03話.[見せてあげるっ]
「……もしもし?」
「あ、もう寝てた? ごめん」
「いいけどよ」
真っ暗な部屋の中、体を起こして1階へ。
多分姉貴には聞かれたくないことだろうからという配慮だ、俺は優しい。
「で?」
「あ、今日のことなんだけどさ」
「ああ、楽しかったのか?」
姉が帰ってきたときは暗いとかそういうわけじゃなかったわけだし、悪くはなかったんだろうなということは想像できていた。
だが、実際のところどうかは分からないから、まあ、本人からこうして聞くのが一番だなと。
「楽しかったっ、楽しかったんだけど……」
「ん?」
「俺がもっとリードしたかったんだよ、でも、実際はそうじゃなくてさ」
「へえ」
あの姉が男を引っ張り回しているところなんて思い浮かばないけどな。
帆波が相手のときでもそうだが、姉は基本的に相手の要求を受け入れて付いていくような人間だから。
基本的になんだかんだ言いつつも折れるタイプだから意外だった。
「水月さんって家ではどんな感じ?」
「外にいるときと変わらないぞ、あくまで普通だ」
「羨ましいっ、俺も水月さんともっと一緒にいたいのに」
「でも、家族だったら恋は無理になるだろ」
「いまはとにかくあの人と一緒にいる時間を増やしたいんだよ」
なにをそんなに気に入ったんだか。
GWにちょろっと自己紹介をした程度だというのに。
が、それを言ってくれることは流石にないから姉と同じで分からないままで。
「文くん……?」
「あれ、まだ起きていたのか?」
電話の向こうが騒がしくなったが無視し、離し、姉と話すことに。
「話し声が聞こえてきたからさ、誰なの?」
「あ、友達だ」
「そうなんだ」
正直に言おう、姉は別に可愛いわけでも綺麗なわけでもない。
だから余計に親友が急に変わったことが気になるわけだ。
まあ、ぶさいくというわけではないから、興味を持つ人間が現れてもなにもおかしくはない――ないが、別に沢山いる中でわざわざ姉に絞らなくてもと考えてしまうのは余計なお世話だろうか?
「あ、あんまり夜ふかししないでね」
「明日は日曜だからいいんだよ」
「ははは、そっかっ、おやすみ!」
「おう、おやすみ」
分かった、笑顔かもしれない。
それ以外はあくまで普通、平凡な感じの姉だから。
「おいっ、代わってよっ」
「いや、別にいいだろ」
朝から夕方頃まで一緒に過ごしていたくせにまだ話し足りないとか病気だ。
「これは別になにかに活かせるというわけでもないけどさ、水月さんって家ではどういう格好をしているの?」
「どういう格好って、ただの私服だけど」
たまに中学のときのジャージを着ていたりなんかもするが、基本的には普通のシャツと長めのスカートであることが多い。
冬だけは何着も着用するが、その上にただ着込んでいるというだけでそう変化もなかった。
「ど、どんな? ほらっ、今日は制服を着て来たから興味があって」
「あー、なんかふわふわした感じのときもある――」
「ほんとっ!? あっ、へー、そうなんだー、へー」
これは絶対に後で悔やむことになるやつだと予想。
そんなにいいものじゃない、不釣り合いというわけではないけども。
よっぽどクラスメイトの女子の方が可愛いし、私服だって普通のであっても似合うことだろうしな。
「ふっ、啓も男なんだな」
「今更? そうだよ、俺は男だよ」
「これだけは言っておくけどさ、あんまり姉貴に夢を見すぎるなよ? 後悔することになっても知らないぞ」
「いいんだよ、俺の人生なんだから。俺は水月さんといたい、仲良くしたいっ、いまはただそれだけで毎日が楽しいんだ」
「そうか、じゃあもうこれ以上は言わない」
後で泣きついてきても知らないからなと吐き、通話を終わらせたのだった。
「水月っ、いまから海に行こうっ」
6月始めのそんな頃、帆波が急にそんなことを言ってきた。
雨は降っているものの拒む必要がなかった私はそれを了承。
「ごめんね、ちょっと嫌なことがあってさ」
ベンチの上に屋根があるところで話をしていた。
「いいよ、いつもお世話になっているからこれぐらいはさ」
話を聞くだけで少しでも役に立てるということならいくらでも付き合う。
それにしても嫌なことってなんだろうか?
