第5話 交わる歯車




 カルテル=サイクスは王城の窓から国を眺めていた。

 石造りの街はどこまでも広がっているように見える。

 人があくせく働いている割に活気は少なかった。



 小さい国だ、カルテルは思わずため息をつく。



 兄ロシアンを何年もかけ、服毒死させようやく手に入れた王の座はカルテルの自尊心を満たすにはあまりにも小さすぎたのだ。



(俺はこんなところで終わる男じゃない。

 もっとだ。もっと。

 いらないものは捨てろ、優れたものだけ残せ。そしていずれはこの大陸を俺のものにするんだ。俺の名前を後世に!…………………)




 カルテルが胸に宿る燃えるような野望に気づいたのは子供の頃、国の外れにポツンと作られた穴を覗いた時だった。


 その景色は幼少のカルテルにはあまりに凄惨だった。

 食べ物ともいえないゴミを取りあう人々。

 生きているともいえないほど痩せこけた人々。

 野犬同然の生活。

 薄汚れた灰色の街。


 幼いながらにこいつらは弱者なのだと思った。

 弱いからこうなるんだとカルテルは思った。


 そして、脳裏によぎるのは


 俺の上にいる奴らも俺をこんな目で見るのか?


 耐えられない、カルテルはそう思った。

 その時から、賢王と言われる父も、温厚な兄も

 現実の見えない馬鹿にしか見えなくなった。


 俺はこいつらみたいになりたくない。

 弱者じゃなく強者に。

 支配される者から支配者に。


 それはもはや病的なまでの野望だった。





「カルテル様。」


「…………………宰相か。」


 カルテルが振り返ると、初老の男が礼をするように立っていた。


 ロシアンの暗殺に手を貸した男の一人だった。

 俺が野望を叶えるうえで欠かせない男。


 ロシアンの暗殺は国の上層部の一部しか知らないし、知らせる必要もないとカルテルは思っていた。


「この国を訪問予定だった星架隊がこの国に到着。次期に謁見に参るようです。」


「わかった………準備をしておけ。」


 宰相は礼をすると部屋から出ていく。


 豪華な部屋にはカルテル一人である。


「教会も俺を馬鹿にしているのだろうか。

 なら、俺は………………」


 その目は何かに取り憑かれているようだった。






 ☆


「なんだ!?何が起きている!?」

 看守の一人が狼狽ている。

 看守長メイデンは茫然とその様子を見ていた。

 いや、一人どころではない。

  

「鍵はいつ持ち出された!?今はどこにある!?」

「………………ダメだ!全部持ち出されてる!」

「最後に持ち出したのは誰だった!?」

「………カツミじゃなかったか!?」

「カツミはどこにいるんだ!」

「妖精の映像を見せろ!!!」


 先ほど看守の一人から受けたあり得ない連絡。


 この惨状を目の当たりにし、それが真実だとようやく理解する。


(星架隊を呼ぶか?いやダメだ!)


 星架隊に一報入れれば事態が解決することは自明の理。

 だがメイデンはその通信手段を持ったまま動かない。


 なぜか?簡単なことだ。

 星架隊が一回でも介入すれば0の黒籠およびサイクス王国の不法行為が白日の元に晒されることこそ自明の理であるからだ。


 メイデンや看守たちはカルテルから無罪の民を収監することと条件に少なくない量の給金を授かっていた。

 だからこそメイデンたちは協力した。


(終わる。こんなことが発覚されれば、この大陸に俺の居場所はなくなる。

 そんなことあっていいはずがない!!!!)





 この慌ただしい状況でただ呆然と立ち尽くす者がもう1人。


 トムだった。


 今回の事件で自分は間違いなくクビにされるだろう。

 少なくともトムが監視をよく見ていたら、この事件は止められたであろう。

 それは映妖精の監視が怠けていたことが露見されたことと同意である。


(俺は…………俺は…………………………)







 ドンッッッッ!!!!!!!!!


 机を叩く音が聞こえたがトムの耳に入る。


 机を叩いたのは—————メイデンだった。



「止めるぞ!このくだらない騒動を!!!!」


(止めなければ………俺の保身のために!!)


「落ち着けお前ら!!!こんなの今から鎮めればなんの問題もないだろ!!!」


 メイデンの言葉を皮切りに看守たちが落ち着きを取り戻していく。


 もちろん、トムもそのうちの一人だった。


(そうだ!なかったことにすればいい!そうすれば俺はメイデンに殺されなくても済む!)


