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Rinora

01話.[また来るからね]

「もう5月か~」


 季節は春、というか初夏で。

 それでもまだまだ暑くはならず暖かいままで。

 こうしてひとり呟き歩いているだけでもなんだか落ち着ける。

 去年のいま頃なんて慣れない高校生活にあたふたしていたのにな、と。


「どーん!」

「あいたっ、もう」

「あははっ、一緒に帰ろうよ!」


 女の子にしては結構短い髪を揺らしながら細谷帆波ほなみはそう言った。

 高校1年生の夏に友達になって、そこからも不思議と関係が続いているそんな子だ。


水月みづきはGWに予定とかあるの?」

「前も言ったと思うけどないかな、課題をするぐらい」

「そっか~、あ、私は県外に行くんだよっ、楽しみだな~」

「気をつけてね、あと、楽しんできて」

「ありがとっ、水月も楽しんでねっ」


 とはいえ、楽しんでと言われてもできることには限りがあるわけで。


「姉貴、俺は遊びに行ってくるから」

「何時に帰ってくるの?」

「んー、18時頃かな」

「分かった、気をつけて」


 相手をしてもらおうと考えていた私は早速躓くことになった。

 弟よ、遊びに行くのはいいけどたまには家にいようよ。

 GWが始まってからもう3連続なんだよ?

 どれだけその相手のことを気に入っているのかという話だ。


「仕方がない、掃除でもしようか」


 これが最高の時間つぶしになることを知っている。

 床に散乱している物などはないから掃き掃除をしたり、たまにはと床を拭いてみたりとやれることをやっていった。

 気をつけなければならないのはこの際、本棚には近づかないことだ。

 本を読んでいて気がついたら~なんてことにもなりかねない、時間をつぶしたいいまだったらそれでもいいのかもしれないけどね。


「ふぅ、これぐらいかな~」


 時間は……うん、1時間は経過させることができた。

 ただぼけっとして過ごすだけの1時間とは雲嶺の差がある。

 部屋が綺麗というだけで気持ち良く過ごすことができるわけだし。


「……歩いてこよ」


 基本的に屋内にこもっているよりは動きたい派だから外に出た。

 この前とそう変化があるわけでもなく過ごしやすい気温だった。

 大人の人は大して関係ないだろうけどGWということもあって子どもとよくすれ違った。

 外に遊びに行くのは偉い、例えその目的が相手の家に行くのだとしても引きこもりではないから本当に偉い。

 帆波は初日から旅行に出かけていて最終日付近まで帰ってこないわけだから、誘えるような人がいないというのが私にとっての問題だった。

 だから、ああして遊びに行けるというのは素晴らしいわけ、悪いことをしなければだけど積極的に遊んでほしいと思う。

 他者との交流は大事なのだ、ずっとひとりでいると気分が滅入るから。


「あれ、どうしたんだ?」

「お、文くん」


 米光文人ふみと、私の弟だ。

 でも、これじゃあまるで尾行してきたみたいだからなんとなく微妙だった。


「文人? あれ、その人は文人の彼女さん?」

「違うよ、俺の姉貴だ」

「初めまして、米光水月です、よろしくっ」

「俺は三浦けいです、よろしくお願いします」


 ただ、邪魔をするのも違うから別れて歩き出した。

 そうか、高校に入ってちゃんと友達ができたようで安心する。

 私なんか去年のこれぐらいはひとりでいることしかできなかったから羨ましかった。

 そういう点で言えば弟の方が優秀なのかもしれない。

 でも、劣等感を抱いたりはしていない。

 優秀ならそれで結構、寧ろそんな子が弟だったら父も母も私も嬉しいというものだ。

 あ、これぐらいで優秀判定すること自体が間違っている可能性もあるけどさ。




「あれ、おかしいな」

「どうしました?」

「ああ、GWがもう終わっちゃうなって――って、え?」


 いま話しかけてきた子が再度「どうしました?」と聞いてくる。

 どうしたのと聞きたいのはこちらだったものの、まずそれよりも聞かなければならないことがあったので我慢した。


「えっと……」

「あ、三浦です」

「そうそう、それでどうしてここに? 文くんなら遊びに行っちゃったけど」


 結局、1日も家でゆっくりすることがなかった。

 だからお姉ちゃんとしてはかなり寂しく、最終日をあっという間に迎えてしまったということになる。


「文人は遊びに行ったわけじゃありませんよ、お菓子を買いに行ってくれたんです」

「あ、そうなんだ? じゃ、よかったね、ひとりにならなくて済んで」

「そもそもお姉さんがいてくれる時点でひとりではありませんけどね」


 とは言っても、別になにかを一緒にするわけでもないのだからそれはいないのと同じことだと思うけど。


「水月さん、連絡先を交換してくれませんか?」

「え、あ、いいけど……」


 昨日見た感じだと格好いい男の子に見えたけどいまのでイメージが変わってしまった。

 多分こうやって異性を見かける度に仲良くなろうとするんだろうなという風に。

 いやでも私にもって逆にすごいと思う。

 可愛いや綺麗な子ばかりとしていたら変な噂が出るからだろうと予想したけどどうだろうか?  

