第6話 彼は黒になる



 ————————数刻前



 俺は螺旋階段を降りていた。


 後ろからはたくさんの足音。

 俺を追って3階まで降りてきていた看守たちは思惑通り6階に向かってくれたようである。


 ジーナとカツミはうまくやっているだろうか。

 

(心配しても仕方ない……か。)



 俺は3階の牢にいた青年と別れ急いで2階へと向かった。


 理由は、2階にいる囚人の解放、そして……


 俺は螺旋階段から檻のある部屋に続く扉を開ける。


 目的の部屋はカツミの言付け通り一眼でわかった。



「物置部屋はここか………」

 


 俺が物置部屋に来た理由、それは武器だ。

 ロマーリオと呼ばれる男ともう一人、看守を見た。

 どちらも穴の中にいた大人とは体格が違った。

 ジーナも、俺には同じ人間には到底見えない。


 あいつらと戦うには武器がいる。


 物置部屋の中には食料や、何かの陶器。


(これは………確か皿だっけ?)


 穴の中にはこんなものなかった、とソラは興味をそそられるものから自分を律する。


 俺は一つ一つ横目で見ながら進む。


 そして、見つけた。


 武器は幸いにも簡単に見つかった。

 それらは物置部屋の隅に存在感を放ちつつ置かれていた。


 俺は数ある武器の中から長槍を取る。


 なぜ長槍を取ったか?


 それは長槍ならば相手に武器を奪われたとしても、間合いに入れば脅威は半減するからである。


(マミヤと一緒に育ったせいで姑息なことばっか思いつくな。)


 実際マミヤは俺と大人から逃げるためにたくさんの策を考え、俺に披露していた。


 俺は作戦というものがあまり好きではないので話半分に聞いていた。


(話半分でも、聞いておいて良かったぜ。


 …………マミヤ、今行くぞ。)



 俺は長槍の一つをグッと握った。


 長槍は数十本ほど置いてあった。


「……先に囚人たちを解放して、長槍を持たせるか。」


 俺はそう呟くと物置部屋から出ようと足を向ける。


「確かにここに看守が入っていったんだな。」


「あ、ああ。」


「!?」


 俺は咄嗟に物陰に隠れる。

 俺の視線の先には二人の看守が立っていた。


(騒動に乗じて監視の目も緩くなると思ったけど、そんなわけなかったな。

 ……っそ!やばいぞこれ、どうする俺!)


 俺のこめかみに冷や汗が流れる。


 そうしてる間にも二人の看守は近づいてくる。


(やばいやばいやばいやばい!


 戦うか?逃げるか?隠れるか?謝るか?


 ろくな選択肢がねーじゃねぇか!

 くそっ!なんかないのかよ!)


 あと少しで鉢合わせする   一歩手前。




 コツンッ




「「!?」」


「おい!今何か聞こえたぞ!!」

「あ、ああ!行ってみよう!」


 物置部屋を後にする看守二人。


 俺はその様子を確認して大きく息をつく。


「はぁーーーー!な、なんだったんだ今の。」


 俺はもう一度、看守たちを見ようと物置部屋の扉から顔を半分ほど覗かせる。


「い、いなくなったのか……?」


 俺は安堵した。


 その瞬間




 トンッ




「!?な、なん、な!?」

(なんだ! 今俺の肩を叩いたのは!誰だよ!?)



「わ!」


 そこにいたのは————-



「だ、大丈夫?えっと………ソラくん。」



 3階の檻にいた少年だった。






 ☆


 サイクスの教会内部、長廊下ではまだ火のついていない燭台の影が伸びていた。歩くとコツコツと音が鳴る赤いカーペットを踏みながら一人の男が歩いていた。


「ノトさん!」


「!」

 

 鉄服の星架隊員の一人に呼ばれた男、ノト=ナブリタルが振り向く。


「なんだ?」


「言われた通り、"使徒“の記録を取っていたのですが

 描き終えた分のレポートを一応渡しておこうと思い…」


「あー……」


 そう言い、星架隊員が渡してきた紙の束を受け取る。

 ペラペラとめくり、不備がないか確認していく。


「確かに受け取った。すまない、ありがとう。」


 ノトが星架隊員にお礼を言うと、星架隊員が一礼する。鉄の鎧で全身を覆っているため表情はわからないがおそらく緊張しているのだろう。



 星架隊員には三つの種類がある。


 書類申請のみでなれる見習いの"サテライト"


 難関試験を合格した戦闘員及び工作員で結成された"プラネット"


 推薦、超難関試験、選別をくぐり抜けたパプリカ最強の人材で結成された精鋭"スターズ"


