第11話 サイクス王国最後の日



「なぜ星架隊がここにいる!!王国の兵は何をしている!!!」


 カルテルは無様に叫ぶ。

 攻撃的な口調の反面、その足は今にも逃げ出したいと言うふうに壁の隅にまでカルテルを運んでいた。


 そんな彼に星架隊が近づく。


 逃げ場はなかった。






 ☆


 サーグリッド教会:星架隊で、小国サイクスでの王家の罪が浮上したのは今から14年前。


 サーグリッド教会はカルテル王の犯罪行為に最初期から気づいていた。

 気づいていながら黙認していたのだ。


 それは何故か?


 星架隊がカルテルと繋がっているから?

 王家が星架隊の権威を上回っているから?


 全て違う。星架隊は正義であり、スターズは王国の権威では縛られることはない。


 サイクスでの事件に乗り出せなかったのは、その問題が守るべき対象である全国民の命がかかるほどの重大な事案であったからである。


『天命』


 サーグリッド教会:星架隊は王国への干渉や、何か重大な事件の場合、『天命』に従い行動している。


 それは、サーグリッド教会の信仰対象である女神アンからのお告げとされており、教皇だけがその御言葉を聞くことができる。


 それでは教皇があらぬ『天命』を提示すれば簡単にこの大陸を支配できてしまうのではないか?


 それは不可能である。

 過去17人もの教皇がそれを臨んだ。

 そして17人全員がその日のうちに変死した。


 つまりは教皇は女神アンの『天命』を伝えるだけの人物でしかなく、そんな彼、彼女も『天命』には決して逆らえないのだ。


 それは大陸最強と言える"スターズ"も同様である。

『天命』は絶対の力であり、彼らすら凌駕するのだ。


 そんな絶対的な力を持ち得る『天命』の一つが先日、下った。


『サイクス国王カルテルおよびその従者が自国の民を不当な罪で罰している。サカザキ、ノト=ナブリタルは性急にサイクス国に向かい、彼の罪人を捕らえよ。』


 ノト=ナブリタルは勇んだ。

 14年もの間、苦しんだこの国をやっと救えるのだ、と。


 サーグリッド教会:星架隊は『天命』に従い行動している。


 つまり彼らは『天命』がなければその権威を行使することができないのだ。






 ☆


 一文字傷の男——ノトは、カルテルとの距離を詰めていく。


「王国兵も大臣たちも星架隊の権限で退城していただきました。あなたを助けに来る者は誰一人いません。」


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」


 思わず絶句するカルテルは懸命にその頭を回していた。


(どうする?どうする?どうすればいいっ!?!?

 何故国王である俺がこんな奴らを怖がらねばならん!

 しかし武で抵抗されたらこちらはどうしようもないじゃないかっ!?!?畜生め!こいつらも俺を馬鹿にしているのかっ!?どうにかせねば!しかしこいつらは俺の罪を知っている。いや、本当に知っているのか?)


「そうだ!証拠はあるのか!?

 俺が!民を!不正な判決を下し投獄した証拠が!」


 カルテルは顔を真っ赤にして叫ぶ。


「それを確かめに来たんですよ。

 よかったら謁見させてほしいのですが。」


 対して、一文字傷の男はにこやかな笑みを浮かべ応対している。


(ていうか、天命が降ったんだから証拠なんていらないだろうが)

 ノトは心中で毒づく。


 カルテルは目をあちこちとぐるぐる回転させたままノトから後ずさる。


「だ、大体!お前たち戦うしか能がない星架隊と謁見なんかしたら殺されるかもしれん!せめて兵士をつけさせろ!」


「……でしたら謁見はやめておきましょう。ただしこの城を調べさせてもらいます。嫌だというのであれば立ち会ってもらっても構いませんよ?案内人がいるならこちらとしてもありがたいですから。」


「〜〜〜〜〜〜!」


(くそぅ!この王宮を探し回されたら俺のやっていたことがバレるじゃないか!?いや、待てよ。俺がやっていたことは本当に悪なのか?罪なのか?国民が王のために死ぬのは至極真っ当なことではないのか?

 むしろ"私めの命を貴方様の命を繋ぐために使っていただきありがとうございます"と首を垂れるべきではないのか!?俺は王なのだぞ!

