第7話 HELL 0



「ジーナ!!!!」


「ソラちゃん!!!!」


 俺はジーナの元に近づく。

 無事だったか、と言いかけたものの俺はジーナを見て絶句してしまう。


「ジーナ………お前。」

 ジーナは血だらけだった。


 ジーナは心底どうでも良さそうに嘆息して話を変える。


「これぐらいどうってないわよ。

 正直もっとキツいかと思ってたぐらい。

 それより………うまくやったようね。」


「あ、ああ………」


 俺は周囲を見る。

 未だ看守たちと囚人たちの猛攻は続いているが囚人たちが優勢であることは見るに明らかだった。


「ここまでうまくいくなんて……本当に驚きだわ。

 あなた、神に愛されすぎよ。」


 ジーナは腰に手を添えて俺を見る。

 きっとジーナもこの作戦がうまくいくとは思っていなかったのだろう。

 よくてうまくいく部分は30%

 これが俺とカツミとジーナの共通認識だったように思われる。

 我ながらなんて大雑把な作戦を立てたんだと戦慄する。


「昔から運は良いんだ。それよりも…………」


「ええ、わかってるわよ。

 上から降りてくる敵での警戒をしろ、でしょ。

 人使いが荒い子ね、ソラちゃんは。」


 …………こいつ元気だな。なんか……なんだかな。


 看守たちにバレないように息を潜めていた俺はいくら穴での経験で慣れていたとはいえそれなりに気を張っていたのだが、ジーナの異様なテンションの高さ、否、通常運転さに気が抜けるような感覚に陥っていた。


「ふふ…………気を張るのと視野を狭めるのは違うわよ。ゆとりを持って行きましょう。

 ここまで来れたのは一兆分の一の幸運。

 視野は広く、心は強く行きましょう。」


 こういうときのジーナはとても頼りになる。

 まだあって半日も経っていないはずなのに、俺のジーナへの信頼度は上がっていた。

 それはジーナの酔狂な喋り方の他に彼が良識のある大人だということが起因しているように思われる。


「とはいっても、このままいけば看守に勝てるだろ。

 カツミ様々だな。」


 あれ?そういえばカツミはどこだ?


 ジーナにカツミを見ていないか聞こうとしたところで、ジーナが口を開いた。


 その顔は少しだけ険しい。


「いいえ、ソラちゃん。

 油断は禁物よ。星架隊だってまだいる。

 それに、私の勘が言ってるわ。



 ここからが本当の死地だって。」








 ☆


 メイデンは看守事務室のさらに奥。

 ある牢の前に立っていた。

 その牢を他の看守たちは知らない。

 その囚人たちを看守たちは知らない。


「おい、起きろ。」


 メイデンは牢の鉄格子を足で蹴る。


 一度蹴っても反応がないので何回も蹴り始めたメイデンを横目に人影が動く。


「あ?なんだぁ、おい。」


「およ?メイデンさんじゃん。」


 囚人たちが姿を表す。

 3名の———囚人とは思えないほど身なりの良い男たち。


 メイデンは舐められまいと顎を上に向け、見下すように話し始めた。


「お前たちの力を貸せ。」


 鼻で笑う声が聞こえる。


 メイデンは眉をしかめた。


「報酬は?」


 男の一人が代表して言う。


「もちろん弾むさ。俺の要望通り動けたらな。」


 しばし黙り込む男たち、そしてうなずく。


「………あんたのことは信用してる。いいぜ。

 てか、断る理由がないな。」


「で、なにを頼みたいのん?」


 男たちはニヤニヤとした目をメイデンに向ける。


「脱獄を試みてる奴がいる。

 すでに看守たちはやられてしまった。

 お前らにはその尻拭いを頼みたい。」


 メイデンがそう言いながら先程の"映妖精"の映像を思い出していた。

 まさに圧巻だった。

 今まで無敗だった看守も黒籠も敗れる様をメイデンは下唇を噛みながら見ていた。


 息を飲む音がする。


「……………へぇ、敵もなかなかやるもんだね。

 あの看守たちも弱くはないはずなのに…」


 嘆息する男を尻目に別の、のっぽの男が檻越しにメイデンに顔を近づける。


「単に監視体制がゴミカスだっただけじゃねぇの?メイデンさんよお」


 ガシャンガシャンと檻を揺らす音が鳴る。


 唾を吐きかけるほどの煽りだが、メイデンはシカトし話を進めんと口を開く。


「できるか?」


「当然だ。」


 男たちが暗闇の中から姿を表す。



 目が大きく見開かれた不気味な男。


 小柄な少年のような男。


 そして、ロングコートに身を纏った長身の男。





 彼らの名前は"忠誠せし反逆者(イービルズ)"


