第167話 6仕業、05:00、車両異常なし!、出発します!。

同じ頃、東京・文京区本郷。

その「タマちゃん」は・・・。


愛紗の唐突な愛の告白(?)に微笑みながら

3年前のことを思い出していた。


大岡山を「休業」して、元居た研究室に戻った。


そこでのプロジェクトが終わったが、研究所からの別の

依頼があって。


断る訳にも行かなかった。


野田が「オマエは戻ってくるな。其方で生きていけ。」と言ってくれた事もある。



それは、野田の思い遣りである。

それだけに、恩返しをしなくては、と思いながら、研究を続けている。


今の研究室は、東京大学である。


3つの依頼があり、そのうちのひとつ。


東京大学大学院、工学部研究専攻

マテリアル工学H2-32研究室。


東京メトロの本郷三丁目駅から、歩いて20分くらいの

弥生門からすぐ近くのところ。


赤い煉瓦の弥生門が、いかにもクラシックで、彼は気に入っている。


建物そのものは近代的な鉄筋の建物で、中央がフリースペース。

2階・三階も周囲だけに研究室がある。


二階の真ん中は公園のようになっていて、バーガーキングがあったり。

学生たちがいつも、誰か居るが

ただ、研究専攻の大学院生なので、静かに休憩をしている。



ほかにも、医学部・工学部にもデスクがあり

そちらでは、光学血流センサによる人工血管堅牢性評価を行っており


それ以外にも理学部から技術提供依頼を受け、気象物理モデルの

監修を行っている。



そんな雰囲気もいい。でも、深町は

あの、大岡山のひとたちの人間味をどこか懐かしく思っていて

それが、愛紗の電話で呼び出された。 そんな感じだった。





彼自身のデスクは、3階の回廊の東端、コンピュータが複数個あり

資料が山積みになっている、しかし日当たりの良いひと部屋だ。


そこで、新合金の研究をしている。と言っても、冶金の専門家ではない深町は

その要素を選出し、物理モデルを作り。

冶金工学的なアプローチの論理化に拠って、結果を導出すると言う解法。


ふつう、統計工学的な方法で、いわゆるAIのようなものを使うが

そうではなく、物理的なモデルを得て帰結を得るのだ。



全く分野は異なるが、京都大学で今はips研究所長をしている

山中教授が、ノーベル賞を得る切欠になったips細胞の作成過程で

遺伝子キャリアに使用するファクターの選別に使った手法と似ている。


それは、24000の要素から 4、を選別したのだが


比較すると、遥かに楽なので

この手法は上手く行くだろうと、深町は考えていた。


教授の湊も「それ、面白いね」と、楽しげに笑っている。

明るい人である。



その辺りに、深町は、大岡山の上司、野田や有馬と似た

温かみを感じていた。




それで連想するのである。



路線バスの乗務。


寒い朝、まだ暗いうちに車体の点検をし、エンジンを点検、始動。


いすゞLR、6HH1、直列6気筒8000ccディーゼル・エンジンは

轟音と共に始動する。ボディを震わせ。



灯火の点検。

ブレーキ・フルード漏れ、エア・タンク漏れ。

シャーシ・グリースカップの残量点検。

水・燃料漏れ、残量点検。

料金箱の設置・音声アナウンスROMの選別。



そして、点呼・・・・。



シンプルだけれども、実感のある生活。

失敗の許されない、厳しい世界だ。


そういう危険さに、どことなく魅かれる気持も、あった。



研究者より、どちらかと言うと大事な仕事なのではないか?

そんな気持もあるけれど、でも、ここで自分が求められているから。


「終わったら、戻るかな。」


それは、有馬との約束でもあった。

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