第18話 不安

「私に出来るでしょうか」愛紗は不安になり

森に尋ねた。



森は笑って「出来るさ、バスの前に何も無ければぶつからない。それだけだ。客扱いは

まあ、腰を低くしていれば大丈夫。

大岡山は、みんないい奴さ。良くない奴は

居なくなる。所長でも、社長でも」



愛紗は、それで思い出す。

深町がそれで一時休職となった後に


所長だった岩市は、死亡事故3件の

ドライバが何れも自害している事を

何故か警察が疑問視し、何度か

事情聴取を受けた。



その過程、裏社会との関係が発覚し


それを理由にして、本社は

元々定年を超えているので所長職を

退くように命じた。


元々、無理に残留していたのだった。




心に焦りが起きた岩市は、社有車の

ホンダオデッセイのガラスを割る事故を起こすが



何故か、退職した後の深町が事故現場を遠くから眺めていて



笑顔で眺めていたという。




それを、NECー駅線の運転士、恵美が

偶然通り掛かり、みんなに話した。




それは、偶然だったのだろうか?




誰が警察に通報したのだろう?


事故は、事件ではなかったのか?




いろいろ憶測が飛んだ、その時の

大岡山だった。


最初に深町と同期だった(8年前、数ヶ月だけ)森川は


丸顔で憎めない顔で

坊主頭なのは、深町と同年齢なのに髪が

減って来たせいらしい。


女の子にモテるのは、そちらが上手だと

云う噂(笑)


妻の他に3人ガールフレンドが居るとか。

高速路線は折り返しが長いので、例えば東京で6時間暇なんだろう。


人間、暇だとろくな事をしない(笑)。






「まあ、ないとも言えないね、事故は別にして」




森川は、元々トラック運転手だったが

規制緩和で格安ツアーバス運転手に。



そこが経営不安定で、給料が遅れるので

東山にやってきた。


今は高速路線バスの担当。





いすゞGALAの新車だが、リース車両。



リースというのは、こういうバス会社は

車両を管理会社が全国で一括購入して各営業所に配属する(新車)。


20年くらいで払い下げになる。


そういう仕組みなので、4804、なんて云うコード番号は変わらずに


営業所番号が前に付く。



大岡山はE、西営業所はW、湘南はS、なので

元々は横浜から来た7953はYと付いていた。



「まあ、何にしても所長が変わって良くなったよな」と、安里。


沖縄から来たと云う話しで、流れ者だったが

真っすぐで、明るい人物なので

東山に定着した。


観光と、高速路線バスの掛け持ち。



オールバックは、少し白髪染めを茶にしている。



「あいつのは、いじめだもんな」と、野田は

指令。



元々は路線ドライバで、観光もできる

叩き上げ。


48才くらい。



岩市が、気に入らない運転手やガイドに


きつい仕事を当てろと命令するとき

いつも、野田や、労働組合、古参運転手たちが

それを阻止していた。



野田は管理側なので、出世したければ

そうしない方がいいが




事故が起きたら困るのは指令である。




人が足りないのに、事故処理をしなくてはならない。




事故係にあたるハズの岩市が、やらないからだ。




岩市は、些細な事で始末書を書けと言い

何度も書き直しをさせたり


草むしりや、バスの清掃、車庫の清掃をさせたり。



してはいけない懲罰を、無権限なのに

行っていたりした。



それで、JR尼崎脱線事故のように

ミスを隠そうとする運転手は事故を起こす。




それを本社が知ったのは

本社への、お客様相談メールに

その詳細が、証拠物件付きで送られた事だった。



法律に詳しい者の行動であるらしかった。




何れにせよ、そんな感じで

悪い奴は

居なくなる、大岡山だった。



イジメなんて、余計な事をしている暇はないのだ。



愛紗を乗せて、森はバスを転がしていく。


下り坂なので、時折排気ブレーキを掛けて。


停留所の位置は、大体覚えられた。



住宅地が終わり、広い道路の作りかけが

交差していて


でも、細い道を真っすぐ。

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