第67話 電鉄運転士

「まあ、でもいい所で。喜多見ってね。

修道院があったりして、緑豊かで。

車庫の上が緑地公園になってて。あれは驚いたな。中は暗いだろうに」



地下鉄の車庫だったかも、なんて

山岡は楽しそうだった。





「その時も、マニュアル読んで来たっぽい

型紙通りの人がいっぱいきたな。

声だけ元気だけど、なんか、気持ちが入ってないと言うか。叫んでるだけ。返事も。」





愛紗は、なんとなく分かる。

それでも入社したいから、演技してでも

入りたい。




「真剣じゃないんだね。演技って

見える。


本当に、入りたいんじゃなくて、

やりたくないんだけど、入れればいいんだよって

荒んだ声なのね。」





愛紗は、なんとなく

大岡山に居た流れ者ドライバで、事故を起こして辞めるタイプと似ている、と

思った。



嫌々やってるんだよ。




そういう気持ちに見える。




そう思ってないかもしれないけど、そう見える。





まあ、大岡山ではそういうドライバは

いつか居なくなるのだけど。




「人間ってそんなに利口じゃないからね。

自分のしたい事なんてわからないもの。



食べたいとか、そんな単純な事だって



どんなものを食べたいか、なんて


所までは、気持ちの中までわからないから。



若いうちは特にそうだね。


欲求>[気持ち 力>]>行動

だから。欲求なんて動物的だもの。


変にマニュアルなんて見ない方がいいんだよ。



山岡は「そこ行くと、岳南鉄道はよかったな。

こじんまりした事務所で。鉄道運転士候補を

募集してたっけ。

そこも30倍くらいだった。最終まで残ったんだけどね」




愛紗は「どうして入れなかったんですか?」




山岡は「うん、貨物のね、入れ替えがあるんだ。

貨車を一台で走らせて、連結する前に


連結係が飛び乗ってブレーキを掛ける。


それが年齢的に難しいと思われたらしい」




愛紗は「年齢は仕方ないですね」




山岡は「まあ、それで入ったらしい若い人も

運転士免許を取ったら辞めたらしいね。それ目的だったんだろう」





愛紗は「はい。」




感情的に怒るのは、女の子として


可愛いとは言えないし(笑)



恥ずかしいから、言わないけど



狡いと思うところもあった。




山岡は「まあ、費用を払う事になるんだろうけどね。700万円だったか。」




愛紗は「そんなに。」




それでも、普通は取れない免許だから。


しかし山岡は「業界は狭いから、前職で

そういう事をすると採用されない。それはそうだと思う。」




愛紗は、なんとなく記憶がある。



大岡山を辞めようとした、組合委員長は


山海バスを不合格になった。



そういう、会社同士の礼儀みたいなところもあったのだろう。





山岡は「他にもいろいろ行ったな。伊豆急行、東急、京急、相鉄、富士急、山海、東山」




愛紗は「東山にもいらしたんですか」



山岡は「はい。」



愛紗は「わたし、東山なんです」


と、余計な事を言ってしまったかな、と


後で後悔(笑)。






山岡は「そうですか。あそこはいい会社だ。

人を見ている。」




愛紗は、「ありがとうございます」と

なんとなくお礼。



こういう感覚も、最近はダサいんだそうだ。


自分だけ、利己がカッコイイ。



それはまあ、ポーズとしては

そうかもしれないが。



せいぜい中学生レベルと、愛紗でも思う。



山岡は「仕事ってね。動物だったらさ、

餌を取る行動なんだね。食えればいいんだけど。お金を、その代わりに貰えばいいなら

いろいろ、ギャンブルみたいな仕事もあるさ。

相場で儲けるとかね。



知人にね、仕事を辞めてそれを

一日中やってる人、いるけど。

荒んじゃう。


過ごした時間も人生だから。

動物だってさ、走り回って餌を探して

だから美味しいんだよ。

御馳走って言うでしょう。



そうでなくて、お金の為に

相場を読んで、なんて事をしても

あんまり嬉しくないね。

爽快じゃない。



それが好きならいいけど、不健康だと思う。



達成感とかさ、積み上げて自分が

もっと、いい自分に成れるとかさ。


そういう方がいいんだよ。きっと。」



山岡の言葉は、なんとなく解る。




愛紗は、運転士の仕事にそれがあると

思ったのだろうと自問。





でも、経験者ではないから解る訳もない。



やってみて、ダメっぽかったのかな、バスは。

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