07話.[悪くないよね?]

「花火、綺麗だったね」

「はい、綺麗でした」


 終わってから再度あのふたりには謝っておいた。

 文くんには特にごめんと、嫌わないでーと。

 1番とは言えないものの、これほどゆったりと過ごすことができたのは初めてかもしれない。

 いつもは多く食べようとがっついて満腹になり、詰め込みすぎて腹痛、それかもしくは帰って休みたくなる的な微妙な状態で終わることが多かったからよかった。


「どうしよっか、帆波たちにはそれぞれ自由に帰ろうって言ってあるけど」

「それなら……俺の家に来ませんか?」

「啓くんの家に? 家族とばったり遭遇とかないなら……」

「大丈夫です、水月さんが大丈夫なら行きましょう」


 これはもしかしなくても……所謂お持ち帰り、というやつだろうか。

 と言っても所詮は啓くん、大胆以上のことはできないだろう。


「泊まってください」

「え?」


 彼の部屋に入ってすぐに切り出してきた。

 さてどうしよう、簡単に受け入れすぎると軽い女と捉えられる可能性がある。

 あと、単純に他所様の家のお風呂やトイレを利用させてもらうのはちょっとというあれ。

 それに着替えを持っていないから困るという気持ちがある。


「啓くん、残念だけど着替えがないのでそれは受け入れられま――」

「俺のを着てくれればいいですよ」

「下着、下着がないので受け入れられません」


 この前みたいに啓くんがあっちに泊まってくれるのであれば一切問題もないんだ。

 ただ、他所様の家に泊まるなんて滅多にしないから無理。


「いま着用しているもの……じゃ嫌ですよね、だからといってノー――」

「だから諦めてください、1時間ぐらいゆっくりしたら帰るね」


 実際、相手の家に行ったところでできるのはお喋りぐらいなもの。

 泊まる必要なんかない、いまは便利なスマホ様をお互いに所有しているんだから。

 結局、お互いに無言のまま1時間が経過。

 これ以上いてもしょうがないから帰ろうとしたときのことだった。


「帰ってほしくありません」


 いままで固まっていたくせに扉の前に移動して通せんぼ。


「せ、せめて家でお風呂に入ってからでも――」

「文人と楽しそうに話をしているところすら見たくないんですよ」

「い、いや、今日は絶対に不機嫌だから大丈夫だって」


 無理やり連れて行っておきながら放置、しかも他人に押し付け自分は違う子と行動。

 もし私がされた側だったら許せない、帰ってから怒り爆発すると思う。

 相手が家族とあっちゃ、ふふ、もう言葉にすると残酷なぐらいのことをするはずだ。


「いいじゃないですか、こっちで入れば」

「いや、あっちでお風呂に入ってからでも悪くないよね? だって、啓くんからしたらここに泊まってくれればいいわけだから」

「……水月さんってそういうところがありますよね」


 そういうところと言われても人の家で利用すると緊張するということは彼でも分かっているはずなんだけどな。

 しかも同性の家じゃない、異性の男の子の家のなんだから。

 私でも受け入れられないことがある。

 無理なら無理と言わなければならないのだ。


「よしっ、それなら啓くんが私の家に泊まればいいよっ、どうせ文くんはさっさと部屋に引きこもっちゃうからさ」

「嫌です、水月さんが泊まってください」

「それなら下着を取りに行かせて」

「服は俺のを着てください」

「分かったから……」


 気をつけなければ。

 私に興味を失くした際に、同じことをしたら通報されかねないから。

 やっぱりだめなことはだめだと言われなければならないのだ。


「ただいま」

「お・か・え・り」

「あ、あれー、なんか凄く怒っちゃって……いますか?」

「そりゃそうだろ、ちょっと来い」


 少々白々しい反応になってしまったことを反省しつつ付いていく。

 実際は首根っこを掴まれていたからどうしようもなかったからだけど。

 だけどいいのかな、啓くんが嫉妬するんじゃ……。

 これですら仲良くしているとか言われかねないし。


「帆波が文句を言っていたぞ、今度謝っておけよ」

「あ、うん、謝っておくよ」


 帆波を連れ込んでいる、ようなことはなかった。

 そりゃそうだ、文くんがそんなことをしたらケーキを作って祝わなければならなくなる。

 仮に帆波をそういう意味で見ているのだとしたら応援するけどね。


「あと、なにしに帰ってきたんだ?」

「下着を取りに、かな」


