第11話 指導

その先は、緩いカーブだが

まだ、道幅は広い。


カーブに差し掛かると、森は「左に寄り過ぎだな。なれるまでは内輪側の

ミラーを見て。夜はそのために後輪の所にランプがついている。」


と。まだ、カメラつきのバスが少ない頃で、ドライブレコーダも少なかった。

高床のバスは、これはまだ木の床に、床油と言うワックスを染ませて

防腐させていた。


「もっと、カーブでは自分が外に出ないと、後ろのタイヤが通れない」と

森。


愛紗は気にしてはいるものの、どうも、自分がはみ出るのは怖い。



「判るが、大きい車はそういうものだから、カーブでは対向車がいない事を

確認してからはみ出て回る」と、森。



そういうものなんだ、と

愛紗も、そういえば観光バスにガイドとして乗っていて

そんな場面になったことを思い出す。

それは12m車なので、もっと大きかった。

交差点などは、左回りの時など対向車線に出てから回るか

斜めにまっすぐ進んで、左後輪が角を過ぎてからハンドルを切っていた。


今乗っているのは7mなので、まだ楽だ。



道が段々狭くなり、山岳カーブになる。

片側1車線だから、それでも幅は5mくらいはある。



森は「速度を落として、ゆっくり確認すれば大丈夫だ。自分が通り過ぎて

その速度で、後ろのタイヤが通ったな、と思ったらハンドルを切ればいいし

はみ出て良ければ外へでる」


愛紗は「はい」と言いながら次の右カーブ。

対向車が入ってきたので、思わずブレーキを踏む。


空気ブレーキは、思ったよりも急ブレーキになる。


森は「ま、なれるだろう。踏みかけのところで急に利くからな。

空気で押しているから。」と。


空気圧=>バルブ=>ブレーキ油圧


このバルブをペダルで押すので、微妙に利かせるのは難しい。

電車の運転手さんのブレーキのような操作をしてもいいけれど

上手いバスドライバーは、僅かにバルブを開く感覚を得ている。


空気が漏れる音が全くしない程度に。



森は「まあ、カーブなら排気ブレーキ程度でいいし。立ち客がいたら

それも難しい。いすゞは排気が良く利くので。」と。


左カーブの対向車が怖いが、右にあるガードレールに当たりそうでそれも怖いと

愛紗は思う。


森は「それも慣れだけど、確実なのはカーブミラーや、こういう道なら先を見ていて

車が来ない時に入る方がいい。もし、向こうから観光バスや

トレーラーが来たらこちらが下がるより他はない。」



そういう譲り合い、暗黙の了解がある。


プロ運転手の仁義のようなものだが、自分勝手では生きていけないのだ。



あまり妙な運転をすると、会社にクレームが来たり

バスなら、バス協会とか運輸省に手紙を送られたりする。


そうすると会社に監査が入り、余計なところまで探られる。


どんな会社でも些細な規則違反くらいはあるし、

バス会社なら人員不足で、例えばこの東山でも

休日出勤は割と当たり前、超過勤務も普通だった。

バスの場合超過は残業と云っても、途中で帰れないから

半ば強制になってしまう。


労働基準法上はグレーである。


基準では、昼休みの間に仕事をさせてはいけないのも労働基準法だが


だいたい、その時間に学生の送迎貸切とかが入るので


大岡山でも、内緒で走らせていた。

(現在はできない)。



そういう事が発覚すると、指導になってしまう。


それを越えて、尚安全でなくてはならない仕事。それが路線バスである。

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