 放火や拷問、連続殺人などの罪で捕まった最強の囚人。

 すなわち、本物の犯罪者。

 そして恐ろしく強い。

 メイデンは男たちに金にものを言わせ、檻のなかでの待遇の良い暮らしを約束し、自分に従うように契約を結んでいたのだ。


(看守長から王国の重鎮に上り詰めるための切り札をこんなところで見せるなんてな。

 まぁいい。少し時期が早まっただけだ。)



 メイデンは鍵を開ける。


「敵は螺旋階段にいる。行くぞ!」


 メイデンは知らない。


 男たちがメイデンを見て怪しい笑みを浮かべていることを。




 



 ☆


「サカザキさん、そろそろ出ないと間に合いません。急ぎましょう。

 仮にも相手は王族です。待たせるわけにはいかないでしょう。」


 ノトは机に座り事務仕事をしていたサカザキに声をかける。


「そうだな、今行く。

 ………ノト、使徒の見張りはちゃんとつけておけよ。」


「はっ!"プラネット"の上層部を30名ほど配置しています。」


「十分だ。」

 サカザキは気怠そうにそう言うと、席を立つ。



 サイクスの地にある教会は大広間と、いくつかの礼拝堂、そして事務室の簡素な作りだが規模は大きい。


 サカザキとノトは事務室と大広間をつなぐ渡り廊下を歩いていた。



 しかし、大広間に入った途端、二人は足を止める。



「ノト、匂うな。」

「えぇ、血の匂いです。これは………地下からですか…」


 ノトはサカザキの顔を伺う。


「いや、放っておこう。」

 サカザキは地下に続く螺旋階段への扉を見る。


「しかし…!」


「王を待たせるわけにはいかないんだろう。」


 サカザキの物言いにしばらく逡巡したのち、ノトは大きく息を吐いた。


「……あなたがそう言うなら」




「なぁ、お前ら。」




「!」


 ノトが声のした方を見ると、

 大広間の対角線の開け放たれた扉、奥へと続く暗闇からこちらを見る何か。


(俺が気配に気づかなかっただと!?)


 ノトは人影を見る。


 看守服を着た黒髪の少年であった。

 特徴的と言えるのはその首に付けられたチョーカーぐらいだ。

 上背はあるものの、決して脅威には見えない外見だった。


 そう、外見は。


(なんだこの得体の知れない者は……!)


 少年は一人でに喋りだす。


「まさか……こんなことになるなんてな。

 どうもあいつを見てると、手を出したくなる。そう言う人間性なんだろうな……shit!いいぜ、とことんやってやる。」


 それは独り言のようだった。

 いや、きっとそうなのだろう。


 俯きながら話す少年は何かを決心するようだった。


「なぁ、銀のロザリオを知らないか?……あいつのために必要なんだ。」


 少年がこちらを向く。

 その幼い目は、なにかを覚悟した者のそれだった。  


「ノト!外にいるラバーズを半分連れて先に王城へ向かえ!」


「!?正気ですか!」


 サカザキは笑う。

 鉄仮面のような仏頂面が不気味に歪んだ。


「意思を持つ使徒に、銀のロザリオ、か。

 おい!お前!探し物はこれか?」


 サカザキが胸ポケットから取り出したのは銀色に光るロザリオ。




 ノトは、サカザキの様子を見て走り出していた。

 その顔には諦念の相が浮かんでいた。

「サカザキさん!絶対あとから追ってきてくださいよ!!必ずです!!!


 ………お前らぁ!半分は俺とついてこい!

 もう半分はサカザキさんがあの子供を始末したら王城に連れてこい!!!いいな!!!!」


 ノトは礼拝堂への入り口を開けると外にいた兵士たちに叫ぶ。


 兵士たちは驚いた顔を浮かべたが、ノトにはそれを気にする余裕はなかった。


(な、なにがどうなってやがるってんだ!!くそ!!!とりあえず時間がねぇ!王城へ急ぐぞ!!!)



