05話.[正直に言ってね]
「あっつ……」
部屋にはエアコンとかそういうのがないから扇風機に頑張ってもらってはいるけど、年々高くなる気温には段々と対応できなくなっている気がした。
部屋にいて課題をやっているだけでもおでこから汗がたれてくる、これは不味いでしょ。
「暑いですね」
「うん、ごめんね、エアコンとかなくて」
「いえ、俺の部屋もないですからね」
また、仮にあっても使わせてくれるようなことはないと思う。
リビングのエアコンを昔、利用した際にかなりの高額料金になって凄く怒られたから。
それからは扇風機でいいと一点張り、まあ払う側じゃないから文句も言えないけど。
「でも、一緒にやってくれるとありがたいよ、ひとりだけだと脱線しちゃうから」
「はは、俺も同じです、そういうときに限って掃除とかが捗ったりするんですよね」
「ははは、あるあるっ」
でも、こうして汗がどんどん出てきている中で一緒にいるのはちょっと……。
汗をかいたら間違いなく臭くなるし、三浦くんは全く汗をかいていないから気になるし。
目が合うと爽やかな笑みを浮かべて「どうしました?」と聞いてくる三浦くん。
「く、臭くない?」
「臭くないですから安心してください」
「うん、あっ、もし臭かったら正直に言ってねっ」
「不安にならないでくださいよ」
いや、誰だって気になるものでしょ。
と、というか、なんでか分からないけどガン見されているんだけどっ?
「な、なに?」
「飲み物をちゃんと飲んでくださいね、あと、タオルを持ってきた方がいいと思います」
「わ、分かったっ」
タオルを取ってくるついでに文くんも連れてきた。
さすがにあのままふたりきりではいられない。
睨まれてしまったけど、恥ずかし死するぐらいだったらその方がマシだ。
「文くんはここっ、私はここっ」
「はぁ、面倒くさいやつだな」
「そう言わないでさ、ほら、お勉強やろっ?」
7月の内に終わらせておけば8月まるまる遊べるようになるのだから悪い話でもない。
8月にはお祭りもあるし、そのときに心の底から楽しめるように頑張る必要があるのだ。
なにかを失わないで両方を得ようとすること自体が傲慢だろう。
「つかさ、なんでそんなに汗をかいてんだよ」
「だって暑くない?」
「外にいなきゃいけない人間と比べれば遥かにマシだろうが」
「暑いものは暑いのっ」
「うるさいうるさい、真面目に勉強をやってください」
むきーっ! なんでここまで私に冷たいのかって話ですよっ。
この前は褒めてくれて嬉しかったのに、素直になれないお年頃なのかな……。
「ずるい」
「「え?」」
「文人ばっかり水月さんと仲良くしてずるいっ」
「「えぇ……」」
いまので仲良くしている風に見えるのならこの世に戦争は存在していない。
みんな素直になれていないだけだとしたら可愛くていいけどさあ。
「そもそもの話、どうして文人を連れてきたんですかっ」
「え、私にもっ? どうしてって、あのままふたりきりだと間違いなく汗を多量にかいて臭いと言われることは確定していたからだよ」
汗の匂いが好きだということなら――それでも無理だ、これでも乙女なんだから汗臭い状態で異性の近くにはいられない。
気にせずにいられる人でも対策はしっかりしているからだと思う、それかもしくはなにもしなくてもいい匂いの人かってところ。
「そんなことは言いませんよ、それに問題もないですからっ」
「と言っているが?」
「そう言われても、一応、これでも女の子なわけですからね」
帆波だったら一切気にせずに一緒にいるんだろうな。
でも、そういうタイプが不意に不安そうになっても可愛いかも。
そういうところにドキッとする可能性は大いにある。
よし、じゃあ帆波を呼ぼう。
そもそもね、男の子ふたりに女ひとりがおかしいんですよ。
「帆波っ、華麗に参上っ」
そして彼女はすぐに来てくれるから好きだった。
ただ暇だったからなのだとしても優先してくれたことには変わらないから。
「はい、飲み物」
「ありがとー」
座らせる場所は私の左横。対面に三浦くん、右横に文くんとなっている。
結構広いローテーブルだから、4人それぞれが広げてもなんにも問題にはならない。
「水月、なんで三浦くんを連れ込んでいるの?」
「ぶふぅっ!? そ、そんなことはしていないからっ」
「でも、こうしているよね?」
それはしょうがない、連日ではなくても今年の夏は頻繁に泊まりに来ているから。
決して私が連れ込んでいるわけではなく、彼の意思でここに来ているだけだ。
「帆波、ちょっと」
「あ、うん、それじゃあ行ってくるねー」
文くんが連れ出したことによりまたふたりきりに戻ってしまった。
「気にしなくていいですからね。俺の意思でここに来ているだけですし、水月さんをそれを受け入れてくれているだけですから」
「うん、三浦くんも帆波の言うことを気にしないでね」
その後は戻ってきたふたりとも一緒に課題を進めたのだった。
「水月の裏切り者」
8月最初の土曜日、いきなりやって来た帆波にそんなことを言われて困惑した。
本気でこちらを責めているわけではなさそう……かな?
