02話.[一緒に行こっか]

「帆波っ、華麗に参上!」


 今朝からずっとこんな感じだった。

 体調が悪くなってほしいわけではないけど、あのときの感じといまの感じが丁度いい感じに混ざってくれればいいな、なんてことを考えていた。

 耳元で叫んでくるからね、昨日のあの子は別の子かな?


「やーやー水月っ」

「元気になってよかったよ」

「昨日はありがとっ、水月がいてくれてよかったよっ」


 うっ、笑顔が眩しい。

 それに相手がいてくれてよかったと思っているのは私の方が上だ。

 いまは三浦くんや文くんがいてくれているけど、それまでは彼女がいてくれなければひとりで過ごすことになっていたから。

 でも、なんかそれを全て吐くのは気恥ずかしいから、ちょっと違うところを見ながら帆波がいてくれてよかったとぶつけておいた。


「あ、そういえば昨日の子にもお礼を言いたいんだ、水月と知り合いみたいだし呼んでもらってもいいかな?」

「分かった」


 なんと言われてもいまは違和感しかないから帆波に興味を抱いてくれるとありがたいというのもあって、彼女自らがこう口にしてくれたのはかなり助かる。


「あ、治ったんですね、よかったです」

「昨日はありがとう、でも、水月といつ友達になったの?」

「GWの初日からですね」

「そうなんだっ? じゃあ、ちょっとこっちに来て」


 あら、弱っているときに優しくしてくれたことで気に入ったのかもしれない。

 よしよし、これなら私はあくまで普通にフラットに三浦くんと接することができる。

 帆波は可愛いからね、三浦くんが興味を抱くのも時間も問題だろう。

 こっちにはたまに来てくれればいいから追ってみたりはしなかった。

 