「放送用の"奏妖精"は放送室にしかいない!誰か"映妖精"に放送室の様子を撮らせろ!」


「あ、ああ!」


 看守の一人が妖精に近づき、その羽をカチリと回した。

 妖精の一つ目がぐるりと回り、放送室の映像を映し出す。


 そこには、放送室の椅子に座る囚人服を着た男の背中が映っていた。


(犯人は——————————まだいる!)


「まずは放送室に向かってソラとかいう奴を捕まえよう!」

 トムは声を張り上げる。



 それに釣られたように他の看守たちも次々と動き出す。

「6階の奴らも止める必要があるな!

 放送室の奴は数人いれば抑え込めるだろう。」


「カツミはどこにいったんだ!?探せ!」


 看守たちが次々と出ていく。





 そうだ!カツミだ!


 メイデンはその名を久しぶりに聞いた。


 カツミはこの0の黒籠唯一の見習い看守と言うことになっている。

 だが実は少しばかり違う。

 カツミは教会からこの黒籠に雇用という形の保護を頼まれている存在である。

 教会からの保護申請と言われたらどんな者でも保護しなければならない。

 だからこそ、こんな状況でもカツミを捜索しなければならない。


 そしてカツミはこのことを知らない。


「くそ!なんでこんなときにどこにもいやがらねぇ!」

 メイデンは思わず悪態をついた。


 さっきの放送はもう止まっている。


 だというのに監視カメラでは次々と出てくる囚人たち。

 次第にその数は増えていく。


 一体何がどうなっている!?!?


 メイデンは鬼のような形相で妖精が写し出す情景を見つめるしかなかった。






 ☆


「shit!俺が持ち出したってバレてーら。」

 カツミは物陰に隠れて看守たちに紛れるタイミングを探っていたのだが……


(こりゃ今戻ったら俺の身が危ねぇな。)


 カツミは看守にまぎれることを断念する。

 それは彼が望んだことでもあった。


(ぶっちゃけ、ただの私情なわけだけど………)


 カツミにとって、看守は敵ではない。

 例え敵であったとしても憎むものではない。


 現に彼らはカツミに優しかった。

 愛想がない俺によく話を振ってくれたもんだ。


 だからこそ、カルテル王の暴挙を聞いた時にカツミに真っ先に浮かんだのは疑問だった。


「…………トムさん、みんな。…なんでそんなことを」


 カツミは同僚の顔を思い浮かべる。


 カツミが看守と合流できない訳、それは今戻っても猜疑心のこもった目で見られるであろうこと。

 そして、裏切ってしまった彼らに顔を合わせるのが憚られたのだ。


「shit!考えるな俺!!」


 カツミは足を止める。


 疑問の答えをカツミは求めている。そして、やはりと言うべきか何回考えても出てくるのは同じ顔。


 看守長メイデン。

 彼だけはカツミを邪魔な障害物を見るような目で見ていることがあった。だからこそ、カツミはメイデンが嫌いだった。


 メイデンが高圧的な人物であり、看守たちは彼に怯えに似た感情を抱いていた、ようにカツミは見ていた。


(脅されているのか?……………………いや)


 あまりにも幼稚な考えだと思った。

 自分は彼らを信じたいだけなのだろう。


「少なくとも、ジーナの話が本当だったら……

 それをみんなも知っていたら、彼らこそ罰されるべき対象じゃないか。」


 カツミは看守たちにバレないように看守室を立ち去る。石畳は靴音が響きやすいので意識して歩き出す。


 さっきの同僚たちの話からすると、ソラとジーナはある程度作戦を成功させているらしい。

 まずまずの滑り出しって奴だろうか。


 ソラからのオーダーを無視する結果にはなったけれどソラは許してくれるだろうかとカツミは考える。


(まあ、作戦が乱暴なんだよな、やっぱ。)


 放送室に仕掛けたものを思い出すと、ソラは顔を顰めた。良心が疼いたのだ。


「ふぅぅぅぅぅぅ!!!!shit………!!