「いきなりどうしたの?」
「どうしたの? じゃないよ! 三浦くんといちゃいちゃしてっ」
いちゃいちゃしてたかな? あくまで普通に接していただけなんだけど。
「文人くんだって構ってくれなくて寂しいって――」
「そんなこと言ってねえよ」
「文人くんはただ素直になれないだけだからっ、そのまま信じちゃだめだからね!」
とにかく、いまのままだと不満なそうだ。
じゃあということで相手をしていたんだけど……。
「私の家に行こうっ」
と言って聞かない帆波、こことそう変わらないのにと考えつつも了承。
あれか、いつも彼女がこちらに来ているからたまには動けということかと片付けた。
「はい、これを着て」
「うん」
なんかやけにひらひらとした服だった。
それでも文句を言わずに着用し、彼女の前に戻る。
「これをぱしゃり、そして今日来られなかった哀れな少年、三浦くんに送信と」
「いらないでしょ」
「いやいや、そんなことはないよ」
というか、三浦くんといちゃいちゃしていたから怒っていたんじゃないのか……。
こんな感じで細谷帆波という女の子は適当だった。
「猫耳もつけちゃおっ」
「いいけど」
鏡で自分を確認するといたたっ……て感じで。
まあ普通もそんなに変わらないから気にしないでおくことに。
それにしても、帆波は楽しそうだ。
一緒にいるときにこうして明るくいてくれるのは嬉しいかな。
彼女は撮った写真の全てを三浦くんに送信し(本人の発言から)、そこから先も止まることはなかった。
「ふう、今日はこれぐらいで勘弁してあげよう」
「ありがと」
「というわけで、ぎゅー」
「ちょっと汗をかいているからさ」
帆波も三浦くんも気にしなさすぎだ、三浦くんは抱きしめてきたりなんかはしないけど。
「気にならないよ、何年一緒にいると思っているの?」
「やっと1年ぐらい経っただけだけどね」
「やっと1年でこの仲って凄くない?」
「それは帆波のおかげだよ、いつもありがとう」
ああ、他人をぎゅっと抱きしめたくなる気持ちが分かる。
この子は前にも言ったようにいい匂いがするからだ。
まだまだ子どもだということなんだろうな、この子に甘えたいという気持ちが強くある。
「あ、返信がきた――どれどれ~? ぷふっ、なにこれっ」
「どんな内容だったの?」
「ナイショっ」
スマホを見てみてもこちらには一切きていなかった。
三浦くんってそういうところがある、来ないときは本当に来ないしね。
「はいはい、ここに転がってくださーい」
「楽しそうだね」
「楽しいよっ、こうして水月が相手をしてくれているんだから」
やけに気に入られたものだ、基本的にこちらが寄りかかっているだけなのに。
同性と異性の友達がたくさんいる人間からすればどうでもいいような存在だと思うけど。
「ねえ帆波、なんかあったんでしょ」
「え? 唐突だね、なにもないけど」
「ほんと?」
横に転んだ彼女の頭を撫でつつじっと見つめた。
ただなんとなくなにかがあったんだろうなと思っただけ、だから私のこの考えは間違っている可能性は凄く高い。
それでもなにかがあったということなら、吐くだけでも彼女のためになれるかもしれないって考えていた。
「うっ……実はさ」
この前の子たちに依然として絡まれているらしい。
ID交換をしていて、毎日のようにグループで余計なことをするなと送られてきているらしく、このところあまり寝られていなかったようだ。
さっさと消してしまえばいいのにとは思ったものの、そうしたらそうしたらで「なんで消したのよ!」となるから難しいと。
「よし、それならいまから言いに行こう、嘘だけど文くんのことが気になることにしてさ」
「え……文人くんが可哀想だよ」
「いいんだよ、別に害はないんだからさ、ほら早くっ」
歩きながら彼女に呼び出させる。
はっきり言わないから助長させるんだ。
大体、好きな人間ぐらい自分で振り向かせればいいんだ。
なにもできていないくせにちょろっと話していた程度の帆波に絡むなんてありえない。
「細谷さ――米光さんもいたんだ」