 一方、サカザキはノトの号令で堂内に入ってきたラバーズたちを見ると、すぐに視線を少年に移す。


「これが欲しいなら俺から奪ってみろ。力づくでな。」


 少年は言う。


「最初からそのつもりだ。

 目標は奪うこと………待ってろ、ソラ!!!!」


 少年———カツミとサカザキは同時に相手に向かって駆け出した。





 




 ☆


 看守たちはもはや数人程度しか意識を保っておらず、全滅と言っても良いほどだった。


 対して囚人側は怪我人は出たものの命を失う者は出ず、奇跡的勝利は目前だった。


「はぁ!はぁ!はぁ!」

 俺は長槍をふるって看守たちを追いつめていく。

 ロザリオがなければ俺はただの一般人より少しすばしっこい程度の子供でしかないのだと、小太りの看守と戦って知ることができたのは今から考えたら幸福だったのだと言えよう。



「くそっ!こんな奴らに!ぐふっ………」

「もうダメだ!くそ!!逃げ場がねぇ!!」


 看守達の戦意はもはや0に等しかった。




「ソラくん!」

 俺は自分の名前を呼ぶ声に顔を向ける。


「マリオ……」


「無事に成功したみたいだね!よかった!」


 マリオはそう笑いかける。

 マリオはこの短時間で強くなった。

 きっと、あれから多く人を傷つけた。それでも俺に笑いかけてくれている。


「ああ、そうだな。」


 俺がそう返すと、青年は苦笑した。

 きっとマリオは俺のどうしようもない気持ちを俺以上にわかってくれているのだろう。


 囚人たちは未だ気を張っているものも多いが多くは、笑っていた。


 それは、もうこんな生活を送らなくていいという多幸感と、無事に自分たちの反乱が成功したことへの安堵によるものだろうか。


「最初に君と会った時は、まさか僕がこんな計画に加担するなんて思っても見なかったよ。

 それでも、君についてきて良かったと思ってる。

 …と言っても、君に出会ってからまだ何時間も経っていないと思うけれど」


 そう言ってマリオは手を差し出してくる。


(この監獄に入ってから色々な人と握手をしているな。)


 俺はそんなことを考えながら、マリオと握手を交わした。


「あら?ソラちゃん、お友達?」


「わっ!?」


 俺の前、つまりマリオの背後から声をかけてきたジーナにマリオが驚く。


「友達………っていうか。」


「あ、どうも。僕はマリオです。ソラくんの友達です!」


「え?」


「あら丁寧にどうも、うふ。それよりソラちゃんに何か用があってきたんでしょ?」


 マリオは今思い出した、とでもいうふうに目を広げる。


(何だろうか?)


 マリオがこちらを向く。


「僕はソラくんにお礼を言いに来たんだ。」


「え…」


 俺は驚いていた。

 俺自身がお礼を言われるようなことをした記憶がないからだ。むしろ俺はこいつに迷惑をかけてばかりな気がしていたのだ。

 なんせ俺は、こいつに人殺しを手伝わせた。


 マリオは続ける。


「思い当たりのない罪で捕まったときから、僕は自分の人生はもうここまでなんだって思ってた。それこそ、君があの牢の扉を開ける前までは。それでも、君が僕を、いや、僕たち囚人を自由へと誘ってくれた。

 確かにまだ自由になったとは言えない。

 看守たちが息を吹き返すかもしれないし、王国は僕たちの脱獄を許さないだろう。」


 俺はそれを聞いて気づく。


(そうか。自分のことで精一杯で気づいてなかった。

 俺は脱獄して、マミヤと話せれば後はもうどうでもよかった。っていうか、考えてなかった。

 囚人たちにとってはこの脱獄は本当の意味で自由を得たわけではないのか。むしろ、脱獄なんてしてしまったせいで本当に罪人になるんじゃ…………)


 俺は余裕が生まれたせいで考えることが増えてみたいだった。


 マリオはそんな僕を見かねて言う。


「それでも!

 それでも、この脱獄事件は王国に多大な影響を及ぼすと思うんだ。それこそ、国中を巻き込んだ王族への暴動になるかもしれない。

 そして、それはきっとサイクスの民が本当に望んでいたことなんだって、僕は思う。

 君がやったことが正しいか、正しくないかはわからない。

 それでも僕には夢が生まれたよ!!!

 いつか!この国を取り戻すんだ!!!!

 あの暖かいサイクス国に!!



 だからソラくん!この国に新たな風を起こしてくれてありがとう。」


 マリオはそう俺に言う。


 俺は………


 俺はこの言葉になんで言えばいいんだ。


 マリオという人物と話して気づく。

 俺は最初、こいつの名前を知らなかった。

 それは俺がマリオも他の囚人たちも、ただの脱獄のための布石程度にしか考えていなかったからだ。


 カツミだって、ジーナだって本質的には変わらない。


 俺はこの言葉を受け取るに値する人間なのか?



 バシンッッッッッ!!!!!!!



