第169話 ディーゼル・カー

快速「なのはな」号は、ディーゼル・エンジンで動いている。

床下から、その振動が伝わり

愛紗は、なんとなく懐かしさを感じた。


「エンジンの電車って、いいね」と、友里絵が言う。



「エンジンだから電車じゃないだろ」と由香。



「あ、そっか。えー、じゃ、なんだろ?エンジン車か」と、友里絵。



「なんだっけ」と、由香。(笑)





「ディーゼルカー、で、いいんじゃない?」と、菜由。



菜由は、ずっと乗りなれている。


友里絵と由香は、旅先でもないと電車だから「電車」だと思う。鉄道車両を見ると。



愛紗は、なんとなくその振動で、ついこの間まで研修で乗っていた

12mの観光バスや、大型路線バスを思い出していた。


観光バスの運転席は低い。

客席はハイデッカーで、隔離されているから

意外と、乗用車感覚である。ただし、長さは12mあるので

それを考えないと、交差点すら曲がれない。


エンジンを掛けても、振動も音も殆ど伝わらない。

タコ・メーターの回転数表示と、僅かな振動でそれと解る程度だ。

バッテリ・スイッチをいれると、電子音が響く。赤いランプが点灯する。

計器類に動作表示が点く。


シフト・レバーはニューマティックだから、ただの棒だ。

それが、左手の前にある。


ニュートラル表示を確認し、イグニッションを入れる。

V型8気筒、12000ccのエンジンが瞬時に掛かる。

が、タコメーターの針が動くだけだ。

アクセルを踏むと、しかし車体が揺れるので、エンジンの存在が解る。




左手前の、ドア・スイッチを前に倒して。ドアを閉じる。

後ろ外に出ているドアは、リンクされて、すぅ、と

音も無く閉じる。航空機のようだ。


シフトを2速に。そのまま、前にレバーを押すだけだ。

機種によってはATと同じものもあるが、普通はH型パターンのものが多い。

前後に往復するタイプもある。



白い手袋をした指で、確認。


左、よし! 右、よし!

前方、よし!


車内、よし! 


前のアンダーミラーも確認する。観光バスは大丈夫だが、高運転台だと

前に人が居ても見えないこともある。



安全確認の後、クラッチをつなぐ。

アクセルは添える程度でいい。トルクが大きいので停止はしない。

クラッチがつながったら、少しアクセルを踏む。

ちょっと踏んでも、ぐい、と引き出される。


トルクが大きいのだ。

しかし、車体が重く、乗客が乗っていると更に重いので

4速、5速では少々踏んだところで加速はしない。

自動車と言うよりは船のような感覚だ。



停止がまた難しい。その重量を考えないと止まれない。

かなり前から、停止位置を考えて減速する。

リターダ、排気ブレーキを使う。

フット・ブレーキはほとんど停止直前でないと効き目が少ない。

踏んだところで、ずるずると進むだけだ。



交差点を曲がるにも、その大きさを考えて予め後輪の位置を予測する。


大きな交差点なら、内側を少し空けて。12mの車体を出せるだけ前に出せばいいが

そうでない場合、一旦外に車体を振って、後輪が交差点を通過できるように考える。

これも感覚、タイミングであるから、すぐに慣れるが

ほかの自動車も居るし、対向車もある。そこが難しい。

譲り合わないと走れないのである。


大きな機械を操る楽しさは、この職業独特のものだが

同時に危険も存在する。

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