「ふふふ、ふふふー、戻ってきたぞー」

「おかえり」

「ただいまっ、むぎゅーっ」


 いや、やっぱり彼女はこのような感じの方がいいか。

 今回はこちらからも抱きしめ返しておいた。


「仲がいいんですね」

「うん、まあ去年の夏頃からの関係なんだけど」

「そうは見えないです、ずっと昔からいるような感じですよ」


 いまはもうできないけど、お母さんに抱きついているようで安心できるのだ。

 あと、ミルクの香りがしてもっと嗅ぎたくなるというか。


「ふふーんっ、私たちの間には入ってこれないぞー?」

「いまは我慢します、そのかわり後でいっぱい相手をしてもらいますから大丈夫です」

「そっかっ、水月は優しいから付き合ってくれるよっ」


 うーん、まあ楽しそうだからいいか。

 とりあえずは帆波を離して、彼女には離れてもらった。


「また風邪を引かないでよ?」

「大丈夫っ、それに仮に風邪を引いても水月がいるからっ」


 そりゃ風邪を引いてしまったのなら相手をするけどさ。

 でも、できれば元気なままでいてくれるのが私的に1番だった。




「って、考えていた私がこれとか……」


 もう時間は16時だから罪悪感とかは朝などと比べれば減ったものの、それとは別に恥ずかしさがかなりやばかった。

 昨日、湯船につかりながらずっと歌を歌っていたのが原因だ。

 本当に間抜けで、こんなことを知られたらもう学校に行けなくなるから必死に隠さなければならない。


「帆波ちゃん参上!」

「……よく来てくれたね」

「当たり前だよっ、私は水月の大親友なんだからっ」


 ちなみに、じゃんけんでどっちが行くかを決めたらしく、勝った彼女だけがこうしてやって来たということを知った。

 ……私としてはこんな恥を見られることはなるべく少人数の方がいいため、ありがとうとお礼を言っておくだけに留める。


「はい、飲み物とかジェルシートとかだよ」

「ありがとう」


 一応、まだ本調子というわけではないから助かった。

 単純に明るい彼女が側にいてくれると嬉しいというのもあった。


「おっと? ふふ、私の手を握ってどうしたのかな?」

「移したくはないけどさ、まだ帰らないで」

「しょうがないなー、私のときは水月はすぐに帰っちゃったけどいてあげるよ」


 あんなことを言っておきながら風邪を引いた人間を笑ったりしないのが彼女のいいところだと思う。

 これは三浦くんも変わらないだろうけど、やっぱり側にいてくれた場合の安心感は段違いだ。


「おーよしよし、そんな顔をしないの」

「ちょっと寂しかったんだ」

「私が来てくれて嬉しい?」

「嬉しい、帆波のこと好きだから」

「ちょっ、あははっ、本当に体調が悪いんだねっ」


 そうだ、こういうときでもないと素直に甘えることができないから許してほしい。

 彼女が考えている以上に彼女がいてくれているということが安心に繋がって高校生活を楽しめているからだ。

 けど、そこまで言う必要はないよね。

 いてくれてよかった、ありがとうとだけ伝えておけばいいのだ。


「ね、三浦くんが来てくれた方がよかった?」

「え? ううん、帆波でいいよ」

「えへへ、そう言ってくれるのは嬉しいなー」


 でも、長居をすると移されちゃうからということで帰っていってしまった。

 悪化させちゃうからなどと言わないところが帆波らしくていいと思う。


「姉貴、大丈夫か?」

「うん、心配してくれてありがとう」

「気をつけろよ」


 とにかくこっちはさっさと治そう。

 帆波とは学校で会えた方がいいからさ。




「行ってきます」


 翌日、無事に治ったのもあって登校しようとしていたときのこと。


「おはようございます」

「うぇ、あれ、なんで?」

「昨日は行けなかったじゃないですか、あとは細谷先輩に明日は行けると教えてもらっていたので今日はここに」


 なんかそれでここまで来てくれるのは嬉しいな。

 わざわざそこまでではないとはいえ遠い場所に来てくれたということだしさ。

 仮に三浦くんが風邪を引いても帆波のときにしたみたいに迎えに行ったりはしないだろうから余計にそう感じた。


「ありがとう、一緒に行こっか」

「はい、行きましょう」


 もうすぐ6月になる。

 そうなったら雨が降ることが当たり前になって、少々面倒くさいことになることは確かで。

 こうして傘をささなくてもいい時間を大切にしておこうと考えて、ちょっと大袈裟すぎかなって内で笑っていた。

 多分、まだ本調子ではないんだろう。

 もしそうじゃなかったからこんなこといちいち考えたりはしない。

 雨が降っても雨が降ってるな~ぐらいにしか考えない自分なのにおかしかった。


「水月さん、こんなときに悪いんですけど」

「どうしたの?」

「今週の土曜日って時間、ありますか?」

「うん、特に予定はないかな」


 母が休みだった場合はお買い物に付いていったりもするけど、今週は休みじゃないみたいだから特に用事はなかった。

 帆波とだって土日に必ず遊ぶというわけではないから、誘ってくれる方が私的にもありがたいかなと。


「それなら色々と見に行きませんか? 特に目的もなく歩くだけでもいいんです」

「いいよ、朝からにする?」

「そうですね、10時ぐらいに迎えに行きます」

「分かった、じゃあ準備をして待っているね」


 ただ、問題が発生。


「帆波、どういう服を着ていったらいいと思う?」


 これだ。

 なんかあんまり気合を入れても痛い人間にしかならないし、だからといって適当な格好で行くというのもアレだから悩んでいた。


「あれは? あの勢いで買ったちょっとふりふりなやつ」

「え、あんなのを着ていったら……」

「だって、それはデートでしょ?」


 これはデートなのか……?

