第10話 私の戦う理由



「ソラを守れ!!!!!

 なんとしてでもそいつを死なせるな!!!!!

 俺たちの光を消させはしないぞぉ!!!」


「おおおおおおおおおおおおおお!!!」


 男が叫ぶと、それに呼応するように他の囚人や看守たちもハレルヤへと果敢に向かっていく。


 もはや看守か囚人かなど、どうでもよかったのだ。

 敵対関係にある彼らはあるひとつの共有理念で動いていた。


 "ソラに夢を託したい。"


 一人の少年のために彼らは命を捨てる覚悟を決めていたのだ。


「邪魔クセェ」


 ハレルヤはそれを蹴散らしていく。


「!…………怯むな!!!ソラが少しでも休めるように時間を稼げ!!!!」

「オォッッッッ!!!!」


 看守たちの中にはハレルヤに届き得る者もいた。

 しかし傷ついた彼らにはハレルヤの脅威となる力はなかった。


 そして、


「ソラ!おい!大丈夫か!!!」

「馬鹿!揺らすな!」

 

 その傍らで何人かの囚人と看守がソラの体を守るように囲っていた。


「はぁ、はぁ、はぁ。」


 ソラはうなずく。

 ソラが荒い呼吸しか口にしないことがソラの疲労を示していた。



「ソラ…………俺、気づいたんだ。

 自由を求めるお前の姿を見て、俺は気づけた。


 ガキの頃から生きるために戦ってきた。

 必死になって働いて、時にはひどい扱い受けてさ!


 ガキの頃はあんな大人たちにならないように必死に働いてたのに、気づいたらこのザマだ……


 あの大人たちみたいにならないように、平和のための看守になろうと想ってたのに、俺はガキの頃から何一つ変わっちゃいなかった!


 ずっと支配され続けてきた!だけどそんなのは自由じゃないんだって!お前が気づかせてくれたんだ!!!


 頼むから!!!もう一度だけ立ってくれ!


 俺たちが命を賭けるのにふさわしい男でいてくれ!」


 看守の一人がソラにそう告げると、それに感化されたように囚人の一人がソラに話しかける。


「!………………俺だってそうだ!

 俺たちだって気づいたことがある!


 ロシアン王が死んで、この国が腐り始めた時、

 一体俺らは何ができるのか?


 捕まって、殺されていく同胞たちを見て何をしてあげられたのだろうか?


 俺たちはずっと何もできやしないって、ただ受け止めて生きてくしかないんだって、そう思っていた。

 

 それでも、きっとなんとかできたはずなんだ!!!


 俺たち、大人がしっかりしないから!


 マリオや、子供たちが命を落としてしまった!!!


 不甲斐ない!お前に気付かされるまで俺たちは考えないようにしていた!!!


 お前が!!!お前が俺たちの心の鐘を鳴らしてくれたんだ!!!!!」


 囚人がソラの体に力を込める。

 他のみんなにも力が籠る。


「これ!体を無闇に動かすでない!!!!

 傷口が余計開いてまうでねぇか!!!」


 慌ててゴードンがそれを止めるものの、皆が懸命にソラの無事を祈っている。


「ソラちゃん!動いちゃダメよ!

 その傷………あなた冗談じゃなく死ぬわよ!!!

 あんたたちだって何よ!!!

 ソラに託して夢ばかり語って!!!

 少しは自分でなんとかしなさいよ!!!!」


「う…………」


 傷だらけのジーナがソラと囚人たちにそう声をかけると、周囲の人たちは皆決まり悪そうな顔をする。


 もう一人では立っていられないジーナは囚人の肩を借りて立っていた。



 ソラが見えているかもわからない光のない目で仕切りにうなずく。


「………………大丈夫。俺は、待ってるだけだから。」



「待つって…………一体、何を?」


「…………匂いがするんだ、あいつの。」


 ソラは空を見つめる。



 ソラは、震える膝を抱きしめる。


(みんなが、俺を頼っている。みんなが、俺を見てる。

 こんなこと初めてだ。もう立ちたくないのに、全て投げ出してしまいたいのに、みんながそれを許してくれない。


 だからこそ、ありがたい。


 きっと、この重責は俺に力をくれる。

 みんなの期待も希望も俺が背負わなきゃ。)


 膝に添えた手に力を込める。


(動け!動け!動け!動け!動け!動け!動け!動け!動け!動け!動け!動け!