 いらないことを考えるな、俺。」



『俺がお前にお前の人生変わっちまうぐらい面白いもの見せてやる』



「今、俺にできることを…………!」


 カツミはしばらく思案したのち、顔を上空に向ける。


「上か……………?」


 ニヤリと笑うその顔は、やはり君が悪いものであった。






 ☆


 トムは急いで螺旋階段を降りていた。


「はぁ!はぁ!くそっ!」


 相変わらず無駄に大きな階段だと思った。

 いくら降っても降りている気がしない。


 他の同僚たちも必要以上に汗を垂らし走っている。


 螺旋の中心に開いた大きな空洞は人ひとりがやっと入りそうなほどの大きさであるにもかかわらず、その階段の横幅は人が10人ほど並んでもお釣りが来るほど大きく、そしてそれに見合うほどの規模をこの監獄は誇っている。


 今日ばかりはそれが恨めしい。


「ここだ……………!」



 トムたちが目指していたのは3階の地、放送室。


 看守の一人が放送室に入っていくのが見えた。

 おそらく成りすまし。


「行くぞ」


 トムたちは螺旋階段と檻のある廊下を仕切る扉を開け、放送室を目指した。


(脱獄犯は、監獄の一部を支配したと言っていた。

 嘘か本当かはわからない。

 監視の映像を見ても、放送室以外は変わった様子はなかった。

 放送室を使用したぐらいで支配したと言うか?)


 3階は不気味なほどに静かだった。

 下の階で暴動が起きているとは到底思えない。


 ただ看守たちのブーツの音と、生唾を飲む音。


 何かの金属片が落ちる音。



 トムは下の階に向かった同僚たちは大丈夫だろうかと考える。

 しかし、それもまた杞憂だと目の前のことに集中した。


 トムたち看守のほとんどが傭兵崩れの武闘派集団である。

 皆、王国の誘いでこの仕事に就いた。

 王国がなぜ自分たちを欲したのかはわからないが、まぁ、使い捨てできる腕の立つ駒と言ったら王国にとっては自分たちだったのだろうと勝手に納得している。

 それに自分たちはこの誘いに迷わずにのった。


 この監獄は国が管理してあるものであり、その従業員の給料は国税で支払われる。

 監獄を見回るだけで安定した金が手に入るのだからやらない手はなかったのだ。


 トムは同僚たちを見る。

 皆、鍛え抜かれた体と直感を武器に周りを窺っている。



 なんだ?一体。



 看守たちは元傭兵である。

 だからこそ、

 今回の暴動を間違いなく鎮圧できるという自負と共に。

 何か得体の知れない不気味さを感じていた。



 階段を降り、歩いて2分。



 トムたちの目の前にあるのは、

 ポツンと建てられている、少し大きい公衆電話より少し大きい程度のスペースの部屋だった。


 放送室。

 そう書かれた看板のランプは点滅していた。

 このランプも中にいる人の体温で作動する。


(ビンゴだ!)


 トムたちは顔を見合わせ、



 扉を開けた。










 トムは、否、その場にいる誰もがその光景を見て、愕然とした。



 放送室の椅子に縄で縛られ、意識不明のまま座らされている囚人服を着た男。






 ロマーリオだった。







「なんだよ……………

 なんだよこれ!!!!!!おい!!!!!!」


「見ろ!!!」


 ある看守が指差す方向をトムは見る。


 放送室の"奏妖精"は他の妖精とは違う。

 蜂でいう女王蜂のような存在だ。


 その"女王奏妖精"の脇に、瓶詰めにされた"奏妖精"がふわふわと浮かんでいた。


 唸った。


『革命の火蓋は落とされた!!!

 自由の鍵を手に入れた者たちよ!!!

 自由を願う者たちよ!!!!

 今こそ!!!敵を倒す時だ!!!!!』



「くそ!!!今すぐ下の手助けに行くぞ!!」


「いいのか?放送してる奴を捕えなくて!」


「探す時間が惜しい。戦力は下に集中してるんだ!下に行って鎮圧した方が早い!!!」


 トムたちは放送室を飛び出して行く。



 背後ではスピーカーから声が流れていた。




『今こそ武器を取り我らの自由を永久のものにするんだ!!!!!!!』










 ☆


 マリオは囚人だ。


 無実の罪で捕らえられた囚人。

 それはこの国ではあまりにもありふれたどうしようもない現実だった。


 彼には母と四人の妹と弟と共に暮らす家の長男だった。

 家族のために街のパン屋で一生懸命働いていた。

 母は病弱で、弟も妹もまだ幼かったマリオの家では彼自身が働くしか無かったのである。


 時折、なぜ自分だけが……と思いはしたものの家族の姿を見て笑い、街のみんなに励まされ、彼はなんとか今までやってきたのだ。


 しかし、そんな生活が終わりを告げたのも、今から5ヶ月ほど前。

 何かした覚えはなかった。

 何事にも誠実に接してきたはずだった。


 だが彼は捕らえられ、牢に入れられた。


 この国ではよくあることだった。

 マリオが罪なんて犯してないことを街の民は理解していた。

 それでも彼を連れて行こうとする兵に歯向かうことができなかった。


 マリオは自分が捕まる時にも家族のことを考えていた。


(僕が捕まったら家族は一体どうなるんだ?)