 そういう風に捉えてしまったら三浦くんが可哀相だ。

 ただ歩くだけだと言っていたしデートではないと思う。


「じゃあ、制服でもいいんじゃない? ここの学校の制服は可愛いし」

「確かにっ、あ、そうしようかなっ」


 正直に言えばセンスというやつがないからその方が助かる。

 制服なら「なんで制服なんですか?」と聞かれることはあっても、それ以上踏み込んだことは聞かれないだろうから。


「怪しいなあ、三浦くんはどうして水月のことを気に入っているの?」

「分からない、GWのときにちょっと話をしただけなんだけど」


 どうせ女の子全員にこういうことをしていると疑ったら文くんに怒られてしまった。

 だからいまはとんでもない地味専なのだと片付けているけど、実際のところはどうなんだろうかってまだ引っかかっている。

 文くんと仲良くするために姉である私ともという風に考えたこともあるけど、実際のところは私のところばかりに来ているわけだから違うわけだし……。


「なるほど、お胸が大きいからかな? ほらほら」

「や、やめてよ」


 あー、確かに周りの子と比べたら……いやでも、そこらへんはよくても顔がいいわけじゃないからなあと。

 めちゃくちゃ優しいとか、包容力があるとか、そういう風に優れているわけではないからやっぱり分からない。


「くっ、貴様っ!」

「もう、どんなキャラなの?」

「あははっ。ま、土曜日は気楽にいなよ」

「うん、そうするよ」


 年下の男の子と過ごすぐらいで緊張なんかするような人間じゃないしね。

 結局、私は私らしく過ごすしかない、というのが結論だった。




「おはようございます」

「おはよ、晴れてよかったね」

「はい、そうですね」


 当日になったら知らない人が参加しているなんてこともなく、私たちはあくまでふたりで街の方へと歩いていた。

 近いようで遠いようなそんな感じの距離感。

 もしかしたら文くんの姉として相応しいのかどうかを確認するために来ているんじゃないかって考えがいま出てきた。


「危ないですよ」

「あ、ごめんね、ちょっと考え事をしてて」


 まだ死ぬわけにもいかないから考え事は後にしよう。

 信号が青になったら結構長い横断歩道を渡って逆側に移動する。

 って、凄く適当に歩いているけどいいのだろうか?


「どうせなら三浦くんが行きたいところに行こうよ」

「え、そうですね……」

「ゆっくりでいいよ、まだ10時頃なんだし」


 改めて私がこう言われたら同じように悩むだろうなって考えていた。

 相手のことを考えると完全に自分好みな場所に行きづらい。

 相手と相当仲良くない限りは変わらないことだ。


「今日は付き合ってもらっているわけですから、水月さんが行きたいところに行きましょう」

「それならちょっと動物でも見ていこうか、丁度そこにペットショップがあるから」

「はい、行きましょう」


 時間が悪かったのか大抵の動物は寝てしまっていたものの、そんなところであっても可愛くて仕方がなかった。

 人間にも寝ているだけで可愛いって言われるような人がいるんだなって考えたら、ちょっと不公平だなと不満も感じてみたり。

 あとはあれだ、今日のこれを失敗したら三浦くんはもう来てくれなくなるかもしれないと不安になったりもした。

 と言っても、努力をしたところで楽しませてあげられるわけではないから、結局のところはなにもしないのが1番だろうと片付けたりも。


「俺、亀が好きなんですよ、ゆっくり動くところが可愛くて」

「そうなんだ?」

「はい。でも、やっぱり飼うまではいきませんよね、こういう風に見ているぐらいが1番だなと思いました」

「確かにそうだね、実際に迎えたらやらなければならないことだって増えるし」


 その環境を整えるために更にお金を使わなければならなくなる。

 私たち人間だっていい環境を求めるもの。

 あんまりよくしてくれないところに迎え入れられたばかりに窮屈な思いを味わわせてしまうことになるかもしれないから、うん、私としてもこうして見ているぐらいが合っていると思った。


「水月さんは猫がお好きなんですか?」

「うん、好きかな」

「可愛いですよね、懐いてくれたら最高でしょうね」


 丁寧にお世話をしても好かれるかどうかはランダムみたいだけどね、向こうにも感情があるから難しい。


「よし、今度は三浦くんが行きたいところに行こう」

「あの、それならもう飲食店に行ってもいいですか? ちょっともう空腹気味で」

「はは、いいよ? 行こう」


 男の子だもんなと、ほのぼのとした気持ちになった。

 彼が選んだのはペットショップから近いファミリーレストランだった。

 目の前にはステーキやハンバーグが食べられるお店があったというのにこっちを選んだのは意外だった。


「水月さんはこっちの方がいいかなと」

「え、お肉は好きだよ? それに、三浦くんの食べたいものが食べられるお店に入ってほしかったな」

「え……あ、いまからでも……いいんですかね?」

「大丈夫だよ」


 店員さんに謝ってから退店させてもらう。

 遠慮とかをしてほしくない、デートじゃないんだから合わせなくていいし。

 食べたいのを我慢してまで合わせてもらうのは申し訳ないから。

 それに私はどちらかと言えば合わせたい派だった。


「す、すみません、謝ることもさせてしまって」

「いいんだよ、ほら、メニューを見ようよ」


 メニューを見ながら、今度帆波を連れてこようと決めた。

 あの子のこういうのが大好きだ。

 少食の男の子たちよりもよっぽど食べることができる。

 ちなみにそれは私も同じこと。

 もっとも、今日は隠すけどさ。


「決まりました」

「私も決まったから押すね」


 まとめて注文を済ませて、運ばれてくるまで飲み物を飲みながら休憩。


「三浦くん、いつもありがとね」

「急ですね」

「帆波だけがいてくれる生活もよかったけどさ、あの子には優先したいこととかが多いから一緒にいられないときも多かったんだよ。だから、三浦くんが来てくれることで寂しさを感じなくて済んでいるからさ。あ、でも、他に優先したいことがあったらそっちを優先してくれていいからね、我慢する必要なんてないから」