 背中に衝撃を感じて、俺は思わずマリオから手を離した。


「痛っ!なにすんだよジーナ!」


 突然の痛みに犯人であろうジーナを見ると、どうやら俺の背中を叩いたらしい。


「結果的に上手く言ったんだから、それでいきじゃない。そんな死にそうな顔をしてたら、マリオちゃんがかわいそうよ。」 


「マ、マリオちゃん…………」

 マリオはジーナを不思議そうに見ていた。


(上手くいった……………そうか。

 今はそれでいいのかもしれない。)


「………わかった。その気持ちだけは受け取っとく。」


「うん!」


 俺とマリオはもう一度握手をした。


 するとそれを見ていた囚人たちから一斉に声があがる。


「兄ちゃん!勇気あるなぁ!」


「最初は疑ってかかってた。こんな子供がって。」


「ゴードンさんを信じてお前についてきてよかった。」


「お前はすごいやつだ!!まさかこんなにうまくいくなんて!」


「奇跡の子としか言いようがねぇな!本当に!」


「お………う…………」

 みんな一様に俺を見て笑っている。

 俺は戸惑ってしまう。

 そんな俺の反応の何が面白いのか囚人たちはまた笑い出す。


 マミヤ以外の笑顔を見たのは久しぶりだった。

 それこそ初めてな気もする。


 何か不思議な感覚に包まれた俺の顔は、多分笑っているのだろうか。


 俺はこいつらの価値観という奴を分かり始めることができているのだろうか?


 マミヤ、お前に会ったら、話したら、

 お前はこいつらみたいに笑いかけてくれるか?



 ジーナが和らいだ空気を引き締めるために俺の背中を押す。

 そんなジーナの顔も柔らかかった。


「さぁ、ソラちゃん。

 まだ、気を抜いちゃダメよ。

 言ったでしょ?ここからが死地かもって。

 上には星架隊がまだ残っ————————」



















 鳴動   後、激震




















「な、なんだこの音は!!!!!!!」


「揺れているのか…………一体なにが!?」


 俺たちは絶句した。


「お前ら!!!!!!!

 全員螺旋階段から離れろぉ!!!!!!!」


 唯一、事態に反応することができたジーナが叫ぶ。


 俺は気づいた。


 螺旋階段が消滅しようとしていることを。









 何分経ったのだろうか。




 俺は目を覚ました。体に伝わる重みに意識を向けると、それはジーナの体であることがわかった。


「んん………」


 俺の体が動いたことで意識を取り戻したのであろうジーナが声を出す。


「ジーナ、起きろ。」

「ソラちゃん…………ここは。」


 辺りはたくさんの土埃と、瓦礫でめちゃくちゃだった。

 何がどうなっているのかよくわからない。


 それはジーナも同じだったらしい。

 

 ジーナが辺りを見渡す。


 そして、ある一点に視界を向けた。


「あれは…………!?」




(一体何が…………?)



 俺は振り向いた。


『ここからが本当の死地よ。』



 ジーナの声がリフレインする。







 俺たちのすぐそこに開けられたのは大きな穴と、たくさんの血。







 そして、4人の男だった。


「ははははははは!!なんて出鱈目な威力なんだ!!!この黒籠に穴を開けるなんてな!!」


「……………メイデン」

 瓦礫の中から呻き声が聞こえた。

 俺はその男を見る。


 看守服を着た男は何か槌のようなものを持って俺たちのいた階のさらに上から俺たちを見下ろしていた。 

 しかし男が来ているのは普通の看守服ではなかった。

 金の装飾が施されたその看守服からは彼こそが看守をまとめる者であることが理解できた。


「あ?生き残りが何人かいるぞ。

 お前らあいつらを始末してこい、どうせ死刑になるんだから殺しても誰も文句は言わねぇだろ。」


「どうせ虫の息だろ。」

 メイデンと呼ばれた男にハレルヤと呼ばれた男が答える。

 ロングコートを着たハレルヤはゴミを見るかのような目でこちらを見ていた。


「まぁそうだが……………いや、待てよ。

 あいつらも俺の礎にしてやろう。お前ら回収して来い。」


 メイデンはこちらを見ていた。


 礎ってなんのことだ?


「なぁジーナ」

「ソラちゃん。」


 ジーナは俺の向こう側の風景を見ているようだった。

 一体何を?


 俺は振り返ろうとする。



「ダメ!!!ソラちゃん!!!!!!!!」




 息を飲んだ。




 俺の思考が止まる。


 俺はあるものを見ていた。


「ソラちゃん……………」


 ジーナの口惜しそうな声が漏れた。





 顔と、体の半分が抉り取られたマリオの真っ黒な目がただこちらを見ていた。

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