 そんな思いも届かず、彼は牢に入れられ、無機質な日々を過ごしていた。






 ガチャ





 そんな生活に終わりをもたらしたのは

 突然ドアを開けて入ってきた、サイズの合わない看守服を着た痩せこけた野犬のような少年だった。



「な、何の用ですか?」

 マリオは突然現れた看守に自分が何をしただろうか、と疑問を抱いた。


 しかし、少年が口にしたのは思ってもいなかった言葉だった。

「この監獄から出たいなら、俺に協力しろ。」






 ☆


 ジーナは5階の牢の鍵を開けていく。

 もう6階の囚人たちはほとんど出てきていたので、ジーナは先行して何人かと5階に来ていたのだ。


 出てきた囚人たちも鍵を使い仲間を増やしていく。


「まさかここまでうまくいくなんてね。」


 ジーナは走りながら、ソラとカツミとたてた作戦について思いを馳せていた。






 



 ——————40分前



「作戦はこうだ。」


 ソラちゃんが私とカッちゃんを見る。

 カッちゃんは私を見た後ソラちゃんを見返す。

 おそらくまだ私を疑っているのだろう。

 猜疑心の詰まった目も最高にかわいい。


「まず、カツミ。お前にお願いがある。」


「………………なんだ。」


「この監獄の鍵を全て持ってきてほしい。」


 やはりか、そういう表情をカッちゃんは浮かべる。


「…………持ち出してどうするんだ?3人で手分けしたとしても何個部屋を開けられるかわかんないぞ。」


 その通りだ。第一そんなことをしたらすぐにでも監視カメラに移ってしまう。


「監視カメラなら、まぁ大丈夫だ。

 ぶっちゃけ賭けの話になるから大丈夫では全然ないけど。」

「どういうことだ?」


 ソラは倒れていく看守二人を見る。


「こいつらの服を剥ぎ取ってしまえばいい。」


「………………」

「……………それは確かに賭けね。」


「これ以外、俺は考えつかない。

 次に鍵についてだけど。

 カツミは全部持ち出すとして、

 俺に放送室と物置部屋の鍵、あと2、3階の牢の鍵を渡してほしい。

 んで、ジーナには4、5、6階の鍵を。

 カツミはそのまま看守たちに混じってほしい。」


「いや、上に行って下に行ってまた上に行くのは流石に不自然じゃないか?っていうか俺の負担がデカすぎる。」

「大丈夫。お前はわざわざ下に戻ってこなくていい。」

「あ?」


「俺もお前について3階、いや………2階までは一緒に行く。

 そして、お前は鍵を持ち出して、


 螺旋階段の真ん中を通して鍵を落としてくれさえすればいい。」


「………なるほどね。そうすれば鍵を渡すためにわざわざ降りる必要はないしね。」

「あとは糸を通して垂らしてくれればなおいい。」

「……………まあ、それぐらいしてやるよ。

 その後俺は看守たちに混じって情報をうまく乱せばいいんだな。」

「そういうこと。」


 私はソラちゃんを見る。

 小賢しい奴だと思った。

 天才的でも、無謀でもない。

 ただ妙に頭が回る。


「じゃあ私は?ソラちゃん。」

「ジーナは6階で待機。」

「何よ。一人だけ置いてけぼり?」


 ソラは私を見て呆れた顔を向ける。

 こんな顔もso cute!


「ジーナは俺たちの中で一番、てか唯一戦える人材だ。

 だからこそ、ジーナには囚人たちを率いる役をしてほしい。」


「……………6階の鍵を手に取ったら、牢を開けていくの?

 それは流石に…………それこそ、看守の服を着ていたとしても不自然よ。それに、時間がかかる。」


 私は疑問をぶつける。


「わかってる。

 だから開ける部屋は数個でいい。

 ジーナが知ってるなかで強そうなやつを優先的に開けてくれ。

 カツミ、6階には危険度の高い奴が収監されてるんだろ?