 姉が帰ってきてなにしに帰ってきたんだって……。

 ツッコミたくなったものの、そんな冷たいことを言われても仕方がないぐらいのことをしたんだから諦める。

 あと、言葉選びを失敗したのか、怖くないようで怖い表情のまま「は?」と言われてしまう。


「あ、勘違いしないでよ? あくまで泊まってくれと言われたからさ、下着は変えないと夏だから気持ち悪いからさ」

「いや、別にそんなことは気にしていないが」

「じゃあどうして『は?』なの?」


 文くんはそれに答えることなく玄関のところから啓くんを連れてきた。


「どうせこいつもいるんだ、必要な物を持って行って長期間泊まってこい」

「あくまで今日だけだからね?」

「いや知らん、姉貴の顔を見たくねえから丁度いい」

「酷いよ……確かに今日のは私が悪いけどさ……」

「行ってこーい、少なくとも20日頃まで泊まってこーい」


 無視だ無視、1日だけでもあれなのに今日から10日間も無理に決まっているじゃん。

 部屋でささっとお祭りの時間前まで着ていた服に着替え、下着と服などを持って家を出る。

 啓くんの服を着られるわけがない、そんなの落ち着かない時間を過ごすことになるし。


「上がってください」

「お邪魔します」


 よかった、彼の家の前で通せんぼとかされなくて。

 それでいきなりお風呂に入らせてもらうことになったんだけど……。


「いい? 洗面所の前で待っていてね」

「はい」


 使用していい物などを教えてもらっていたからさささっと終わらせる。

 汚してもあれだから湯船につかるようなことはしなかった。

 それでも先程とは違って綺麗になっているはず、不安にならなくてもいいはずだ。


「ありがとう」

「いえ、あ」

「どうしたの?」

「少しじっとしていてください」


 彼は新品なタオルを持ってくると頭を優しく拭き始めてくれた。


「あっ、それならいまのでよかったのに……」

「夏でもちゃんと拭いておかないと駄目ですよ、また風邪を引いてしまいますからね」

「ありがとう」


 でも、私に次なる試練が。


「え、ここで待っていろって?」

「はい、流石にお風呂に入らないということはできませんから」

「わ、分かった」


 ちゃんとスマホだって持ってきたから問題な、


「忘れたっ」


 い、ということにはならず。

 圧倒的手持ち無沙汰感、どう過ごしていればいいんだろうか!?


「って、ゆっくりしていればいいでしょ」


 啓くんの部屋にいるぐらいでなにを緊張しているのかという話。

 さすがに年下の子相手にドキドキとかしないし、あくまで普通に終わるだけだ。


「待たせてしまってすみません」

「ううん、おかえり」

「はい、た、ただいま」


 あれだな、自由に転べないのはちょっと辛いかも。

 まああくまで最低限の常識としてしないだけだから、男の子の部屋だからと意識しているわけではなくて……。


「もう結構いい時間なんだよね」

「寝ますか? それなら電気を消しますけど」

「うん、ちょっと疲れたから寝ようかな」

「あ、それなら先に布団を持ってきますね」

「うん、ありがとう」


 敷いてくれた布団に寝転んだらやばかった。

 これまでずっと立っていたのもあってかなり楽になったというか、そんな感じで。


「水月さん」

「すやあ……はっ、もう寝そうになっていたよ、どうしたの?」


 部屋が真っ暗だとどうしても寝る以外のことをしないから速攻で寝そうになった。

 どういう表情を浮かべているのかは分からないけどベッドの上には啓くんが転がっている。

 この前泊まりに来たときは文くんの部屋で寝たからこんなことは初めてで。


「もし嫌なら帰ってもいいんですけど、その前にひとつ言わせてもらってもいいですか?」

「うん、どうぞ」


 いや、いまさら家になんて帰りたくないよ。

 今日はもう歩きたくないし、絶対に文くんに追い出されるから。


「好きなんです、水月さんのことが」

「いつから?」

「プールに行ってから、ですかね」

「そうなんだ」


 驚くようなことはなかった。

 寧ろあれで好きじゃないならもう男の子という存在が分からなくなる。


「抑えるのに頑張ったんですよ? 今日なんて特に。いや本当に残念だったんです、18時までって結構なアレじゃないですか、それでも母が予定より早く帰ってきてくれて早く行けることになって、それでいきなり俺と的なことを言われたら嬉しいに決まっていますよ」

