銀髪の少女4
「魔法使い、よくやったぞ」
旦那は身体をくの字に曲げて死にそうな声で言った。
「それで……約束の件だが」
旦那が苦しそうに言うのを、カナタはさえぎった。
「その件だが、やはり気が変わった。全員解放しなければお前を殺す」
ホルダーに収まっていた最後の一本を取りだしながら言った。
「愚か者め。解放したとしても、この世界で奴らが生き残る道はない。奴隷は奴隷として暮らす方が、奴隷でなくなるよりはるかにましなのだぞ」
「それがどうした」
カナタは腹が立って仕方がなかった。このために絶滅した触媒を四本も使ってしまったのだ。
旦那は疲れ果てたのか座りこむと、ようやくひと息つけたとでもいうように大きな息をついた。
「魔法使いよ、お前は馬鹿だ。お前は私のことを同じように思っているだろうが、私もお前のことをそう思っている。お前は魔法には詳しいのかもしれんが、世の理に関しては私のほうがだいぶ上だ。奴隷は奴隷なのだ。宿主がいなければ死んでしまうあわれな生き物なのだ。私はその仲介をしているにすぎない。言っておくが、私は奴らの意見もちゃんと聞いて参考にしている。嫌がる奴隷を無理に宿主にやったりしたことはない。奴隷商人なりの矜持があるのだ。だから私は今このような地位を得ている。評価されている。お前はどうだ、魔法使い。一時の感情に流されて、奴らが望んでもいない自由を渡して満足か」
「望んでいるかもしれない」
カナタは静かに言った。
「ではやってみろ。聞いてみろ。自由を望むかどうか。一人で生きる自信があるかどうか」
旦那は首からジャラジャラぶら下げていた装飾品の中から、質素な鍵を引っぱりだすと、それをカナタに向かって放り投げた。
「一人と言ったが、何人でも連れて行くがいい。お前についていくものがいるならな。そいつらをせいぜい養え、愚かな魔法使い」
カナタは鍵を拾いあげると、檻の鍵を開けた。
奴隷たちは怯えたような、哀しそうな、あわれむような顔でカナタを見上げたまま、身動きひとつしない。
「さあ、さっきの話は聞いていただろう。このふざけた狭苦しい檻から出て好きに生きるチャンスだ。たぶん一生のうち、こんな機会はこれきりだろう。出たい奴は出ろ」
誰も動かない。身じろぎひとつしない。
カナタはイラついてきた。
「全員立て」
カナタの有無を言わさぬ雰囲気に、奴隷たちは立ち上がった。
「歩きやすくしてやったぞ。あとは歩くだけだ。檻から出るだけで自由になれる。どうだ」
それでも動く者はいなかった。皆うなだれるわけでもなく、カナタの顔を見つめている。その視線にカナタは耐えられなくなりつつあった。
背後で旦那とその取り巻きたちが哄笑した。
「どうした魔法使い。魔法を使って奴らを歩かせたらどうだ」
カナタは両手をかつてないほど強く握りしめた。
「……勝手にしろ」
カナタが踵を返そうとしたそのとき、檻の中で人影が動いた。
「待って」
幼い声だった。見ると、まだ子供だった。おそらく十歳ほどだろうか。銀髪のセミロングに、陶器のような肌。大きな青い瞳――まるで水面に映った青空のような――の女の子だった。その手首には手錠がはめられ、足には鉄球がついている。
「出たいけど、これのせいで動けない」
カナタが旦那を見ると、彼は窒息しかかったかのように真っ青な顔をしていた。
「おい」
カナタが呼びかけると、旦那はビクリとした。
「……なるほど。わかった。約束は約束だ。仕方がない」
取り巻きたちがざわついた。
この奴隷は、一人だけ扱いが極端に違っていた。
ほかの奴隷たちは、手錠も鉄球もついていない。しかし彼女にだけ、その華奢な体躯に不釣り合いすぎる枷がついていたのである。
旦那はカナタをジロリとにらみつけた。
「分不相応とはまさにこのことだな」
旦那はもうひとつ鍵を取り出すと、カナタに投げた。カナタはそれをキャッチして、その鍵の出来を確かめるようにまじまじと見つめた。そして檻に入ると、彼女の拘束を解いてやった。
「確かに分不相応なことだな。あんたの立派な矜持とやら、しかと見させてもらったよ」
旦那は顔を背けると、だるそうに立ち上がった。
「奴隷印を譲渡する」
旦那の手元がわずかに光り、ややあって消えたと同時に、カナタの手元が輝いた。見ると、譲渡された印が光っていた。
「さっさと行け、魔法使い。もう顔も見たくない」
カナタは肩をすくめた。少女は繋がれていたところが痛むのか、手首をさすりながらカナタを見上げている。
カナタは奴隷印を指でさすった。急速に印は薄まり、やがて最初からなにもなかったかのように消滅した。
奴隷を解放した証だった。これで名実共に彼女は自由となったのだった。
「来るか?」
少女に声をかけると、彼女はうなずいた。
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