第14話 エピローグ



 あれから、15日が経った。

 つまり俺が長い眠りから目を覚ましてから3日になる。





 結果的に、サイクス王国という国は無くなった。


 王の代わりに"民首"と呼ばれる民に選ばれた者が長となり、民の声を取り入れながら政治を行うらしく、

 "サイクス共和国"と名乗るらしい。


 "民首"はゴードンが務めることになった。


 ジーナはその補佐兼防衛隊長を務めるらしい。

 ジーナは渋々と言った様子だったが、口元は笑っていた。


 きっと彼女もそれを望んでいたのだろう。







 受刑者たちは、教会から派遣された裁判員による再審が執り行われた。

 無罪の者は釈放、元の役職に戻った。

 有罪の者は引き続き懲役されるらしい。







 "0の黒籠"の看守だった者たちも裁判を受けた。


 国民の大半は彼らを死刑にするよう訴えたが、彼らを止めたのは、黒籠に捕らえられていた民たちだった。


 彼らは知っているのだ。


 過去を憎んでも始まらず、汚点と呼べるものと向き合って、抱いて新しい国を作っていくのだということの素晴らしさを。


 看守たちは、無期限労働を強いられた。


 一部の看守を除き、彼らはそれを受け入れた。


 いずれ、看守たちとの蟠りを解けていくだろう。








 カルテル王、およびその直接的従者はサングリッド教会に捕らえられた。


 憔悴しきった従者の傍らでカルテル王は叫んでいた。


『宰相はどこだ!どこにいる!!

 あいつは!あいつは一体なんだ!!!!!

 名前はなんだ!何も思い出せない!!

 いつから俺の側にいたんだ!!!!!!!!!!』


 教会は宰相と呼ばれた人物を調査したが、何一つ特定できる痕跡は残っておらず、狂ったカルテル王の妄想という形でまとめられた。









 あれから、15日が経った。


 今日は、あの日起きた事件での死者を弔う日だ。


 あの日、多くの人が死んだ。彼らには家族がいた。


 帰ってくる場所があったのだ。




『女神アンに祈りを。』




 ゴードンの声に皆が祈りを捧げる。


 俺は迷ったのち、『女神に感謝を。』と言い、手を合わせた。


(マミヤ…………お前の言葉、少しだけ違うみたいだ。)










 俺の罪は、大きく軽減した。


 本来ならば脱獄及び煽動行為により死刑らしいが、利用価値があるとされ俺は生かされているらしい。  

 よくよく話を聞くとサカザキの独断らしい。

 要は揉み消されたのだ。


 俺は生涯神に仕え、働き、資本金を捧げ続けることと引き換えに死刑を免れた。

 有り体に言えば借金生活である。



 俺についての世間の反応は大きく二つに分かれた。


 表面的には星架隊のおかげで国が変わったとなっている反面、俺のことを知る者も少なからずいたのだ。


 俺がいたからこそ国は変わったという人もいれば、


 俺がいたから多数の死者が出たという人もいた。


 俺は時に被せられる罵詈雑言にも耐えた。

 覚悟は決まっていたし、きっと俺はその言葉を受け止める義務があるのだと思ったからだ。



『返せよ!!!マリオ兄ちゃんを返せよ!!!!』


『こら!やめなさい!!!!』


『こいつがいなきゃ!!あんな死に方しなくて済んだんだ!!!!!

 母さんも見ただろ!!!!……あんな姿で……………!

 マリオ兄ちゃんが何をしたって言うんだ!!!!

 返せよ!!マリオ兄ちゃんを返せ!!!』


『やめなさい!』


『この……………悪魔め!!!!!!!』



 俺はきっと、マリオの弟の顔を忘れないのだろう。


 忘れてはいけない。


 俺はそれだけのことをしたのだ。







 死者を弔う大火が青い空に煙をあげていた。







 国民がその火に向かって花を投げ入れていく。


 ジーナを見ると、少しだけ泣いていた。


 彼女は大火に何を思うのだろうか? 


 国民は大火に何を思うのだろうか?



