第136話 12時

「今と、おんなじ事をね、タマちゃんが。バスを辞めた後にして。

お客さんがすごく喜んでくれて。会社に感謝の手紙をくれたって。

野田さんが言ってたっけ。」


と、友里絵。


「そんなことあったんだ」と、由香。



愛紗は「運転してた頃も、そうだったってお話は聞いた事ある」




友里絵は「そうそう。乗務してる時も、バスに乗るのが大変なおばあちゃんの

荷物持ってあげるために運転席から降りて、手伝ってあげたり。」




愛紗も、その話は聞いている。「社長表彰になったんだけど、名乗り出なかった」



由香も「そうそう。あの人らしいね。それで、誰かが代わりに受賞しに行ったけど

タマちゃんは最後まで何も言わなかったって。」



「野田さんも言ってたね、『あれは鉄人だ』って。そういう事はなんとも思っていない。」


と、友里絵。




・・・・ソウイウモノニ、ワタシハナリタイ。


のかもしれないと愛紗は、ふと思った。

さっき、車椅子スロープを出してあげた事、とか。



三人は、横断歩道を渡って、トキハデパートの新館の前に。


大きな画面のプラズマ・ディスプレイに動画が映って。

トキハのコマーシャルだったり、音楽ビデオだったり。


「結構都会だね」と。友里絵。


エントランスにエア・カーテンがあって。


ゴージャスなシャンデリア。


高級な感じは銀座みたい。


英語表記の、高級そうな化粧品がずらりと並んでいる入り口のそば。



ちょっと、3人は場違いな感じ。



「すごいねー。」と、友里絵。



「うん」と、由香。



「大分じゃないみたいね」と、愛紗。



「トキハがあるおかげで、随分大分は助かってるらしいね。別府とかで、倒産しそうなお店


とかを助けたり、潰れた後にお店はそのままで、従業員を全員再雇用したり、とか。」

と、愛紗。




「すごいね、なんだか」と、友里絵。



「あったかいんだね」と、由香。




三人は、一階のフロアをぐるりと回って。


どれも高級すぎて、ちょっと、見るにはいいけれど。



「大分ってリッチな人が多いのかな」と、友里絵。



「そうだと思う。だって、お米が年2回採れるくらいだから」と、由香。





愛紗は、そういうところで育っているので

特別な感情はないけれど

なんとなく、大分の人はのんびりしていて、穏やかだな。そんな感じ。



結構な都会なのに。




「こういうところなら、バスの運転手をしても大丈夫かもね、女の子が」と、友里絵。




「有馬課長は九州の人だから、それで愛紗に転勤を薦めたのかな」と、由香。




愛紗は、そこまでは考えが及ばなかった。


落ち込んでもいたから、「都会じゃ使えない」と、烙印を押されたような

気持だったし。




「みんな、きちんとしてるものね。ルール守ってるし」と、由香。



そういえば、バスに車椅子の人が乗ろうとして

バスが遅れても、文句を言う人は誰も居なかった。



車椅子席を畳もうとすると、都会だと「立ちたくない」とか

そういう人が必ず居た。



お年寄りが立っているのに、無視してゲームをやっている大人とか。


愛紗は、そういう人を見るのも嫌だった。


なんというか、怒り、ではなくて。

存在自体が無くなってほしいと思った。




「そういえばさ、タマちゃんが辞めた原因もそれだって。『ホントに嫌になった』って

言ってたって。」と、友里絵。




「・・・そうなんだ」と、愛紗。





由香も「うん、なんか、おばあさんに席を譲らない中年女を立たせたりしたら

その女がクレーム入れたんだとか」




「ふざけてるね」と、友里絵。



「そうなんだけど、当時の所長がほら、あの岩市だから」と、由香。




「なるほど」と、友里絵。




「有馬さんはなんていってたの?」と、愛紗。



友里絵は「うん。『あいつは、こういう世界には馴染めないな』 だって。」



それは、愛紗が言われた事と同じだった。




「あ!時間。」と、由香。



デパートの大きな時計は、もうじき12時!







「大変!」と、エスカレータを逆に降りようとしても無理だ。

3階まで上がってきてしまった。



下りのエスカレータは反対側。



駆け出すわけにも行かないデパート。






それでも早足であるいて。



エスカレータが遅いのでイライラしながら(笑)

それでもエスカレータを歩いたりはせずに


一階まで降りた。




「駅まで5分くらいだから。急がなくても大丈夫」と、愛紗。



「そうだけど。12時20分でしょ?特急」と、由香。



「間に合わなければ、別のプランで行けばいいよ」と、友里絵は

案外に物分りがいい。



確かに、13時台にも特急はあるだろう。


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