第48話 2m

運転席が、1mくらい前輪から離れてるので

すごく運転しにくい。



7m車なら、前輪の上に乗っているので

ハンドルを切るとすぐに車が動く感じがあるけど


9mになると、ハンドルを切ると

車が曲がり過ぎてしまう。



当たり前で、外から見ると


乗用車ならバンパーの上あたりに

座っているのと同じだから。


それなので、かなりゆっくりめに

切る。



トラックでも、こんな感じはない。



バス独特。




ゆっくり、ゆっくり。




それが、船に乗っているような

気持ちよさを呼ぶ。



12mの観光だと、更に重いし

高さがあるので、余計揺れる。



電車に近い感じになる。



でも、これで町を走るのはさすがに怖いので



大岡山でも、大型路線は広い道だけ。



どうしてかと言うと、対向車が来たら

すれ違いが出来ないから。




それなので、狭い道で譲り合うのが下手な

自己中ドライバーは自然に

事故を起こして居なくなる。



自然淘汰である。



大岡山でも、若い男の子ドライバーは


大型に行きたがる。


観光は封建で、リーダーが命令するのに

堪えられないらしい(笑)。



車庫の中は、舗装されているけど

元々たんぼなので、地面が下がって。


排水溝の所だけ、鉄骨があるので

そこを頂点に、凹んでいた。



近くを走っている国道バイパスは、それを見越して

泥の上に発泡スチロールを載せて

そこに舗装すると言うフローティング構造

になっている。

ので、まっ平ら。


強固がいい訳でもない。



それは、例えば正義だの、善悪だの

言うよりも


関わらない深町のような生き方が

楽なのと、似ている。





どすん、どすん、と

バスが凹みを通る度に、車体が沈む。




結構、乗り心地はいい。


車庫出口は、9m車では狭く感じる。


斎藤は「ああ、じゃ、代わろう」と言って

運転席に乗り、慣れた感しで

シート位置なんて気にせず、走りだして

すっ、と左折。


右ぎりぎりに寄って

左の後輪が回るよう、斜めに曲がりながら

対向車線へ出る。


それなので、対向車との譲り合いができないと

バスは乗れない。



これができない若いのが多いと、斎藤は言う。



「せっかちなんだなー。なんか。5秒も待てないで出ていって、通れない。馬鹿だとしか思えない」と、斎藤。



すまほ病だよあれ、と斎藤。




愛紗「そうかもしれないですね」と。




良く解らないけど(笑)。




自分勝手な人は多いように、ガイドをしていた時も思っていた。



急に増えたような気もしている。


乗務中はすまほ、なんて見れないので


それがかえって健康的だったのかもしれない。




「森野ね、3551の担当は、たまに感謝してたけど。でもね、前の日走ってたから

オイルからっぽって有り得ないって」




愛紗は「それだといたずらですか」



それが出来るのは、深夜だ。



斎藤は「うん、そういう事が続いてね、組合も監視するようになった。たまの乗務とか

車とかが、変にならないか」



愛紗「ありがたい事ですね」




斎藤は、にこにこして「いやいや。事故があったら皆が困るしね。誰がしてるかは

大体解ってるし、そういういたずらはダメだ。」




愛紗「そうですか」



斎藤「困ってる奴にね、悪い事するのは

ダメだな。」



愛紗「そうですね」




斎藤「だから、戻ってきてほしい、と思ってもね。他でいい仕事してるなら、それが終わってからでいいんじゃない?こんな仕事。

その程度の物だから、バスなんてさ。昔と違うんだよ」



愛紗「昔はそうでなかったんですか?」



斎藤「うん。金払うから我が儘言わせろ、なんてのは降ろしたね。そもそも降ろしていい、って法律にある」




愛紗「はい。教習所で習いました」




ー道交法、ドライバーの乗員保護義務。

安全でない場合は運行してはならないー



「そう、それでね。たまがね。クレーマーに襲われた。その時は、車内事故で金を取る人が居てね。

バスの中でわざと転んで、治療費よこせとか」




「酷いですね」愛紗はまた、憂鬱になってきた。



「うん、その時も遠藤さんとかね、あの、たまがバス借りた人。タクシーにぶつけた。2159だったかな。あの人も被害にあった。」



「どんな感じだったんですか」愛紗は、あまり気乗りがせず、外の景色を見た。


こんなに明るい春なのに。



希望があったはずなのに。




斎藤は、続ける。「うん、バスの運転が乱暴だったから、座席にお腹をぶつけた。って

無茶苦茶なんだね。それでお金払えって」




愛紗は、答える気持ちもなくなってきた。



斎藤は、続ける。「その後だから、たまちゃんがね、同じクレーマーがね。駅の北口かな、あの一つ先の、普通人が乗らない停留所から乗って来て。席が空いてるのに立った。」




愛紗は「危ないですね」



斎藤は「うん、指令がね、そういう時はマイクで着席案内をしろって言ってる。運輸省令でも出てるので、たまもそうしたら、座らないで立ってる。なので、座るまで動かすなって指導してたんだな。指令が」




愛紗は黙って聞いていた。バスは走り出し、国道を東に向かった。駅の方だ。


もう、どうでもいいような気持ちになってきた。




斎藤は、続ける「それで、クレーマーは怒った、でも座った。座りながら吠えていて、次の停留所で降りて会社にクレーム電話した。たまは指示通りにしただけ、なんだな。」




愛紗は「それで、どうなったんですか?」



斎藤は「俺達も弁護したんだな。岩市が

イジメたが、その時はそうでもなかった。

たまには言論じゃかなわないって解ったんだろう」




バスは、加速を続ける。大型なのでパワーはある。


あっという間な感じで

駅へ向かう南進道路に交差、右折。


大型だと、ゆるーり、と、動く。



外車のディーラーや、デパートがある

綺麗な通りだ。


斎藤は「うん、嫌になったでしょ、聞いてて」


愛紗は素直に「はい。」




斎藤は「そう、たまちゃんもそう言ってた。

上品な世界に住む人なんだよ、たまちゃんも

君も。平和なね。今は変わってしまった。

大岡山も、前はこんなじゃなかったんだが」


愛紗は「それで、深町さんは辞められたんですか?」



斎藤は頷き「うん、古参のね、横田さんが。7951に乗ってた。給油しながらそう聴いたって。嫌になったらしいね。」



愛紗は「そうですか....。」まあ、無理に

する事もないのだろう。


楽しい事も一杯あるって聴いたけど、木滑さんから。



斎藤は「だから、研修は型だけでさ。大岡山で運転手はしない

方がいいよ、景色のいい田舎でさ、のんびり。観光バスでもいいんじゃない?乗るなら。

定期観光とか。ここは地震の後変だから」


愛紗は、なんとなく同意しながら


バスに載せられてドライブを楽しむ気持ちになった。

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