第168話 201D、西鹿児島、定発!

深町は、正しいことが好きだった。

それで、研究をする仕事に進んだのだ。

しかし、不正な事をしてまで研究を続けたがる人がとても多く

それに嫌気がさして、研究者を辞めて

バス・ドライバーになったのだった。


しかし。


そこでも、不正なことをしてまで「我が身の利益」を得ようとする連中に出会い・・・。

岩市などがそれである。


それが嫌になりかけたところで、研究所から依頼があったので

バス・ドライバーを辞めた。


そういう人物である。



その点は、友里絵・由香とよく似ている。

友里絵は、ずるい連中が嫌いで

それで学校を辞めた。

由香は、そんな友里絵を助けた。

仲間外れにしたがる連中から友里絵を庇った。


そのせいで、由香自身が辛い立場に立っても、である。



どこか、心の奥底でつながっている。そんな彼らだから

大岡山のような過酷な環境でも、助け合って生きていけたのかもしれない。



競い合っては生きていけないのだ。バスは、見て解るが

譲りあわなくてはすれ違う事すら出来ない。

思い遣りが大切なのだ。





そういう深町だから、研究の世界でも信頼されて

仕事が回ってくる。


狭い世界だから、不正をやった、と言う話は

すぐに伝わってしまう。



他者が、ひと目で見て解るようなものではないから、不正をする人間が

後を絶たない。


そういう世界では、信頼がある人が

何よりも好まれる。




バス・ドライバーの世界と同じである。








愛紗が憧れていたのは、深町への恋愛、のような

単純なものではなかったのかもしれず・・・・。


そうした真正な気持、それを持っている人々に

近づきたい。


そういう気持だったのかも、しれない。



一歩間違えば人が死ぬ。そういう世界の路線バス・ドライバー。


真正な者しか生き延びてはいけないのだ。





生き残ってきた人は、皆、いい顔をしている。



深町は、そんな人々の「顔」を、時々思い出す。



古参の指導運転士  森、斉藤。

運転指令 野田、細川。

運転課長 有馬。

組合委員長 木滑。

組合の人々。


そして、運転士の先輩 和田、増田・・・沢山の、人々。



思い出すと、辛い時でも温かい気持になれる。




貰い事故の時、休息を返上して駆けつけてくれて

代行をしてくれた、皆々。


クレーマーに襲われた時、査問委員会に掛けると言った岩市に


「そんな事をしたら組合は許さない」と、本気で庇ってくれた組合の人々。





みんなが、やさしい。






人手不足で大変なのに「戻ってくるな」と思いやってくれた野田。


課長職にありながら、深町の代行運転士を買って出てくれた有馬。




「僕は、あの人たちに恩返しをしなくては」と、思う深町であるーーーー。




愛紗の釈然としない思いも、この気持に似ているのかもしれない。












友里絵たちの乗った「なのはな」号は、ゆっくりと駅を出発し

半島の海岸沿いの高台を、のんびりと進む。


レールが火山灰で埋まっていて、枕木が見えない。


そこを、踏みしめ、踏みしめ。


かたことと走る。



湾内を、大きな客船、貨物船が行き交い


桜島が対岸に見える。



海岸沿いの道路を、路面電車が走り

自動車が長閑に行き交う風景は

独特な、この地ならではのものだ。




「かわいー電車」と、友里絵は喜ぶ。


「ホントだ」と、由香。



速度がゆっくりなので「なのはな」号から見ると

ミニチュアの模型みたいに見える軌道、停留所の人々も

ディオラマのようだ。



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