 くそっ!俺のありがたい論がこいつに通じるか?野生児みたいな顔をしたこいつに!?いや、こいつは本当に星架隊員なのか?いや十中八九そうだが、星架隊員であることを疑い続ければ有耶無耶にできるのではないか?)


 カルテルはたまらず思い浮かんだ言葉を口から出す。


「ならん!だいたいお主らが本当に星架隊と言う証拠だってないではないか!

 これは不敬罪だぞ!そこに直れ!殺してやる!」


「………………」



「どうした黙りおって!

 まさか本当に偽物だったのか!

 えぇい、儂を誑かしておったのか!

 尚更生きて帰すわけにはいかぬなぁ!」


「……………………」


 黙りこくるノトにカルテルの国の回転数も上がっていく。


(イけるか?イける!この際なんでも言ってしまえ!それしか俺が助かる道はないのだ!ここで終わるわけにはいかない!俺はこの大陸の!世界の王になるのだ!)


 カルテルはもはや自分が何を言っているのかすらわからなかった。

 だから彼は踏んだのだ、短気な龍が激怒する逆鱗を。


「だいたい星架隊だって怪しいじゃないか!

 素性も知れない蛮族に嗅ぎ回られたくないわ!」


「……………………………」


 カルテルは気づかない。

 一文字傷の男の笑みが薄れ、消え、やがて怒髪天の鬼のような顔へと変わっていっていることを。



「おい。」



 瞬間、カルテルどころか星架隊までもがその声色に恐れを抱く。


「やべぇ、ノトさんがキレたぞ。」


「だから嫌だったんだよあの人についてくの!」


「沸点が低過ぎるんだよいつもいつも!」


 カルテルは顔面を赤から青に変え、また赤に変え大きく後ずさる。



「おい、おい。おい!おい!!!おい!!!!!」

 もうネタは上がってるっつってんだよぉ!!!

 いいから吐くもん吐けや、めんどくせぇ!!!」


 一文字傷の男は鬼のような顔面でカルテルを追い詰めていく。

 当然カルテルの顔は恐怖で引き攣る。真っ青だ。


「お前みたいな奴がいるせいで、俺たち星架隊の仕事が増えるんだよ……サカザキさんなんか今日で2徹目だぞ、わかってるんだようなぁ、アァァンッ!!!」


 カルテルはその形相で腰を抜かしそうになるものの彼のプライドがそれを許さない。


「くそっ!くそっ!知るかそんなもん!

 俺は王だぞ!女神よりも偉いに決まってるだろう!」


 カルテルは負けないほどに声を張り上げる。


「……………」


 ノトは手を強く握り頭上に掲げ、振り下ろした。


「んぶうっはぁっん!」


 カルテルは聞くに耐えない奇声をあげ、吹っ飛んだ。言わずもがな、ノトに殴られたからである。


「お前聖職者の前で神を馬鹿にしたんだ。死ぬ覚悟ぐらいできてるんだろうな…おいゴラァッッッ!!」


 ノトはもう一度拳を作る。カルテルはそれを見て慄然と目を瞑り唇を震わした。

 それを見てノトは拳を下ろした。


 口調こそ荒々しいが、ノトは冷静であった。自分の怒りをコントロールしているのである。


(この馬鹿どうするか……ひっ捕まえても御託を並べて裁判を長引かせようとするだろうな…これでも国王だ。下手な方法で判決を取ったら取ったで騒ぐ奴も出てくるだろうしな…。)


 ノトは王城からサイクスの地を眺める。『天命』がくだってからずっと考えていた。


『天命』が示したのはカルテルを捕まえることだった。そしてノトは国王が追放されすり替わっても、国民に植え付けられた服従という名の習慣は消えないことを経験からわかっていた。


 星架隊が動いたところで、この国は救われない。


(仕事だから深入りできないけど……世知辛いな…)


 ノトはカルテルの胸ぐらを掴みながらも嘆息する。カルテルは怯えのあまりそれに気づかない。


(いっそのこと革命でも起きてくれたなら、マシなんだろうな。)