 って、一気に悪い方に考えすぎなところもあるかもだけど。


「ありがとうございます、メッセージなどを送らせてもらうのでちゃんと反応してくださいね」

「うん」


 そのタイミングで弟が帰ってきてくれて助かった。

 あんまり一緒にいない方がよさそうな子だったから。

 ま、向こうだって他に優先したい可愛い子なんかもいるだろうからこれ以上来たりはしないだろうけどさ。

 と、考えていた自分だったんだけど……。


「もう、同じ高校内にいるんだから直接来てくれればいいのに」


 とにかく休み時間になる度にメッセージが送られてくる。

 しかももう5月の20日を過ぎているのにこの感じ。

 なにをそんなに気に入ったのか、それを何度考えても分からないまま。

 

「呼びましたか?」

「うわっ、もー……」

「え、直接来てくれればいいと言っていたので来てみたんですけど」

「ちょっと教室から出よう」


 来てくれるのはありがたいけど訳が分からなさすぎるとアレだなと。


「三浦くん、どうしてあなたは私に凄く連絡をしてくるの?」

「興味を持ったからです、駄目ですか?」

「だめじゃないけど、どうせ他の子にも同じようなことをしているんでしょ?」

「していませんよ? ほら、見てください、連絡先だって家族と文人を除けば水月さんだけですから」


 本当だ、メッセージアプリの方も同じだった。

 非表示にできるからそうしているだけだと考えて疑っていたけど、彼はそちらもちゃんと見せてくれて誰も非表示にしていないということを証明してくれた。


「あ、分かったっ、どうせこれはもう使っていない携帯とかなんでしょ?」

「そんなことないですよ、ほら、送れますよ?」

「あ、ほんとだ……」


 なんでなのか、ここまで徹底しているのはどうしてだろう。

 彼であれば自由に女の子と連絡するぐらい余裕だと思うけど。

 あ、直接話すのが好きだからだろうか? 教室では喋りまくり……とか?


