銀髪の少女3

 カナタは腰のホルダーから光のかけらが入った一本を指でなでた。


「商人は嘘つきだ。ここであんたら全員助からなかったことにして奴隷を解放してやったほうが得な気がするな」


 彼らはハッとして、全身をはたくようにして装備を確かめ、自分たちがなにも武器を持っていないことに気がつき慌てだした。取り巻きのあわてふためく様子を見て、旦那の態度はあからさまに柔らかくなった。


「いいか。無事に奴隷たちを救出できれば、一人やってもいい。どの奴隷も、貴族相手の最高級品であることを保証する。だがここで私たちを皆殺しにしてみろ。奴隷たちはどこへ行っても奴隷のままだ。しかも宿主のいない奴隷がどうなるか、魔法使いであるお前が一番よく知っているだろ」


 これにはカナタも頷かざるを得ない。奴隷を奴隷たる存在にしている奴隷印は、魔法による縛りだからだ。


「……確かに、な」


 もちろん納得したわけではない。ないが、ここで無為に時間を浪費して救助を遅らせたくはなかった。

 カナタは鞄から再び種の入った瓶を取り出した。触媒の残数はあとで数え直した方が良いだろう。


 ――こんなことで三本も消費するとは。


 カナタは躊躇しかかった考えを頭をふって消した。

 種の瓶を握ると、カナタは静かに呪文を唱えた。


「種よ。我が命じる。汝は我が腕なり。汝は柔らかき鋼なり。汝はなにものも打ち破る怪力なり。種よ。我が命じる。今こそその力を示せ」


 瓶を握りつぶすと、そこから何本も細い根が湧いてきた。それはカナタの両肩に伸びて、みるみるうちに背丈を遥かにこえる、見るからに膂力みなぎる腕へと生長していく。腕が四本になったようなものだった。その新しい両腕で地面を思い切り叩くようにして跳びあがり、船体がはがれた個所に取りつく。

 中を見ると中階層のようで、船員の住居と思われるひしゃげた部屋の残骸が、通路と思われる空間で勢いよく燃えている。


「おーい! 誰か返事をしろ!」


 返事はない。というより、炎のかきたてるゴウゴウという音によって、なにも聞こえなかった。

 カナタは旦那たちを振り返った。


「そいつらはどこにいる!」


「船尾のほうだ! 中階層の、船尾のところにあるはずだ!」


 カナタは船体をふり仰いだ。船体はほとんどめちゃくちゃになっている。再び旦那たちに向かって大声で言った。


「船尾ってどっちだ!」


 しかし旦那たちもどこが船尾なのかわからない様子だった。取り巻きたちと集まって、右か左か議論をはじめる。


 ――馬鹿どもが。


 カナタはホルダーから光のかけらの入った瓶を取り出した。

 光のかけらは、今ではもう手にいれることのできない超貴重品だ。


 指が震える。


 残り少ない触媒を、ここで二つも使ってしまっていいのだろうか、という気持ちが指を硬化させる。身体はまだ迷っていたが、カナタの頭は冷静に決断を下した。


「光よ。我が命じる。汝は我を導く道案内なり。助けを求める者を見つけ出す探索者なり。光よ。我が命じる。今こそその力を示せ!」


 カナタの身体はわずかに戸惑ったあと、思い切り瓶を握りつぶした。


 指の隙間から、光の球がホワリと染み出すように出ると、手のひらほどの大きさの球形となって、少しの間、カナタの周囲をまわった。ややあってから、なにかを見つけたらしく、崩れた瓦礫の重なる通路にむかって漂いはじめた。


 カナタは行く先を邪魔するものは強力な肩の腕で粉砕しながら、光のあとを追って進んだ。

 光はどんどん速度を増し、今では走らなければ追いつけないほどになっていた。猛烈な勢いで瓦礫を破壊しながら、カナタはどうにか追いつくのがやっとだった。


 周囲をとりかこむ炎は、わずかな隙を見せようものなら、すぐさま飛びかかってきそうな雰囲気だった。しかしカナタが想像以上の破壊力を持って、船体をひき裂くように進むものだから、瓦礫の多くは船体からはるか上空に吹き飛ばされ、燃えどころを失った炎は彼の暴君のような来訪を見守るしかないようだった。


 そのうち、カナタの耳にもハッキリわかるほど声が聞こえた。うめくような、助けを求めるような、絶望に染まった声だった。


「おい! 無事か!?」


 カナタは部屋であったであろう壁を粉砕して中に踏みこんだ。

 幸いにも、その空間には物らしい物がなにもなかったがために、火災の被害からかろうじて守られていた。


 部屋には、区画全体を占めるほど巨大な檻があり、その中には何十人もの奴隷が詰めこまれていた。カナタの登場に、檻の中にいた人々は歓声を上げた。

 カナタは船体に穴を開けると、檻ごと船外へと引きずり出した。その衝撃で奴隷たちは檻の中で天地がひっくり返るような思いをしただろうが、かすかな悲鳴が少ししただけだった。

 船外に檻を出したカナタは、そのまま十分安全なところまで檻を引きずる。旦那たちがそのあとを追って、息を切らせながら走ってきた。

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