第50話 切実な

その深町自身は、別に鉄人でも危険人物でもなく

関わりたくないだけだった。


結婚を避けたのも、それをしても疲れるだけだと

回りを見ていて思ったから逃げただけだった。


わざわざ苦労を背負い込む必要もない。


それで、子供を残す意味が今の社会にない。

子供がまともに育つ可能性も不明。


なら、そんなものに投資するよりは

自分が死ぬまで生きればいい、せいぜい両親の世話をすれば。


そう思っているだけだったから、友里絵にも由香にも、愛紗にも

距離を置いていた。


それが、「男」と言う想像で女たちは深町を類推するから


誤解を呼ぶらしい。



想像がおかしいのである(笑)。



実際、朝6時ー21時ー翌朝6時

なんていう乗務でも、実際は

起床4時半ー帰宅22時半ー起床4時半


なんて事になるから、これで人間らしく暮せと言っても無理な話だ

(東山はまだ良心的で、山海などは16時間勤務があるので

朝5時ー21時ー翌朝5がある事になる。)。



全て、規制緩和のせいだった。(現在は規制強化され、13時間が

努力目標になっているし、週間労働時間規制が行われ

連続6時間乗務禁止、昼休み労働禁止と

当たり前の労基法通りの規制となったから

幾分楽である)。









ふたりを乗せた大型バスは、バイパス道路に入り

海辺の工業地帯を走る。

西営業所管轄の方。工場引き込みの線路が多く


それで、DMVの導入が検討されていたりした。



快適に、今度は60km/hで走るが左レーン。


大型トラックが飛ばして走っているので、邪魔にならないようにと配慮である。



「これはどこでも通用するけどね、貨物の人は疲れてるし時間に追われてるから。

バスよりね。邪魔にならないようにしないとトラブルになるよ」

と、斉藤。


斉藤は、トラック経験も勿論あるので実感として判る。


寝不足はもっとバスより酷いが、肉体労働もあるので

割と緊張で持っているところもある。


昼間は渋滞してしまって走れないから、である。


それなので、夜になってから走って目的地で眠る。



そんな生活が、ま、楽しいと言えば楽しいのは不思議で

旅の暮らし、みたいなものだから



それで、観光バスに乗り換えたのは、年を取って疲れが出たのもある。




それから、ずっと観光バスだった。



そういう年輪から滲み出る言葉は、学者の言葉より

真実味があると愛紗も思う。



素直に従いたくなるのは、その人の押し付けが感じられないからだし


その人も、そういう自然の流れを感じて言っているだけだから。




バスは、3車線の中央レーンに移り、2kmほど。


「燃料もったいないね」と、斉藤は日焼けの赤ら顔で笑う。


愛紗も笑う。でもまあ、これが何れの業界のためになる。


そういう東山は、運輸大臣が居るくらいの会社なので

私鉄連合の重要な位置にあるから

こんな事を無駄と判っていてもする。



普通ならすぐに退職させるだろう。


新幹線の駅と立体交差して、更に北へ。上り坂を少し進み、高架のバイパス道路、

ここは80km/h制限であるので、普通路線バスは走らない。


シートベルトがないからである。


登りきると、料金所があるがバスはETCでフリー。


そこを過ぎて、左折すると西営業所だった。


「少し休憩ね」と、斉藤は慣れた手つきでバスを左折、簡単そうに

バックで車庫に入れた。


女の子だから、トイレの事とか気を使っているのだろう。


愛紗が、みわから聞いた話だと

30代半ばの女子ドライバーで、三原の担当をしていたが


トイレを我慢できずに、バスを


あの、みわが言っていた高専の裏に停めたかったが

その次の停留所で降りる客がひとり。



「待っててね」って言えばいいのに、ちょっと尖がった女だったので


それが言えず、無理に下ろしてしまって


トラブルになった事があった、と聞いた。



「切実ね。でも」と、愛紗も思う。



バスガイドも、そういう話はよく聞く。


山の中で休憩になってしまい、トイレが無く


恥ずかしいので草むらでしたところ、蛇に噛まれて


場所が場所なので、誰にも言えず


毒が回って死んでしまった、とか言う話。


今は、そんなこともないのだけど。



ドライバーは、もっときついだろう。


街中で路線バスをコンビニに停めると言うわけにもいかない(笑)








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