第68話 仕事とひと

山岡は、楽しそうに続けます。


「なので、仕事なんてやってみないとわからないし、

バスの運転手って、若い人がこれ!って決める仕事じゃないよ。

安全を守る仕事なら、若い人なら鉄道もあるし、警察官や

消防、自衛官とか。そういうのもいいんじゃないかなぁ。」



愛紗はなんとなく、自分が


ふわっとした空想だけで、制服に憧れていたような

そんな自分に気が付く。


他に、いろいろやってみてもいいんじゃないかな、と言う

山岡の言葉は、

実際にそうしてきたのだろうから、共感が出来た。


何かになりたいなんて、動物なら、ない。


そういうのも、確かに判る。


仕事なんて、したい、って思ってするものでもないのかもしれないし

バスの運転手さんは、そういえば転職した人ばかりだった大岡山。


「鉄道と違うなー。」と、愛紗は思う。


山岡は楽しそうに「そうそう。私鉄なら結構あるね。鉄道の仕事。

でもね、鉄道だから安全って事もないんだ。例えばね、パノラマ車両ってあるでしょ。

電車の先頭が展望車になっているの。」



愛紗は「はい。」



記憶がある。九州にもあったような気がする。


山岡は「あれってね。客室との仕切り硝子がね。非常ブレーキを掛けると

前が見えなくなるの。何故か判る?」



愛紗は、なんとなく。

大岡山での事故の経験とかを連想して。



山岡は「そう、なのでね。心優しい女の子はさ、男としては

やっぱりそのままでいてほしいものなんだよ。そういう人を

大事にしようって、男は頑張る気持ちになるんだもの。


みんな男みたいになっちゃうと、男って何もする事なくなっちゃうのね。





うーん、そうなのか。


愛紗は、元々特性が違う男と女の生物的な特徴を思う。


自分は、好きで女に生まれた訳でもないけれど

無理して男の仕事をしなくてもいいかもしれない。




ロビーカーは、結構騒々しい。



空間が広いし、防音も寝台車程でもないからで


面白いことに、公衆電話スペースは硝子で仕切られていて

音が響かないようになっている。




そこで、車内アナウンスが入る。




まもなく、熱海に着きます。お出口は右側、2番線に到着致します。

停車時間短くなっております。ホームに下りられましてのお買い物、

ご注意下さい。






シンプルな案内だが、ここで降りる人もいないと

思われるので、これでいい。




列車は、海岸沿いの高台、見晴らしの良いところを

走っている。



絶景である。


トンネル新線が増えたので、ほとんど直線だから

それほど揺れもない。





山岡は更に「鉄道だったらねー。そうだなぁ。車掌でもね事故処理って

あるんだよ。喜劇映画じゃないけどね。本当にあるんだよ。」と



映画の「男はつらいよ」で


悩みのあるサラリーマンが鉄道で死のうとして

失敗し、電車の床下に頭をぶつける、なんてシーンを

おかしく話す。




「それなので、あんまり女の子はね。みんな、怖い顔に

なっていくもの。それだったらまだ、マイクロバスくらいの方がいいかもね。

スピードも遅いし。避けられるもの。」




と、山岡は笑う。


愛紗は「そうかもしれません。私、ドライバーを志望したんですけど

故郷に転勤を薦められました。」と、つい本当の事を言った。





山岡は「あー。そう思うかもしれないね。田舎のバスは楽しいと思うな。

僕もやってたけど。」


と、思い出話しをした。



静岡鉄道の入社試験は、道路を走って一回り、車庫入れ。

筆記はほとんど中学生くらいのレベル。

受験者は、ノーネクタイが多くて、おじさんも多かったけど

だいたい受かってた。


文句の多い人は落ちていた。そういうところは見ているのが会社。


東海バスも似ていたけれども、こちらは健康チェックが厳重で

脳波の精密測定もやったり。


伊東ののんびりした病院なので、楽しかった事。


ただ、人手不足で勤務が厳しく、会社は管理的だった。


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