 手元で息を吸う気配がした。またカルテルがなにか喚くのかとノトは眉間に皺を寄せた。


「さ、宰相!宰相はどこにいる!宰相ォ!!!」


「ここには誰もいないんだっつってんだろうがよぉ!宰相なんて来るわけ……………っ…………」


 ノトの憤怒の声が止む。


 先程、星架隊の権限で王国兵および従者を退城させたと言ったが実を言うとあれは捕縛に等しい。

 もともとカルテルだけが悪の根源ではないのだ。

 捕獲対象はカルテルを含めた支配者層にあると考えた星架隊はカルテル本人よりも先にその従者に詰め寄った。


 今も王城の門前のプラネットに名前と顔、呼称も含めて確認をさせている。

 だが"宰相"という職名は記録にはなかった。


(サイクスで言うところの"宮宰"のことか?いや、"宮宰"ならそう言うか?だが誰だ?俺の考えすぎか?)


「おいカルテル。宰相って言うのは」




 ノトが"宰相"の正体を聞こうとしたその時だった。





『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!』





「「!?」」


 国中に響いたのは民の怒号だった。


「今度はなんだってんだよぉ!」


 ノトはカルテルそっちのけで"王の間"の窓から民の様子を覗き見る。




 民が怒号をあげ応えていたのは、一つの放送だった。


「………?なんだ、なんて言ってるんだ?」


 ノトは耳を澄ます。



 それは使徒の幼馴染とかいう子供の声だった。



「まっじで………なんだよこれえええええええええ!」


 ノトの絶叫が国中に響き渡った。






 ☆


 その日、サイクスの民は目を覚ました。

 きっかけは、聞き取れない戦場での喧騒だった。


 突然流れ出す得体の知れない喧騒に、サイクスの民は困惑していた。


「な、なんだよこの音!」


「一体どこから!?」


 それも当然である。

 この国では騒がしいことを嫌うカルテル王がために、賑わうことなどないのだ。

 かつての活気あった国の面影は今はもうないに等しい。


「なぁ、この音」


「………わからない、一体何が…こんなの王家が黙ってないだろ。」


「関係のない俺たちまで黒籠に入れられちまうんじゃないか!?…………まて!黒籠の黒煙って!何か関係が!?」


「まさか!…………そんなわけあるかよ!!

 最高強度を誇るあの黒籠の一つだぞ!!!!!」


 民たちは戸惑う。 

 民たちは知らないのだ、"0の黒籠"はもう腐りきっていることを。


 どこで行われているのか?いつ行われているのか?

 誰が何のために戦っているのか?


 それが自分の大切な人ではないことを祈るばかり。 



 得体の知れない戦の音は、サイクスの民に筆舌しがたい恐怖を押し付けていた。



「お母さん!お母さん!!!」


「大丈夫だから!大丈夫よ!!静かにしなさい!」


 抱き合う親子。


「王国の兵は何をしているんだ!?」


「巻き込まれるぞ!お前も仕事に戻れ!!」


「仕事に戻るったって!この音が何かを知らない限り集中なんてできないよ!」


「いいんだ!知らないフリをするしかないだろう!」


 無関心を貫く人たち。


「女神様。どうか我々にかかる火の粉を払い除けてくださいませ。」


「我々はただ平穏に生きたいだけなのです。」


 祈る者たち。



 国民はその音に聞き入りながら、もうもうと上がる黒籠からの、不気味な黒煙を眺めていた。



 だからこそ、気づいた。



 王城を守るように聳え立つ、サイクスが誇る門。


 その上に立つ1人の男に。


 民衆はその姿に驚き、慄いた。


「あのマントは……………」


「あれって…………嘘だ。」


「…………間違いない」


「…星架隊だ………!」




「星架隊が!!!!!

 俺たちを助けに来てくれたんだ!!!!!!!!!」



 1人の民がそれを叫ぶと、周囲にいた民たちが息を飲む。


 門の上の男の顔は見えない。


 ただ、星架隊の象徴ともいえる星色のマントが揺らめいていた。


 男が手を挙げる。



 その人差し指は気怠そうに天上を指す。



「ああ…………ああ……………そうなのね。

 私たちの14年間の悪夢がやっと終わるんだわ………」


 柔らかな日差しと眩しいほどの青空が雲の合間から現れた。


 やがて、それは大きく、広がっていく。


「女神アンは……俺たちを見放していなかった。」


 民たちは咽び泣いた。


「この喧騒は、星架隊が王国兵たちと戦ってくれているってことなのか?」


「そうに決まってるだろ!そうじゃなきゃ俺たちは!」


「やった!やっとこれで……………

 