 きっとそれは彼らだけの秘密だ。









 俺は教会の建てられた小さな丘からサイクス共和国を見下ろしていた。


 国は活気だっている。


 先程の弔いで、国民たちの心にも一区切りついたのだろう。





 だからこそ、俺も一区切りつけなきゃいけないのだ。





 俺は人知れず、マミヤと会った日のことを思い出していた。









 ☆


 ろくでも無い人生だったと、そう吐くのに年齢制限はいるだろうか。

 しかし齢4、5歳の俺はそんなことを本気で考えていた気がする。

 いっそこのまま死んでやり直した方がいいんじゃ無いかと思ったけれど、そんな勇気も俺にはなかった。


 だから俺はその日、必死で走った。

 捕まったら殺されてしまうから。

 そして俺は死にたくないから。


 俺は気配を消すのがうまかった。これだけはマミヤにだって負けてなかった。

 けれどその日は運が悪く雨が降っていた、ぬかるんだ地面に足を取られ、音を消しきれなかったのだ。


「はぁ!はぁ!………くそ!くそ!!」


「待てガキ!ぶっ殺して食ってやる!!!」


 男が俺を追う。穴の中は地獄だ。

 食人もあながちあり得なくはない。


 俺は走った。だけど、その日の俺はとことんツイていなかった。


「あっ!?」


 足がぬかるみにとられてしまった。


(やっば…………!)


 勢いづいて倒れこむ身体が地面に打ち付けられた。


「はぁ、はぁ、くそガキが…………」


 男が近づいてくる。

 後退る俺は周りを見るものの事態を解決してくれそうなものは何一つなかった。


「この!……クソガキが!へへ!ちょこまかと逃げやがって!ぶっ殺してやるよ」


 追ってきた小汚い男は薄ら笑いを浮かべているようだったが、雨と霞で、男の顔はよく見えなかった。

 恐怖で声が出ない。ここで死ぬんだと、俺は察した。


 男が拳を振り上げる。


「!」

 俺が咄嗟に身構えて目を瞑った。


 ゴギンッ!!


 俺は自分が殴られた音だと思った。

 しかし痛みはいつまで経っても来ない。


 俺は目をおそるおそる開ける。


 そこには白髪の、自分と同じ年頃の子供が血のついた鉄パイプをもって立っていた。


(だ、誰だこいつ…………)

 俺は自分のポケットに入れたパンを確認するようにポケットに触れる。


「お、お前は!……だ、誰だ!」


 俺は声を張り上げる。

 もっとも、もう何日も食べていないのでその声もおそらく聞こえるかどうか程度だ。


「その前に、お前は誰だよ。」


 白髪はそう言うと、俺を睨んだ。

 子供らしからぬその目線は、こいつも俺と同じでこの穴の中で育ってきたのだと言うことを物語っていた。

 

 俺は観念したように答えた。


「俺は…………ソラだ。お前は?」


 白髪は俺を値踏みするように見たあと、持っていた鉄パイプをそこら辺に投げ捨てた。


 バシャンッッッ!!!


 俺はその音に体を縮め込ませる。


 白髪の少年が近づいてくる。

「俺はマミヤだ。見たとこお前に害はなさそうだ。

 あっても、簡単にノせそうだしな。」


 カチンとするものの、きっと事実だ。

 だって、現に俺はヘロヘロで力が出ない。


 だから俺は精一杯睨んでやった。


「はは、まじで野犬みたいなやつだな、お前って。

 なめんなこの野郎、全然怖くないっての。」


 マミヤという少年も俺を真似て睨む。


 しかし、すぐに表情筋を弛緩させると、何を思ったのか俺に手を差し出してきた。


「立てよ。」


「?この手はなんだお前。」


「いいから掴め。立てないだろう、そんなガリガリじゃ。」


「お前もそんなに変わんねぇだろ!!」


 見るとマミヤの体は俺と同じぐらい痩せこけていた。

 衣服だって、いや、服とは言えない布切れを着ていた。


「なんとなくだけどさ。

 なんとなく、お前とはダチになれそうな気がする。」


 マミヤは誇らしげに俺にいう。


(勝手に話を進めるんじゃねぇよ!)