「そうだ、土曜日はどうだったの?」
「楽しかったよ、色々なところを見て歩いたんだ」
「へえ、なんかいいな」
「帆波も三浦くんを誘ってみたらいいんじゃない?」
「あー……」
ん? もしかして三浦くん関連のことでなにかあったのだろうか。
私が言われるよりも先に「あんた三浦のなんなのよ!」的な感じに?
「なんか男の子と話していたら女の子の好きだった人らしくて怒られちゃって」
「えー、そんなの知らないよね」
「うん、煽りたいわけじゃないからやめるけどさ……」
私も言われそうだなあ、三浦くんに興味を持っている子は多そうだし。
仮に言われてもそれは三浦くん次第だからで片付けられてしまうことだけど。
「誰なの? 私がはっきり言ってあげるよ」
「いいよいいよ、それに分からないし」
「そっか、だけど困ったら言ってね」
「ありがと、水月がいてくれてよかった」
口先だけのものかもしれないのに私がいてくれてよかったと言われても。
相当強く言われたことが堪えたんだろうな。
どうせ帆波のことだから強く言い返すことはできなかったんだろうけど。
「よし、そろそろ帰ろっか」
「うん、分かった」
「今度は三浦くんとふたりで行けるといいね」
「うーん、別にそういう気持ちはないけどね」
明らかに我慢して一緒にいてくれているだけだし。
多分、苦痛だっただろうなあ、だから最後はあんな感じだったんだと思う。
それでも口にしなかったのは大人だとしか言いようがない。
「あ、ほらっ」
「あ、ちょっ、な、なに?」
「それじゃあねっ」
それじゃあねと言われても、なんで私は押されたんだろうか?
「水月さん」
「あれ、雨なのになにをやっているの?」
こんな人の家の前で突っ立っていたって時間の無駄にしかならないけど。
「学校で探していたんですけどいなかったので、それで家に来てみても同様の感じだったので待たせてもらっていたんです」
「あ、ごめん、帆波に付き合って海に行っていたんだ」
「そうですか、なにかがあったとかではなくてよかったです」
こういうときこそ連絡してくれればいいのにと言いたくなったのをぐっと我慢し、どうせならと家に入ってもらうことにした。
放課後は毎日一緒に帰っていたんだから寧ろこちらが海に行ってくると連絡するべきだったと反省、そういうのもあって飲み物ぐらいは提供するべきだと考えたのが影響している。
「おかえり」
「ただいま」
文くんはいつも通りの文くんといった感じ。
でも、この前のことを思い出すと、うん、なんか素敵だなって。
友達のためにちゃんと言えるところを私も真似をしたい。
だから帆波をよくみておこうと決めた。
「姉貴、俺は部屋にいるから飯の時間になったら呼びに来てくれ」
「分かった」
ということは疑似三浦くんとふたりきりか。
別にそれでも緊張することなんてないからいつも通りでいいんだけども。
「はい」
「ありがとうございます」
それと私は分かっている、この前遅くに話をしていた相手はこの子だと。
というか、何気に廊下で盗み聞きしていたんだ。
悪い姉だとしても気になるから仕方がないということで片付けさせてほしい。
「文くんといたくても本人があんなのじゃ困るよね」
「文人といたいんですか?」
「あ、そうじゃなくて、三浦くんがってことだよ」
「俺は学校で話すことができますからね」
よく考えてみたらお姉ちゃんのところに一度も来てくれていないのは何故だろうか。
学校でぐらいは身内の顔を見ないで過ごしたいということならいいんだけど、単純に私が嫌いだから来ていなかったとしたら……、怖いな。
「水月さんは夏になったらどこに行きたいですか?」
「そうだね、やっぱりプールとかかな」
「それなら一緒に行きましょう、細谷先輩も誘って」
