第12話 センターライン

それでも左に寄りすぎる愛紗に

森は


「ああ、センターラインと自分の距離を

覚えればいい。そこから左はバスの幅だから

まあ対向車には当たらない。大型トラックでも右ミラーは出てない。そう出来ている」



そんな簡単に言っても、と

まだ、真っすぐ走るだけで精一杯。



ぶつけないで走るのだって、山だと難しい。

道は曲がってるし、木も生えてる。

時々、家の軒が出ていたり。看板があったり。

すごい仕事を選んでしまった、と愛紗は思う。


若い男子ドライバが、高速へ逃げたがる理由がよく解る。

これで、歩行者や自転車がいて、バス停で客を載せるなんて。




それでも何とか直線道路に出ると、緊張が

緩んだか、運転席周りがゴミだらけなのに

気づいたりして、少しハンドルがふらついた。



森が「真っすぐな、ハンドル。片手で持ってればまあ」と。


かえって、しっかり両手で持つと、体が曲がると

ハンドルもずれる。



愛紗は、運転席の右にある隙間に

ゴミがあるのに

気を取られて。




大岡山営業所が、女の子は専用バスを

当てている理由が判った。




細かい事に気を取られていると危ないからだ。


森は「まあ、気持ちは解るが、路線バスは今、勤務時間が長すぎるから寝る時間もない。

和田も疲れてるんだ。汚いのは許してやれ。

そもそも、客が汚すんだから、綺麗にしても

無駄だ」



愛紗の気持ちが見えているかのようだ。



森は、続ける。



「若い女の子に向かないのは、そういう理由もある。観光バスガイドと違って、

バスは汚い。シートにいろんな人が座るから

汚い服で乗る人も居る。

折り返し待機でそこに寝る事もある。

眠れなければ、疲労が残るから事故を呼ぶ。

全て規制緩和が行けないのだが」と。



確かに、女性ドライバの多くは40才くらいだ。若い女の子なら、まあ、ガイドや鉄道の車掌、なんかの方がいいと思うだろう。

綺麗な格好して、かわいい、と言われてるだけで

いい。


ふと、そんな風に愛紗は思うが




この仕事をする人間、そう思わない人はいないし

社会人なら大体そうだろう。





バスは、直線を終わり、高速道路と立体交差して

広い道になった。右手に、運動公園。




森は「そこを右折だ。バス停があるからロータリーを進む」


センターラインは黄色で、追い越しで超えられないが


軽自動車、古めの鈴木アルトを

改造した青い、排気音の大きいそれが

ホーンをやかましくならして、はみ出して

追い越して。


前に回り込んた。



嫌がらせのつもりらしいが、バスから見ると

子供が騒いでるようにしか見えないと

愛紗は思った。



バスガイドをしているときも、そういうDQNドライバが良く居るが

バスから見ると滑稽でしかない。




高いところから見るって、そういう事もある。


エンジンが大きく、ゆったりと進むバスは

象さんに乗っているように、気持ちも

ゆったりとする。


森は「うん、ああいう時は

先に行ってもらうんだな。

ああいうのは、理由はない。幼稚園なんだから関わらない。プロだ。俺たちは。


それ以前に、ああいうのより遅いし大きいから小さいクルマは先に行きたがる。

でも、着く時間に大差ない。それが判ってたら

急ぐのは幼稚園だな」と、森は笑った。




愛紗は、はい、と言って

バスをセンターラインに寄せ、右ウインカーを付けたが


排気ブレーキを戻していない登り坂、アクセルを全部閉じたらエンジンが止まりそうになった。




ああ、と。愛紗はレバーを戻す。




「最近は自動だな。それも。いすゞでも坂道発進は自動ブレーキで、困る事はないが

それでも急発進したら車内事故になるぞ」と、森。




知らない事が一杯。と、愛紗は驚く。



それで、運動公園へ右折すると、ロータリーへの入口と、駐車場入口が二つあって迷う。



「先生、どっちですか」と、愛紗は慌てて。


森は「うん、うん。左だ、スマン」と


言ったが、車体が右レーン側で

左にハンドルを切っても、後輪が当たるだろうと愛紗はとりあえず止めた。




森は「うん。それでいい。バスは曲がり切れなかったら戻るしかない。内側が足りない時はね。外側なら切り増せばいいが。」と、行って

前ドアを開いて後ろを確認。

対向車線を塞いでいるが、幸運にも降りて来るクルマはいない、平日の午前。



後ろに森の姿がミラーに見え

両手で手招き。



愛紗はギアをバックに入れようとしたが

焦りで入らない。一番左の上。だけど

入れたつもりで2速に入って

前に出てブレーキ。



登り坂道だったので、そのまま

ブレーキを離して、そろそろ下って。



森が手招きを止めるまで下がり、森が乗るのを待った。


が、乗って来ないので。


ゆっくり左に切り、バス全体を左レーンに真っすぐ入れて。



見ると、森は対向車線の整理をするつもりで

立っていた。




それで、乗って来ない理由が判ったので


運動公園のバス停までバスを進めた。

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