 俺未だ睨むのをやめないまま、その手をとった。

 何故かはわからないけど、おそらくその時の俺は警戒するのも馬鹿らしくなるマミヤの雰囲気に飲まれていたんだろう。


「よっと!………ついてこいよ。

 こいつが目を覚ますかもしれない、死んでるとは思うけど。」


 マミヤがそこを見ると、俺を追いかけていた男が、血を垂れ流して倒れていた。

 その赤い液体が雨水を伝って俺の足元まで広がっていた。


「……………わかった。」


 俺はその男に何も思わない。

 きっとマミヤだって何とも思っていない。


 大人は敵だ。俺以外は全部敵。

 俺らは本気でそう思っていた。






 結果的に言うと、あれが俺とマミヤの出会いだった。




 そのあと、俺はマミヤの隠れ家で雨が止むのを待った。

 マミヤの隠れ家でも俺はマミヤから一定の距離を取っていたが、マミヤはそんなことお構いなしに、俺に笑いかけていた。


 マミヤの隠れ家には、好好爺というのがふさわしい爺がいた。

 マミヤはそいつにも声をかけていた。

 きっとマミヤなりのルーティンなんだろうぐらいにしか俺は考えていなかったが、穴の中ではあまりにも珍しい行動だった。


 俺はその日、雨が降り終わると自分の住処に帰った。

 結局マミヤは俺に一方的に話しかけていただけだった。




 それから月日が流れた。

 俺の生活には変化が訪れていた。


 俺とマミヤの関係性だ。

 マミヤはあのあと俺を見かけるたびに話しかけてくるようになった。

 俺はその度にぞんざいな態度を取っていたが、マミヤはそんなことは気にしていなかった。


 俺とマミヤ、ついでに好好爺は共に過ごす時間が長くなった。

 俺はよくマミヤの住処に寄り付くようになった。


 警戒心が薄れたのもあるが、一番はその方が効率がいいからだった。


 俺とマミヤがタッグを組んだら、大人たちはまず敵わなかった。

 マミヤの知能と、俺の機動力。

 その二つがあれば、穴の中で生き残るには十分だった。


 


 しかし月日が流れても、俺は一つだけマミヤに聞いていないことがあった。


「よぉ、マミヤよぉ、一つ聞きたいことがあるんだけど、いいか?」

「あ?何だよそれ、言えよ。」


 俺とマミヤは住処で空を見ていた。

 何をするでもなくただ呆けていた。


 だから俺はあんなことを考えたんだと今なら思う。





 ☆


「ソラちゃん。」



 俺の思考を遮る声は、この16日の間にすっかり聞き慣れたものになってしまっていた。


「ジーナ。」


 ジーナは俺の隣に立った。


「綺麗ね、ここからの景色。

 民も、街も、空も、全部綺麗。」


 ジーナは丘からサイクスの地を見渡して言う。


「…………そうだな。」



 穴とは大違いだと思った。





 ☆


 俺とマミヤが見上げる空は斑に雲が浮かんでいた。

 隠された太陽が、無造作にその姿を現し、俺たちを照らす。



「ソラ?」


「!………あぁ、悪い。それで、だな。」


 マミヤが不審気な顔を向ける。


「なんだよ、煮え切らねぇな。早く言えって。」


「…………わかったよ」


 それとなく聞こうと思ってたのに、マミヤが急かしたせいで妙に気恥ずかしかった。


 俺は深呼吸する。




「なぁ、なんであの時俺を助けたんだ?」




「………………」


 マミヤは妙に間抜けな顔を俺に向ける。

 俺はそれに見て見ぬ振りをして続ける。


「俺は………悪いけど何もできないから見返りなんてのは。

 だからな、お前に何か考えがあるなら俺は……!?」


 俺は目を見開く。

 



