古代の塔3
二人は先ほどまでダークエルフの立っていた入口に飛びこんだ。
そこには、蒸気機関を動かすのと同様な機械類で埋めつくされていた。それは吹き抜けの塔の壁面をびっしり覆っており、中央部にある、とりわけ巨大な機械からは、一本の巨大な円筒形の機械が頂上まで延びていた。それらはすべて起動していることを示すかのように、あらゆるボタンや計器が光ったり針が振れたりしていたが、蒸気機関とは異なり、無骨なパイプも歯車のきしむ音も、鼻をつく潤滑油の匂いもしなかった。
カナタは中央にある巨大な機械にとりつくと、記憶を辿るように並んだボタン類の上をなぞった。
「リシテア……」
カナタは機械に視線を落としたまま、膨大な機械に圧倒されて立ちつくしているリシテアに声をかけた。
「お前……ほんとうにエルフなのか?」
そう言ってリシテアを振り返ったカナタは、悲しそうだった。リシテアは無言でうなずいた。
「じゃあその耳は……」
リシテアは自分の耳をなでた。その上部は不自然な形をしていた。
「エルフだってわかるとなにをされるかわからないから……切ったの……あの奴隷商人には通じなかったけど……」
(なるほど……だからあのクソ野郎、あんなに悔しがってたのか)
「ほんとはお前、いくつなんだ?」
「ご……五十代……」
エルフの森が焼き払われてエルフがその地を追われたのは五十年前。
――生まれて間もない頃にあんな目に遭ったのか……。
カナタは唇をかみしめた。
「そんな見た目で、俺より年上だったのかよ……」
「今、そこ気にするところ……?」
カナタがふっと笑うと、リシテアもつられて微笑んだ。
「……悪い。お前に手伝ってもらいたい。こっちに来てくれ」
リシテアが駆けよってくると、カナタはテキパキと説明をはじめた。
「この文字は今まで古代文字だと考えられていたんだが、あのダークエルフの言い分が正しければ、エルフの文字だったらしい。お前、これが読めるか?」
リシテアは計器のあちこちに書かれている文字に目をこらした。それはところどころ削れていたり消えていたが、かろうじて文字の形を保っているところもあった。
「私も全部はわからないけと……読めるものもある……」
「こいつが機械なら、停止させるための方法があるはずだ。停止ボタンとか、なにか、そういうものはあるか?」
「待って……探してみる」
直後、塔上部の壁面が爆発した。
一瞬にして発光しているパネル類のあちこちに赤いランプが灯りはじめる。
リシテアは文字をなぞるようにして読んでいた。五十年間――それもはるかに幼い頃に見たきりの文字だ。言葉ならともかく、文字ともなるとわけが違った。
それでも彼女は、そこら中に書かれている文字はまったく無視して、貴族たちに散々自慢されてきた蒸気機関の仕組みを頭に描いていた。
人であれ、エルフであれ、機械製品を作るときその思考は似通うはず――。
つまり、なにかあったとき『緊急停止』をさせるためのものは必ず存在すると考えた。そしてそれは、わかりやすく、それでいてうかつに押せないようになっているはず――。
彼女の視線は一点に集中した。
それはコンソールの片隅にあって、そこだけ不自然に、小さな箱のようなもので覆われていた。すっかり侵食されていたため、赤茶けてコンソールと一体化していたが、その箱をなぞって錆を落としてみると、はっきりと文字が書かれていた。
『イシエツ ウキュニク』
リシテアは指さして叫んだ。
「これ! この中にあるボタンを押して!」
「よしきた!」
やきもきしてリシテアを見守っていたカナタは、腕まくりをする勢いで箱を叩きつぶした。
「どうだ!?」
しかし機械は止まらなかった。
「どうして!?」
再び塔の外壁が爆発し、破壊された瓦礫が轟音を立てて降り注ぐ。次々と爆発が起こり、内部全体に激しい放電が起こった。
「くそっ!」
カナタが破壊した箱の残骸を払い落とすと、そこにはボタンなどなかった。代わりにあったのは、ガラス状のパネルであった。
リシテアがコンソールの上に飛び乗り、そのパネルに手のひらを押し当てた。するとパネルがかすかに薄緑色に発光し、どこからともなく声が響いた。
『イサドゥケティシ エッサホ ティシエト――』
「イシエト! イシエト! イシエト!」
どこからかの声が話し終わる前に、リシテアは何度も叫んだ。
『アティサミシキスニノ オドナモキ エスノ』
突然、機械たちは力を失ったかのように止まった。ほぼ同時に、塔の崩壊がはじまった。
カナタはリシテアを抱えるようにしてコンソールから引きずり下ろした。直後、リシテアの残像がまだ残るそこへ、崩落してきた巨大な破片が降りそそぎ、コンソールはめちゃくちゃになった。
塔の上部は粉々に砕け、支えを失った中央の円筒形はいくつかに破断した。出口はとっくに潰れており、塔全体がひしゃげて雪崩のように崩れはじめた。
カナタは床に手のひらを押し当てた。その直上には崩れた塔の外壁が迫りつつあった。
「大地よ! 我が命じる! 汝は我らが盾なり! 今すぐ力を――!」
大量の石や金属が、土砂のように二人の上に降り注ぐ。その上から折れた円筒形が折り重なり、倒壊した塔の外壁がのしかかってきた。
土煙があらゆるものを濃霧のように覆いかくし、崩壊の轟音が静まるにつれ、痺れたままのような大気に静寂が戻ってきたのだった。
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