 "スターズ"は"プラネット"や"サテライト"の憧れと、少しの信仰の的である。特に"プラネット"に成り立てのものはその傾向が強い。


 そして、今サイクスにいる星架隊に"スターズ"はサカザキとノトの二人。


 当然、二人は崇め立てられるような態度を取られるわけで……



(ぶっちゃけ疲れるんだよな……流石に慣れないとなんだろうけど、俺は所詮元チンピラだし。)


 ノトは目の前の"プラネット"にバレないようにそっと嘆息する。


「………引き続き頼む。」


「は、はい!」


 そそくさと立ち去る星架隊員を横目に、ノトはレポートを一から見直す。


(記録って言っても、礼拝堂で祈りを捧げているだけで特筆すべきものはない。他の"使徒"と一緒、か。)


 なにもおかしい点はない。


(そういえば、"使徒"の幼馴染とかいう凶暴な子供がいたな……サカザキさんは干渉しなさそうだな。)


 あの目のギラついた子供は自分たちがサイクスから立ち去るときにでも釈放するように"黒籠"に話を通しておこう、とノトは考える。


「ふぅ。」


 ノトは息を吐き出すと、目頭を少しだけ揉んだ。


 そして考える。


「サイクスを救うのは一体、誰なんだ?」


 ノトは教会の窓からサイクスを見下ろす。目に写るのは疲弊した民たち。


「……一応、使徒の様子を見に行ってみるか。」


 そう言うとノトは廊下を歩いていた方向とは逆方向に進む。



『礼拝堂』

 

 そう書かれた看板を掲げた扉の前にたち、半分ほど開け、中を見る。



 "使徒"が祈りを捧げている。


 彼女は決して振り返らない。


「異常は……ないな。」


 そう言うとノトは静かに扉を閉じた。





 彼女が握った黒く光る凶器に、彼は気づかなかった。






 ☆


「!…………お前は」


「しっ!声が大きいよ!」


 そう言って3階の少年は俺の口を塞ぐ。

 俺はすぐにその手を振り払う。


「………なんでお前がここにいんだよ。2階に来るのに反対してただろ。」


「いや、ほっとけなくて……ごめん。」


 なぜ謝る?俺はそう思った。

 穴の中では謝罪の言葉なんて年に数回聞ければ良い方だったので俺は驚いたもののマミヤの性格に難があるのかもしれない。


(俺の語彙は大方あいつから来てるからな……)


 俺は3階の少年を見る。


「……お前、名前は?」


「!僕はマリオだよ。よろしくねソラくん!」


 マリオはホッとしたように返す。

 おそらく、突然檻に入ってきた看守服の脱獄犯、すなわち俺のことを得体の知れない者とでも思っていたのだろう。

 例えるなら獣に言葉が通じたレベルだろうか?


「マリオ……さっきの音、お前がやったのか?」


「音?え、ああ。そうだね。」

 マリオは今思い出したかのような顔をする。


「そうか……借りができたな。」

 なぜだろうか?俺は自分の感情の変化に戸惑う。

 俺はマリオを見る。


(こいつ、こんな顔なんだ。)


