第13話 言の葉を紡ぐ者



 一体何分経ったのだろうか?



 黒籠の静寂を破ったのは、鉄鎧の擦れる音。



 それは、紛れもなく星架隊のものだった。



 星架隊は、大陸パプリカでは畏怖と羨望の対象である。その姿を見たものは、好感情であれ悪感情であれ特別な存在として扱われる。


 だがこの場では、死闘を終えた"0の黒籠"では誰もが星架隊を一瞥したのち、沈黙を守っている。

 それは無関心であった。


 それは彼らの心中には星架隊の登場というイベントを補ってあまりあるほどの感情が渦巻いていたから。


 そして、ひどい有様の黒籠を見て星架隊もまた一様に驚愕の表情を浮かべて黙っていた。



 ただ鉄素材の何かが擦れる音だけが響く。



「………星架隊だ!何があったのか状況を説明できる者はいるか!!!」


 鉄鎧の一人が叫ぶ。


 静寂。誰も答えようとしない。


 もう一度、声を張り上げようとした星架隊員を近くにいた鉄鎧の一人がそれを止める。どうやら、星架隊は俺たちの保護を最優先にしたらしい。声を張り上げようとした方の星架隊は、それに頷ずいた。


 星架隊がこちらに向かってくる。


「怪我を見る、傷が深い者から並べ。」


 そういうと、この鉄鎧の一人は医者を兼ねているのだろう。

 教会に備え付けてあったと思われるキットを手に提げ、足で瓦礫をどけて場所を開けた。


 俺の隣に立っていたジーナがのそのそとそちらへ向かう。


「…………私は行くわ。」


 星架隊の元へ向かうジーナを見て、他の皆もそれに続く。

 何人かは重傷者を担いで向かっていた。


 おそらくジーナや、皆はソラと俺を庇ってくれてる。


 治療と状況説明を兼ねて、それと少しでもことを進めるために彼らは動いてくれている。


(やっぱり大人なんだな……)


 俺は、ソラを見る。 


「…………………」


 しばらくして視線を反らし、怪我人の手助けに向かった。






 ☆


「………事情はわかった。 

 看守長メイデンの独裁的な支配に耐えかねた他看守が囚人を巻き込んでデモを起こしたと、そういうことか?」


「ええ、そうよ。」


「……………まあ、いいだろう。」

 そう言って星架隊員は報告書と思われる紙面に何かを書いていく。


 おそらく納得はしていないだろうが、確たる証拠が出てこないことを理解しているのだろう。

 なんせここにいる皆が共犯だ。

 罪を暴くのも容易なことではない。


 ジーナも相手の諦念を悟ったのか幾分か気をほぐす。


『カツミ、頼まれた通り監視カメラの映像は削除しておいた。』


「…………ありがとうございます、トムさん。」


 これでしばらくはやり過ごすことができるだろう。

 真実というものは、証人の多さでいくらでも捻じ曲げられる。

 大衆が白と言えば、白であり。

 黒と言えば、黒だ。


 そして大衆はソラを助けるし、ソラは助かるだろう。



 ここに、絶対的な権力者が来なければ。







「これは……………なんの騒ぎだ。」






「「「「「!」」」」」


 その場にいる皆が声の源に顔を向けた。


 そこにいたのは、圧倒的存在感を放つサカザキとノトだった。


 星架隊の1人が2人の元に行き、何かの紙を渡し話し始める。

 すると、ノトは顔を青くし、サカザキは無表情のまま歩き出した。当然ノトもそれに続く。


(まずい!)


 俺は咄嗟に駆け出す。


 2人が歩く方向にはソラがいた。

 星架隊が差し出した紙に何が書いてあったのかはわからないが、それでもソラの方に向かうということは何かに勘づいていると同意。


 今のソラに星架隊を近づけるのは危険だ。

 ソラを脱獄の罪で捕らえようとすれば今のソラは抵抗せずについていくだろう。死刑だって受けるはずだ。

 それほどまでにあいつは弱っている。


(あいつを殺すわけにはいかない。)


 俺は2人の前に立つ。


「ま、待て!!

 星架隊が俺たちの話をどう解釈したかは知らないが、本当にこいつは関係ないんだ!