「俺は自分の意思で水月さんのところに行っているだけですから」


 そりゃ、誰かに強制されているとかそういうわけではないだろう。

 でも、どういう理由で来てくれているのかが全くもって分かっていないから、どうしてもその度に無駄に考えてしまうわけだ。

 可愛いや綺麗だったらよかったのにな、そうしたら自分の見た目目当てに来てくれているのだと簡単に分かるから。

 それでも実際はそうじゃないし、似たような話を出しても「自分の意思で来ているだけですから」と言われるだけだし、そういうところをはっきりさせてくれると助かるかなあ、というのが正直なところだった。


「なんでなの?」

「迷惑でしたか?」

「ううん、だけど……理由が分からないなって」


 そのタイミングで料理が運ばれてきて一旦中断となった。

 美味しい、やっぱりお肉というのは私にとって必要だ。

 問題点を挙げるとしたら、がっついてしまうことだろうか。

 例えば焼き肉なんかが夜ご飯となった場合、7分目を超えてMAXまで詰め込もうとするところがあるから。

 そうなるともう苦しかったという思い出しか残らず駄目になる。

 駄目になると分かっているのにその度に食べなきゃ損だと考えてがっついてしまうのが、私にとって困っていることだった。


「ごちそうさまでした――あれ? 全然減ってないけど、どうしたの?」

「あっ、食べますっ、待っていてくださいっ」

「落ち着いて、ゆっくりでいいから」


 まさか……食べているところを見られていたのだろうか?

 もしそうなのだとしたらかなり恥ずかしいな、お上品というわけでもないし。

 その三浦くんはゆっくりでいいと言ったのに急いでしまっていた。

 余計だったかな、ごめん。


「ごちそうさまでしたっ、出ましょうかっ」

「うん、そうだね」


 お会計をまとめてしてくれたから払うよと言ったんだけど、


「今日は付き合ってもらっているわけですからね」


 と、また似たようなことを言われ、躱されてしまい払えず。


「じゃ、お昼代の分、三浦くんの行きたいところに付き合うから」

「いいんですか?」

「え、う、うん、行こうよ」


 でも、結局そこは三浦くんという感じで、完全に自分好みなお店には行けていなかった。

 まだ仲良くないからなあ、趣味全開にとはいけないか。




「ふう、結構歩きましたね」

「そうだね、少し疲れたかな」


 現在の時間は16時25分。

 晴れているのもあって、それでもまだまだ明るいままでいてくれている。

 けど、これ以上歩くのはちょっとアレかなーと。


「帰りましょうか」

「うん、三浦くんがそう決めたのならそうしよう」


 あれだけ一緒に長時間いても嫌な感じには1度もならなかった。

 まず間違いなく三浦くんが妥協してくれただけなんだろうけど、普通に楽しかったなって。

 ただ、こっちは特になにか面白いことが言えたとか、気の利いたことをできたとかそういうことではないから次はないかもしれない。

 なので、ないかもしれないから今日はありがとう、息抜きになったとだけ口にしておいた。


「あ……水月さん」

「どうしたの?」

「今日はありがとうございました、楽しかったです」

「そっか、ならよかった」


 そこで家に入ることもせずに彼は黙ってしまった。

 こうなると帰りづらいというのが正直なところ。


「あ、気をつけてくださいね」

「うん、また月曜日にね」


 よかった、悪い雰囲気になったりはしないで。

 後のことなんかどうでもいい、大事なのはその日のことだから。

 休日に出てきて、相手の気分を悪くさせて途中解散に、なんて最悪なことにならなかったことをいまは喜んでおこう。

 帆波は「えー、せっかくお出かけしてそんな感じなの?」とか文句を言ってきそうだけど、求めるものが違うから仕方がないのだと言おうと決めたのだった。

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