銀髪の少女5
ノトリに少女を乗せて、自分もまたがったところで、カナタは取り巻きたちに指示をはじめた旦那に声をかけた。
「最寄りの村についたら、助けをよこすよう言ってやるよ」
旦那はカナタを一瞥して、地面につばを吐いた。
「余計なお世話だ」
「……そうかよ」
カナタは小さくため息をつくと、ノトリに命令しようと向きなおった。そのとき、今度は旦那のほうから声がしてきた。
「そいつをどうするつもりだ」
カナタは懐にうずくまる少女を見下ろした。
「気になるのか?」
旦那は口の端に笑みを浮かべた。
「そいつはとんでもなく貴重な奴隷だったんだ。奴隷だったから価値はあったが、お前はとんでもなく危険なことをしでかした。だから、どうするつもりなのか、気になったんでね」
「ほう……参考にさせてもらおう」
カナタはそれだけ言って、ノトリを飛びたたせた。ノトリは待ってましたとばかりに羽ばたいて上空へと舞いあがると、旦那たちも蒸気空船もみるみるうちに小さくなっていった。
飛び立って早々に、そうだ、とカナタは思い至った。
「おい」
呼びかけると、少女はこちらを振り返った。カナタは銀髪からのぞく耳に目が吸い寄せられた。なんとも違和感があった。一見普通の耳のようだったが、なにか削り取られたような――。
「なに?」
少女の声でハッとした。彼女からすれば、顔をガン見されていると思われたに違いない。カナタは咳払いした。
「お前……名前はなんて言うんだ?」
少女はカナタの目を見つめると、わずかに顔をかたむけた。
「人に名前を聞くときは、まず自分から名乗るのが礼儀なのでは?」
その不相応な物言いに、カナタはたじろいだ。しかしあまりに自然な言い草だったので、カナタは確かに、と思いなおした。
「だな。俺の名前はカナタ。で、お前は?」
「リシテア……」
「リシテアか……良い名前だな」
カナタが褒めると、リシテアの眉間にしわが寄った。
「……ウザい」
これにはカナタも目を丸くした。
「は?」
「そういうのやめて」
「は? え?」
リシテアは、その可愛らしい顔をさらにカナタへ向けると、大きく口を開けて、ゆっくりと、はっきりした口調で言った。
「そういうの、気持ち悪いからやめて」
カナタはあえぐように口をパクパクさせた。なにか、想像していたものとだいぶ乖離がある気がした。
カナタが二の句を告げられずに混乱していると、リシテアが口をひらいた。
「それで……これから、私はどうなるの?」
「どうって……」
「はっきり言っておくけど、私はあなたの欲望のはけ口に使われるつもりはサラサラないから」
「はああ?」
この場から落としてやろうか、という考えが頭をよぎるくらい、カナタの頭はカッとなった。
「ふっ、ふざけるな! 俺はな、お前みたいなやせっぽっちのガキなんかこれっぽっちも欲情しねぇんだよ! もっと豊満なのが好みなんだ! 覚えておけ!」
リシテアはカナタの怒声をそよぐ風のように受け流して、ふうんと言った。
「ならよかった。よろしく、カナタ」
――なんなんだ、このガキは。
カナタはリシテアを連れてきたことを後悔した。とんだじゃじゃ馬を解放してしまったと、めまいさえ感じた。
「で、私はどうなるの?」
カナタはこめかみに浮き出た血管を鎮めるように深呼吸をした。
「近くの村についたら、お前をおろす。そこでさよならだ」
リシテアの視線が険しくなった。どうやらまたカンに障るようなことを言ってしまったらしい。
「さよなら? 本気で言ってるの?」
「な、なんでだよ」
「あなた、さっきの奴隷商人の話をほんとに聞いてたの? 解放されてはいさよならって放りだされて、私みたいなのが生きていけると思っているの?」
「そ、それは……」
「ほんと、直情的な人なのね。その場の感情だけで生きてるの?」
「あのなぁ……お前……」
「お前はやめて。あと、おいとか呼ぶのもやめて」
「う……ぐぐ……」
「言っておくけど、私はあなたが思っているよりずっと役に立つと思うわ。見たところ、あなた、かなりズボラな性格でしょう」
グサリと図星をつかれ、カナタはなにも言い返せなかった。
「なんでって顔してるわね。そんなの、あなたの持ち物の整理のされ方を見れば一目瞭然だから」
そういいながら、ノトリに結ばれている装具やカナタの肩掛け鞄をこれみよがしに見回した。
「私なら、掃除洗濯家事炊事、なんでも十分にこなせるわ」
「おま……リシテアは、俺についてくる気なのか? 奴隷から解放してやったのに」
リシテアは目を丸くすると、信じられない、といわんばかりのため息をついた。
「来るかって聞いたのはあなたのほうよ。なにを今さら、ほんと意味わかんない」
確かにそうだ。心底むかつくしあり得ないほど礼儀のないガキだが、少なくともカナタから誘ったのは間違っていない。
「す、すまん……」
リシテアはうんうんとうなずいた。
「許す」
許すもへったくれもないと心のどこかで思いつつも、このコロコロと話す少女に興味が出てきたのは事実だった。
「それで、まだ答えを聞いてないんだけど」
「え?」
「え? じゃなくて。私をどうするつもりなのか」
彼女になら、話してもいいかもしれない。むしろ、今となっては、この若さにすがってもいい気すらした。
「……実は、やってもらいたいことがある」
リシテアは、ほらね、とでも言いたげに満足した笑みを浮かべた。
「で、なんなのよ」
「俺の弟子になれ」
彼女の笑みの中に、わずかな疑問符がまじった。
「魔法使いの弟子だ。お前がたぶん……最後の魔法使いになる。お前に……魔法使いのすべて託す」
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