第12話 もうあなたの名前を呼べない



黒い筒だ。


少し変な形をした、黒い筒。そして乾いた音。



穴の空いたそれは、血に塗れた男に向けられていた。


血に塗れた男の胸には数個の穴、血が溢れ出ている。




———————————————男が倒れる音




黒い筒は温度をもたない。


ただの鉄の塊だった。魂のない塊。


一つの命を奪った死神の武器。


ハレルヤを最も容易く殺した武器。



「なんでだよ……………………」



静寂を破ったのは、1人の血に塗れた少年だった。


野犬のような瞳をした少年は今にも泣きそうな顔で、



死神の武器を持つ"そいつ"を見上げている。




「なんでだよ………………答えろって!!!

なんで、お前が!こんなところで!!

こんなことしてるんだよ!!!


…答えろよ………………答えろ!



マミヤ!!!!!!!!!!!!!!!」



マミヤと呼ばれた少女は、冷たい黒い筒を持って、

冷たい目で、空を歩くように飛んでいた。






I can't call your name anymore






マミヤは、喋らない。


ただ黙ってこちらを見ている。


その姿は、殺伐としたこの戦場に浮いていた。

それもそのはずだ。マミヤは白い女が着るような服を着ていた。真っ白なその服は、汚れなど一つもなくマミヤに似合っていた。

そして、そのことが俺を最もイラつかせたことだった。


( )



考えがまとまらなかった。

大声を張り上げたせいで、酸素が足りないのか。


マミヤは俺を見ていなかった。何も見ていなかった。



そして俺は、ただポツンと、マミヤを見て思った。


(マミヤ、お前女だったんだな…………)


それは俺の中のマミヤと、俺の目の前にいるマミヤの最も大きな乖離。

俺はこんなマミヤを知らなかった。


俺のモノローグはつづく。


(いつからだ?いつからこんなこと考えてたんだ?)


白い髪は、俺のチクチクの髪と違ってサラサラだ。


(なんで俺に話してくんなかったんだ?)


骨みたいな細さも、俺よりは幾分かマシに見えると思っていた。


(今、何を考えているんだ?マミヤ)


目鼻立ちだって、俺より線が細い。


(マミヤ、お前は一体誰なんだ?)


モヤモヤとイライラと、ほんの少しの懐かしさが俺の脳を巡っていた。



(……………あれ?俺マミヤに会ったらなんて言おうとしてたんだっけ?)



マミヤは何も言わない。何も言ってくれない。


そのことが俺にはたまらなく怖く感じた。


「………………っ………」


言葉が出てこない。声も出ない。

こめかみからフツと沸いた汗が頬を撫でた。




「ソラ!!!!!!!!」




息を飲む音と、俺を呼ぶカツミの声。


マミヤが銃口を俺に向けていた。


(あれ…?なんで俺…この黒い筒の名前知ってるんだ?)



パァンッッッッ!!!!!



弾丸が、俺の頰を掠めたことに俺はしばらくの間気づかなかった。赤くて温かい血が俺の頰を流れていた。


俺はただマミヤの顔を眺めていた。

穴が開くまで眺めて


漠然と、綺麗だと思った。



「マミヤ……………」



透明で温かい液体がマミヤの頰を流れていた。

俺はそれを見て息が詰まる。


(どうして泣いてるんだ?お前の泣き顔なんて俺は…)


見たくないと、そう思った。

だってあいつは滅多に泣かないから。



俺はマミヤを見ていて、マミヤは俺を見ていた。



今だけは、世界に俺とマミヤだけのような感覚に陥った。


世界に二人っきり。


なのに俺たちは触れ合いないのだ。


あんなに近かったのに、今はこんなに遠いではないか



俺はマミヤにそっと手を伸ばした。















マミヤが銃口を自分の頭に向ける。


「 」




パァンッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!



そして 銃声が鳴り響いた。















「ぇ…………?」


俺の目に、マミヤの体から力が抜ける様子がありありと抜け、片羽を無くした鳥が落ちるように墜落するマミヤが見えた。


あまりに突然の出来事で俺は訳がわからなかった。


早んだ呼吸は止まることを知らないで、うまく吸えないそれに俺はまたわからなくなった。


思考がはっきりとし始める。


真っ白になっていた俺の脳を、銃声が揺らしたのだ。


動きだす時。飛び散る赤。白を染める赤。


白に染まる赤。


思わず息を吸う。




それはまるで夢から覚めたような………




「マミヤ!!!!!!!!」


俺はロザリオを握り、振り絞った力でマミヤを受け止めた。


力んだ俺にとってマミヤの体は軽すぎた。


俺はこぼれ落ちそうなそれを抱き直す。


「お前……なんでこんな……………………」


無意識に溢れでた言葉はあまりにも弱々しくて自分のもののはずなのに俺のものには思えなかった。


マミヤの体には、なぜか傷一つついていなかった。


傷一つない。


だけれど、そんなこと俺にはどうだって良かった。


マミヤの体を重く、そして冷たく感じた。

体重の話じゃない、心の重さだ。


きっともう二度と目を覚さないのだろうと、そう思わせるぐらいに、その目は重く瞑られていた。


「あぁ…………」


俺はマミヤの顔を見た。


白く凛々しい眉毛。


線の細い鼻筋。


色の白くなった唇。


(女だったから………なんなんだよ…………)



俺は自責の念に囚われる。



(マミヤはどうしようもなく、マミヤじゃないか。)



別人のようになっても、何も喋ってくれなくても、


この顔は、マミヤだ。

 