「でも、どうせ教室とか外では女の子と……」

「なんか疑われているのは悲しいです」

「いやだって、三浦くんのこと全く知らないから……」


 分かった、地味だからいいんだ。

 可愛いや綺麗は飽きてしまったんだろう、そうでもなければ私なんかに興味を抱いたりなんかはしない。

 逆にそういう裏というか事情があってくれないと困る。

 私だってそこまでいうほど学校に慣れているわけではないからね。


「じゃあこれから何度も来ます、それで俺のことを知ってください」

「うん、せっかく出会ったわけだからね」

「はい、それではまた昼休みに来ますね」


 私も関わっていく中で三浦くんがどんな人間なのか把握しないと。

 それとあとはやけに元気がなさそうに見える帆波のことかな。

 とりあえずは授業に集中して、休み時間になったら彼女のところに行く。


「帆波、どうしたの?」

「……水月、なんか今日は頭が痛くて」

「え、保健室に連れて行ってあげようか?」

「うん……連れてって」


 彼女よりも力持ちだから帆波をおんぶしていくことぐらいは余裕だった。

 お昼休みにと言っていたこともあって三浦くんが来ることはなく、珍しく困惑しないそんな時間になったと思う。


「帰りも私がおんぶしてあげるから」

「ありがと……」

「いいからいまは休んで、また来るからね」

「うん……」


 よかった、旅行で嫌な気分になったとかそういうことではなくて。

 体調の悪化もよくないけど、こっちはお世話をすることができるしね。

 そう、訳の分からない三浦くんといることに比べれば遥かにいいわけ。


「あれ、どこに行くんですか?」

「あ、友達の体調が悪くて」

「分かりました、それなら俺は水月さんの席に座って待っていますね」


 えー……すごいなその勇気。

 私なんか先輩達がいるところに行くだけでも緊張していたというのに。


「帆波、水を持ってきたよ」

「ありがと……」


 弱々しい状態の彼女はらしくない。

 早く治ってほしい、また元気に衝突してきてほしかった。

 飲んだらまた転んだ彼女の髪を撫で、長居はあれだからと退出。

 一応、三浦くんを待たせているからというのも影響している。

 けど、教室に戻ったら女の子に囲まれてどうでもよくなってしまったので、廊下でお弁当を食べることにした。


「なんか敵視されても嫌だからね」


 母が作ってくれたお弁当を食べて。

 食べ終えたら食後のお茶を飲んでまったり休憩。


「あ、ここにいたんですね」

「うん」


 まあどうしても格好いい男の子なら女の子を惹きつけるもの。

 別に嫉妬していて避けたのではなくて、単純にその子達といた方が彼が楽しいだろうなと考えての行動だった。

 年上なんだからね、ある程度は正しい方へ足を向かせてあげたいというわけ。


「お友達は大丈夫ですか?」

「うん、今日は私が連れ帰るからね」

「じゃあ、放課後は水月さんとそのお友達の荷物を持ちますよ」

「ありがと、じゃあそうしてもらおうかな」


 どういう理由で来てくれているのかは分からないけど、私としてはこのまま帆波に興味を移してくれればいいなってそう考えていた。

 とにかく放課後はそういうことで帆波をおんぶして帰って。


「ちゃんと休んでね」

「うん」

「じゃ、明日の朝、家に寄るから」

「待ってる」


 寝て休んだこともあってそこそこ元気になってくれたみたいで安心できた。

 外で待っていた三浦くんと一緒に帰る――ことになっているのはなんでなのか。


「三浦くん、さっきのところで別れるはずだったんじゃ?」

「荷物を持つって言ったじゃないですか」

「そうだけど、私はいいとも言ったよね?」


 文くんと一緒にいてくれればいいのにこの子ときたら。

 確かにそう言ってくれて受け入れたのは私だけど、あんまり長時間一緒にいてくれる必要はまったくない。

 大体、おんぶしたのはこちらだし、その状態で荷物を持つことはなんら苦ではないわけだし。


「水月さん」

「うぇ、な、なに?」

「俺のこと、なんか軽い男だとかそういう風に考えていませんか?」

「ち、違うの?」


 急にぐいぐいと行けるのは慣れているからこそだ。

 そうでもないのにこれならもうすごいと褒めるしかできない。


「違いますよ、スマホだって見せたじゃないですか」

「いや、ツールを使わないかわりに直接話すことを心がけているのかなって」

「誰にでも手を出すような人間と一緒にしないでくださいよ……」


 一緒にしないでくれと言われても出会ったばかりで分からないし。

 あ、そうか、文くんに聞いてみればいいんだっ。

 友達なら私より彼のことを理解しているに違いないっ。

 というか、そんな子だったら文くんが友達として受け入れないと思うんだよ!