あくまで慣れないふたりをサポートするために行こうと決めた、まあまだ帆波が参加してくれるのかは分からないからなんとも言えないところだけど。
仮に帆波が行かないと言ったら私も行かないつもりでいる。
「じゃ、文くんも一緒でいい?」
「はい、何人でも構いませんよ」
「分かった、じゃあ帆波には私から言っておくから」
「それなら文人には俺から言っておきます」
文くんごめん、どうあってもきみがいてくれるのが一番だから我慢してくれ。
さすがにほぼ全裸みたいな状態をほぼふたりきり状態で見せるのは違うし。
あとはあれ、帆波だけだと「ふたりでごゆっくり~」とか口にして離脱しかねないからだ。
ただ、そうなると水着を買いに行かないとなって。
これまで全く縁がなかったから学校のスクール水着しかない。
それで学校外のプールを利用するというのは勇気が必要になるから、それならまだ新しい水着を用意した方がいいだろう。
「あ、あのっ」
「な、なに?」
「ちょっと気持ち悪かったですかね……?」
「気にしなくていいよ、プールに行きたいと言ったのは私なんだし」
それを吐いた自分が悪いんだし。
これまでの彼通りならここで誘ってくると分かっていたんだから。
それなのに馬鹿正直に吐いたのは誘ってくれと遠回しに言ったのと同じことfr。
「ふふ、三浦くんも男の子なんだね」
「な、なんですかそれ、この前、文人にも同じことを言われましたけど普通に男ですよ」
「そんなに水着を見たかったんだ?」
「ぶふっ!? ち、違いますっ、俺はただ水月さん達と行けたら楽しいだろうなってっ」
可愛い、……ちょっと真面目に選んでみようかな。
帆波曰く大きいみたいだしドキドキさせることができるかもしれない。
やばい、もっと慌てさせてみたくなってしまったぞっ。
「分かった、それなら三浦くんが私の水着を選んでよ」
「は、はい!?」
「ふふふ、冗談だよ」
「からかわないでくださいっ」
さすがにそれは恥ずかしいからできないけど、少し前までの自分と比べて適当に選ぶのはやめようという気持ちに変わったのだった。
「ほら、水月にはこれぐらいのが似合うよ」
「待って、なんか露出が多すぎない? せめてお腹は隠そうよ」
7月17日、テストが終わったのをいいことに私たちは水着を見に来ていた。
季節的にばばーんと展開されているため、色々見ることができて楽しいのはあるんだけど過激なのが多すぎるっ。
「お腹は出しなさい、隠すのは普段と雷のときだけでいいですのよ」
「なにその話し方……」
と言われてもなあ、胸と下以外はがばがばというのはちょっと……。
日焼けとかからも一応守らなければならないわけだし、どう考えてもお腹が隠れる物の方がいいと言ったのに帆波はスルー。
「せっかくそんなに大きいお胸があってウエストも細いんだからビキニ一択!」
「じゃあ、この灰色――」
「真っ白っ、純白一択!」
試着室に無理やり入れられ水着も渡される。
……正直に言って、普通の服などを試着するのとは違うと思うんだ。
とにかくぱぱっと試着してみて、サイズを確認――大丈夫そうだ。
下着の上からだとしてもなんか申し訳ない気持ちになるからね。
これはこのまま買うからいいけど、戻す人は気にならないのかな?
「うぅ、高かった……」
「いいじゃん、来年も使えるんだから、それに三浦くんを悩殺できるよ?」
「できないよ、胸はよくても見た目はあれだし」
本当はこのシンプルな水着の横にあったセーラータイプのやつがよかったけど見た目的に諦めるしかできなかったのだ。
帆波が羨ましい、胸がなくたって可愛いというだけで正義だ。
で、その可愛い帆波は自らの物はお腹が隠れる物を買ったという、しかも色もどちらかと言えば暗い感じの灰色で、ずるい。
「水月の家で着てお互いに見せ合おうよ」
「えー……」
「ほらほら早くっ」
やっぱり風邪のときの弱々帆波であってほしい!
