古代の塔1

 雲の上に出て飛び続けること数時間。

 雨の終わるところをさらに越えてからわずかに高度を落とした。眼下には森が延々と視界の果てまで続いている。


「すごい森……」


 リシテアは下を見ながら身震いした。


「魔物であふれていそう」


「危険な森だ。リシテア、戦闘に備えて、俺の鞄から何本かみつくろってくれ」


 リシテアはうなずいて自分のところに鞄をたぐりよせ、開いてみて絶句した。


「リシテア?」


 小刻みに震えるリシテアに気がつき、カナタは声をかけた。


「カナタさん?」


「は、はい……?」


 これは怒っているときの反応だった。しまった、と思ったがもう手遅れだった。別のことに気を取られて、うっかり聖域に踏みこませてしまった。


「必要なものとは、なんでしたっけ?」


「あ、あの……小瓶を何本か……」


「それを私に、このゴミ溜めの中から見つけ出せ、と?」


「いや……あのですね……だいたい右奥のところにたまってると思うんで、そこから何本か取り出してもらえれば……」


「それを私にやれ、と?」


「あの……いえ……じ、自分でやります……」


「よろしい」


 鞄を乱暴に渡されて、カナタはその重みにうめいた。


「次、落ちついたら、その中身、全部整理するから」


 リシテアの声には怒気が含まれていた。


「ぜ、全部……ですか」


「文句ある?」


「いや……ないです……」


 カナタはシュンとしながら、自分の行った取り返しのつかないことを激しく後悔しつつ、鞄の中身をあさった。


(確かに物が多いことは認めるが、少し多いくらいじゃないか……)


 鞄の中をガラガラとかき回しながら、心の中でつぶやく。


「カナタ」


 突然のリシテアの呼びかけに、カナタは飛びあがりそうになった。


「な、なにも考えていませんよ?」


 振り返ったリシテアは、なに言ってるの、とでも言いたげに眉をひそめた。


「あれ」


 指さす方向を見ると、森にほど近い低空を日の光を受けてキラキラと銀色に輝く点々が、十個近くあった。


「あれは……蒸気空船。なんでこんなところに」


 嫌な予感がした。魔物のひしめく森で、蒸気空船の一団がうろついている。どんなに好意的に解釈したとしても、裏があるとしか読めなかった。


「なにか探してるみたい」


 リシテアが指摘する。その通りだった。蒸気空船の一団は等間隔の距離を保ち、低空をゆっくりと進んでいた。まるで網をはって、なにかを追い立てているかのようだった。


「まずいな……」


 カナタはつぶやいた。


「なにが?」


「ここに来た目的地が近い。蒸気空船と接触するかもしれない」


「見つかったら、なんかあるの?」


「撃たれるかもしれない」


 リシテアは目を見開いた。


「いくらなんでも、それはないんじゃないの?」


「魔法使いがどう見られているか、お前が一番よく知ってるだろ。五十年前の事件のあと、多くの魔法使いが殺された……。人間に殺されたんだ。復讐だとか、恨みだとか、つぐないだとか、そういういろんな理由でな。今でこそ落ちついたが、それでも特に軍部の連中は未だに魔法使いを根絶やしにしようって奴は多いと聞く」


「あの蒸気空船は、軍隊?」


 カナタはうなずいた。


「隊列の組み方と言い、あんな数を揃えられるのは軍しかいない」


「じゃあ見つかったら大変なことに……」


「近づいてみよう。奴らがなにをするつもりなのか気になる」


「見つかったりしない?」


「こっちはあの金属野郎どもと違って光を反射する物はないし、こっちのほうが上空にいる。奴らが下ばかり気にしているならまず見つからないし、見つかったとしても追いつかれる前に逃げられるさ」


 カナタはノトリに指示を出し、念のためさらに高度を上げて雲に隠れるようにしながら、蒸気空船団の直上までやってきた。

 船団は綺麗な横隊を組み、森のてっぺんをかすりそうなほどの高度を保って進んでいた。その進む方向を目で追っていたカナタは、内心舌打ちした。


「まずいぞ。奴らのむかう先に、目的地がある」


「え?」


 リシテアがその方向に目をこらすと、森のうっそうと茂る木々に埋もれるようにして、明らかに異物ともいえる塔らしき人工物の頭が飛びだしていた。しかしあちこちが草や根に侵食されており、半ば倒壊しかかった廃墟のように見えた。


「あんなところが目的地だったの?」


「見つからなければいいんだが……」


 まだ距離はだいぶあるとはいえ、発見されるのは時間の問題のように思われた。

 そのとき、塔の頂上部分がほのかに輝きはじめたことにリシテアは気がついた。


「カ、カナタ……あれは大丈夫なの?」


 鞄をゴソゴソとやっていたカナダが顔をあげて、真っ青になった。


「まずいぞ……これはまずい!」


 カナタは大急ぎで鞄の中をあさりはじめた。


「見つかっちゃう?」


「いや、そんなレベルじゃねぇ。誰かが塔を操作しようとしている!」


 カナタは見つけ出した小瓶を手当たり次第にホルダーに入れていく。


「他の魔法使いとか?」


「あれは俺の担当なんだ。俺しか知らない。そもそもこんな森の奥にくるような物好きな人間はいないだろ。くそっ。軍隊といい、やばい予感がしてきたぜ」


 そしてノトリに塔まで一直線に目指すように指示を飛ばす。


「あっ! カナタ!」


 蒸気空船の側面が一斉に発光した。


「奴らも見つけたらしい」


 すさまじい爆音が衝撃としてノトリを揺らした。塔の周囲に爆発が広がっている。


「なんで塔を攻撃するのよ!?」


「俺が知るか!」

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