 俺たちは苦しまずに死ねるんだ!!!!!」





 刻み込まれた心の傷はもう戻らない。

 最長で14年間。恐怖を与え続けられてきた。

 彼らにはもう、普通の生は高すぎる目標になってしまっていたのだ。

 ただ苦しまずに、不条理な扱いを受けずに、ひっそりと死にたいと民の誰もが思っていた。


「今日はなんていい日なんだ!」


 歓喜の声を挙げる人々。その目には一滴の涙もありはしない。

 彼らにとっては多少自分の死の危険性が遠ざかった程度にしか考えられていないのだ。


 どうせ新しい王が来ても精々税金が少しだけ下がり、人が死ぬペースが少しだけ遅くなるぐらいにしか考えていなかった。


 だって今まではいつ自分が死ぬかもわからない地獄だったのだから。死の通達が来るのを今か今かと待つしかなかったから。


 だったら飢餓で死ぬほうがマシではないか?

 死に行く姿がわかるのだから。

 王や貴族と違い自分たちには食料は回ってこない。でもそんなのは当たり前のことだ。


 サイクスの王家は、カルテルは"自然災害"のようなものなのだ。ただ過ぎゆくのを待つしかない。




 本当にそうなのか?


 


 雑音混じりの放送に気品はなくて、決して人に何かを与えるようなものではなかったけれど。

 確かにそれはサイクスの民たちの心を動かすものだったのだ。




『自分の罪から逃げてんじゃねぇよ!

 目ぇ背けんじゃねぇよ!


 お前らは"繋ぐ"んだよ!!


 罪も、罰も、苦しみも、痛みも、その憎しみだって!

 お前らは覚えておかなきゃなんだよ!!!!


 だから生きてここから出るんだろ!』



「「「「「!」」」」」



「なんだ?声?」


「子供の声?一体?」


「これは………星架隊に子供なんているのか?」


 困惑が押し寄せた。それも当然だろう、なんせその声はまだ年端もいかない子供の声だったのだから。


 張り上げるようなその声は傷つき鉄のように無味になった彼らの心には届かない。



『この国を!作り直すのは!!!

 今生きているお前らなんだよ!!!!


 俺じゃねぇんだよ!お前らだ!お前らなんだ!!!』

 



「この国を作り直す………」


 誰かが呟くその声も民衆の波にかき消されていく。


「無理だろ…」 


「星架隊に任せよう。」


「所詮…子供の戯言だ。」


「次の王はマシだといいな。」


「さっさと働け!やることはたくさんあるんだ!」


「ねぇ、お母さん。お父さんはいつ帰ってくるの?」


「もうすぐよ。あなたが大人になったら会えるわ。」


「願うならただだ。今は夢を見たい。」


「食糧を貯めておこう、できれば見つからないところに。また回収されるかもしれない。」


「口じゃなく手を動かせ、ほら。」


「どうせ叶いやしないんだから。」



 彼らの心に響くものはないのか?

 彼らを救うそれは何か?


 彼らを解放するものはないのか?



 それは一つの声だ。あるいは二つの。

 あるいは、無数の。



『それでも、怖ぇなら、勇気が出ねぇなら!!!

 俺がお前たちの"心の火"になってやる!!!!!!


 だから!

 もう一度立てよ!


 立て!立って!

 抗えええええええええええええええええ!!!!!』


 少年の声に続いて聞こえたもの。




「嘘だ…………なんで…………………………」


「………生きてたのか?………」


「あの人の声だ………間違いない。」


 困惑と歓喜が入り混じった声。震えた声。


 ある人は泣いてある人は笑ってある人たちは抱き合った。

 だってそれは……かつて、いや今も愛してやまない人たちの慟哭がその心を貫いた。




『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!』





「間違いない!あの人の!あの人の!!!」


「……生きて……いたのか……………っ!」



 その瞬間、サイクスの民は少年の言葉を裸の心で受け止めることができたのだ。

 なんの先入観も、負い目もなく、人として受け止めるこができた。


 そうだ、と。

 俺たちは、私たちは、何をしていたんだ、と。


 そう誰もが思い、仰いでいた。


 大好きだったあの国を汚されて、平気なフリをするようになったのはいつからだ?