「あなたが帆波に絡んでいる人だよね? 正直に言うけど無駄なことだからやめなよ、この子に牽制している暇があるなら本命の子といられるように努力をすればいいでしょ!」
まあ私たちはずっと一緒にいるから知られていてもしょうがない。
でも、帆波にうざ絡みしている件はしょうがないでは片付けることができないんだ。
「だ、だってこの子が……楽しそうにお喋りしているから――」
「関係ないっ、だったらあなたもそうできるように努力をすればいいでしょうが!」
ふう、暑い、こうして叫ぶことなんて滅多にしないから余計に。
これって結局は彼女のためとか考えて、普段の鬱憤をこの子にぶつけて発散しようとしていることと同じだからなんにも褒められるようなことではないのは確かだった。
それでもこの子には犠牲になってもらおう。
今年の夏が暑すぎるのが悪いんだよっ、私も逆ギレしているけどな!
「ど、どうすればいいかなっ?」
「えっ? あ、そりゃ……夏休みだろうがなんだろうが近づく努力をするしかないんじゃない? 連絡先を知っているとかそういうことはないの?」
「知ってる、知っているんだけど……勇気が出なくて」
「大丈夫だよ、交換できているのなら簡単とは言えないけどマシだよ」
「……そ、そうだよね、頑張ってみるっ」
あれえ……なんかこっちが暴走していただけで恥ずかしいぞ。
彼女は目の前でスマホをいじり、それから「送っちゃったっ」と呟き幸せそうにしていた。
なんだこれ、あ、それとも帆波とふたりだけになると怖くなるとか?
いや、この様子を見るととてもじゃないけどそのようには見えない……。
「米光さんありがとう!」
「ど、どういたしまして」
「わっ、返事がきたっ」
彼女はぶつぶつと呟きながら歩いて行ってしまった。
私は後ろに立っていた彼女に肩をすくめる。
「ごめん、余計なことだったっぽい」
「あ……そんなことないよっ」
「帰ろっか、ここにいると溶けそうだし」
「うんっ」
なんか思ったよりも平和に終わってしまったそんな1日となった。
「文くーん」
部屋にこっそりと侵入してみた。
ヘッドホンで音楽を聴いているらしく、こちらに気づいた様子はない。
それならばと背後から静かに忍び寄って両肩に手を置く!
「うわあ!?」
「ぷふふ、おもしろ~い」
これだよこれ、こういう反応が見たかった。
文くんは私に厳しいからたまには反撃がしたかったのだ。
「ぐっ! この!」
「わあっ!? ま、待って待って待ってっ、暴力反対だよ!」
そりゃまあいきなり背後から衝撃が伝わってきたら怖い、うん。
私だったらまず間違いなくもっと酷い有様を晒しているところだろう。
構ってほしいとはいえ、反撃がしたかったとはいえ手段が最悪すぎたと反省。
「はあ……なにやってんだよ!」
「ご、ごめん……」
「……ほんとむかつくわ、お前といるとイライラしかしない」
「え……ごめん……」
「出てけっ、もう話しかけてすらくるなよっ」
戻ろうとしたら押されて廊下にダイブすることになった。
確かに私が悪いけどなんだよっ、と逆ギレをしつつ自分の部屋のベッドにダイブ。
「あ゛ぁ゛~……」
お前って言わなくてもいいのにとまだ逆ギレ中。
どうしよう、たった少しのことでどうしようもない状態になってしまった。
やっぱり嫌われていたんだな、そうでもなければ学校でも来るよね。
私といるとイライラしかしないってことは、文くんが言っていたように話すことすらやめた方がいいかもしれない――というか、そうとしかできないとも言える。
「歩きに行こ……」
小出しにするのではなく溜めて溜めて溜め込んで一気に爆発させるところが文くんらしい。
私なんかすぐに表に出るから素晴らしいとしか言いようがなかった。
結局後に爆発してしまうのだとしてもある程度の期間の間、何事もなかったかのように振る舞えるのは羨ましいな。
帆波や三浦くんに甘えるのは違うから夕方頃まで適当に外で過ごすことに。
「帰る気が起きないな……」
