06話.[うん、しよっか]
「は? 八つ当たりをして水月さんを傷つけたっ!?」
「で、でも、姉貴だって悪――」
「ふざけるなっ、いまから行くからっ」
いまは啓の方が弟みたいな感じでいられているから一応報告してみた結果だった。
そりゃ怒るわ、自分でも反応が過剰すぎたと思っていたぐらいだし。
だからすぐ謝ろうとしたのに家にいなくて、いつまでも帰ってこなくて不安になった。
だったらするなよって話だよな、けど、あれには死ぬほど驚いたからなあと。
「啓っ」
「あ、三浦くん来たんだ」
「あっ、は、はい……」
ざまあみろ、これからは姉貴を盾にしようと決める。
とりあえずいまは逃げることもできないからリビングに堂々存在しておくことに。
「それより昨日は大丈夫でしたか?」
「うん、私が悪いから気にしなくていいよ」
「そんなことはないですっ、ちょっとからかっただけなのに怒鳴るなんてやりすぎですよっ」
「私が悪いから責めないであげて」
「水月さん……」
謝罪だってちゃんとしたからこの件に関してはもう終わりだ。
だが、啓にとってはそうではないらしく、ずっとハイテンションだった。
「分かった分かった、祭りのときにふたりきりにしてやるからさ」
ちなみに姉はもうこの場にはいないから気にする必要もない。
「え、いや……水月さんは細谷先輩や文人ともいたいでしょ」
「遠慮すんなよ、ふたりで見て回りたいんだろ?」
「それはまあ……」
結局、姉の名前を出しておけばこいつを落ち着かせることができるわけだ。
本当にこういうときは楽でいい、姉の弟でよかったと思える点。
昨日はお前といるとイライラするなどとぶつけてしまったが、別に普段から嫌というわけじゃ……ないようなそうであるような微妙な感じだった。
「あ、三浦くん、お菓子とか遠慮しないで食べてね」
「は、はいっ」
「うん? どうしたの? あ、文くんに嫌なことを言われたとか?」
くそ、すぐにそういう判断になるって……嫌われているってことだよな。
まあいいけどよ、ある程度のところで留めておくのがいいから。
家族であろうが踏み込みすぎると面倒くさいことになる。
でも、やっぱりむかつくな、ナチュラルにそういう思考をするのは。
「違います、夏祭りのときの話をしていまして」
「あ、そうなんだ、三浦くんは文くんとか他の友達と行くの?」
「え、俺は……水月さんと行きたかったんですけど」
「私とでいいの? いいよ、一緒に行こっか」
「ふたりきりで……」
「あー、帆波がどう言うか分からないからなー」
見ていられないからリビングを出た。
何気に啓と姉が俺を誘ってくれないことに傷ついたのだった。
「文くん文くんっ、浴衣だよーん!」
「はあ」
「せっかく近所のお店で買ってきたんだからもうちょっといい反応を見せてよ」
安価な服が売っているところでたった2000円で買うことができた。
だからそれを着てみたんだけど、文くんの反応が変わることもなく。
「どうせ俺は誘われてねえしな、啓がいればそれでいいんだろ」
「そんなことないよ、帆波が一緒に行きたいって言ったからふたりきりじゃないし。ほら、だから行こ? 16時に集まるって帆波たちと約束をしているからさ」
「俺はいい、誘われてね――」
お金をしっかり持たせてから素直じゃない少年を連れ出して集合場所へ向かう。
ちなみにあんまり関係のない話だけど、浴衣はシンプルな白色のものにしておいた。
黄色とかは元気な子に似合うと思うから――あ、それなら黒とかそういう暗い色の方がよかっただろうかと不安になり始める自分。
それでもこの子を送り届ける義務があるからなんとか割り切ることができた。
「水月遅いっ」
「ごめんごめんっ」
そんなに急いでもやれることは限られているのだから許してほしい。
ちゃんと掴んでおかないと絶対に先に帰るとか言い出すから文くんの手を確保しておき、3人で会場へ向かう――あれ?