 このままじゃダメだ。こんなんじゃダメなんだ。



 サイクスが感情を取り戻した瞬間だった。


 民たちは綺麗な青空へ手を伸ばす。




 サイクスの慟哭が始まった。




 それは、きっと『始まりの空』だった。







 ☆


「サカザキさんも!あの人何考えてんだ!?」


 ノトは絶叫する。


 彼の視線の先には城の門の上で民を見下ろすサカザキの姿。


「くっそ!あの人頭ん中やばいぐらい優秀だからきっと考えあるんだろうなぁ!!

 事前に言って欲しいけどなぁ!!!!!」


 ノトはこの状況で最も最善の手を探る。


(落ち着け、ノト。

 どうやったらこの状況を丸く収められるのか考えろ。最終目的は、天命通りカルテル王を捕らえること。幸い、今のこいつに味方はいない。従者も全て捕らえたからな。丸腰のただの人だ。油断しててもしてなくても逃しはしない。もう捕らえたと言っても過言ではない。それよりも、このサイクス国の騒ぎについてだ。首謀者をなんとかしないとどうにもなんないな。このまま終わってくれればいいが王国への反乱とか言って誰もいない王城に来られても困るし、『天命』がカルテルの保護だった以上『見せしめに殺そう』的な意見が出たら非常に厄介。)



 ノトはカルテルを横目で見る。

 俯いて、ぶつぶつと何か呟いている。

 ぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつ

 意気消沈、今後の身の振り方でも考えているのだろうか?

 少しだけ違和感を感じたが、"廻"に違和感は感じないので放っておくことにする。



(そして首謀者と言えばさっきの声、たしかにあの"使徒"の幼馴染のものだった。つまり黒籠内で何かが起きているってこと。それはあの騒音から見ても間違いないだろう。カルテルの罪が無罪の民を罰したことだから当然黒籠も黒だな。助力は望めそうにない。


 いやそもそも民は首謀者の声しか知らない。なら革命の象徴をサカザキさんにずらすか?いや、俺の策にあの人を組み込むのはデメリットがデカすぎるな。ならそのままこの場をサカザキに任せた方がいいな。俺が動けばあの人は合わせてくれるだろう。俺があの人の行動を読むよりずっと良い。


 それに"使徒"。あいつも保護対象だ。)





 ノトはサイクス国についた時に降りた二つ目の『天命』を想起する。



『サイクス付近の[ゴミステーション7]に使徒が誕生。

 サカザキ、ノト=ナブリタルは並行して"使徒"を保護、誘導せよ。』




(となると"使徒"の安静も最優先事項。

 あの痩せた子供と干渉してもしものことがあったらたまったもんじゃない!カルテル王および従者をラバーズに引き渡して俺は"使徒"の元に戻り、なおかつ黒籠の様子を見て仲裁する。これだ!)






『ボロロロロロロロロロロロロロロロ!!!!!!』






 そんな、ノトの思考が、バラバラに砕けた。


「え」



 黙って民衆の様子を見ていたカルテルが勢いよく王宮の窓から飛び出したのだ。



 まるで、大地に飛び込むように。


 吸い込まれるように真っ直ぐに大地に向かって飛んだのだ。


「はあ!?」



 ノトは瞠目する。

 他の星架隊は、咄嗟のことに動けないでいる。




(何してやがる!!!こいつっっっっ!!!!!!!)



 ノトは桟に足をかけ、足首の力だけで体を支えると、カルテルの胴を掴もうと手を伸ばす。


「くそっ………!」


 しかし、あと少し手が届かない。

 ノトはカルテルの顔を覗き込む。


「!」


 その顔は、まるで狂犬。



(気が動転しているなんてもんじゃない!

 あまりにも異常なまでの執着、薬か?いや………)


「お前らここから離れろぉぉ!!!!!!」


 ノトは星架隊に叫ぶ。




 瞬間、カルテルの体が、肉が、膨らんだ。




(——————故意的な、仕組まれた暴走!)