 その危険度は戦闘面から考えてるのか?」


「まあ、違う奴もいるけど、大体そうだな。」


「いいか、ジーナ。

 お前は部屋の鍵を数個開けたあと、


 鍵を6階の廊下中にばら撒いてくれ。


 そうすればあとは勝手に仲間は増える。」

 



 私はソラちゃんの考えを理解する。

「なるほどね。自由になった囚人たち自身に他の囚人の鍵を開けさせるってこと?」


「ああ。6階がだいたい終わったら次は5階に行って鍵をばら撒いて行ってほしい。

 キツい仕事だけど頼めるか?」


 ソラちゃんが遠慮したような顔を向ける。

 何よその顔。そそるわ。


「任せてほしいわ。絶対に応えて見せるわよ。」


「合図は俺が出す。」


「どうやって?」


「放送を使う。使い方とか簡単に説明してくれるか?カツミ。」


「大体でいいなら、な。それより放送室に陣取ってたらあっという間に捕まるぜ、どうするんだ?」


 ソラちゃんは倒れる看守二人を見る。

「こいつらのこれを使う。」

 ソラちゃんはそう言って男のポケットから"奏妖精"を取り出した。


「あ?どういうことだよ。」


「この監獄全体に声を届かせるためにはでかい妖精を使う必要があるんだろ?んで、でかい妖精は放送室にいる。」


「………?ああ。」


 ソラちゃんは瓶に入った"奏妖精"を持ち上げ、軽く振る。


「この妖精の声をでかい妖精まで届ければ放送室にいなくても声は届かせられるんじゃねぇか?」


「「!?」」


 それは、誰も思いつかない画期的なアイデア。

 確かに不便ではあるものの、理論的にそれは可能。


「……………やってみる価値はあるな。」


 カッちゃんは自分で自分の考えを確かめるように何度も頷く。


 そして数秒のうち、いやまてよ、とカッちゃんは呆れ顔をソラちゃんに向けた。


「それよりもお前。もし囚人たちが協力しなかったらどうするんだよ?

 そんな怪しい放送、俺なら信じないぜ?」


 カッちゃんがソラちゃんに聞く。


「そこはうまく扇動するさ。

 人間味方がいれば気が強くなる、って穴で俺は学んだんだ。

 この牢には脱獄したい奴がたくさんいる。

 チャンスを人工的にでも作ってやればいい。」


 悪そうな顔してるわね。


「でも、6階の囚人たち。私を入れても看守たちには勝てないと思うわよ。

 私なら何人かは倒せるけど……他の囚人たちが束になったって勝てっこないわよ……」


「大丈夫。俺に作戦がある。

 まず……………」












 ジーナは多くの囚人たちを見ながら呟く。

「……まだ、慢心するわけにはいかないわね。

 年長者の私がしっかりしなくちゃ。」


 私は4階の鍵を持ち、螺旋階段が通る空間への扉を開ける。

 何人かがそれについてきていた。


「恋鬼の姉御!!

 6階の檻は全て開け終わったぞ!!!!!」



 6階の囚人が螺旋階段を上がって私たちに声をかけてくる。

 なかなかいい体。


「ぐっじょぶよ!!165室ちゃん!

 その調子でどんどん解放しちゃってぇ!」


「あいさ!」


「姉御ぉ!こっちも終わった!次はどうすればいい!?」


「4階の鍵を渡すわ!同じように同志を増やすの!!」


「あいあいさー!」



「!」


 あらあら。ようやく来たみたいね。


「姉御ぉ!!敵が来たぞぉ!!!!!!」

 囚人の一人が声を張り上げる。




 それもそのはず、彼らの視線の先には十数人の看守が、闘志全開で螺旋階段を降りてきたのだ。




「お前らぁ!舐めた真似しやがって…………

 また豚箱に入れてやるよおぉ!!!!!」


「くっっっ!!!!!!!」


 青い顔をして看守たちを見る囚人たち。

 看守の強さを彼らを理解しているのだ。



(さて、ソラちゃん。

 あなたは賭けに勝てるのかしら。)




 私は大きく息を吸い込む。


「お前らぁ!!!!!!!!!!

 ここからが本当の地獄だ!!!!!!!

 ここで逃げても、もう俺らに退路はねぇ!!!

 死にたくねぇ奴はぁ!!