 今回の件の首謀者は全部………………俺だ。


 俺が!………メイデン看守長を殺したんだ。」



 俺の言葉に囚人や看守がざわつく。


 サカザキはこちらに目を向けずソラを、否、ソラが抱える少女を見ていた。


 代わりにノトと呼ばれる男がこちらを見る。


「どけ少年。

 用があるのはその薄汚れた少年じゃねぇよ。てか、早く治療させろ死ぬぞそいつ。


 そして"0の黒籠"の襲撃についてはまた調査を行なったのち、判決を下す。ぶっちゃけこっちの件は俺たちにはもう関係ないし、首謀者が誰かとかもどうでもいい、なぜなら"天命"が果たされているからだ。」


 その言葉に皆が驚く。


 黒籠の件で自分たちは罪人扱いされると皆が思っていたからだ。


 ノトは忌々しそうに続ける。

「問題はそっちじゃねぇ、そっちの女なんだよ。」


 サカザキは、ノトが話し終わるのを待っていたかのように話し出す。


「銀のロザリオ。"使徒"をこちらに渡せ。」


 銀のロザリオ、というのはソラのことらしい。


 その言葉にソラは答えない。

 聞こえていないのかもしれない。


「渡せ、銀のロザリオ。」


 答えない、やはりソラは壊れたのだろう。



 そう思った瞬間、 



「なぁ、"使徒"ってなんだよ。」


 ソラはサカザキに問うた。


 俺はソラを見る。

 その目はひどく真っ黒で、それでも力がこもっていた。 


 ノトが諭すようにソラに向かって言う。

「少年、それはだな」


「ノト。いい。」

 それをサカザキが遮った。


 ノトは驚いた顔をしたがサカザキの言葉に頷き、口をつぐんだ。


「銀のロザリオ。

 今、お前に"使徒“のことを伝えよう。ついてこい。


 黒いの、お前もだ。」


 "黒いの"そう呼ばれて驚いたが、どうやら俺の服装を見てそう言ったらしい。


 サカザキは地上の、教会のどこかに向かうらしい。


 俺は安堵し、3人のあとを歩いた。








 ☆


 俺は未だにマミヤの死を忘れられずにいた。

 今、マミヤは部屋の中央にある台座に横たわっている。


 俺はマミヤのことを少しでも多く知りたかった。

 だからこそ、サカザキと呼ばれる男についてきた。


 隣に座るカツミが俺のことを心配するような気を向けることに気づいていたが、俺は無視した。


 多分、俺は大丈夫じゃない。


 今も俺の心臓はギチギチと締め付けられ、頭はひどく呆けていた。



「まずは治療だ、ノト。」


「…………はい。」


 ノトと呼ばれた男が俺の肩を触ってくる。


 カツミは咄嗟に身構えるが、ノトがそれを目で制したらしく構えを解いた。



 俺は、何か温かいものが自分の中に入り込んでくることを感じた。


 傷が治っていくような、否、実際に異常なスピードで治っていく。


「お前は"廻"の流れがいいみたいだな。」


 ノトがそんなことを言う。

 俺は聞いたことのない単語に引っかかったものの、穴の外のことだと思い、黙っていた。


 黙ってサカザキのことを見ていた。


「そう急かすな、銀のロザリオ。全て話す。」


 カツミが唾を飲みこんだことがわかった。


「"使徒"と呼ばれる人種が現れたのは、今から203年前。ナカトリアの小さな村でのことだった。


 そいつは少年だった。なんの変哲もない少年だ。


 少年はある日、村の長に言った。


『ここから北に6kmと421mの地点に堕獣が生まれる。

 そいつは3年と2か月と5日の後、この村を滅ぼすだろう。』


 村民はこの言葉を信じなかった。


 その少年はまだ子供だったし、少年の様子がおかしかったからだ。


 その少年は、虚な目で、会話が通じず、人が変わったように振る舞ったらしい。」


「それって…………」


(マミヤみたいだ。)