どうしてもご飯のときに一緒になるし、どうせなら文くんが食べ終えてから食べられるような時間に帰りたい。
現在の時間は18時44分16秒。
まあ、20時ぐらいに帰れば多分大丈夫なはずだ。
そこからもなんかごちゃごちゃ考えつつ時間をつぶし、19時50分ぐらいに家へと向かって歩き始めた。
こうやって対策をしておきながら遭遇するとあれなので、部屋で更に1時間は待機する。
食事時間は遅くなってしまったものの、これがいい方に繋がって会うことはなかった。
「お風呂~」
湯船につかりつつ、そもそも嫌いなのに意識を向けることもしないかと考えていた。
つまり私のしたことはただの無駄で、ただただお腹を空かせただけにすぎないということ。
恥ずかしいね。
「アイス~」
やっぱり入浴後のアイスは夏には絶対に必要だ。
……ひとりでリビングにいるのは寂しいけどしょうがない。
それで食べ終えたから部屋に戻ろうとしたときのこと、ガチャリとリビングの扉が開いて文くんが入ってきた。
納得できないところはあってもわざと煽るような人間でもないため、わざわざ台所の方から2階へ移動。
「はあ、自業自得だけど面倒くさいなあ」
課題はもう終わらせているから夏休みが終わるまで外で過ごせばいいか。
今日歩いたことで汗をかくのも悪くはないと気づけたわけだし、家で窮屈な思いを味わっているぐらいならその方がよっぽどいい。
「寝よ」
夜ふかししていても疲れるだけだし。
それで特に問題もなく寝られていたんだけど……。
なんかプレッシャーを感じて目を開けてみたら目の前に文くんが立っていて心臓が口から飛び出そうになった。
なんとか悲鳴をあげるのを我慢して反対を向く。
話しかけることができないからしょうがない。
これが残酷なアニメとかだったら包丁を持った弟に刺されて終わるだろうし、これがえっちな本だったりしたら犯されて終わっていただろうし。
そんなことにはならないけどお昼の仕返しにしては随分と質が悪かった。
「……20時までどこに行っていたんだよ」
どこにってそんなの外でしかないでしょ。
家にいないのならそれしかない、暑すぎておかしくなってしまったのだろうか。
「返事しろよ」
「話しかけてすらくるなよって言ったのは文くんだし」
「こっちを向け」
怒ったときは本当に怖いから大人しく従ったらいきなり腕に触れられて困惑。
「熱いな、大丈夫なのか?」
「ちゃんと水分は摂っていたんだけどね、それでも外は暑かったからさ」
動いていても留まっていても汗が止まらなかった。
それと水分補給量が足りていなかったのかもしれない、熱っぽい感じはするし。
「悪い……姉貴に当たっちまった」
「あ、いや、悪いのは私だし……」
やっぱり悪いのは私だから、うん。
別に叩かれたとかじゃないしね、でも、お前なんて初めて言われたなあ……。
「文くん? 別にこれは大丈夫だよ?」
「悪かった……」
「いや、外に逃げ出したのは私だから、謝られても困るかな」
えぇ、ずっとこちらのか細い腕を握ったまま帰ってくれないんだけどっ。
お昼のは私が悪かったからもう許してくれよ、いまさらになって疲れが出てきたんだからよ。
「……今日はここで寝る」
「あ、それならあれをかけなよ、なにもかけないのはだめだよ」
「おう、おやすみ」
「おやすみ」
こういうところは昔と変わっていなくて安心する。
喧嘩した後はいつもこうだった、離れたくないって離れろって言ったのは自分なのに矛盾したことを言ってさ。
でも、こっちの手を握ったまますやすやと眠るそんな文くんが可愛くてなにも言わなくてもいいかなって折れて。
そして、
「文く……あ、もう寝てるや」
こういうときは本当に寝るのが早い。
暗い部屋の中、少しだけでもおしゃべりをするのがいいと思うけどね。
「まあいいや、私も寝よ」
ただ、残念ながら先程のあれが心臓に悪すぎて寝ることができなかったのだった。
うぅ、私が悪いけど文くんもやっぱり悪いよ!
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