魔法を使う者3

「魔法使いめ!」


 村長の息子は、カナタに向かって怒鳴りちらした。


「何度言えばわかるんだ! 雨が降り出したら、ただちにそれを止めろと言ったはずだ!」


 カナタは肩をすくめた。


「夜に降りはじめられても、起きたときでないと気づきようがない」


「気づくやりかたはいくらでもあるはずだ、魔法使い! 父の恩を忘れやがって、だからお前らは破滅したんだ!」


「家を使わせてもらってるぶんの仕事はちゃんと果たしているだろ」


「お前にそんなことが言える権利があるとでも? 誰のせいでこんな世界になったと思っているんだ、魔法使い! お前らは一生奉仕したって返しきれないほどのことをしでかしたんだぞ。それが言うにこいて、家分の仕事はしている、だと? いつまで普通の人間でいるつもりなんだお前は。家畜なんだよ、お前は。家畜なら家畜らしく……」


 村長の息子が、口をひらいたまま固まった。カッと見開いた目が、じわじわと恐怖に染まっていく。カナタは指先でなにかをつまむようにしていた。


「は、はなへ……」


 村長の息子は口を開けたまま苦しそうに言った。


「ずっと思っていたんだが……」


 カナタは静かに言った。


「数ヶ月あんたと関わってきてようやくわかったよ。あんたの特技は、どうやらそのよく回る舌のようだ。あんたの言うとおり、俺はあんたに、なにか返してやらないといけないかもな。それで、たった今、ふと思いついたんだ。その舌を二つに裂いたら、もっとおしゃべりになれるんじゃないかってな」