 —————————————————————-動け!)






「うおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」






「ハレルヤ、俺がお前を倒す。」


 俺は精一杯強がって、体を起こす。


 痛い。痛い。痛い。


 痛くて、こんなに痛いのは初めてで、涙が溢れそうになる。おまけに膝は笑ってしまっている。

 それでも俺は立った。


 ハレルヤは鼻で笑うように俺に言う。

「言っとけ馬鹿が、夢物語も大概にしろ。」


 その通りだ、こっからの逆転劇なんて、そんなものはただの夢物語だ。今のままじゃまたさっきの二の舞。

 なす術もなく、俺は、俺たちは殺される。


 戦いなれた大人の男と、栄養失調気味の子供の俺。


 結果は明らかだ。


 ハレルヤが俺に拳を振って肉薄する。


「ガァァッ!」

「グッ!」

「ゲホッッガッ!」


 俺は意識を手放さないことに集中する。

 この意思だけは、絶対に折らせない。


(まだだ。まだ、倒れるな、もう少し、もう少しだ。)


「粋がってた割に大したことねぇな!!!」


 ハレルヤが最後だと言わんばかりに俺に拳を近づける。


 瞬間、囚人たちがハレルヤに飛びかかる。


「俺たちだっているぞ!!!!!!」


「ソラを守れぇ!!!!!」


 ハレルヤはうざったそうに彼らを振り払う。

 その目は、なかなか殺せない捕食対象を見て怒る肉食動物のようだった。


 俺は囚人たちから半ば突き飛ばされ、虚な目でハレルヤを見る。



(もう少し、もう少しだ。

 来い。来い。—————————来い!)



「!」

 俺の目が晴れた。



「クソウゼェってんだよ!」


「ガッ」


 ハレルヤの振るう腕がみんなを傷つける。



「ハレルヤ。」



「あ?」


 ハレルヤが俺を見る。



「今度は負けねぇよ、絶対に………」

 俺は手を伸ばす。天へと、ただまっすぐに。


「あ?なんだ?降参ってことか?」


 ハレルヤはつまらなそうにそれでも怒りを目にこめて俺を見ている。

 決して俺から目を離さない。


 やっぱり一筋縄では行かないと思った。

 油断なんてハレルヤはしない。


 それでも、あいつは来だなら俺は勝てる。


 匂いでわかる。

 あいつが何をしていたのかも、今ならわかる。


 だから、俺はあいつを信じる。


 信じて、手を広げて待つ。


 絶対にそいつはここに来るから。




「ソラ!!!!!」




 声が響いた。


 ソラは振り向かない。

 ただ笑った。


 そして、

 —————————-—掴んだ。





 ソラの手には、一つの、鈍く光るロザリオがあった。


 




 ☆


 やっぱりだ、体が嘘のように軽い。


 ソラは剣となったロザリオを振りながら、そんなことを考えていた。


「なんだその武器は?

 まぁいい。話すのももう面倒だ、今楽にしてやる。」


 ハレルヤがこちらに近づいてくる。


 いや、体が軽いなんてもんじゃない。見える。


 血の巡りから、筋肉の動き、視線の移動、呼吸のタイミング。


 全てが手にとるようにわかった。


(これは、このロザリオは一体なんなんだ。)


「ソラ。」


「カツミ。」


 カツミがこちらを近づく。

 ハレルヤを一瞥すると彼は俺の背中に拳をつく。


「死ぬなよ。」


「当然。」


 カツミはうなずくと俺とハレルヤから遠ざかる。

 きっと、他のみんなの治療を手伝いに行ったのだろう。


 俺とハレルヤの周りでは、誰が何を言ったでもなく楕円状の人混みができており、俺とハレルヤは彼らに囲まれていた。

 彼らは一様に傷だらけで、意識を保っていることが不思議なほどであった。







 俺とハレルヤの一騎打ち。




 体は軽い、それでも、やっとハレルヤと対等なステージに立てたレベル。


 傷一つないハレルヤに対して俺はこの場にいる誰よりも傷だらけだった。

 しかし、ソラは自分の体についた傷が誇らしかった。


(この傷は………マリオ、お前たちが背負うはずだった傷だろ?