そう思った途端、俺は本当に伝えたかったことを思い出した。



『一緒にいてくれてありがとう。』


『それだけ、俺は伝えたかった。』



震えた声で唇で、動かないマミヤに…俺は………

 

今更遅いよ、ともう一人の俺が言うんだ。


そんな俺をもう一人の俺が見て、もう一人の俺をもう一人の俺が見て、それをまた……


ひりつく喉を締め上げた。

掠れた声が、俺の頭蓋骨を揺らした。






『ソラ………………』

そう言って笑いかける揺れる白髪の彼女。








「マミヤ………俺さ。

ずっと、お前に言いたかったことがあったんだ。」

 



マミヤの白い髪が揺れた。




「お前は…嫌がるだろうけれど…あの時、助けてくれてありがとうって……そう、言いたかったんだよ…………俺はどうしようもないやつだったけど、お前に救われて生きてみようって………そう思えたから」




透き通ったそれが俺の手にかかる。




「俺と…こんな俺と………一緒にいてくれて、ありがとうって……………いいたかったんだよ…………。

だって…その…おかげで俺は……寂しくなかった。」





俺は絹のようなそれに気づいた。





「目、覚ませよ。マミヤ。まだ言いたいことたくさんあるんだ……………言ってほしいことだって…俺は……

頼むよ、頼むから。お願いだよ、マミヤ。」






頭が真っ白になった。






「………………………ありがとうって言いたかった、だけなのにな……………なんで、だろうな………」







彼女の頰にかかる涙が、自分のものだと気づいた。







「お前の顔みたら……言葉が、うまく、言えないけど。たくさん、たくさん、本当にたくさん出てくるから…………」






ああ、俺は泣いているのか。







「なあ、目、覚ませよ。また、俺に笑ってくれよ。」



















「……………………マミヤ……………」




   














マミヤの頰に落ちた雫は次第に増えていき、彼女の首元をつたって地面に落ちた。


揺すっても起きない彼女を俺は泣きながら抱いていた。










1人の少年と、抱きすくめられるように横たわる少女。




その場にいる誰もが察することができた。




黒籠の、サイクスの英雄であるこの少年は、

本当に大切なものをたった今、無くしたのだ。




「ソラちゃん…………」


ソラの側に行こうとするジーナ。


「待ってくれジーナ。」

俺はジーナを止める。



俺が状況を確認するために引き止めようと思ったのだろうか?ジーナが口を開く。


「大丈夫だ。全部、見てたから。」


俺がジーナの言葉を遮るように告げる。


「そう…………」


ジーナはソラの方に振り返り、ソラの元へ行こうとする。

俺はそれを再度止めた。


「待てよ、ジーナ。違う。

今は…あいつを1人にしてやってくれ………」


ジーナは大人の顔をしていた。

だからこそ、子供の俺はジーナに頼む。


「カツミちゃん、でもあの子このままじゃ…………」


「それでも!!!………あいつは強いから大丈夫だ。」


俺の言葉を聞いたジーナの顔が朱色に染まる。

ジーナは、俺に怒っているのだ。



俺の胸ぐらをジーナが掴み、揺すぶった。



「貴方まで!!!そんなことを言うのね!!!

ソラちゃんに期待を押し付けて!!!

ソラちゃんは大切な人を目の前で亡くしたのよ!!!

私は何も知らないけれど!!!それでもあの子の絶望をひしひしと感じるわ!!!

今!あの子の側に行かないで!!いつあの子を支えてあげられるっていうの!!!」


ジーナの怒号にも、ソラは振り返らない。

きっと聞こえていないんだ。 

俺は震える手でジーナを離さないよう懸命に握っていた。

自分の声が震えているのを感じる。


「………ジーナの言いたいことはわかる。

人は一人で生きていけるほど強くないって言うのが綺麗事でもなんでもない事実だってことも……わかる。

それでも……それでも、ソラは」






俺は…………ソラになんて言ってやれるのだろうか?


俺はソラを見る。


その顔には見覚えがあった。


俺も、同じ顔だったから。

 





「ソラは強くなるんだ。そうじゃなきゃダメなんだ。

自分の全てとも言えるものを亡くしたあいつが、

まだガキのあいつが、これからを生きるなら。

……………支えられるようじゃダメなんだ。

支えてくれる人を亡くして、また倒れるような奴じゃダメなんだ………。」


「…………………」


本当は俺だってこんなに感情的になんてなりたくない。


「今、お前が手を差し出せば、あいつは掴むさ。そしてまた誰かに依存するんだ。


あいつはずっと、誰かに頼って生きてきたんだから。

あいつは、そういう生き方しか知らないから!


………今なんだよ!あいつが………一人で立てるようになるには今しかないんだ。」


「……っ…………」


たくさん嫌なことを思い出してしまうから。

それでも俺は………


「ジーナが、大人のジーナがソラを支えてやることは間違いなんかじゃない。

……だけど、もう少しだけ…あいつが一人で、フラついてでも立てるまで………待ってくれ。

隣に立ってやるのはその後でもできることだから……」




俺はそう言ってジーナに頭を下げた。


ジーナの顔は当然見えない。


怒号でも、涙でも、俺は譲る気はなかった。





俺の肩に、ジーナが手を添える。





「人は誰しも、たくさんのものを失って生きていくわ。……あなたも、自分を支えてきてくれた大切なものを亡くしていたのね。」


「………………」


「…………そうね、そうよね。」





ジーナはそれから何も言わなくなった。


俺たちの会話を聞いていたのだろう。

周りの人達も、何も言わなかった。






ただ、黒籠には、少年の啜り泣く声がこだましていた。



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