「先に食べるのは違うかなって思って帆波と文くんには自由に見てもらっておいたんだ。啓くんと見て回りたいって思ったのは仲良くできていたからだよ、GWが終わってからずっと一緒にいたもんね」


 家族を除けば唯一の男の子の友達で、出会ってから喧嘩とかをすることもなく仲良くしてこられていたから。

 これって普通なようでなかなかそう上手くいくことではないから相性はいいと思うんだ。


「あ、返事は後でもいい?」

「はい」


 今日は疲れているのもあって寝ることを優先させてもらう。

 大丈夫、焦ったところでなにが変わるというわけでもないのだから。




「水月さん、起きてください」


 これでもう10回目の呼びかけとなった。

 が、残念ながら全く起きてくれないということになる。


「この人は……」


 あれだけ無理的なことを言っておいて、いざ実際に家に来たら速攻で寝るって……。


「もしもし……?」

「水月さんっていつもあんななのっ?」

「あんななの? と聞かれても困るんだが」

「そ、その、異性の部屋に来てもすやすや寝てしまえる人間というか……」

「ああ、姉貴にそういうことを期待するだけ無駄だ」


 あくまで家族で弟である文人だからこう言っている、というわけではない。

 実際に水月さんはそういう人だ、こっちをからかうだけからかってそれだけというか。

 慌てているのはこちらばかり、俺も少しぐらいは慌てさせたいんだけど……。

 断じて慌てさせるつもりで適当に告白をしたわけではないが、告白をしてもあくまで普通に寝ることを優先したこの人に期待するのは違うのかもしれない。


「告白をしたんだけどさ」

「へえ」

「答えてはくれなかったよ」

「そういう人間だからな」


 なんかそう考えるとむかついてくるな。

 涎を垂らしながら寝ている水月さんを見てなにかをしようとはしないけど、男として意識されていないということはよく分かる。


「まあいいだろ、お前は言えるだけ」

「え? あ、そうだね」

「羨ましいよ」


 言えたことは確かに間違いなくいいことだと言える。

 無理やりにでも泊まってもらってよかった。

 じゃなくて、なんか怪しい感じが。


「え、ちょっ……もしかしてさ」

「……ま、姉……水月のこと頼んだぞ、それじゃあな」


 そういうことだったんだ、変に冷たかったのって。

 理解するのは無理だったが、それを知らずに俺は結構好き勝手に言ってしまっていた。


「ごめん……」

「謝るなよ馬鹿」

「うん、それじゃあね」


 さて、頑張って水月さんを起こそう。


「電話終わった?」

「あ、起きていたんですね」

「うん、さっきね、相手は文くんだったんでしょ?」

「はい、あなたが起きないのでどうすればいいのかを聞いていたんです、どうせ変わらないから期待するなと言われましたけど」

「ははは、文くんらしいね」


 あの文人がこの水月さんを好きだったなんて……。

 いや、だからってなにかが変わるわけじゃない、譲れないから諦めてもらうしかない。


「これで拭いてください」

「え?」

「あの、涎が……」

「あ、ごめん」


 結局水月さんは自分の服の袖で拭いてしまった。

 ……これならなにも言わずにこっちが拭ってしまった方が遥かによかったと後悔した。




「ただいま」

「おかえり」

「あれ、珍しいね? わざわざ玄関まで来てくれるなんて」


 リビングに入ったら大人しく付いてきたし、どうしたんだろうか。

 ただリビングでゆっくりしたいということならなにもおかしくはないけどさ。


「返事、してやったのか?」

「あ、啓くんから聞いたんだ、まだしてないんだよ」

「早くしてやれよ」


 そう言われても勢いだけではどうにもならないことだ。

 というか、もうちょっといい雰囲気がほしかったというのはある。

 これまで普通に過ごしてきて誰かに好きだなんて言われるとは思わなかったから。

 驚きはしないんだけどよく言ったなあっていうのが正直な感想で。


「水月」

「うん? ……どうしたの?」


 こっちなんか抱きしめたって啓くんに早く答えるわけでもないけど。


「どうせ水月は啓の告白を受け入れるだろうから言えることだが、好きだったんだ」

「え、私のことが嫌いなんじゃ……」

「……それはあれだ、どうせ先へ進めることはないから当たっちまったんだ……」


 じゃあこれまでの冷たい態度は好きの裏返しだったということか。


「ありがとな、受け入れた後に言うのはクソだからな、言えてよかったよ」

「あ……」

「なにも言わなくいい」


 こう言ってはなんだけど、告白って自分勝手な行為だなって。

 そりゃ文くんは言えてよかっただろうけど、こっちはもやもやが止まらない。

 なにも言わなくていいと言われたことでありがとうも、ごめんも、もうとも言えず。


「面白い顔だな、いいから早く啓に返事をしてやってくれ」

「……失礼だなあ」

「はは、水月は無自覚に俺にとって残酷なことを多くしていたわけだからな」


 リビングから出つつ「これぐらいの仕返しは許してくれ」と。

 一緒にプールに行ったりとか、手を繋いだりとか、目の前で啓くんと仲良くしたりとか、そういうこと全てが引っかかる行為だったと。

 