 初めて会った時はただそこにいた奴ぐらいにしか思っていなかったが、今やっとその存在をちゃんと認識できた気がした。


「え、な、何?」

 マリオが戸惑った顔をする。


「いや……………なんでも。

 それより、さっきの2人組は多分すぐにでも戻ってくるだろ、それまでに対抗策を考えねぇと。」


 そう言って俺は考える。

 さっきの2人がそのままこの階を離れるのは考えにくい。

 だからといって2人に正面から対応できるほど俺たちは強くない。

 囚人を使う?否、2階の囚人は看守にとって脅威とはなり得ないだろう。

 3階に細身のマリオがいたと言うことは1、2階は女子供、そして老人ってところか。

 これでは武器を持たせても、余程の地理的優位がなければどうにもならないだろう。


 俺は物置部屋を見渡す。

 2人組の看守には何が一番有効なのかを考える。


「長槍も剣も、持っていても宝の持ち腐れだな。

 …弓、は使えないし、爆弾なんて避けられるのが関の山だ。んで、なんだこれは?煙玉?」


「ソラくん。」


「うおっ!?」


「え!?なに?」


 振り返るとマリオがいた。

「お前もう俺の後ろに立つなよ。」


「えぇ…………と、それより何か見つけた?」


 俺は物置部屋にあったものを順にマリオにも紹介させていく。


「ソラくんはこの中でなにを使いたいの?物置部屋にいたってことは何か使うんだよね?」


「長槍がほしい。まあ、リーチがある武器ってところ。リスクは高くなるけど投擲用の武器でもいい。」


「最低その物資が手に入れば良いってことだね。

 ……いっそあの2人を物置部屋に閉じ込めるとか?」


「いや、中には武器とか、槌もあった。看守たちは腕っぷしもあるから、ドアを破るのは容易だと思う。いや…………待てよ。」


 俺はある作戦を思いつき、マリオにそれを伝えた。

 もちろん成功率は低い。不確定事項が多すぎるのだ。マリオは黙って考えている。

 マリオも俺もわかっている。黒籠の囚人は最終的に死刑になることはほぼ確定している。

 マリオにとって俺に協力するということは、抵抗せずに死ぬよりも抵抗して死ぬことを選んでいるようなものなのだ。


「わかった………やろう。」


 マリオは力強く頷いた。






 ☆


 僕は、ソラくんから伝えられた作戦を反芻している。


 しくじったら、死ぬ。


 大きく深呼吸をする。

 そして小さく、長く吐く。


 手汗が止まらなく、肝心なところで滑りでもしたらと考えると怖いので何度も、何度も服で拭った。


(来たっ!!!)


 僕の耳が何人かの足音と、男たちの声を拾う。


「いたぞ!捕まえろ!!!」


「待て!この!!!」


 ソラくんの声が頭の中で響く。


『一つ目、俺があの2人を誘導して物置部屋に入る。逃げ足には自信があるから多分大丈夫だ。

 俺が捕まったら迷わず逃げてくれても良い。』


 視界にソラくんと男2人が入った、そう思うと同時に僕は駆け出す。


 ソラくんの様子から見て、最初の作戦は概ね成功と思っていいらしい。


『二つ目、俺たちが物置部屋に入ったのと同じタイミングで煙幕弾を部屋に投げてくれ。』


 物置部屋の扉の脇で隠れていた僕は手に持っていた煙幕を投げ外に出る。


 2人の看守の絶叫が聞こえる。


(ソラくんは……)


『三つ目、煙から俺が出てきたら物置部屋の扉を閉めて長槍をつっかえ棒にして封鎖をする。』


 俺は手に持っていた長槍を構える。



 煙の中から出てくる人影。


 僕は安心し、絶望した。


 中から出てきたのは看守の1人だった。


(くそっ!ソラくんはどこに!?まさか捕まったのか?)


 出てきた看守と目が合う。

「おい!もう1人仲間がいるぞ!!!」


(やばっ!?)


 その時、看守の首元を掴む一本の腕。


 その腕はひどく細く頼りなさそうだが不気味なほどにその手が頼もしかった。


「入ってろ!!!!!!!!!!」


 看守を支点にソラくんが煙から出てきた。



 僕は看守を長槍の柄で突こうとする。



「馬鹿!!マリオ!!!!」


「え!?」


 看守はニヤリと笑うとその長槍を掴み思いっきり引っ張る。


 当然僕の体が傾く。

(しまっ!?———————————-痛!?)


 どうやら僕はソラくんに腕を蹴られたらしい。


 僕の手から長槍がすっぽ抜ける。


 看守は今まで力を込めていたせいで思いっきり背中から倒れ込んだ。


 それを見たソラくんが強引に扉を閉める。



『四つ目、俺が物置部屋を出るときに爆弾をつける。

 幸いにもこの部屋の扉は厚い。

 扉を閉めて中で爆発させればあいつらを倒せる。』


 扉を閉めた瞬間、その隙間から閃光が走った。


「ぐっ!?」「わっ!?」


 僕とマリオが爆風で飛ばされる。


(こんな威力なの!?)


 ソラくんも予想外だったらしく驚いていた。


「ソ、ソラくん。」


「お、おう……………」


 僕たちは物置部屋を開けなかった。


 長槍は既に出してあり、そして、中の2人が既に死んでいることは明らかだったからだ。


 その日、僕は初めて人を殺したのだ。






 ☆


 俺たちは下の部屋と同じ要領で2階の牢を開けて手錠を外して行く。


 マリオもなにも言わずに俺の指示を聞いてくれた。


 おそらく先ほどの2人組のことを考えているのだろう。


(きっと穴の中の俺なら、なんでマリオは傷ついてるんだろうって思うんだろうな。)


 穴の中では奪い合いが当たり前だった。殺さなきゃ死ぬし、死なないために時には殺した。


 でも、ここにきて俺は変わった。


 今もマリオの気持ちはわからない。

 あの場面では殺すしかなかった。


 もし人生が2回あって、もう一度同じ選択を問われても俺は殺すだろう。


 それでも、マリオと俺の考え方、価値観は違うんだってことは俺にもわかる。


(きっと穴の外には、ここには、俺とは違う考え方をする人がたくさんいるんだろうな。)


 俺は外に出された囚人たちを見る。

 皆、俺の格好を見てギョッとしたり、怯えたりしている。マリオも最初はそうだった。


(こいつらが"そう"なんだろうな。)


 そんなことを考えていると、囚人の1人が話しかけてきた。


「な、何が目的なんですかい?」


 ひどく痩せこけた老人だった。力のこもった目と体格に似合わない貫禄に俺は少しだけ驚く。


「あっしらが何をしたっていうんで?」


 老人が囚人を代表するように俺に言う。

(……そうか、こいつらは俺が放送にあった脱獄犯って知らないもんな、看守服だし。

 今、俺が脱獄犯と伝えるか?