「ごめんごめんっ、それじゃあ文くんと話したいことがあるから帰るねっ」

「はい、また明日もよろしくお願いします」


 彼と別れて家に走って帰る。

 家に着いたらソファでだらだらとしていた弟を無理やり起こして話をする。


「啓は不特定多数の女子にそういうことをするわけじゃないぞ、教室でも別に囲まれているわけじゃないし、寧ろ男子とぐらいしか話さないからな」

「でも、複数の女の子とそうしないだけで関わっている女の子がいるってことだよね?」

「そうだな、だって姉貴とはいるだろ?」


 私が言いたいのはそういうことじゃない。

 絶対にいるはずなんだ、特別な子が。

 で、その傍らでストレスを発散させるためなどで私ともいるだけ。

 もしなにもないのにこっちがマイナスに考えてしまっただけだということが分かったら土下座でもなんでもして謝りたいと思う。

 人を疑うということはそれ相応の覚悟でいなければならないから。


「いやいやそうじゃなくてさ、なんか裏では特定の女の子と的な――」

「啓はそんな人間じゃない、大して知りもしないくせにそんなこと言うなよ」

「え……あ、ごめんなさい……」


 友達を疑われたことでむかついたのか文くんはリビングから出ていってしまった。

 悪いことをしたと反省をして、こっちは部屋に戻って適当にゆっくりすることにした。

 母が帰宅したらご飯とかを作ってくれるからそれまではね。


「……だってあれは怪しいでしょ」


 仮に私が可愛いや綺麗であっても同じように考える。

 何故なら踏み込む速度が尋常ではなさすぎるからだ。

 よほど自分に自信がない限りはあんなことはできないから、素晴らしいと言えば素晴らしいと言うこともできる……んだけどさ。


「あ、姉貴、入るぞ」

「あ、どうぞ」


 あれ、今日はもう話せないままで終わるかと思っていたけどな……。


「……さっきは悪かった。でも、姉貴だって帆波を悪く言われたら嫌だろ?」

「あー、そうだね、帆波のことを勝手に悪く考えて言われたら嫌かも」

「だろ? だからまあ……疑わないでやってくれ、こんなことは初めてだからさ」


 それは意外だった。

 いや、私が単純にこういう男の子は~と考えてしまっただけか。


「そうなの?」

「おう、女子に誘われても断り続けてきた人間だからな」


 分かった、地味専なんだ!

 こんなことは言わないけど、そういうことで納得しておいた。

 私が彼にとって最高の人間だったと考えておこう。


「姉貴的にはどうなんだ?」

「格好いいとは思うよ?」

「へえ、じゃあ意外といいんじゃないか?」


 うーん、いい子なんだろうけど……。

 やっぱり私はまだまだあの子のことを知らなすぎる。

 だからあの子自身が言っていたように一緒に過ごすしかなさそうだ。

 それで理解を深めて、深めた先はどうか分からないけど仲良くできればいいかなってところだろうか。


「文くんはどうなの? 好きな子とかは……さすがにまだいないだろうけど」

「そうだな、とりあえずいまは高校生活に慣れていくことが1番だからな」

「頑張って、お姉ちゃんはその頃ひとりで過ごしていたからね、それに比べれば文くんは三浦くんという友達がいてくれて助かっているはずだし」


 本当に帆波がいてくれてよかったと思える一件だった。

 ということは、三浦くんと過ごしていけば三浦くんがいてくれてよかったと思えるようなときがくるかもしれないというわけで。


「ちょっと三浦くんに謝ってくるね」

「おう、え、いまからか?」

「うん」


 家は分からないからツールを利用することに。

 ちょいと恥ずかしいから1階の洗面所にこもって電話をかける。


「もしもし? どうしましたか?」

「さっきはごめん、疑っちゃって」

「え、別にいいですよ、これから理解してもらいますから」

「うん、それが言いたかっただけだから、それ――」

「いまから行きます、それでは」


 切られてしまったから諦めて待っていることにした。

 そうしたらすぐに来てしまったので普通にうぇってなったけど、それは表には出さすに扉を開けて。


「水月さん、文人はどこにいますか?」

「あ、文くんに会いに来たんだ、部屋にいるよ」

「ありがとうございます、行ってきます」


 ふぅ、なんかほっとできた。

 だからソファに寝転んでだらだらとしていたら彼が戻ってきて慌ててちゃんと座り直したということになる。


「すみません、いきなり来たりしてしまって」

「それはいいよ、文くんも三浦くんといられて嬉しいだろうから」


 さっきなんてあんなに真剣に怒ってさ、そういうのいいよねって。

 多分、本人が知ることはかなり後になるんだろうけど、そうやって言ってくれたことを知ったら嬉しくなるからね。

 帆波は言ってくれるかな? 言ってくれると信じておこう。


「送るよ」

「え? あ、俺をですか?」

「これから仲良くしてもらうつもりだから、あ、そうしたくないならどこかに行ってくれればいいからね、それじゃー行こー」


 お腹も空いてきたからあんまり悠長にもしていられない。

 それにもう5月後半と言っても7月とかじゃないから暗くなっちゃうしね。


「あ、家を知りたいとかそういうことじゃないからね?」

「はは、仮にそれでもいいですよ?」

「じゃあ、三浦くんが風邪を引いたときなんかにお見舞いに行けるように把握しておこうかな」


 なんかこれからお世話になりそうだし。

 こちらもなんらかの形で返していきたい、けど、私にできることなんてたかが知れているからそういうのを利用するしかなさそうだ。

 看病ぐらいなら私にもできる、というか、市販の物が最強だし。

 そこにちょちょいと温かいご飯を作ってあげれば完璧だろう。


「風邪を引きます、なので来てくださいねっ」

「ちょちょちょ、故意にしちゃだめだよっ」


 でも、こういうことを言い出してしまうあたりが可愛いかも。

 なんかいいよね。

 ギャップがあるというか、うん、そんな感じで。


「しませんよ、それじゃあ気をつけてくださいね」

「え、あれ?」

「あ、ここなので」


 ほう、よし覚えたぞ。

 挨拶をして彼と別れて。

 とにかくできる限りの速さで走って帰ったのだった。

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