「三浦くんは?」
「なんか遅れるって、18時まで家にいてくれって頼まれたらしくてさ」
「そっか……残念だな」
「18時を過ぎたら来るでしょ、花火は見られるから大丈夫だよ」
まあそうか、軍資金には限りがあるから寧ろそれぐらいの時間から来た方が楽しめるか。
「ぎゅー」
「急にどうしたの?」
「浴衣姿の水月は特に可愛いなって」
「でも、危ないよ」
歩いている途中に抱きしめるのはやめてほしい。
あと、文くんの手を握っている状態で腕を押さえつけられるのも痛いというか。
「着いたっ、もういるなー」
「みんな楽しみにしていたんでしょ」
私でも朝からテンションが上り気味だったから責めることはできない。
あとはあれかも、本格的に始まりだすと人の数が凄くなるから早めに来てお祭りの雰囲気をゆったりと味わいたいという考えもあるのかもしれない。
でも、大抵こういうのは失敗するんだよね。
プールとかもそうだけど似たような思考をする人が多いから。
「うーん」
「どうしたの?」
「本来は17時からじゃん? だから、待った方がいいかなって」
何度も食べられるような胃袋を持ち合わせているわけではないから気持ちは分かる。
帆波が言いたいのはそういうことじゃないんだろうけど。
「それなら待とうか、私は三浦くんが来るまで食べ物系は買わないからさ」
「え゛、じゃあ私も我慢する……」
「いいよ、帆波は気にしないで17時になったら選びに行けばいいよ」
文くんだって焼きそばとかそういうのを食べたいかもしれないからゆっくり歩いて見て回るつもりだった。
母には今日は外で済ませてくるから夜ご飯はいいと言ってしまっているので、どちらにしてもここかコンビニとかスーパーなどで済ますしかないのだ。
「なんか大人しいねえ」
「うん、全く喋ってくれないね」
手を握っていることへの文句すら言わず、どこか違う方を見ていた。
こういうところも子どもの頃からなにも変わっていない。
天の邪鬼なところがあるからなかなか相手をするのが大変なときもある。
「……俺は行かねえっつったのに姉貴が無理やり……」
「あ、喋った。いいじゃん、楽しもうよ!」
「姉貴も帆波も気楽でいいよなー」
「気楽でなにが悪いの?」
「別に悪くねえけどさ、俺もそれぐらいなんでも楽しんでみてえよ」
やっぱり私のときと違って帆波と話しているときは楽しそうだなって。
嫌われているもんな、今回のこれで更に嫌われただろうな。
あのときベッドと床だったとはいえ、一緒に寝てくれて嬉しかったのに。
甘えてくれるのは1年に1回ぐらいしかないんだよな……。
「だったら楽しもうよっ、ほらっ、可愛いお姉ちゃんたちがいてあげてるよー?」
「なにが可愛いだよ、帆波は確かにいいかもしれないけどさ」
「水月も可愛いよっ」
「そうかあ? 普通だろ普通」
よかった、ぶさいくとか言われなくて。
普通で十分だ、普通でも大きい胸があるんだから悪くはないし。
とにかくこんな話を続けて、17時まで待機して。
17時になったら見て回り始めて、だけどあんまり屋台の数がないから15分もしない内に全てを見終えてしまい。
「姉貴、いい加減離せよ」
「帰らない?」
「帰らねえよ、そんなことをしたら後で絶対に面倒くさいことになるからな」
口先だけの可能性があるから油断してはならない。
とはいえ、自由に見てもらいたいという考えもあると。
「帆波、文くんの手を握ってて」
ならこれだ、そして彼女なら、
「分かったっ、うしし、離さないよっ?」
そう、こうやって乗ってくれる。
こういうところが好きなんだよなあって。
対する文くんは「面倒くせえやつらなあ……」と吐いて私たちを微妙な顔で見ていたけどさ。
こっちはいま見てもお腹が空くだけだから座っておくことにした。
三浦くんをひとりで行かせるのは可哀想だし、ふたりきりで見て回りたいとまた馬鹿正直に言ってくれたわけだからね。
年上として少しぐらいは叶えてあげたいなって思ったんだ。
あとは単純にね、浴衣を着ている子がまーーーーったくいないんだ。
だから見られていないのに見られている気がして隅で縮こまっていた。
「水月さんっ、はあ、はあ」
いきなり話しかけられてびくっとなったものの、すぐに声をかけてきた子が知っている子だと分かって落ち着くことに成功した。
「あれ、18時までいなきゃいけなかったんじゃ……」
「あ、母が早く帰ってきてくれまして、行ってこいと言ってくれたんです」
「そうなんだっ、よかったっ」
まだ会ったことはないけど三浦くんのお母さんナイス!
