第8話 エンジン始動

「さあ、エンジン掛けよう、暑い」と、森は

言う。


愛紗は、バッテリースイッチを引き、

ギアの中立を確認。



森は「これ、ゆるゆるだから

中立に思えて、入ってる可能性もある。念のため、ブレーキとクラッチ踏んでおいて」と。




指示通りにすると、まだ空気があったのか

クラッチも切れる。ブレーキも作動した。



空気が抜けていたら、いずれもダメだから

シフトレバーを前後左右に動かして見る。




キーを回すと、呆気なくエンジンはかかる。


リアエンジンだから、乗用車より静かだ。



「右手の窓の上が、このクルマのエアコンスイッチ。温度と、風量で自動も出来るし

設定も出来る。古いバスだと利いたままになるな。昼間はそれで良いが、アイドルアップが高いと乗りにくいから、調整する。見れば分かるが、エンジンの上にアクセルケーブルがある

このタイプは、それを調節。電子式は

燃料噴射弁の所を見るが、まあ、狂わない」と、森は

言う。




エアコンをかけると、アイドルが高くなるので

市街地などは、アクセルを踏まなくて走れる。

楽なので、そうやって走る人もいた。



森は「同じタイプで、3490号とかは

そうしてるな。アイドルが1500位あった」


と、



愛紗は、エアコンのロータリーノブを捻り

オート、。



温度は25度。




風は自動で決まる。




「ああ、涼しい」と、愛紗も声に出る。



森も楽だ。



「じゃ、走ろう」と、森は言うので

愛紗は少し不安。




「ああ、それじゃ広いところまで

わたしが運転手」と、森はにこにこして

運転席右のドアスイッチの、前

扉のものを

後ろに引いた。



「開く時は必ず指差し確認。人がいても

まあ、いすゞはセンサーがあるから

開かないが、開くバスもある。UDとか、日野だな。満員の時、折れ戸に挟まれると

人身事故だ」と、森。



怖い、と、愛紗は思わず声に出る。



「まあ、その為に指差し確認がある。いちいち面倒と思う気持ちを忘れる為のものだな。

バスはゆっくり動く、急いても同じだ」と、

森の言葉は深い。



「あ、あの、でも一週間点検ばかりだと」と、愛紗はさっき、みわに聞いた話を。



森は笑って「人に依るし、大人数だとか、面倒な時はそういう事もある。教官がいない時とか。

それと、あまり向いていない人。君は経験者だから。深町もそうそう、いきなり乗せた。

経験者扱いだったから。」と森。




「そうなんですね」と、愛紗。



「うん。君のように理解力があって

慎重な人は、バス停を覚えればすぐにでも

乗務員だ。でもまあ、バスの大きさを

体で感じる事、それだ。

夜になったら見えない。誰でもそうだ。そういう時それが生きる」と、森は

車輪止めを外して、後輪の前にある収納箱に入れた。



「スコッチと言うな。これ。意味は知らん。


最近のノンステップは、無いから

料金箱の前に置いてるな、みんな」と、

森は、黄色い三角形の硬質ビニールのそれ、ふたつ

ローブで繋がれたそれを持って、収納。




「これは、斜めに置かない。間違えて外さずに

走ろうとすると、これが飛んで、割れたりする。

割れなくても、人に当たると大怪我だ」と、森。



実際にあったらしい。




「忘れるものですか」と、愛紗。




そういえば、あの、最初に深町の

バスに乗った時も


スコッチを外し忘れて、戻ったような

そんな記憶もある。



「うん、走り始めは、だから

アクセルを踏まずに、クラッチだけを繋ぐと

安全だ。そういう時に危なくないし、

もし、ドアを閉め忘れて発進しても、人を怪我させないうちに、客が気づくだろう」と、

森は、大岡山の中堅どころのドライバ、

上原が昔、新人だった頃

おばあちゃんを引きずる寸前だった事を

話した。



上原は、人はいい。ちょっと、おっちょこちょいなところが

憎めない性格。



今治、日野の2663に乗っている。



新車から。




話し方とか、ものの感じ方が

ビートたけしに似てると、愛紗は思っていた。




「そんな事もあったんですね」と、愛紗。




「うん。まあ慣れだな。後ろ扉って

満員だと見えない。アクセルは踏めないが

それでも動いてしまうから。走る前に

確認だな。その意味では、アクセルを踏んでおいた方がいいが」と。



森は、前扉から運転席に乗った。



さっさと座るのは、慣れているからだろう。


愛紗など、足元からレバーがあったりして

ぶつけそうで怖いし、ハンドルは大きいので

座るのに時間が掛かる。



「スムーズに座りたい」と、愛紗は言うが



森は笑って「ああ、女の子はお尻が大きいからだな。バスの運転席は狭い。ハンドルも低い。

和田なんて大変さ、もっと」と、

3452担当、和田の話をした。

愛紗は、和田の憎めない笑顔を思い出して


ふと、笑顔になった。




「さ、行こう」と、森は

ドアをさっきから閉めてあるバスを

発進。





「後ろのタイヤが出るまでは、ハンドルを切らない方がいい。後ろタイヤからバンパーまで

長いからな。ハンドルを全て切れば50cm外を回る。隣に当たる。ミラーはまあ壊れるな」

と、森。




「はい、気をつけます」と愛紗。



森は「まあ、クルマの免許取った時も

慣れるけど、あれよりひと呼吸遅れればいい。怖い人は大回りさせるがな中型は大丈夫だ。」

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