古代の塔2

 絶え間なく続く大砲の爆風にあおられ、ノトリはうろたえた様子で降下に制動をかけた。それを待っていたかのように、各艦の甲板から銃弾の雨が下から降ってきた。

 ノトリは急激な角度でターンを繰り返し、きりもみするように落下しはじめた。


「おい! 大丈夫か!?」


 しがみついているのでやっとだったカナタは、リシテアが振り落とされないよう――彼女は半ば宙に浮いていた――抱きかかえながら叫んだ。


 ノトリは弾幕の中に突っ込み、轟音轟かせて連射する蒸気空船の側面で翼をめい一杯広げると、大砲のまき散らす煙の陰に隠れて巧みに攻撃から逃れた。

 木々の作る稜線ギリギリをかすめるように飛び、塔の周囲にあるわずかな空き地に、たたらを踏むように着地すると、そのまま横倒しに転倒し、積んでいた荷物がなにもかもバラバラになった。

 振り飛ばされたカナタはリシテアをなんとか空中でキャッチすると、そのまま地面で何度か転がり、すぐに立ち上がったかと思うと、リシテアを抱えたままノトリの元へと駆け寄った。


「おい!」


 ノトリは苦しげにクウと鳴いた。胸元から血が地面に染み出していた。


「おいおいおい……」


 カナタは止血しようと血のあふれ出す個所を押さえるが、その個所はあまりに多すぎた。リシテアも慌てて傷口を押さえたが、指の隙間から心臓の鼓動に合わせて血があふれ出した。


「ああ……」


 しかし鼓動も急速に静かになっていき、やがてなにも動かなくなった。

 大砲の爆音が、遠雷のようにこだましている。塔の周辺は平和だった。塔を取り囲むように透明な膜があり、砲弾が当たるたびに反応して青白く光った。


「外が騒がしいと思ったら、お前たちか、魔法使い」


 塔のほうから女性の声がした。

 二人が振りかえると、塔の入口に、褐色の肌をあらわにした若い女性が立っていた。獣の皮でかろうじて最低限の個所を覆っており、その上から黒いマントを羽織って、かすかにゆらめいている。


 特徴的なのはその耳だった。人間のそれとは違い、耳の上部が尖っていた。


「エルフ……」


 リシテアはつぶやいた。


 カナタは立ち上がると、褐色のエルフに向きなおった。


「ダークエルフか」


 彼は指先でホルダーを探った。


「やめておけ、魔法使い。私は争う気はない」


「お前がどう考えていようが、俺の知ったことではない」


 怒りに燃えるカナタを、ダークエルフは冷笑した。


「愚かな。一時の感情で物事を考えるとは。戦えばその小娘がどうなるかもわからんのか」


 カナタの指がピクリと止まった。


「その鳥は、死んだのか」


「ああ」


「哀れなことだ……」


「お前が殺したんだ」


 ダークエルフの端麗な顔立ちが曇った。


「私ではない。私はなにもしていない。その鳥を殺したのは、外でなにやらやっている人間どもだろう」


「お前のせいだ。お前が、そこでなにかしているから」


 ダークエルフはため息をついた。


「魔法使い。私はそちら側ではないから、そのように考えたい気持ちはわからないではない。が、魔法使いよ。貴様はそうまでして人間側につく理由はなんだ? 事実を見よ。真実を受け入れよ。人間どもが魔法使いたちになにをやったか、思い出してみよ。なぜそこまで人間側につこうとするのか」


「……ここでなにをしていた」


「お前はこの塔の管理人か……。なるほど。お前は、この塔がなんの目的で作られたものなのか知るまい。これはエルフの塔だ。私たちが作った場所だ」


「それがどうした。今は俺たちのものだ」


「本来の所有者に権利を戻しただけのことだ。お前たちでは、この塔を起動させることすらできていなかったのだろう」


 カナタは押し黙った。それで、そうなのだとリシテアも気づいた。


「……この塔は封印し続けなければならない。決して起動することがないように」


「意味はわからなくとも、行為は残る……か。いかにも人間らしい伝統の継ぎ方だ。だが、時代は変わったのだ。昔と今は違うように、この塔の目的も変わった。むしろ、このために長らく封印していたとも言えるかもしれん……」


 ダークエルフは一人つぶやくように小さく笑った。カナタはダークエルフをにらみつけた。


「意味がわかるように話せ」


 ダークエルフは楽しそうに口をひらいた。


「人間たちの時代は間もなく終わる、という意味だ、魔法使い。人間たちは世界を壊しすぎた。もはや奴らを滅ぼさなければならない時が来たのだ」


「魔法使いを刈りつくしてもまだ足りないのか」


 カナタの言葉に、ダークエルフは一瞬キョトンとして、それから高笑いした。


「勘違いも甚だしいことだ。我らの森を焼いたから、我らが復讐のために魔法使いを殺して回ったと? そんな芸当ができるのであれば、燃やされる前にしているわ。魔法使いよ、貴様は圧倒的に知識が足りぬ。それでよく魔法使いなどと名乗れたものだ。残り少ないという生き残りの一人が貴様とは、実に嘆かわしいことだ」


 カナタの握ったこぶしがブルブルと震えた。砕けてしまうのではないかと思われるほど歯をかみしめ、その目は血走って火を吹きそうだった。


「愚者をもてあそぶのは心地よいが、存外時間を取ってしまった」


 ダークエルフはそう言うって上空に視線を向けた。


 砲撃の雨は続いている。それに耐えきれなくなりつつあるのか、膜は薄くなり、今にも貫通してきそうになっていた。


「待て」


 カナタが静かに言った。


「お前はどうやら魔族の中でも相当な実力者らしい。ならば好都合だ。ここには王国軍の主力艦が大勢いる。その砲撃なら、いかにお前でも耐えられまい」


 ダークエルフは楽しそうに笑った。


「ほう。自己犠牲か。殊勝なことだ。その子供のことはもういいのか?」


 リシテアは身構えた。


「私も戦える」


「ふむ……?」


 ダークエルフはリシテアを見つめると、眉を寄せた。


「アクフレ アへアモ」


 リシテアはビクリとして、たじろいだ。


「ウルシエグナク オメデュティオウェアモ アヒタティサトウォ レクトウィキヌオイアネラマル イエジエサクオシラハイ」


 ダークエルフはそう言ってふっと笑った。彼女が手で合図すると、塔の陰から巨大な狼が姿を現した。それも一匹ではない。四、五匹はいた。


(フェンリルか……)


 一匹倒すためには部隊が必要と言われるほど化け物クラスの魔物だった。ダークエルフは汗まみれになっているカナタに微笑みかけた。


「今回は見逃してやろう。お前たちと違って、絶滅種には優しいのでな」


 そしてリシテアのほうを向いた。


「イオコメデュティ アラッタワカギク」


 ダークエルフはフェンリルの背中にまたがった。


「さらばだ。魔法使い、そして同胞よ。お前たちの鳥は、不可抗力とは言え私に一因がなかったとは言えまい。お詫びする。安らかにあれ」


 フェンリルは首を返すと、出てきたときと同様にさっと塔の陰に飛びこんで消えてしまった。


 カナタはリシテアのほうを振り返った。


「お前……エルフだったのか」


 そのとき、ついに膜の一部が破れて爆音がカナタたちの耳を突きさした。振動で崩れた塔の瓦礫が、カナタたちのすぐそばに落ちてきた。


「くそ! 話はあとだ! 塔を止めなければ!」

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