「その3年と2か月と5日の後、その村は滅びた。

 違う街に行っていた村長の息子夫婦はその様子を見て驚愕し、少年の言葉は本当のことだったのだと信じた。


 普通ならただの偶然と片付けられる話のはずだった。


 そもそも、幼い少年の言葉をわざわざ覚えておく必要もなかった。


 しかし、息子夫婦はそうは一言一句覚えていた。


 なぜならその少年が、予言とも言える言葉を残したのち、



 5分も経たないうちに灰のように崩れ死んだからだ。



 数奇な死に立ち会ったからこそ、息子夫婦は少年を信じた。」



 ノトが俺の肩から手を離した。


 俺は自分の体の傷が治っていることにも気づかず、サカザキの話を聞いていた。



「…この話を聞いた当時の星架隊は"天命"により調査を始め、そしてたどり着いた。



 予言のような言葉を言い残し、灰のように崩れ死ぬ者が他にもいたということに。



 そして、彼らの予言はどれも正確だということも、その全員が灰のように死んでいることも星架隊は調査により突き止めた。


 星架隊はこれらの人々を"使徒“と名付けた。」


「ちょっと待て………ください。


 その女…"マミヤ"はそもそも灰のようになっていない。

 それなら"使徒"ではないんじゃないのか……?」



 カツミがそう言うと、サカザキは突然。


 マミヤをうつ伏せにし、背中の布を剥ぎ取った。



「な!?」



 俺は咄嗟にサカザキに掴み掛かろうとするものの、マミヤの背中に刻まれた"それ"を見て、動きを止める。




 そこには、何かの紋が痣のように刻みこまれていた。




「"使徒“と呼ばれる者には、幾つかの特徴がある。


 人が変わったような挙動をとること。


 絶対的な予言を残すこと。


 予言の後、瞬く間に灰のように崩れ死ぬこと。


 そして、この紋が背中に刻まれていることだ。」



 そこには痛々しい黒々とした紋章が刻まれていた。

 剣のような十字架と、唇。そして星。



 俺は絶句していた。


 マミヤの背中は、子供の頃から一緒に育ったこともあり、当然のように何度も見ていた。


(こんな紋、マミヤにはなかったぞ。)


 俺はその痣を見る。


 いやに精巧なその紋は、焼いたことでできる紋などの人的要因によるものにはどうしても見えなかった。


 カツミも驚いたようにその紋を見ていた。


「黒いのが、さっき言ったことは正しい。


 だからこそ、俺たちは戸惑っている。


 人が変わったようになり、背中に紋がある。

 それなのに、予言を残さず、そして死んでいないこの"使徒"が一体何者なのかを俺たちは考えあぐねている。」



「あ…………」



 俺が思い出したのは、死ぬ直前にマミヤが言った言葉。



『 』



(あれが予言だったのか……………?)


 そんな俺をサカザキは見ていた。


「どうした?」


「………それが、"予言"かはわからない。

 でも、俺はマミヤの"予言"を聞いた。」


 俺の言葉に衝撃を受けたのはノトだった。


「少年、"使徒"はなんて言ったんだ!?」


「………………間違ってるかもしれない。


 それは……"予言"なんかじゃないんだ。


 そんな大それたもんじゃないし、もしそれが"予言"なら尚更意味がわからない。」



「良いから!言え!!!言うんだ!!!!!!」



 ノトが俺の肩をぐっと掴み、ノトの方向へ——後ろ側へ向かせた。


 俺は言葉に詰まったのち、言った。













「『思い出して、あなたの幸せを。』



 ————————確かに、マミヤはそう言ったんだ。」














 しばらく誰も喋らなかった。


 ノトとサカザキは何かを考えていた。


 カツミは今も俺を見て、あたりを伺っている。


 俺は、マミヤを見ていた。




「銀のロザリオ、お前に見せたいものがある。」




 サカザキはそんなことを言うと、自分の内ポケットから一つの紙片を取り出した。



 それは絵だった。



「扉……………………?」


 カツミが独り言のように呟く。



 それは扉の絵だった。


 "使徒"の背中に刻まれていた紋が刻まれた扉の絵だった。





「つい先日、パプリカ大陸の最北東の遺跡で発窟されたものだ。


 ある日、突然現れた遺跡だった。


 遺跡に刻まれた名前は"ヤーヌス=パリディーズ"


 この扉は開かない。


 最高峰の力を誇るサーグリッド教会の力を持ってしてもその謎は何一つ解明されていない。」





 サカザキが俺を見た。





「お前が、友を失ったお前が、それでも止まらないというのなら俺たち星架隊はお前を待つ。

 友の思いが知りたいのなら、ソラ。


 お前が自分で見つけるんだ、その答えを。」






 俺は顔を上げた。  


 そして、意識を失った。


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