 マミヤが拳を振りかぶって俺の方を向いていたからだ。 




「危っ!?何すんだマミヤ!」


 すんでのところで回避した俺はたまらずマミヤに叫ぶ。


 マミヤは不機嫌そうに言った。

「なんつーか……俺が助けたことに見返りを求めるような小さい奴だって思われてたことにイラッとするな。今まで?俺たち?散々馬鹿やってきたのにな?って感じ。」


「いや、それは……………」

 俺は狼狽していた。

 確かにマミヤの言う通りだと思った。

 マミヤはそんな奴じゃないことぐらい俺はわかっていた。


「悪い、確かにお前は怒るわな。

 でも、俺はずっと気になってたんだ。

 お前は"なんとなく"とか"ダチになれそう"とか言ってたけど、俺は……………」


「別に……理由なんてねぇよ。」


「え?」

 


 俺がマミヤを見ると、マミヤは笑っていた。

 相変わらず女みたいな顔してるな、と俺は思った。


 その笑顔は俺が見たことのないもので、俺はひどく困惑した。



「ソラ、いいこと教えてやるよ。

 人が人を救うのに理由なんていらないんだよ。 


 だいたい、お前は固っ苦しく考えすぎだ。

 策とか、効率の良いルートとか考えるのは好きじゃないとかいって、うじうじとどうでもいいことばっかり気にしやがって。


 あれはただの"おせっかい"。

 それでいいだろ?」


「………………………」


「偽善も自己満足も"おせっかい"だって、それはきっと優しさだ。………ただ助けたいと思ったから人は人を助けるんだよ、ソラ。」


(優しさ。)



 何故だか、その言葉がひどく魅力的に聞こえた。



 マミヤは自分の言ったことの満足そうに鼻を鳴らした。

 大方、カッコいいことを言ってやった、とでも思ってるんだろう。


「どうだ、わかったか?ソラ。下らないこと言ってないで…………」


「わかったよ。じゃあさ」


 マミヤは出鼻を挫かれたように俺を戸惑いの目で見る。

 話を続けると思っていなかったんだろう。


「俺も……"約束"するよ。」




  





 そうだ、あの時俺は……………









「俺もいつかお前が困ったら助けてやるよ、マミヤ。それが偽善でも、自己満足でも、おせっかいでも……絶対にお前のこと連れ出してやる。

 だから、困ったらいつでも言えよ。


 それが俺の優しさだから。」








 ☆


 俺はジーナに見られないようにこっそりと上を向いた。



 頰に伝う涙を見られないように。


 こぼれ落ちないように。






 マミヤ、お前は困ってないかもしんないし、俺関わって欲しくないのかもしれない。けどさ、


 なんであの時、あんな顔したんだよ。

 なんで、泣きそうな顔なんてしてたんだよ。






「…………マミヤ、俺伝えたいことがあるんだ。

 だから、もうちょっとだけ、頑張らせてくれ。」



 



 俺は行くよ。

 お前の元まで、お前が求めていなくても、

 それが俺の"優しさ"だから。


 "それは恋よ!!!!"


 ジーナの言葉が頭の中で揺れる。




 俺は隣に立つジーナを盗み見る。


 ジーナはサイクスの民を見ていた。

 



 違うよ、ジーナ。違うんだ。


 俺とマミヤの関係に、名前なんていらない。

 俺たちがあの場所で生きて、そして笑っていた。

 ただ、それだけなんだ。


 俺の心の中には、ずっとあの日の約束があったんだな。



 きっとジーナは、俺の決意が聞こえてる。


 聞こえないフリをしているだけだ。



 でも、もう、そんなことはどうでもよかった。





「マミヤ……俺、頑張るよ。お前の分も。


 知ってるか?穴の外の人はさ…人の命を大切にして、他の人と言葉を交わして気持ちを伝えるんだ。


 それは、きっと素敵なことだから。


 だから俺は、いっぱい世界を見て、色んな人と話す。そして、絶対に、お前のことも見つけてみせるよ。


 それが俺の新しい"やりたいこと"なんだ。」



 マミヤ、俺さ。

 強くなりたいよ、何にも負けない強さが欲しい。

 優しくなりたいんだ、誇れるぐらいに優しく。





 俺は星架隊を目指す。




 その手には銀なロザリオが握られていた。



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ストレイドッグは立ち上がる〜 透真もぐら @Mogra316

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