 この痛みが、俺を奮い立たせてくれる。)



 見つめ合う俺とハレルヤ。




 ハレルヤが動く。



「しっ!」


 その手が俺の首を狙う。

 あの手は危険だと俺の全てが警告を鳴らす。


 俺はそれを避けると、ハレルヤの懐に入るように体を屈ませ剣を突き立てる。


 しかし、ハレルヤはその剣を俺の体を蹴ることによる反動で避ける。


 俺はハレルヤの蹴りを剣を握っていない方で受ける。

 蹴りの威力に俺の体が吹き飛ばされる。


 俺は吹き飛ばされた時の着地を利用し、足の筋肉を使い、フルスピードでハレルヤに迫る。


 そしてまっすぐMAXスピードで突っ込むと見せかけ大きく体を回しハレルヤの背中側から剣を振りまわす。


「ちっ!」


 ハレルヤは攻撃を避けたものの、変な捻り方をしたのだろう。

 その痛みに顔を歪めた。


「さっきまでと別人じゃねぇか、お前。

 原因はその武器か……、厄介だな。」


 ハレルヤは構える。


「ふ!ふ!ふ!ふ!ふ!ふ!ふ!ふ!ふ!ふ!」


 黒籠に来る前、星架隊と戦った時に気づいたことがある。

 この銀のロザリオは、俺の能力を底上げしてくれるが、俺の体の性能以上の力は引き出してはくれない。


 つまり戦っている時に用いているのは俺自身の体でしかないのだ。


 そして、それは俺がその技能に合わない体の使い方をするほどに俺の体は壊れていくということでもある。


(持って、あと4分か。)


 言わば、このロザリオはドーピングの上位互換なのだ。


 当然、どうしようもなくなる限界がくる。


 だから




「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」



 短期決戦  ここで決める!!!!




「ぐっ!くそがよ!さっきより速ぇじゃねぇか!」


 ハレルヤは剣を避けながら俺の体を狙うもののその手は届かない。


 そして、ついに俺の剣がハレルヤを捕らえた。


「痛っ!てめぇ!」


 ハレルヤの肩から血が流れる。



 彼はそれを一瞥し、すぐに俺を睨む。


 ハレルヤがこちらへ向かってくる。


(直線的な攻撃、冷静さを失ったのか?)


 俺がそう考えた束の間、


「おぅらっ!」


 ハレルヤがそのコートを脱ぎ、俺に投げつける。


「!?」


(しまった!視界が!?)


「がぁっ!!!!!」


 ハレルヤの拳が俺の腹を捕らえる。



「ソラ!!!!!!!」



 観戦していた誰かが叫ぶ。


「ガゥ!ふっ!ふ!ふ!だ、大丈夫だ!!」


 俺は剣を杖にして立ち上がる。



 ハレルヤの額には青筋がたっていた。


「お前、マジで邪魔だな。

 ジュノアも、ポイミーもやられたみたいだし。


 楽勝だと思ってたのによぉ………とんだ災難だぜ。」


 ハレルヤの目は赤く充血している。


 俺は剣を構える。


 そして、ハレルヤに向かった。






 ☆


「カツミ。」


 カツミは、名前を呼ばれ振り返る。


 そこには、トムが立っていた。


「……………トムさん。」


 トムは、カツミの教育係だった男だ。

 当然カツミとは一番長く接していた。


 だからこそ、カツミはトムのことが嫌いではなかった。囚人たちにとっては悪魔のような看守の1人でも、カツミにとっては自分に優しくしてくれた恩人でもあったのだ。


「トムさん、俺は、あんたのことが存外好きだったよ。

 でも、俺はあんたを、あんたたちを裏切った。

 だから嫌われる覚悟は」


「いいんだ。」


「え?」


「その話は全てが終わったら、ゆっくりしよう。


 それよりカツミ、頼みがあるんだ。」


 そして、トムはカツミに語り始める。 






 ☆


 ソラと戦っている間も、ハレルヤの怒りのボルテージは上がっていた。



(なんでこいつらは死なねぇ!なんで心が折れねぇ!