 果たして信じてくれるのだろうか?)


「お前らが知ることじゃない。

 そこの物置部屋に入り、武器を取れ。」


 老人はそんな俺を見て訝しそうな顔をした後黙って従った。

 老人を見て他の囚人も同じように武器をとる。


 長槍だ。

 奪いにくく、近づかずに敵を倒すことができる。

 マミヤがよく使っていたものの、先に刃がついたようなもの。


 マリオを見ると他の囚人たちに笑みを浮かべ話しかけていた。

 囚人は知り合いなのだろうか?囚人も笑みを浮かべている。

 おそらく俺の正体を話しているのだろうか。



 なぜマリオは笑みを浮かべて話しているのか?

 あの囚人はマリオの話を信じているのか?

 これも価値観が違うからなのか?



 俺は武器を持った囚人たちを一瞥し、通信機の電源をオンにする。


 もしかしたら、放送室の通信機の電源はもう落とされているかもしれないが問題はない。

 この放送の目的は、2階の囚人たちに俺の正体を示すためのものだからだ。


『革命の火蓋は落とされた!!!

 自由の鍵を手に入れた者たちよ!!!

 自由を願う者たちよ!!!!

 今こそ!!!敵を倒す時だ!!!!!


 今こそ武器を取り我らの自由を永久のものにするんだ!!!!』

 
 どうやら通信機は未だ作動しているらしい。


 2階の囚人は俺を見ると驚いた顔を向けた。


「まさかこんなに若いとは」


「まだ子供じゃないか………」


「本当に大丈夫なのか?…………」


 そんな声が俺の耳に入る。

 


 子供かどうかなんて関係ないだろうと思った。



 俺にはわからなかった。

 こいつらへどう接すればいい?

 こんなに大勢の人に注目されることなど今までなかったし、人との接し方が俺にはよくわからない。

 彼らの価値観がわからない。

 



「皆のもの!静まるんじゃ!!!!」

 



「ゴードンさん………」


 ゴードンと呼ばれた、先ほどの老人が他の囚人の声を遮るように叫んだ。

 俺はゴードンを見る。するとこちらを振り向いたゴードンと目があった。



「君、名前は?」

 ゴードンが俺に言う。

 


「………ソラだ。」


 俺は答えた。

 
 ゴードンは俺の方へ近づく。

 その足取りはやはりその痩せた体格には不釣り合いだと思った。


 ゴードンが俺に手を差し出す。


「ソラくん。あっしらは君について行く。

 君には、あっしらを率いる覚悟はできているのかい?」


 途端、それを見ていた囚人たちがざわつく。

 見るとマリオも驚いたような顔をしていた。



(覚悟………………)

 


 ジーナにも聞かれた質問だった。

 俺はすぐに返す。

 そんなものはとうに決まっていた。


「当たり前だ。

 自由になりたいと、そう願う奴は俺についてこい。」


 俺がゴードンの手を取りながらそう返すとゴードンは何かを確かめるように俺の手を強く握り、そして他の囚人たちの方を向いた。


「皆のもの!あっしはこの少年について行く!!!

 反対する者はおるか!!!!!!!!」


 その場には沈黙が流れた。皆がこちらを見ている。

 ただしその顔はもう恐怖には飲まれていなかった。


「……ゴードンさんが行くなら、俺らだけ逃げるわけにはいかないな。」 


「ああゴードンさんがそう言うなら。」


「俺たちの力を見せてやろう。」

 


 俺はその答えに安堵と、疑問を抱いた。

 


「ソラ少年よ。非力なこの力だがおんしのために振るおう。思う存分使っておくれ。」


 ゴードンが俺から手を離し、代わりに長槍を握り込む。


(どうしたら…………どうしたら俺もゴードンや、マリオみたいになれるのだろうか?

 俺はこいつらみたいになりたいのか?)


「武器は持ったな!!!!!!

 今から俺たちは下に向かう!!!!!!

 看守たちは6階にいる囚人と戦っているはずだ。地の利を利用して挟み打ちにし、

 殲滅するんだ!!!!!!!!!」


 俺は怒声のように声を張り上げ、叱咤する。


 


 その心に、疑問と羨望のようなものを抱きながら。

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