この賑やかな感じと、食べ物のいい匂いが私を苛めていたからだ。
ちょっと歩けば好きなものを買えるのに動けないというジレンマ。
だから、三浦くんにも同じくナイスと褒めることができる。
「よ、よかった……んですか?」
「うんっ、三浦くんと見て回りたくて食べるのは我慢していたからね。あ、食い意地だけじゃなくて……単純にきみと過ごしたかったっていうのもある――ひゃあ!?」
こっちを抱きしめつつ「浴衣、似合ってます」と褒めてくれたんだけど、私はえ、待ってと内側で大混乱だった。
こんなことをされるとは思わなかったんだ。
接触だってあくまで腕を掴まれたとかそういうことしかされていなかったから……。
「あっ、す、すみませんっ」
「う、ううん、別に謝らなくていいよ……」
……彼のいいところはちゃんと褒めてくれるところだと思う。
悪いところはなんでも擁護しようとしてしまうところ、かな?
よくないことをしたらだめだとちゃんと言ってほしい。
でも、その真っ直ぐなところは引き続き継続してほしいかな。
「ふぅ、行こっか」
「はい、行きましょうか」
自然と彼が少し前を歩くことになっていた。
身長の違い、歩幅の違い、けど、離れることはなく。
そして私はなんとなく屋台ではなくて彼の手を見ていた。
……手をつないだら彼は喜んでくれるだろうかという考え。
ええいままよっ、思わず抱きしめてしまうぐらいなんだから文句は言われないはず!
「な、ななっ、ど、どうしたんですかっ」
「なにが? ほら、あの子たちだってこうして歩いているよ?」
「え、……いいんですか?」
「別にこれぐらいでなにを驚いているの?」
ぬわー! なんだこれっ、よくあの子たちはあんなにこにことしながらこの状態で歩けてるなあっと、驚いていた。
リア充が怖い、いや別にリアルは充実しているわけなんだから私もそうなんだけど……。
「お、来たんだな」
「ふ、文人っ!?」
「なんだよ? 帆波だっているぞ?」
あれ、帆波の拘束から逃れているようだ。
喋っている間に帆波も到着、うっ、あのにまにまとした感じが嫌だなあ。
「あれえ? どうしてふたりは手をつないでいるのー?」
「これは私が頼んだんだよ、人が増えているからはぐれても嫌だしね」
「はぐれてもって言うけど、すぐに合流できるじゃんここなら」
「それでも離れたくないから、だってそれだったら待っていた意味なんかなくなるし」
これは本当にそう思っていることだ。
大体、一緒に来たのに別行動をする意味が分からないし。
帆波と文くんとは別行動になっちゃっているけど、うん、まあそこは気にせず。
「なるほど、水月がつなぎたかったということか」
「まあそうとも言えるかな、こんなことをするのは初めてだけどね」
「あれ、そうなの?」
「うん、これまでは三浦くんに腕を軽く掴まれた程度しかなかったから」
今日は初めてを何個も体験したことになる。
あくまでピュアなあれだから気にする必要はない。
いいじゃん、手を繋いだりとか、抱きしめられたりとかさ。
「じゃあ、邪魔したら悪いから私は引き続き文人くんを監視しておくよ」
「お願いね、帰ろうとしたら抱きしめてでも止めてね」
「任せてっ、それじゃあまた後でねっ」
お祭りと言えば焼きそば! って感じの偏見があるのもあって、私は一直線にそれが買える場所に向かう。
つまり強制的に彼も連れて行くことになるわけだけど、男の子も焼きそばは好きだろうから問題もないだろうと片付けておいた。
また、仮に違うのが食べたいのだとしたら付き合えばいいんだから気にする必要はない。
「俺が払いますよ」
「いいよ、自分の分ぐらい自分で払うから」
お小遣い《軍資金》は2000円。
550円と結構なダメージだけど、まだ慌てる必要はない。
それにこれを食べておけばそんなにいうほど、食い意地を彼の前で張らなくて済む。
あまりがっついてもあれだからと置いてきたのだ、2000円ぐらいなら他の子でも使うレベルだから悪目立ちしないと計算して。
「三浦くんはなにか食べたいものとかある?」
「んー、とりあえずはこれを食べませんか? せっかく温かいんですから」
「分かった、じゃああそこに座って食べよ」
賑やかな感じ、いいね。
焼きそばも美味しい、ちょっと高いけどここで食べるのであれば価値がある。
