第174話 KKR 指宿にて

バスの場合は「スコッチ」と言う車止め、三角形の木材だったり

プラスチックだったり。

黄色く塗られているそれを、タイアの下に挟んで置くのだけれど。



「さ、着いたついたー。」と、友里絵は伸びのび。

バッグを持った手で。


由香は「あぶねーなぁ、顔に当たるだろ」


友里絵は「ごめんごめん」と、にこにこ。


マイクロバスの車内には、友里絵たちのほか、数名の客。

皆、鹿児島の人らしく、軽装だ。



日曜の午後なので、今から泊まりに来る人は・・・暇な人らしい。

年金暮らしの人、リタイアした人。それぞれ。




概ね高齢者。




友里絵たち4人は、華やかに見える。



「おじょーさん、どちらから?」と、穏やかそうなおばあちゃん。

細い、メタルフレームの丸眼鏡。白髪。

にこにこ。



友里絵は「はい、大岡山・・・・ってもわかんないね。神奈川です。箱根の麓」



おばあちゃんはにこにこ、お辞儀。「遠いところを・・・ありがとうね。」


ゆっくりゆっくりあるく。





友里絵もにこにこ。「なんか、和むね。」

由香も「うん。」



フロントで愛紗は「えっと、日野です、庄内駅の」と、言うと

フロントマンは「はい、2泊ですね。」と

職員主体の保養所だから、ヘンに丁寧ではない。


その辺りが却って好ましいと愛紗は思う。



あまり丁寧すぎると、却って「悪いわ」と、思ったりする。




「お部屋は3階、海の見える方ですね。305号です」

と、アクリルのオーバル・キーホルダーに「305」と書かれたキーを渡した。



それだけ。



宿帳とか、そういうものも無い。



「シンプルでいいね」と、菜由は、振り返り。



フロントの外に居た犬と、戯れている友里絵に「行くよー。」



友里絵は「もーちょっと」と、長い毛足のゴールデン・レトリバーくんと

遊んでいる。



「犬好きだもんなぁ、友里絵」と、由香はにこにこ。




友里絵は「うん!猫派なんだけど、わんこも好き」と。



そういえば、コンビニでバイトしてた17歳の頃。

深町と始めて会った冬。



学校の冬休みにトリマーごっこをして。

団地の公会堂で「犬の美容室」を開いた事があった。


そのイベントに、深町を誘ったのだけれども

彼も、アルバイトで忙しくて・・・中々、会うこともできなかった。

まだ、研究者として実績のない頃だった。


コンビニと郵便局でバイトして、なんとか食っていく、そんな頃だった。



友里絵は、そんな彼を気遣って、一緒にいる事すらも控えた。

そういう、優しい子だ。






菜由は「じゃ、後で来てね、305だから」と言って


愛紗とふたりで305号室へ「行こうか」。



愛紗も「そうね、のんびりさんだし。」と、微笑んで。


フロントの前が、すこしスロープになっているフロアを歩いて、エレベータに乗った。













東京の深町は、本郷三丁目駅の階段を下りて

エレベータの前を通る。


まだ、夕方5時くらいだから混んではいないメトロである。


「そのまま、丸の内へ行こうかな」と、気分も軽く。



研究のひとつは上手く行っている。

残るふたつは難題だ。

もともと、ダメになっている課題の立て直しだから。



医学部・工学部の「光学血流センサ」による血圧検知、は

そもそも、血圧と言うものをよく理解せずに仮説を立てた工学部サイドが問題だった。


それに、医学部側もよく考えずに協力してしまって。

患者が動くから、センサの値だけを見ても血圧が解らない(^^)と言う

当たり前の事が問題となった。


センサを2基にし、差分を取れば簡単だが

その方法は九州大が使っているので、使いたくない、AIでやりたいと言う・・・・

無理難題で。



深町としては断りたいところだが・・・・・。

人体の動きを検知することが可能なら、補正は出来るだろうと言うもの。




もうひとつも難題だ。

気象・物理モデルである。



複数箇所の日射量の急変を捉え、合算したものの変化を観測し

その地域全体の日射量急変を予測する・・・と言う

これも、仮説段階でよく考えていないから、出来ない課題であった。






「よく感じ取ればいいのだけれどなぁ」と、深町は思う。

あんな人々は、バス・ドライバーには成れない。


予測が的確でなかったら、事故を起こしてしまう。

人が死んでからでは取り返しがつかないのだ。



古参の指導運転士、森の言葉を思い出す。


「路線バスは、地上で一番難しい仕事」


その通りだと思う。人も自転車も居る、狭い路地でも

大きなバスを動かして行かなくてはならない、時間通りに。

ちょっと触れたくらいでも、相手が人なら・・・即、傷害事故だ。




なんで、そんなに危険な職業を選ぶのか?と思う。

それで、彼自身も今は、バス・ドライバーを辞めた。


けれど、どこかに・・・・

危険に立ち向かう仕事への魅力を感じている事も事実であった。



鉄道員がそうであるから、かもしれなかった。

彼の祖父は、鉄道員である。



中学卒で国鉄への就職を希望した彼に反対し「大学を出てから」と

言われた事に反発し


「レールの上を走る人生は真っ平だ」と。

若き日の深町は、別の人生を歩もうとした。



そのことを、彼自身が後悔している。


と言うのは、定年になって間もなく、祖父は天に召されてしまい・・・・・。


もう、謝りたくても出来なくなってしまった。

「言うとおりにしてあげれば、良かった」と。そう思うのである。


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