 クソイラつくんだよぉ!薪の分際で…………!)


 ハレルヤはソラの姿の向こうに見える囚人や看守の姿を見て激昂した。


 皆が一様に、ソラに希望の眼差しを向けていた。


 まるで、勝利を確信するような、そんな目を向けていたのだ。


(今更、そんな目してんじゃねぇよ!!!!!)




 ハレルヤが初めて人を殺したのは、彼が5歳の時だった。彼はソラと同じく、穴で生まれ穴で育ったものだった。


 生きるためには誰かを傷つけなければならない世界の中で彼が人を殺したのは必然だった。


 しかし、彼は異常だった。


 普通ならば人を殺した時、大体の人は後悔に苛まれるか、なんとも思わないかの二択に絞られる。



 彼は初めて人を殺した時、心が、脳が、彼の中の世界に激震が走るのを感じた。



 "人を殺すのはなんて気持ちいいのだろう。"

 


 幼かった彼は殺人に一種の、争い難いエクスタシーを覚えたのだ。


 手段も、状況にもこだわりはなかった。

 彼がこだわったのはその数だ。



 大虐殺こそ、彼の夢。



 そして彼は今、大量殺人のための最高の道具を所持している。


 "聖なる消失"


 人の魂の数ほど威力が増強するこの兵器。


 この黒籠の、いや、この国全員の命を使えば一体どれほどの数の人が死ぬのだろうか。


 どれほどのエクスタシーを得ることができるだろうか。


 抑え難い衝動に彼は縛られていた。


「!?」



 ハレルヤがソラの首めがけて手を伸ばす。


 ソラはハレルヤの攻撃に距離を取らざるを得ないと判断し、離れる。




 ハレルヤは怒りと、殺人衝動に飲まれたまま、ソラに語りかける。


「お前ら、もう抵抗すんなよ。

 今、ぶっ殺してやるから…………。

 今更希望なんて抱いてんじゃねぇよ。」


「……………あ?」


 突然喋り出したハレルヤにソラは動きを止める。

 しかし、警戒は解かない。


 五感の全てを用いてハレルヤに向かう。



 ハレルヤは続ける。

「お前らに、生きる資格なんてないだろうが。


 看守は、罪のない民をそれを知っていながら支配し、たくさんの命を散らしてきた。


 囚人たち、民だって、そうだろ。


 お前らはただ怖かっただけだろ、殺されるのが嫌だから自分じゃない誰かが殺されるのを放棄した。

 考えることを放棄した。

 被害者面して無視してきたんだろ。


 今まで死んできた14年分の命はお前らを許さない。

 今更革命だ?馬鹿らしい。


 お前らが幸せになっていいはずがないんだ。」



「「「……………………………!」」」



 ハレルヤの言葉にその場にいる誰もが口をつぐんだ。


 ハレルヤの主張は何一つ間違ってはいないのだ。



「だから、俺が全部無かったことにしてやるよ。


 この国そのものをぶっ飛ばして、この血みどろの地を浄化してやる。」




 ハレルヤはソラへと歩みを進める。



「罪人どもが、生を願ってんじゃねぇよ。」








「だからって………死んでいいはずないだろ。」


「あ?」


「じゃあ………一体誰が死んでいった奴らのことを覚えておいてやれるんだ?」


 その言葉に囚人たちが目を見開く。

「ソラ…………」


 ソラは続ける。





「罪を償うってそういうことじゃねぇだろ。

 生きるって………そういうことじゃねぇだろ。」



「ソラ…………」

 誰かが彼の名を呼ぶ。

 だけど、彼は止まらない。



「そんな簡単な話なわけねぇだろ。

 そんなの、ただ、見たくないものを消すだけだ。


 そんなの……そんなの誰が喜ぶんだよ!