 村長の息子は、口元からなにかをはがそうとするかのようにもがいた。しかしただ空中をかくばかりで、かえって彼の舌が口から少しずつはみ出しはじめていた。


「へ、へめら……」


 村長の息子が涙を浮かべながら言うのを、カナタは無視した。


「あんたはどう思う? 俺はこれまでのことの礼を是非したい。実にあんた向きの提案だと思うんだが」


 村長の息子は必死になって首をふる。


「カナタ……」


 そのとき、背後からリシテアの声がした。

 カナタはわずかな間目をつむると、息をついた。

 とたんに、村長の息子は枷が外れたように膝から崩れ落ちかけた。まだ濡れている地面に倒れそうになるのを、カナタは抱きとめるようにして受け止めた。

 そして彼の耳元にささやくように言った。


「俺たちはもう村を出る。いいな?」


 村長の息子はコクコクと力なく首を縦に振った。

 カナタは彼をちゃんと立たせると、ホコリを払うように彼の服をはたいた。


「さあ行け。坊ちゃん。もう会うこともないだろう」


 村長の息子はたたらを踏みながらきびすを返すと、理解できない悪態をつきながら駆けていった。


 カナタは大きく息をつくと、頭をガシガシとかきむしった。バツが悪そうに振り返ると、リシテアはもうすっかりでかける準備ができていた。


「もう少し遅かったらよかったかしら?」


 リシテアは意地の悪い笑みを浮かべた。


「嫌なガキだ」


 カナタはそう言って笑うと、リシテアの頭をなでた。それをリシテアは嫌がってはらいのける。


「子供扱いしないで」


「へえへえ」


 指笛を短く吹くと、納屋からノトリがノソノソと現れた。


「今度はどこに行くの?」


「王都を目指す」


 リシテアの眉間にしわが寄った。


「ずいぶん遠いわね……」


「途中でいくつか村や町を経由しないといけないだろうな。王都に着くまでにやっておきたいこともある」


「魔法使いって、もっと暇人なのかと思ってた」


「刺激的で面白おかしい冒険の日々さ」


 カナタがすましていうと、リシテアはふうん、と目を細めた。


「刺激的……ねえ」


「嫌か?」


「まさか」


 リシテアはノトリに荷物を結びつけながら言った。


「次にあなたがどんな方法で相手を拷問するつもりなのか、興味があるわ」


「手厳しいね、ほんと」


 リシテアをノトリに乗せてやってから、カナタは自分もノトリに飛び乗った。


「雨の中を飛ぶことになる。さっきの魔法、できるか?」


「……私、結構つかれてるんだけど」


「若いのに意外と体力ないんだな」


 リシテアはムッとした様子で、抱きかかえるようにいるカナタの胸元にむかって、後頭部で勢いよく頭突きしてきた。


「ぐふっ……」


「こういうときこそ、師匠としての腕を見せるときじゃないの?」


「はいはい。わかりましたよ」


 カナタは面倒くさそうに呪文を唱えた。

 ノトリの周囲を囲むように球体の薄い膜が形成される。


「よし、行け」


 カナタの言葉を合図に、ノトリは羽ばたいた。村を囲む膜を突き抜けると、豪雨がバチバチと猛烈な音を立てはじめる。雨特有の油っぽい匂いが、膜を貫通してくる。


「ねえ」


 リシテアが頭だけカナタのほうに向けて声をかけてきた。銀色の髪がさらさらと揺れる。


「なんだ?」


「この雨って、魔法使いのせいって本当なの?」


 カナタは苦虫をかみつぶしたような顔をした。魔法使いが忌み嫌われる最大の原因に、この子は躊躇なく踏みこんできた。


「魔法使いがこんな世界にしたって、私はずっと聞かされてきたんだけど」


「どこで聞いたんだ、そんな話」


「私はずっと奴隷だったのよ。しかも貴族たちの。ずうっとそうだった。彼らは雨が降るたびに、魔法使いが憎い憎いって、そればっかり言いあってたわ」


「なら……そうなんだろ」


「……なにそれ」


 ぶっきらぼうなカナタの言い草に、リシテアは腹が立ったようだった。


「違う、とでも言って欲しいのか?」


「私は本当のことを知りたいの」


「そんなことを知ってどうする」


 リシテアは明らかにイライラしはじめていた。


「嘘なの? 本当なの? どっちなのよ」


「実は……」


 カナタは少しだけ息を止めた。


「俺も知らん」


「は?」


 リシテアは目をぱちくりさせた。


「なにそれ? 冗談でしょ?」


「いや、マジで知らん」


「なにそれ……ほんと意味わかんない」


 リシテアは怒りの矛先を見失ったように頬を膨らました。


「ほんとのほんとに知らないの?」


「ああ……ただ、世界がこうなった契機なら知ってる。時忘れの森の焼失。あれがすべてのはじまりだったと言われている」


「時忘れの森……エルフの森ね」


 リシテアはそういうと、悲しそうな顔をした。


「魔法使いたちが地位を失ったきっかけとなった事件だ。今から五十年も前の話だぞ。俺、まだ生まれてないし」


「そうなの!?」


 リシテアは心底驚いた様子でカナタの顔をマジマジと見つめた。


「とっくにそんな年だと思ってた……」


 カナタはその言葉にショックを受けた。


「どんだけ老け顔なのよ、俺……」


「むしろその場に居合わせてました、くらいなレベルだと思ってたのに……」


 リシテアがさらに追い打ちをかけてくる。その一言一言がカナタの胸を深くえぐった。


「まあ、子供から見ると大人ってのは皆おじさんに見えるって言うし……」


 カナタは一人つぶやいて心の均衡を保とうと努めた。


「じゃあ、真相は闇の中ってことなの?」


 カナタの落ちこみを無視するかのように、リシテアは話を続けた。カナタはそれに対して首をふった。


「王都には魔術師ギルドが残ってる。ギルドマスターは、当時の現場にも居合わせてた魔法使いだ。聞くならその人に聞くのが一番早いだろう。もっとも、五十年前までは国内でも最高位の地位についてたのが、あの事件を境に没落していったところを考えると……」


「やっぱり、ほんとなんだ……」


「なにか、重大なことに関わっていたのは確かだろうな」


「あなた、ずっと魔法使いやってて、周りからそういう目で見られてたのに、気にならなかったの?」


「もちろん気になったさ」


 カナタは力強く言った。


「だけど、今はそれどころじゃない。それよりもやらなきゃいけないことがある」


「それどころじゃないって……そんな重要なことなの?」


 カナタは驚いた顔をした。


「なんだ。とっくに気がついていると思ってたが」


「だから、なにをよ」


「この世界は終わりが近い。それを防がなければならない。それを止められるのは、俺たち魔法使いだけだ」


 リシテアの口がぽかんと空いた。眼をしばたかせて、意識を取りもどすかのように首をふる。


「……本気で言ってるの?」


「ああ」


 リシテアはため息をついた。


「……冗談であってほしかったわ」


「ちなみに、もうひとつ重大なことがある」


 リシテアは頭を抱えた。


「まだあるの? この馬鹿げた話よりすごいこと?」


「世界を救うのは、たぶん俺じゃない。お前だ」


 リシテアは、今まで自分でも聞いたことのないような声を出した。


「だから頑張って魔法を使いこなせるようになれ、我が弟子よ」


 カナタはニコッと笑うと、唖然とするリシテアの頭をぽんぽんと叩いた。それを払うほどの気力も失せていたリシテアは、ただただ呆然として、されるがままなのであった。

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