「あ、お邪魔しています」
「うん、ゆっくりしていってよ」
珍しい、文くんとゆっくりふたりでいるなんて。
「いまから水着を着てくるから見せてあげるっ」
「ちょっ」
「行こー!」
急ぐ必要もないのになんでなのか。
それにどうせなら当日に驚かせたいじゃん? なのにいま見せてしまったらもう驚いてはくれないじゃん。
「じゃーんっ」
「おお、健康的で似合っていますね」
なので、帆波だけ着替えさせることに。
というか、元々自分だけが着るつもりだったらしい。
よかった、私の作戦が台無しになるところだった。
「ちょっと露出が多すぎねえか?」
「え? お腹も隠れているのに?」
「日焼けとか気にしねえのかよ」
「これは全然少ないと思うけどね、そんなこと言ったら水――」
「水着だったらこんなものだよ、ね?」
いまのは単純に水着だと言おうとしたのかもしれないけど止めさせてもらった。
すぐに余計なことを言うからある程度は自衛しなければならないのだ。
文くんも「まあそうか、そういうものか」と納得してくれて安心。
「姉貴は着なかったんだな」
「うん、どうせ当日に見せるわけだし」
それに「三浦くんにだけだよ?」と言いつつ見せたいのだ。
その後はみんなに見られるからあれだけど、そういう風に言えば多分だけど慌ててくれるだろうからという期待があった。
でも、もし真顔でスルーされたらどうしよう。
もしそんなことをされたら間違いなくすぐに帰るだろうけど。
「なんでか俺も巻き込まれているんだよなー」
「当日にかき氷とか買ってあげるからさ」
「かき氷は美味いけど、かき氷ひとつのために長時間暑い中いなければならないのは苦痛なんだよなーって」
ぐっ、このままだと来ないとかそういうことになりかねない。
本当にふたりきりになったら大胆に行動できなくなるから駄目なのだ。
文くん、帆波、三浦くん、私という4人だからこそできることなのだ!
「帆波の時間をあげるからっ」
「いらねえ……」
「なっ!? ふふ、そんな態度を取っていられるのもいまだけだよ? ほらほら、近づいちゃうよー? 初な少年にとってこの格好は刺激が強いよね?」
「うわ、痴女がいるから戻るわ、それじゃ」
え、当日の私はこれをしようとしていたということ!?
無理だっ、私も部屋に戻る――ことはしなかったけど、もう駄目になってしまった。
「水月っ、私は文人くんと戦ってこなければならないから」
「せめて着替えてからにしなさい」
「このままではいられないよ!」
あー、行っちゃった。
まあもう知らない、私は一応止めたわけだし。
「ごめんね、帆波が」
「いえ、明るくていいと思います」
確かにそれはあの子のいいところだと言える。
ただ、たまにああして暴走してしまうことがあるから大変だった。
していることは痴女……とか言われる人と変わらないだろうから文くんがああ言いたくなる気持ちも分かる。
それに部屋でふたりきりの状態で水着の異性とってやばいと思うけど。
何度も言うけど帆波は可愛い、そんな子が水着のままかなり接近してくるんだよ?
私が男の子の立場だったら……ふふって感じになりそうだ。
「それで……あの、水月さんも買ってきたんですよね?」
「うん、それでお小遣いが吹き飛んじゃってね」
「見たいです」
「へっ? あはは、欲望に正直だね、帆波ので満足できないの?」
「細谷先輩も魅力的ですけど、俺が見たいのは水月さんの水着姿ですから」
よくそんなことが言えるなこの子。
そこまで真っ直ぐに言ってくれるのならと揺れた自分がいる。
「当日じゃ……だめ?」
「あ、でもどうせなら当日の方がいいですね」
「あ、どうしても見たいというなら別に……」
「いいんですかっ? ――あ、いえ、やっぱり当日でいいですっ」
「そ、そっか、分かった」
ふう、こっちが目のやり場に困るだろうから助かった。
それこそ痴女になりかねない、まだまだ可愛いレベルかもしれないけどね。
その後は戻ってきた帆波と一緒にご飯を作って4人で食べた。
「じゃ、帆波と三浦くんを送ってくるね」
「いやおかしいだろそれ、俺も付いていくわ」
「はは、文くんがいてくれるとありがたいよ」
自然と帆波三浦くん、私と文くんという感じになった。
楽しそうにお喋りしているふたりを見つつ、その後ろを歩いている感じだ。
「啓とはどうなんだ?」
「仲良くできてるかな」
「よかったな」
確かに誰かと仲良くできることはいいことだ。
三浦くんは優しいし、仲良くしたいという気持ちが私の中にはあるから。
でも、
「ねえ、結局なんで近づいて来てくれているのかな?」
いまになってもやっぱりこれなんだよなあと。
GWに出会ってからもう2ヶ月ぐらい経過しているのに分からないままだ。
体に興味を抱いたとかそういうことじゃないだろうし……。
「なんでって、だから姉貴に興味があるからだろ」
「だからどこに興味を抱いてくれているの?」
「そんなの分からねえよ」
「そっか……」
一緒にいればいるほどなんで優しくしてくれるんだろうという疑問が大きくなっていくから難しいところだった。
それでも分からないことを他人にぶつけたってなんにも解決には繋がらないから焦らなくてもいいということで片付けておいたのだった。
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