 ちょっと考えればわかるだろ!」



 誰もが、彼の言葉を聞いていた。



「自分の罪から逃げてんじゃねぇよ!


 目ぇ背けんじゃねぇよ!


 お前らは"繋ぐ"んだよ!!



 罪も、罰も、苦しみも、痛みも、その憎しみだって!

 お前らは覚えておかなきゃなんだよ!!!!



 だから生きてここから出るんだろ!」





 "それでも、言わせてほしい。"


 "この国に新たな風を起こしてくれてありがとう。"






「この国を!作り直すのは!!!


 今生きているお前らなんだよ!!!!


 俺じゃねぇんだよ!お前らだ!お前らなんだ!!!」



 ソラの声は震えていた。

 しかし、その両の目は爛々と輝いていた。



(マリオ…………お前とは短い付き合いだったけど。

 お前は俺に夢を語ってくれた。

 俺を友だと言ってくれた。だから……………)



「それでも、怖ぇなら、勇気が出ねぇなら!!!



 俺がお前たちの"心の火"になってやる!!!!!!



 だから!

 もう一度立てよ!


 立て!



 立って!



 抗えええええええええええええええええ!!!!!」




(お前の夢を、絶やすわけにはいかない!!!)




 震えた声は黒籠を揺らした。



 静寂が訪れる。


 それを破ったのは



「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」




 無数の、慟哭。それは、時を増すごとにその厚さを重ねていく。




 黒籠内だけじゃない。


 国中の魂の震え。






 ☆


『間に合ったみたいだな。』


「…………はい。」


 カツミは放送室に来ていた。


 ふわふわと美しく揺れる"女王奏妖精"。

 その声は、ソラの声はサイクス全土に届いた。


 それは、トムが届けたいと思ったからだ。


 彼の声を聞いてほしいと思った。


 未だ迷うサイクスの民を導いてくれるものだと確信していたからだ。


「ソラの叫びは、サイクスの民に伝わりました。」


『……………………そうか。』


 通信機の向こうで、トムが嘆息する。


『託すんじゃなく、俺たちが繋ぐのか…………』



 トムはソラとハレルヤの戦いを見つめる。


 カツミは黙ってトムの言葉を聞く。


『生きなきゃな……………』


「……………はい。」





 ☆


(なんだ…………力が増していく…………)



 自らの心の叫びを解き放ったソラはその体の中に流れる留めどない力に困惑していた。


 あの時の、星架隊と戦ったときの、さっきまでのハレルヤとの戦いの比じゃない。


(この無数の雄叫びに呼応している……俺の魂が震えている……)




 手。




「綺麗事はそれで終わりか。」


 ハレルヤの手が首に迫っていた。


(!?やば!)


 あとわずかなところまで迫っていたハレルヤの手にソラは動転する。


 回避しようと足に力を込める。


「「!?」」


 俺の体は宙に舞っていた。


 ハレルヤの手から逃れ、その頭上を舞っていたのだ。


「は!は!は!は!は!は!は!は!」


 心臓が痛い、だけど苦しくない。

 なんだこの感覚は。


「…………しっ!」


 ハレルヤが動いた。

 応えるように俺も動く。


 ハレルヤが手を伸ばす。

 重心は後ろ、これはフェイクか。

 否、遠心力を利用した、しなる攻撃。


 俺は防ぐことはせず、その懐を目指す。


 不自然に浮いた左足、懐に入った瞬間膝を入れるつもりか。

 あの膝を掻い潜る間に掴まれる。

 だったら


 俺はあえてハレルヤの腕を喰らう。

 それと同時に自分も重心を後ろに下げ、体を浮かせる。


 空中で重心移動。


 膝、二の腕、肩、首、俺は体を使い、ハレルヤの後ろまで回り込む。


(そこ…………!)