『ボるろろろろろろろろろろろろ!!!!』



 カルテルだった者が王宮を蹴り、城下町に跳んだ。


 今のカルテルは、勝手の面影などない肉の化け物。ただただ肥大化した肉の塊、ただし豊かさなどひとつもない。


「この国の、象徴ってわけかよ!」


 ノトは、肉塊を見ながら叫ぶ。


 腰からモーラナイフを数本取り出す。


(大丈夫。俺ならあのデブが、国民に危害を加える前にやれる。)


「"プラネット"諸君!!!!"スターズ"ノトが命じる!!!!至急"0の黒籠"に向かい!"使徒“を保護しろ!!!」



「「「!………イエッサー!!!」」」



 ノトが叫ぶと硬直気味だった星架隊が出ていく。ドタドタと鉄鎧が揺れる音が遠く過ぎ去って行く。



「さて………………」


 ノトはカルテルだった物を見据える。

 醜い肉塊が叫んだ。



「ボロロロロロロ!!!!!!」



 その声に、民たちも気づき、そして叫び声をあげた。当然だ。

 巨大な肉塊が空から降ってきて、皆を襲おうとしている。希望が芽吹いたこの国を滅ぼそうとしている。


 ノトのこめかみには、青筋がくっきりと立つ。 


「デブ、やっぱりお前……………

 ———星架隊を舐めすぎなんだよぉ…」





「ぶぉろろおおおおおおおおおおおお!!!!!!」


 カルテルの怒声と同時にノトが跳ねる。サイクスの街を跳ねて、跳ねて、跳ねる。


 屋根から壁へ、壁から時計塔へ。

そしてカルテルにモーラナイフを投げる。


「!? ボルロロホホホロロホ!!!」


 肉塊は声を上げた、刃が刺さったのだ。しかし、カルテルの背に刺さったモーラナイフは、カルテルが体を震わせ簡単に抜けた。


 当然、カルテルだった者は怒り、反撃する。


(矛先がこっちに向いた!第一段階はクリア。)


 迫る拳。それはとても大きく、中肉中背だったはずのカルテルの拳はもはやノトより大きかった。加えて、ノトは今空中にいた。避けられるはずはない。

 そう、彼が並の人間ならば。



 ノトの体が少しだけ、ブレる。


 その手に握られたモーラナイフが、

カルテルだった物に刺さった。


 それはまるで、適当に投げられたナイフがたまたま刺さったかのような位置。まるで悪あがきのような攻撃。


「ぶもおおおおおお!!!!」


 化け物の拳は止まらない。ノトに迫ったそれは——————空を切った。


 ノトがいない。


 カルテルだった物は意味もなく暴れ出す。彼の体は空中に、何のとっかかりもなく浮いていた。


 ノト《敵》を探すが、化け物の膨らんだ首では見つけられない。



 化物は気づかない。ノトが自らの頭上にいることを。


 一体どうやって?


 ノトは、空中で体を捻り、化け物に急降下する姿勢になる。


 そして、駆ける。 一筋の光。



『ハーケン・ショット』



 化け物に刺さったモーラナイフが一本ずつ、その肉の中に打ち込まれていく。まるで適当に打ったナイフが、全て急所に刺さっていくかのように、そして化け物の肉が萎んでいく。

 最後にはほぼ無傷のカルテルの姿になり、止まる。



 この間、わずか5秒。



 静寂を破ったのは、民衆の涙の混じった咆哮。この国の象徴は今、に滅ぼされた。


「…………割りに合わないぜ、女神様。」


 ノトは散らばったモーラナイフを回収しつつ、カルテルを捕縛する。


 そして今なお、咆哮は続いていて、青い空に吸い込まれていった。


「遅いな。」


「!……サカザキさん。」


 カルテルの縄を縛り、転がすと背後からサカザキの声がした。相変わらず妙に気配を消すのが上手い。絶対に敵に回したくない。


「あと5秒、縮めとけ。」


(無理じゃん。)

そして相変わらず無茶を言う。


「勝手に動くなら、せめて何か一言」


「…………」


「…………はぁ。」


 そして相変わらずサカザキは人の話を聞かない。


「サイクス王国最後の日か。」


 サカザキが呟いた。ノトは少しだけ間を置き、曖昧な返事をした。




 青い空に一筋の黒煙が、静かに線を描いていた。

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