第27話 街道筋

愛紗は、その由香と友里絵のセクハラのやり過ごし方を

学ぶ気持で。

「ああやって、関わらなければいいのね。」

赤木がからかうと、恥ずかしがるからいけないんだ。

と、気づく。


「由香ちゃんも、友里絵ちゃんも凄いなぁ、同じ年なのに。」


と、まあ、愛紗はのんびりした育ちだからそう思う。


それも、まあ、どっちが優れてるってものでもない。


由香は、歩きながら「愛紗って可愛いね。守ってあげないと」


友里絵「私達が無くしちゃったようなもの、持ってるよね。羨ましい。」




その、無くしたもの、を愛紗はひけ目に感じているので

そんなもので、合った仕事をすればいいと



指令や、森などは思う。




3452に戻ると、暑くてちょっと大変。


午後の先生は誰かしら、と


1時半になるのを待っていた。


そうすると.....。


とことことこ、と

小柄で可愛らしい、ちょっと船越英一郎に似た感じの

でも40代くらいかな。



組合の委員長、木滑だった。


「こんにちはー。」と、にこにこするので

愛紗も、にこにこ。

気持が和らぐ。



木滑は「あ、楽にしてね。初日から大変だったみたいね。運、悪かったね。

楽しい事も一杯あるから。じゃードライブ、ドライブ。」と


エンジンを掛けた。運転席には乗らずに

シフトを揺すって中立を知る。


ピー、と音声案内の機械が反応し

料金収受の機械が「乗務員IDカードをかざして下さい」と、女声の

自動音声。



「あ、これはね。PASMOのね。SUICAと。まあ、今はいいよ。覚えないで。

IDカードを貰ったらこれをね。最初にかざす。

そうしないと使えないの。その前に料金箱をね、入れて

認識させるんだけどね、機械に。


バッテリが弱ってたり、寒いと

接触不良でつながらないから、少し揺すってあげるといいよ。


それと、この上のね、料金表示機の蓋を開けると

音声案内のね、ROM、録音したのが入ってて。

担当地区が変わると、入れ替えるの」と


すらすら。




愛紗は、覚え切れない。


「ああ、ゆっくりやるから、これもね。たまちゃんはすぐできたけど。

エンジニアだなぁ、やっぱ」




と。


愛紗は、あまり馴染みの無い

路線ドライバーの中で、知っている名前が出てきた事と

木滑とは、組合の関係で面識があるので

少し、気楽。



「今、どーしてるかなぁ」と、木滑は

ドアスイッチを確認し、非常コックを閉じた。


そのあたりはベテランである。おしゃべりしながらでも

間違えない。



降りていって、車留めを外し、収納ポケットにしまう。




「さーいこっかな。今日はまあ、初日だから、乗っててね。

運転はしなくていいよ。」と、木滑。


はい。と、愛紗。



気楽でいい。



「午前は何したの?」と木滑はギアを2に入れ、左右確認。

そういう時でも指差し確認は忘れない。


スムーズに走り出す。


「ああ、この車、和田のだから、クラッチ滑るでしょ。あいつヘタだから。

清田もそうだし。」



と、森と同じ事を言うので、愛紗はおかしくなって

少しくすり。


「面白かったかなー。はは。」と、木滑は楽しそう。


ラジオをつけたり、ずいぶんリラックス。



愛紗は「午前は、運動公園へ行って、坂道発進。

点検を習いました。」



木滑は「随分頑張ったねー。ふつうは、初日は走らせない。

点検だけだよ。オイル交換とか、電球類の交換とか。

そんなの」



森さん、急ぎすぎだよね、と木滑はにこにこ。車庫から

国道を西に向かう。



結構飛ばす。



愛紗は時々、深町と談笑している木滑を見かけた事がある。

オートバイ好きらしくて、割と話があうらしい。


市立病院の交差点を、左。

海岸通りの旧街道への連絡道路だ。



「自信なくなったんでしょ」と、木滑は言うので


愛紗はどっきりして「判りますか?」



木滑は笑って、ラジオをFMに切り替えた。

運転席から遠いので、結構難しいんだけど。


小柄な彼は、信号待ちで素早く。


大柄な人でも、手を伸ばしてやっと、くらいの距離。


もともと、路線バスは

ラジオを聴くように出来ていない。


車内マイクの拡声器と、兼用になっているので

計器板の下あたりのスイッチで、切り替えになっている。


回送の時、それを聞くのも楽しみのひとつ。



「まあ、森さん厳しい人だから。でも、最初っからできるわけないもの。

なんだって。」と木滑。



愛紗は「いえ、自信がないのは、わたしが女だから

暴力とか、無謀ドライバーとかに付けこまれやすいんじゃないか、と

思って。」




そういうと木滑は「うーん、そんな事ないと思うよ。俺だってこんなチビでさ

暴力振るわれたらひとたまりもないよ。それでもやってるもの。

無謀ドライバーは、まあ、仕方ないよね、当てられたら。

セクハラは、そうねー。まあ、男が好きな趣味もあるからさ。

どっちもどっち。たまちゃんだってさ、岩市が男も好きなんで

しつこくいじめられたんだし。」と、森みたいな事を言った。



愛紗は「それだけど、やっぱり女って損ですね。被害にあったら

ひとたまりもないし。」




木滑は、バスを加速させながら停留所を通過。

そのたびに、運転席右手のスイッチを押すと


車内に自動音声が流れる。「次は、あざみ原、お降りの方はボタンを押してください」



こうすると、判るでしょ、とにこにこ。



はい、と、愛紗もにこにこ。



つきあたりがT字路で、江戸時代からの街道だったところ。

その割に広いけど、そんなものだろう。



車内アナウンスが「出張所前ー。」とか

「片野駅入り口ー。」と。



つぎつぎに通過していく。



「まあ、セクハラとか暴力って、昼間はまあないから。

最初はここ、片野循環あたりのね、コミュニティバスを

担当じゃない?女の子は。」と、木滑はにこにこ。


それとて、愛紗にはまだ途方もないと思う。


慣れってそんなものだろうか。


結構早いペースで、西に向かうバスに


大型の路線バスがすれ違う。



にこやかに手を振っているのは、恵美だった。



愛紗も手を振る。


気配りもできて、優しくて。


あんないい人が、どうして離婚したりするのかな、なんて思うけど

車を見ると、なーんとなく理由がわかる感じもした(笑)。


派手な見かけだと、ヘンな男が寄ってくるんだろう。



愛紗のおばあちゃんは、控えめにしておいたほうがいいのよ、と

言っていた。


そういうものかもしれないな、なんて

すれ違った大型バスを見て、そう思う。


「まあ、大型の路線を女の子が担当するのも

そんな理由もあるね。変な人が少ない、のんびりした路線。

夜はないし。」



と、木滑。



そう言いながら、ローカル線の線路踏み切りに来た。


木滑は「ここはね。踏み切りの前後が道路、曲がってるから


大型が来ないか、見ててね、手前で待ってないと

曲がれない。」


と、木滑は、踏み切りのカーブの手前で

遠くを見ていた。

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