 俺の膝がハレルヤのこめかみに当たる。


「ぐぅっ!!!!」



 ハレルヤの身体が浮く。

 これまでの戦いでは考えられないほどの勝機。



(早く!もっと早く!だけど重く!!!!)



 俺は漲る力の全てをハレルヤに叩き込む。



「ガ!グッ!?て、てめぇ!一体何をしやがった!」


 ハレルヤが叫ぶ。

 その目にはもう余裕はない。


 俺はその言葉に答えない。


 もう隙は与えない。

 喋る間も、息を吸う間も、考える暇も与えない。


「愚!愚!我ッ!!!!!くそっ!」


「!」



 ハレルヤの腕が———————上がる。


 それはすなわち、ハレルヤの胴がガラ空きになったということ。



(ここだ!!!!!)




 瞬間   世界がスローモーションになる。



「ソラちゃん!」「ソラ!」「坊主!」「ソラ!」

「ソラさん!」「ソラ、頑張れ!」「叩き込め!!」

「やれ!!」「そこだ!」「ソラ!」「ソラ!」



 俺の名を呼ぶたびに、俺の心に火が灯る。


 その火はとても暖かく、俺の体を包み込む。


 今ならわかる。


 たくさんの細くて太い糸が、みんなの体から俺の体にまっすぐ繋がっている。


 この糸が俺に力を届けてくれる。




「黒籠を!!サイクスを!!!終わらせろ!!!!」








「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」








     全身全霊 全力全開 完全燃焼


「吹っ飛べエエエエエエエエエエエエ!!!!!!」




『打っ契(ぶっちぎり)』






 ☆


「ガフッッッ……………!?」


 俺の体が爆ぜる。


 一体何故こんなことに?



 "俺はただ人を殺したかっただけなのに。"



 首を捻ると、あの餓鬼の顔がこちらを睨んでいた。


 俺はそれを見てようやく自分が宙に投げ出されたことを認識した。

 黒籠に開けられた大穴の上を俺は飛んでいたのだ。


 あの餓鬼に何が起こった?


 なんだあの力は?

 どっからあんな力が湧き出ている?

 さっきまでの貧弱な餓鬼は一体どこに行った?


「ぐ!」


 背中に衝撃が走る。


 どうやら大穴の上を通過し、穴を挟んだ一階上の石床に叩きつけられるように乗り上がったらしい。


 俺はあの餓鬼を見る。

 餓鬼はこちら側へと向かってきていた。


「畜生!」


 俺は重たい体を引きずって逃げようと動く。

 内臓が痛い。おそらく、否、いくつかの臓器はもう使い物にならないだろう。


 そして、それはあの餓鬼も同じはずだった。

 なのにあいつはまるで意に返さない。


(このまま死んでやれるかよ!)


 俺は自分がもう助からないことを理解していた。

 だからこそ、あの餓鬼だけは道連れにしてやりたいと思った。


 俺は無我夢中で当たりを見渡す。何か状況を変えられるであろうものを。


 視力までもが確実にその力を失いつつあった。


 そして、俺は"それ"を見つけた。



 俺は"それ"を手に取る。

 容量はある程度溜まっていた。これならあの餓鬼を殺せる。

 俺は無我夢中で"それ"を振るう。






 ☆


 カツミは、ソラとハレルヤの戦いを放送室のある3階に開けられた穴から見下ろしていた。


 暗くてよく見えない。


「!」


 穴を何かが何かの液体、おそらく血飛沫と共に通り過ぎた。


「ソラ!」


 カツミはたまらずソラの名前を呼ぶ。


 すると今度はそのソラが穴を飛び越える様子が見える。


 先ほどの通り過ぎたものがソラでないことに安堵する。



 カツミは勝利を確信した。

 だからこそ、彼は"それ"を見た時、心臓が止まったかのような錯覚を覚えた。



『聖なる消滅』



 ハレルヤがソラに"それ"を振りかざす。

 力など入っていない一撃。


 それでも、その武器を使えばそんなことは関係ない。




「ソラ!!!!!!!!!!」





 カツミの声が響き、黒籠は光に飲まれた。

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