おっさん魔法使い、美少女奴隷を弟子にし世界を救うため奔走す

九重遼影

銀髪の少女1

 緩やかな丘に上昇気流が起こっていたので、気まぐれに乗ってしまったのがよくなかった。

 黒ずんだ大地から立ち上る不快な匂いも、上空へわずかに上がるだけでもだいぶ気が紛れた。ノトリは黒く大きな翼を羽ばたき、さらに上がろうとする。本来ならそれを抑えなければならない立場のカナタは、ノトリの背で逡巡したあと、飛ぶに任せた。


 高度はぐんぐんと上がり、果てしなく続く黒い大地と、飛び地のように点在する沈んだ色の森、それを避けるようにくねくねと筋のように延びる灰色の道が、まるでミニチュアのようになっていく。

 ノトリがなにかに気づいた様子で、突然くちばしを右に振った。巨大な体躯全体がわずかに右へと傾き、旋回に入る。カナタは鞍を両足で強く抱きかかえるようにしながら、ノトリが変更した進路の先に目をこらした。


「ありゃあ……」


 灰色がかった大気の薄いベールの先に、黒い米粒ほどの物体がポツリとひとつ浮いていた。よくよく目をこらしてみると、そこから煙のようなものが上がっているらしいことがわかった。


「あれは……襲われてるな」


 そう思うと、あの場所で起こっているであろう砲声の轟きが聞こえてくるような気がした。


「おい、どうするよ」


 カナタはノトリの首をなでながら言った。ノトリはクワッと明るい声で返事をしただけで、羽ばたく回数が上がった。


「さすが、英雄様は考えが違うね」


 カナタは肩掛けの巨大な革鞄を開くと、あらゆる雑貨が一緒くたに詰めこまれているカオスに手を突っこみ、ガラガラと中をかき回したあと、数本の小瓶を引っ張り出した。人差し指ほどのおおきさだった小瓶は透明な筒状となっており、先端にはコルク栓がしてあった。瓶の中には、青白く輝く綿毛のようなものが入っている。


「貴重品なんだがなぁ……」


 同じような瓶を合計五本、さらに鞄から取り出すと、瓶を、腰のベルトに結ばれている革細工のホルダーに一本ずつしまい、鞄をきっちりと締め直した。

 ノトリがある程度上昇したところで、カナタはノトリの首元を優しく数回叩いた。


「よし、行け」


 優雅な散歩は、次の瞬間から作戦行動へと変貌した。

 ノトリはくちばしを下に向けて、急降下をはじめた。みるみる速度が増していく。だいぶ先に見えていたはずの黒い米粒が、今やパンの切れ端ほどの大きさとなって眼下を飛んでいた。


 ――蒸気空船。


 最新鋭の機械工学によって空を飛ぶ浮船である。

 それが煙突から黒い煙を吐き出しながら、甲板のあちこちから赤い火花を散らしている。火花の主は、甲板上を右往左往している人影だ。それが持っている銃が赤い火を吹いていたのだった。


 蒸気空船の周囲には、人の大きさほどはある、膜のような翼を広げたトカゲのようなものが飛び回っていた。小型の竜だ。やっかいな相手だった。数こそ数えるほどしかいないが、すばやく飛び回るため銃で撃ち抜くのは達人級の腕が必要だろう。

 そう思ううちに、あっと言う間もなく、甲板にいた一人が竜の前脚に捕まり、そのまま上空へ持って行かれると、つかまれていた足をパッと放された。その人は手足をバタつかせながら蒸気空船を横をすれ違うように落下していく。


 カナタの背筋がゾッとした。


 彼はホルダーから小瓶を一本取りだすと、中身をもう一度確かめた。そしてそっと手で握りしめた。


「光よ。我が命じる。汝、その筋数多に分かたれ、敵を射抜くものなり。汝の先は鋭き槍なり。汝は素早き矢なり。光よ。我が命じる。今こそその力を示せ!」


 言い終わるのと同時に握りしめて瓶を割ると、手の中から光があふれ出した。手を高く掲げて開くと、数えきれないほどの光の束が、四方八方へと拡散したかと思うと、急角度で方向を蒸気空船のほうへと定め、まるで吸い寄せられるように、すべての小型竜に直撃した。


 瞬きする間もないほどの一瞬だった。

 わずかな閃光の残像だけが視界に焼きついて薄れていった。


 カナタはめまいを感じて、脳内の鳴動が収まるまで目を閉じた。それはすぐに去っていった。


 蒸気空船にいた者たちは、なにが起こったのかよくわかっていない様子だった。しかし甲板にいた一人が上空を飛ぶノトリの巨大な陰に気がついたようで、しきりにこちらを指さしている。


 カナタは手でもふってやろうかと思って近づいていくが、甲板の連中が直面していた状況は、これっぽっちも改善してはいなかった。

 甲板の人たちは慌てた様子で右往左往しはじめた。

 なにごとかと思っていると、次の瞬間、蒸気空船の煙突が爆発した。


「あらら……」


 それを合図に、蒸気空船のあらゆるところから火が噴き出した。

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