「言ってよ……言わなきゃ分からないよ」


 感情を爆発させたのだってあの1回だけだ。

 それ以外は帆波のときと違ってちょっと厳しいなあってぐらいの態度だったのに。

 あのとき以外は嫌われているとかも考えずに年頃だからと片付けていたわけだけど……。


「文くんっ、入るよっ」


 許可が下りる前に入室。

 あくまでつまらなさそうにスマホをいじっていた文くんがこちらを見る。


「凄くもやもやするんだけどっ」

「それは俺が現在進行系で味わっていることだからな」

「なんとかしてよっ」


 言い逃げなんて卑怯だ。

 これならさっさと啓くんに返事をしてから帰ってきたらよかったと後悔した。

 返事をしていなかったばっかりにもやもやばかり残るこれと直面することになると知っていたら間違いなくそうしていたことだろう。


「ちょっと来い」

「なにっ? ほらっ、文くんの前に行ったけ、どっ!?」


 肩を勢いよく押して後ずさる。

 混乱するこちらを他所に、満足したと言わんばかりの表情を浮かべている文くん。


「えっ……」

「啓のところに行ってこい」


 部屋から追い出されたうえに鍵も閉められてしまった。

 ……私は理解が追いつかなくていま帰ってきたばかりなのに啓くんの家に向かってとぼとぼと歩いていた。

 いや、違うか、とてつもない罪悪感に襲われてしまったからだ。

 叱ってほしかった、のかもしれない。

 いまはただただ否定してほしかったのかもしれない。

 でも、


「忘れ物でも――いえ、上がってください」

「……うん」


 嫉妬することはあってもそういうことをする子じゃないことは分かっている。

 分かっているのにここに来た理由は。


「やけに唇に触れていますけど、もしかして文人とキスでもしましたか?」


 意地が悪いところもあるから絶対ないというわけでもないか。

 彼はこちらの両肩を少々強い力で掴みつつ「したんですね」と言ってきた。

 多分、今回もこの前のあれと同じで文くんが教えたんだろうと予想。


「……だから帰したくなかったんですよ。それとも、あれだけ必死に帰ろうとしていたのは文人とそういう意味で仲良くしたかったからなんですか?」

「違うよ」

「じゃあどうしてそういうことに繋がるんですか?」


 もしかして察しただけだったのだろうか?

 唇に触れていたからってキスをしたと考えるのは早計すぎると思うけど。


「水月さん?」

「告白されて……もやもやして、部屋に行ってぶつけたら……うん」

「迂闊ですね、それはあなたが悪いですよ」


 あ、珍しく怒っている。

 そりゃそうか、告白の返事をしなかったのもつまりはそういうことかという思考になっていても仕方がないわけなんだから。

 文くんにとってはタイミングがよかったけど、私と彼にとっては最悪のタイミングだったと。


「……ねえ、弟としたこんな人間でもいいなら……してほしいの」

「……告白の返事も聞いていないのにできるわけないじゃないですか」

「……いま受け入れるって言っても嬉しくないかなって、というか、いつ言ってもこんな人間なんてもうどうでも、ん……」


 自分で自分に最低かよって言いたくなった。

 自分のことしか考えていなかったのは確かで。


「水月さん、あなたは俺の彼女なんですからね? もう、他の男にはこんなことやらせないでください」

「うん……約束」


 初めてこちらから彼を抱きしめた。

 可愛いところが多いのにがっちりしていて少し不思議な気分になる。


「少し待っていてください、文人に怒ってきますから」

「や、やめてあげてっ、今回のこれも私が悪いんだから……」

「……そうですか、水月さんがそう言うならやめておきます」


 もうこの件に関しては触れなくていい。

 あくまで普通に姉弟らしく接すればいいのだと片付けた。

 彼にはあくまで普通に友達、もしくは親友として弟の側にいてあげてほしかった。

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