「あの、今日はどうしたんですか?」
「え? なにかおかしなことをしてた?」
「いえ、なんか今日は大胆だな……と」
大胆か、普段の彼に比べたら全くと言っていいほど大したことはできていないけど。
あ、離れたくないとか言ったことについてか、それだって本心からの言葉だしな。
いやだってひとり放置されたくないでしょ、すぐに合流できるのだとしても。
あと、彼を驚かせられるのが楽しいんだ、文くんなんか面倒くさそうな顔で対応してくるから余計に。
「抱きしめちゃうような子に比べたら全然だよ」
「うっ、す、すみません」
「もしかして普段からああいうことがしたかったの?」
「……意地悪ですね」
「あはは、ごめん」
もういまさらなんで来てくれているのか、なんて聞いたりはしない。
もうここまできたら私のことが気に入っているからとしか言いようがない。
そうでもなければ抱きしめたりなんかしないだろう。
そうでもなければ私のところにばかり来たりはしないだろう。
「結構量があったなー」
「あの、まだ買いに行ってもいいですか?」
「当たり前だよ、付き合うから自由に移動して」
「それってまた……」
「うん、しよっか」
ある程度の時間が経過すれば手をつなぐぐらいできゃーきゃー言わなくなる。
普通のことだ、文くんとだって帆波とだってしたことがあるんだから。
相手が三浦くんというだけ、ただそれだけのことだ。
ちなみに、三浦くんはお好み焼きとかたこ焼きとかイカ焼きとか焼き鳥とか、そういうメインを張れるようなものをいっぱい食べていた。
「りんご飴も買うの?」
「はい」
甘いものも好きなんだなあって考えていたら手渡されて意識を戻す。
「どうぞ」
「ありがとっ」
いいじゃんいいじゃん、りんご飴を食べながら男の子と歩くっていいじゃんっ。
テンションが上がる、本当に単純な人間であれだけど。
「あ、花火なんですけど、向こうに行くとよく見えますよ」
「向こうって暗いけど」
「階段があって上に登ると正面とは言えないですけどよく見えるんです、一昨年は文人とそうやって見ましたから」
「そうなんだ? 私、ここに来る機会ってお祭りのときぐらいでしかないから分からなくて」
「そのときになったら俺が案内しますから」
そっちもみんな似たようなことを考えて人がたくさん、とかならないだろうか?
仮になっても問題はないけど、なんか人が少ない方が落ち着ける気がするのだ。
って、帆波や文くんとは別々に見るということになるのかな? いいのかねえ……。
「ちょっと早いけどもう行こうか、連絡はちゃんとしておいたからさ」
「分かりました、じゃあ行きましょうか」
絶対に文くんに怒られるけどしょうがない。
だって4人で見ようよって言えるような感じじゃないから。
そこまでこだわってはいないけど、だからって水を差すようなこともしない。
「細谷先輩達と一緒の方がよかったですか?」
「いや、帆波も分かったって送ってきてくれたから気にしなくていいよ」
「それならいいんですけど……」
不安になる気持ちも分からなくはないけど自信を持ってほしい。
「あそこにベンチがあるので座って待ちましょうか」
「うん」
こっちは最低限の照明しかなくて暗かった。
人も時間がまだ早いからかもしれないものの、全くいない。
なので、疑似的にふたりきりになってしまったということになる。
そうなると手をつないでいることが心臓の鼓動を速くさせるんだけど……。
「そ、そうだ、ちょっと聞きたいことがあったんだけどさ」
「はい、どうしました?」
「あ……啓くんって呼んだら、どう思う?」
「名前で呼んでもらえたら嬉しいですけど」
まあ、そりゃそうか。
私でもずっと名字より名前で呼んでもらえた方が嬉しい。
もちろん、仲がいい相手であればなおさらいい方向に働いてくれる。
「啓くん」
「はい」
「今日は来てくれてありがとう。ただ見て一緒にご飯を食べたぐらいだけどさ、楽しかったよ」
「そんなことを言ったら俺の方は付き合ってもらっているわけですからね、ありがとうございます、本当に嬉しかったです」
なんかよかった、なんて小学生並みの感想を抱きつつふたりで花火を待ったのだった。
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