銀髪の少女2

 蒸気空船は煙に包まれながらみるみる高度を落としていく。平地へむけて、ほとんど真っ逆さまに崩れようとしていた。

 カナタは苦労して鞄をこじ開けると、悪態をつきながら中をひっかきまわして、小さな種の入った小瓶を一本取りだした。


「急降下!」


 カナタの言葉に弾かれるように、ノトリは真下に向かって降下しはじめた。鞄の中身が落ちないよう、カナタは開きかかった鞄を必死に押さえながら、墜落する蒸気空船よりはやく地面スレスレまで落ちていった。


「種よ。我が命じる。汝は柔らかき毛布なり。汝はあらゆるものを受け止める腕なり。汝は吾子を受け止める母なり。種よ。我が命じる。今こそその力を示せ!」


 言うやいなや、カナタは瓶を地面に向けて投げつけた。

 瓶が地面で砕けた瞬間、そこからあり得ない速度で樹木が生長をはじめた。それはまだ低木でありながら横に枝を広げると、見たこともないほど巨大な葉が泡が湧くように次々とわきはじめた。


 ノトリが風をとらえきれず、苦しそうな声をあげながら地面を数回蹴りながらもがくように羽ばたく。カナタは急激な消耗で視界が暗転し、意識を失いかけた。

 直後、いっぱいに広がった樹木にむかって、蒸気空船が飛びこんできた。


 ノトリは低木の隙間を縫うように回避しようとしたが、間に合わなかった。

 墜落時の衝撃をもろにかぶったカナタは、朦朧の中、空中に投げだされた。地面に叩きつけられる寸前でノトリがそのくちばしをもってキャッチしなければ、とても無事では済まなかっただろう。

 ノトリは数回大きく羽ばたいて着陸する頃になって、カナタはやっと意識を取りもどした。

 たぐり寄せるように鞄を求め、その一式がまだ中に収まっていることに安堵すると、ようやく自分がくちばしの中にいるらしいことを理解した。

 ベッとはき出され、そのなんともいえぬにおいに顔をしかめたカナタだったが、のっそりと立ち上がってノトリのもとへと向かうと、首元を優しく叩いて礼を言った。


 すぐ隣に墜落した蒸気空船からは、沈没船から飛びだすネズミのごとく、四、五人ばかりの人が転がるように逃げだしていた。地面には数名、動かなくなっている者も転がっていた。


 カナタは呆然と船を見上げている一人の男に近寄って、声をかけた。


「おい、大丈夫か」


 相手はことさら裕福そうな、布を贅沢に使った白いダボダボの装束をまとっていた。今では煤とホコリでひどく汚れていたが、船内にいたときはさぞかしピカピカだったのだろう。あらゆる場所に宝石がぶら下がっており、そのせいで柔らかな布地がひしゃげて不格好に見えた。その顔が膨れあがっているのは、事故によるものではなさそうだ。申し訳程度のチョビ髭が鼻の下にわずかにあり、その瞳は肉に埋もれたかのように小さかった。


 この太った男は、動揺と言うよりはすっかり放心した様子で立ちつくしていた。一緒に転がり出てきた数名がそんな彼を取り囲み、混乱を代弁するかのようにわめき散らした。


「魔法使いめ! 旦那様に近寄るな!」


 飛びかかりそうな勢いに、カナタはさっと退いた。


「おいおい、無事かどうか聞いただけだろ」


 旦那と呼ばれた太った男は、ひどくゆっくりこちらを向くと、カナタの姿を足元から頭のてっぺんまで、かなりの時間をかけて下から上へと見ていった。


「ほう、魔法使いか」


 旦那の声は、思っていたよりはるかに若かった。そして唐突に、なにかに気がついたかのように周囲をすばやく首をめぐらせた。


「生き残ったのはこれだけか?」


「へ? へえ、へへへ……」


 取り巻きはごまをするような声色で返答した。


「ほんとうにこれだけか?」


 そのとき、蒸気空船の一部が再び爆発して吹き飛んだ。めくれあがった船体の先から、なにかうめくような声が聞こえたのは、まさにそのときだった。

 旦那は声がした方向を目を見開き凝視しながらわなないた。


「おお! なんということだ! 私の財産が燃えてしまう!」


 そして取り巻きの首根っこをつかまえると、蒸気空船のほうに向かって放り投げるように押し出した。


「お前たち! はやく行って出してくるんだ! おい! なにをしている!」


 取り巻きたちは旦那の手をかいくぐりながら、ハエのように周囲をまわった。


「ご無体な!」


 そういいながら逃げまどう取り巻きの一人が、カナタをふと見つめた。そしていやらしい笑みをかみつぶしたような顔で旦那にすがりつくように言った。


「旦那様! 魔法使いがいるじゃないですか! こいつにやらせればいいんですよ!」


 旦那は再びカナタを見たが、今度の彼は先ほどまでの放心状態ではなく、目から火が出そうなほど真っ赤になっていた。


「そうだ! 魔法使い! 褒美なら出すぞ! さっさとやらんか!」


 ひどい言われようだった。しかしカナタは取り乱すことなく切りかえした。


「あんた、奴隷商人か」


 吐き捨てるように言った。


 旦那は喧嘩は買うと言わんばかりに身を乗りだした。


「そうだ! それがどうした魔法使い! 似たようなもんだろう! 褒美に、お前なんぞ一生かかっても買えないような高級奴隷を一匹やる! だからさっさとやれ!」

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