第135話 トキハ前

「これからどーするの?」と、友里絵は

アイスクリームをストローで突っつきながら。


愛紗は「真っ直ぐ指宿まで行くなら、久大本線の特急で久留米まで。

そこから新幹線で、西鹿児島まで。そこから指宿まで。4時くらいには着くと思う」


由香は「さーすが駅員さん」と、笑う。


ソーダのほうを半分くらい飲んでて、クリームが引っ込んでから

すくってたり。


「まっすぐ行かなければ?」と、友里絵。



「うん。豊肥本線の特急で熊本まで。そこから新幹線。あとは同じだけど

大分を出るのが14時くらいだから、先に普通列車で三重町辺りまで乗ってから

乗り継ぐとか。

それか・・・

由布院まで普通列車で行って「ゆふいんの森」で久留米まで。」



「いっぱいだねー。プラン。どれがいいだろ?ねえ由香?」と。友里絵。



由香は「菜由が来てから決めれば?時間のゆとりがあればね」と。ダイヤを気にするのは

ガイドである。



「・・・そうね、最初に出る特急は12時20分だから、駅で待ち合わせても

のんびり考えてると乗り遅れるね」と、愛紗。




由香は「じゃあさ、プランを送って選んでもらえば?三択にして」



友里絵は「冴えてるーぅ」



「へへ」と、由香は楽しそう。




愛紗は「そうしてみるね」と、メールに書いた。


でもまあ、菜由の性格からすると「みんなで決めて」と言うかな、と

思っていた。



昨日もそうだったし。


優しい子だもの。




とりあえず、送ってみた。




「よしと。じゃ、トキハに行くか!」と、友里絵。




「時間は・・・大丈夫だ」と、由香は壁の時計を見て。


まだ11時にもならない。



ニチイを出て、とことこと歩く友里絵。


アーケードを渡って。大通り。


片側3車線の。国道じゃないけれど。



「都会みたい」と、由香。



「ほんとだ」と、友里絵。




バス停が幾つも、並行してあるのも都会っぽい。


そのひとつのバス停で、車椅子の婦人が乗れずに困っていた。


運転手も新人なのか、車椅子スロープの扱いが分からない。




「ああ」と、愛紗は思い出して。



その運転手に「ちょっと失礼」と、横から。



バスはいすゞエルガだったので、ノンステップの中扉の下に

スロープが収納されている。


ふたつ、押しボタンがあって

それを押して捻ると、スロープを引くハンドルになる。


「その前に、車椅子スペースを確保しないと」と

愛紗は運転手さんに「車椅子スペースの椅子を畳んでください」と言ったが

それも分からないらしい。




それは友里絵が知っていた。「ちょっと、ごめん」と、人を分けて、


後ろに向かう最初のステップのところの前の補助椅子に車椅子マークがある。


そこに乗っていたおじさんに「すみません」と言うと


おじさんは「はいよ」と、にこにこ。



大分の人はやさしい。





愛紗は、車椅子スロープを引き出した。が。

歩道との境界に当たって、スロープが上手く降りない。



予め、車椅子スロープを考えて左に寄せないと、そうなる。


運転士も、そのことを知らなかったのだろう。




「運転手さん、少し左に寄せてバックしてください」と、愛紗。


そうすれば、スロープが歩道に乗るのだが

今のままだと、宙ぶらりん。


運転手は新人らしく、「私は・・・ちょっと怖いです。」



愛紗は「大丈夫。今の位置を運転席から左を見て覚えて。

2mくらい前に出して。

左ミラーを見ながら、自分の前の位置の変化で

今の、スロープと歩道の隙間の分だけ寄せればいいの。」


と、大岡山で森に教わったとおりのことを教えた。




運転士は「やってみます」



一旦ドアを閉じ、バスはゆっくり前に。


後続のバスには、先に行って貰うように

由香がバス停の後ろで合図。


慣れたものだ。



なんといっても、誘導はガイドの大切な仕事だ。




後続のバスも、エア・ホーンを軽く鳴らして追い越していく。


笑顔で左手を上げて。







一旦前に出たバスは、ゆっくりゆっくり左に寄りながらバック。


すこーしだけ左に寄せて。ストップ!と、愛紗は

手のひらで合図。



同じ手順でスロープを引き出して。



さっ、と。


ステンレスの踏み板は、ほとんど使われていないようだ。

表面に滑り止めの、サンドペーパーが貼られている。



車椅子の後ろに回り、愛紗は「少し揺れますよ」と。


ブレーキハンドルを握って、押す。


しかし・・・重い。



運転手と、友里絵が手伝って。なんとか乗せられたが

車内に乗せてから、狭いスペースで方向を変えて。


進行方向に向けて90度ターン。


床に固定するタイダウン・ベルトで車椅子を止める。


フックは、床に折りたたまれているが・・・ベルトが見当たらない。



「運転手さん、タイダウンはどこですか?」と聞くと



「さあ・・・この車は担当でないものですから。すみません」



車内を見回す。



「ふつうは・・・整理券発券器の辺りに丸めてあるのだけど」



と、見てみたが分からない。



「どうしよう」と、考えていてもバスは遅れるだけだ。



さっき、立ってくれたおじさんが「いいよ、この人が降りるまで

ブレーキ握っておいて上げる。ストッパーも掛ければ」と。



「ありがとうございます、おねがいします」と、愛紗。



「運転手さん、ゆっくり走ってください」と言うと


運転手は「分かりました。ありがとう」と、言って


運転席に向かった。



愛紗はバスを降りて。



「手が汚れたゃった」と。笑う。




「かっこいー。」と、友里絵。



由香は「ほんと、あたしも早くドライバーになりたいって思った」。



愛紗は「えへ」と。ちょっと、楽しい。




ちょっと、仕事に誇りが持てたような気がした。




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