第49話 海岸のドライブ

駅に向かう道路は、鉄道が地平なので

トンネル。



東側は大変古く、戦前の造りで

大型だと、殆ど一杯に見えるが

なんなく通過しているのは、みんなプロである。


ごく稀に、県外の観光バスがトンネルに

嵌まってしまい、通行止めになる。



そのくらいの狭さ、歩道トンネルが別にあるのだが


知らない旅行者が、歩道のないトンネルを

歩く事があるので


以前、深町がそれを乗せた事があった。




普通、回送の時は

西側に出来た、遠回りのトンネルを使うが



ここだと、楽々でトレーラも通れるくらい。



元々は道路がない場所だったのだ。




そこを通過し、左折して


駅の方へいくところだが、斎藤は「ま、いいね路線覚えてもしょうがないし」と言って

そのまま直進。





斎藤が、無線のスイッチを入れると


なにやら騒がしい。



東、東、こちら641。



641どうぞ。



ケガ人はなし、どうぞ。





斎藤は「事故かな。よくあるな、最近」



と、平気な顔をしている。



そのくらいになれないとダメなんだろうか。



と。




これは、アナログの業務無線。


昔ながらのもので、地域のバス会社は共通で


会社にある機械は、全てが聞けるが

バス側では、トーンスケルチと言って



同じ会社の無線しか聞こえない。




だから、無線で変な事を言うと

筒抜けになるので



事故報告や、ミスの連絡は

電話でする事が普通。



「ま、気にしないでね。どの道ここじゃ

乗らないし」と、斎藤。




愛紗も、そういわれると気楽だ。





海岸通りに出て、急行バスの回送ルート。





前を走っているのは、急行、路線の


バス。


担当は恵美だ。





斎藤は「そういえば、恵美をたまの嫁にしようと会社で言ってた頃だったっけ。たまが辞めたの」



というか、恵美が野田にそう言ったのが

原因(笑)。



愛紗はその話題に、関わらないつもり(笑)。


なんとなく。





斎藤は続ける。「ま、今の所長の娘、あれも酷いからなー。ははは。」




それで、恵美も結構喜んで居たのだけど。



愛紗には、なんとなく解る。


恵美は、白いアルファードを

離婚相手から貰って、それに平気で乗るような

女。




比較的美人だが、友利絵の言ったように


そういう女は苦手っぽいだろうと思う。




友利絵のように、心を大切にする女の子が

いいのだろう。





そんな風に思える。




斎藤は、シフトを5に上げて、ゆっくりクルーズ。




「横田さんも、いい人でね。たまも

信頼してた。」


その横田が、縁談の話をするのも


多分嫌だったろうと、愛紗は思う。



横田は、情け深いので

恵美のような女を嫁に貰ったが

先に死なれてしまい、娘を育てあげた。

それは立派な人生だろうけど、もう少し今は過酷だ。



横田が生きて来た時代より。





自身、故郷に居ると

そういう話が来て、勝手に決められてしまう。



断れない圧力みたいなものが、如何にも嫌だった。



そういう、女同士の押し付けみたいのも

愛紗は嫌で



それで逃げてきたのもあった。




先行する急行バスが、東子駅へと曲がり


再び、ソロ。



50km/hで快調に。


斎藤は笑顔。「いいでしょ?仕事でドライブできるんだもの。田舎でね、定期観光なんていいね。きっと。」


斎藤自身も、前は観光を担当していたが

定年。


路線に時々乗っているのは、後継者がいないから。




「そう、それとね。地域の人と触れ合えたり。

いい人の方が多いよ。本当。田舎はね。

クレーマーってね、みんなよそ者なんだよ。

当たり前だけど。地元だったら

そんな事してたら相手にされなくなっちゃうし」


それは理解できる愛紗である。


この町は、田舎だったところに

工場が建ったりしたので

都会から人が入って来て、混乱してるというか

そんな感じ。



海辺のドライブも、結構楽しい。




「路線もね、こういう所は人気あるの。

恵美も、こっちを担当してて」斎藤。




でも、若い男の子ドライバーが

住宅地を担当すると事故ばかり起こすので(笑)


こちらを譲って、高速や特急へ行った。


そうすると、若い男の子ドライバーは

最初から楽なところばかりを選びたがって



経験もないのに高速や特急を担当して

大事故を起こす、なんてパターンが

続いてる。



斎藤は「女の方がいいね、狡くない人多いし。

やっぱ、お母さんくらいになるとね。

赤ちゃん育てるから、社会をちゃんとしなきゃって思うんだろね。」




愛紗は思い出す。


そういえば、友利絵も由香も



赤ちゃんを早くほしい、と言っていた。



愛紗自身にはそんなに切実でもない。




「私って向いてないのかな」愛紗がなんとなく呟くと、斎藤は



「いやいや。それは。向いてないっていうと

誰でもそうだよ。向いてる奴なんていない。

危ないんだもの。昔はね、その危険に見合う

賃金が出たから俺達もやっていた」



事実、斎藤の賃金は本社扱いなので

定年前は、契約で入った深町たちの

倍くらい。


それが時代の違いである。



それでも、定年後に辞めずに残るのは

責任感、仕事への愛である。



俺がやらずに、誰がやる。



そのくらい人が足りなくなっているのだ。





斎藤は「うん、だから、たまちゃんみたいにもっといい仕事してね。それが終わって、

仕事なくなったら来ればいいよ。これって

そんな程度のもんなんだ。まだ若い日生さんならさ、まだ電車の運転手でも、駅員でも。

こういう仕事が好きなら、できるチャンスがあるよ」


と、深町が昨日、温泉休暇センターで言った事と

同じ事を言った。

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