
「そして本艦の位置はここです」
彼は指先をそのまま東側についっと動かしていった。ほぼ地図の中央にある王都をすぎて、だいぶ右側を指した。
五日間をかけて、王国領土内をほぼ横断したという形になる。蒸気空船という地形に影響を受けないことを考慮しても、かなり速度がはやい。
「どこを目指しているんだ?」
「ここです」
ゴトはわずかに指を上のほうへずらした。そこには王国内で第二の都市とも言われる城塞都市ロマモートだった。
「ダークエルフを追っていると思っていたが……」
「そうですよ?」
ゴトはさも当たり前のように返した。
「こんな人間のいる大都市に、魔族が逃げこむのか?」
「目的を考慮すると、その可能性が高いですね。この都市の地下には、例の塔があるのですよ」
「ほう……?」
カナタは塔の場所は荒野のどこかにあると思いこんでいたのもあって、素直に驚いた。
「こんなところに塔が?」
「魔法使いギルドがずっと管理していましたが、ギルドが解散したことで今は軍が管理を引き受けています。相手がどんなに凶悪だったとしても、さすがにここは後回しにされたようです。そのおかげで、動きは読みやすかったですがね」
「来るのか? 本当に。いくらなんでも、王国第二の都市だぞ」
「来ますよ。きっと」
ゴトは確信めいた力強さでうなずいた。
「根拠は?」
「カナタさんの塔で確信しました」
「俺の……塔で?」
ゴトはカナタにうなずく。
「一つ目の塔……つまり、カナタさんの塔の前の話になりますが、それが起動されたという報告を魔法使いギルドが持ってきたのは、今から一ヶ月も前もことです」
現在残っている唯一の魔法使いギルドは、王都にひとつだけだ。残りの魔法使いギルドは代償問わず今は存在していない。科学技術の発展により不必要となったのが大きな要因だったが、魔法使い自体が人々から恨まれすぎていた。それは地方ほど強く、特権階級をかさにやりたい放題していたところほど、徹底的に文字通り破壊された。決して安いとは言えない機械を各地が積極的に導入していったのは、ひとえに魔法使いに頼らず自立したいという、村の思惑が大きい。
「一つ目の塔を管理していたのは、ギルド長ガーラフでした」
五十年前、魔法文明衰退のきっかけを作ったとされる時忘れの森――通称エルフの森――焼失事件の当事者の一人であり、当時を知る魔法使い唯一の生き残りでもある。ギルド解体の原因ともされる事件の当事者がなぜギルド長に収まっているのかというと、ひとえに、ほかに実力のある魔法使いが残ってないというのが理由だった。
「しかし彼はもう年で、まともに動けない身体になっていましたし、塔は領土のほぼ北限……つまり、危険な魔物の集まる最も危険な場所に近かったものですから、長年放置されていたような状態だったようです。それでも、塔と魔法使いにはなんらかの繋がりがあったようで、それで報告があったわけです」
「じゃあ、なにもせず一つ目の塔は起動されちまったってことか」
「そうなりますね」
「それで、俺のほうに来たわけか」
「正確には違います」
ゴトは言った。
「塔との関連性に気がついたのは、あなたたちを回収したあとに、そういう報告があったことを思い出したからです。私たちの目的は、ダークエルフを追うことにありました。先ほども話しましたが、このダークエルフは魔物の先導的な立場にあることは明白でしたから、ずっと追っていたのです。その先にあなたの塔があるとは、まったく考えの埒外でした。あなたから話を聞けたおかげで、あの遺跡がダークエルフにとって意味のあるものだったらしいことがわかったのは、まさに収穫でしたね」
「じゃああそこに俺たちがいなかったら……」
「もしかしたら、遺跡を破壊したという実績だけが残ったかもしれませんね」
タイミングよくカナタたちが居合わせたことによって、ただ破壊されるだけだった塔の重要性だけでなく、停止することもできた――一度起動してしまったものを停止することに、どんな意味があるのかはわからないが――。
「それで、敵はどうやって攻めてくると考えているんだ? 国内第二の城塞都市に、手ぶらでやってくるとは思えん」
「同感ですね」
ゴトは盤面の横に重ねていった小さな紙片をいくつか拾い上げた。
「これは軍の収集した情報の一部ですが、ここ数日にかけて、北東方面で大規模な魔物の移動がわかっています」
「大規模な魔物の移動? それってまさか……」
「ダークエルフである可能性としては高いでしょうね」
カナタは地図を俯瞰してみて、北東方向で動いているという魔物の群れを想像してみた。そしてふと気がついた。
「いや、ダークエルフだけではないかもしれない……」
ゴトは地図上から顔をあげて、カナタを不思議そうに見た。
「と、言いますと?」
「この蒸気空船は全速力でロマモートに向かっているのに、まだ到着していない。それなのに、陸路を行くダークエルフが、それよりさらに遠い北東にこんなにもはやく着けるものなのだろうか?」
「ふむ……事前にそうするよう指示をしていた、というのは?」
「魔物は本来、集団で行動することはない。言うなれば、複数の異なる種の肉食獣同士ががタッグを組んで獲物を追うようなものだからな。事前に指示するだけでそんな芸当ができるとはとても思えん。もしできるとなると、逆に今までどうしてそれをしてこなかったのか、という疑問が起こる」
「確かに……」
ただ、カナタの片隅になにかひっかかるものがあった。自分の話は一見筋が通っているように思えたが、なにか違う気がして仕方がなかった。
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