第66話 ローカルバス

山岡は「楽しい事もいっぱいありました。

長閑な山並みを見ながら、風の香りを楽しんだり。春の香りと、秋の香り。

それぞれあるんですね。のんびりバスを走らせて。

おばあちゃんとか、おじいちゃんが

ありがとう、って笑顔で乗ってくれる。

雨の日なんか、とっても喜ばれたり。」




愛紗は、なんとなく

故郷の景色を思い出していた。

でも、親元で運転手をするのは


許しがないと出来ない。




まあ、それはいいか。


気分は軽くなった。



「バスの仕事、楽しいんですね」と

愛紗は尋ねる。





山岡は「まあ、日本では

積極的に選ぶ仕事でもないですね。それより

若い人なら、鉄道の駅員とか。新幹線の乗務員」



山岡は楽しそうに話す。


新幹線の駅員の仕事を、受験した時の事。





「案内が悪くて。地図で調べて

丸の内の会社に行ったら、試験は

東京駅のホテルでやると言われて。

ステーションホテル」




愛紗は驚く。




「あの、高級ホテルで。」




山岡は笑顔で頷き「それだけで楽しかったね。受験者は50人くらい居たな。殆どが

若い人だけど。筆記試験は割と真面目な

算数とか、一般常識。それとクレベリン」




「クレベリン、どこでもありますね。」



東山は変わっていて、新人研修で行った。



尤も、経験者採用だと言う事もある。



「筆記試験の途中で、誰かの携帯電話が鳴った。その本人は、知らないふりをした。

携帯電話はマナーに、と言っているのを

忘れたんだな。でも、誰の電話かまあ、音で

分かる。運悪く、派手な着信メロディーだった。」


愛紗は、悪いと思ったけど笑ってしまう。




「それで、試験官が来てね。その男の子は退場させられた。ちょっと可哀相だったけど、

鳴りはじめの時に対処すべきだったんだね。

駅員だもん。知らん顔は良くないって

思われたんじゃないかな。

若い男の子だった。」



「可哀相ですね」と、愛紗は

同情する。





山岡は、「運命もあるね。そんな時電話が

来るなんて。」





愛紗は思う。



そういうのって、仕方ないとこもあるけど。


その受験者がどうなったのかも気になる。





山岡は「その日は、20倍くらいだったのかな。倍率。」




愛紗は驚く。「ふたり採用で、40人。」




山岡は「でも、中途採用だから、そんなものだろうと思う。と言う事は、新卒がどんどん辞めてるんだろうね。」




愛紗は「どうしてなのでしょうね。」






寝台特急富士は、結構な速度で

東海道線を下っている。




もう、18時くらいなので

そろそろ熱海だろうか。







山岡は「勤務がね。夜勤というか24時間勤務で8時間休息。といっても、ご飯食べたりお風呂はいれば、寝る時間ってそんなにない」




愛紗は「バスみたいですね」




山岡は「そうそう。法律でね、残業は8時間できるから、そうなっているんだけど。

まあ、駅員ならね。あまりどうと言う事もないけど、ドライバーはね、危ないね。」




愛紗は、なんとなく分かる。


バスガイドも、似てるけど


運転はしない。





山岡は、他の話もした。




小田急電鉄の採用試験。



「そうそう、喜多見のね、研修所であったな。

100人くらい来たっけ。」




愛紗は「どうして、あちこち受験されたんですか?」




山岡は「話の種だね。入れるとは

元々思ってない。若い方が有利だもの」


愛紗は「話の種」ちょっと笑ってしまった。



山岡は笑顔で「旅行作家をしてるとね。

そういうお話は、読者さんが喜ぶもの」



愛紗は思う。そうかもしれない。


入った事のない所、見てみたいものだ。

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