 俺の背中に着いて来なぁ!!!!!!!」



 螺旋階段中に響き渡る声。


 私は敵を見据えた。





   




 ☆


「協力しろって、脱獄ってどういうことだい?」


 マリオは少年を怯えたような目で見ていた。


「お前はただ少しのあいだ俺をこの部屋に匿ってくれさえすればいい。

 頼む。俺はどうしてもここから出たいんだ。」


 少年の決死の目にマリオは思わず慄く。


「わ、わかった。」

 面倒ごとはごめんだと思う反面、この少年には妙な安心感があった。

 もともと小心者のマリオは断れるはずもなく了承した。


 少年はポケットから通信機を取り出す。



「あの………君は看守の人じゃ……」


「静かに。」


 少年はマリオの口に手を置くと、マリオの方を向く。


「俺は看守じゃない。お前の味方になるんだと思う。だから危害は加えないから、

 その………安心してくれ。」

 まるで言葉を探すように話す少年にマリオは首を縦に振る。


 少年はマリオの口からを手を話すと大きく息を吸い込み、何か光の玉が入った瓶に向かって叫んだ。






『看守共!そして囚人たちよ!聞け!!!

 俺は今からこの監獄を出る!!!

 俺と共にこの籠から出たい者は声を上げろ!!

 俺たちはもう!この監獄の一部を支配下においた!

 絶対に道を切り開いてやる!!!そしてその檻を壊せ!!!』



『お前たちが犯した罪はなんだ!!!!

 俺たちが、犯した罪はなんだ!!!!!

 殺し、盗み、強姦、放火、そんなものは到底許されるはずはないだろう。

 ならばもう一度、自らの罪を思い出してみろ!

 本当にその罪は本当に罰されるべきものなのか!?

 今こそ!無罪を証明するときだ!

 血が疼くものは俺についてこい!!!!』




 マリオはギョッとした。

(この少年は何を考えているんだ!?!?)


「君!ここの看守たちはどの人も傭兵崩れで並大抵の人が戦って勝てる相手じゃない。

 こんなことやめた方が………」


「それじゃダメなんだ!」

 少年はマリオの肩を掴む。





「できなくてもやるんだ。

 勝って………………ここを出るんだ。」





 マリオは唾を飲んだ。

 痩せこけた自分とそう歳の変わらない少年のその目の真っ直ぐさにマリオは怯んだのだ。



「おい……………おま…………君。これを持って3階の鍵を4つほど開けたら鍵を適当に捨てて下に逃げろ。

 この階には、多分本物の看守がいる。そいつらはやがて下にいくだろうから、その後この部屋を出ろよ。」


 そう言って少年はマリオの手にしっかりと何かを握らせる。


「え!?」

 マリオが見ると、それは三束ほどの鍵だった。



「ダメそうなら2つでもいいし、なんなら鍵を放って逃げてもいい。頼んだ。」


「ちょっと待って!一体君は…………それより君はどこにいくの?」


「俺は上に行って鍵を開けてくる。」


「!?そんな…………看守たちが降りてくるのにわざわざ上に行くなんて!

 どうかしてる!」


 今度はマリオが少年の肩を掴む。

 痩せ細った肩で、力を入れれば貧弱なマリオでも簡単に折ってしまえそうだった。



 少年は少し驚いた顔をしてマリオを見て、

 その意思の強い目をマリオに向けて笑う。


「大丈夫。逃げ足には自信がある。」


 少年はそう言ってマリオの手を肩からどける。



 すかさずマリオは尋ねる。


「待って!!!君、名前は?」


 少年は振り返り、告げる。




「俺はソラだ!"君"!頼んだぞ!」




 ソラはそう言ってマリオの部屋から駆け出していった。


 マリオは、ソラと呼ばれた少年の背中を眺めていた。






 ☆


 トムたちは急いで螺旋階段を駆け下りていた。


「くそ!急げ!!!」

「わかってる!!!!!」

 看守たちに苛つきが見え始める。


 原因は未だ未知の脱獄首謀者の顔。

 看守たちは漠然とした不安に覆われていた。





 トムたちが喧騒に気づくのは4階を過ぎたあたりのことだった。


「見えたぞ!!!!」


 看守の一人が指を刺して声を上げる。



 そこには自分たちと同じ服を着た者たちが囚人たちと戦っていた。

 どうやら優勢のようだった。


「負けるなお前らぁ!!!!!!!ここを抜けたら待つのは自由だぞぉ!!!!!!!」


 囚人の一人が声を張り上げると同時に看守の一人を殴り倒す。


「あれは!恋鬼だ!」

「恋鬼ジーナが首謀者か!!!」




 ジーナはその拳を振るうものの、疲れているのは明らかだった。


「俺たちも行くぞ!!!!」


「おう!!!!!」




 俺たちの姿を視界に捕らえたらしい囚人たちは顔をしかめる。


 もうダメだ、という声が聞こえた。

 


(先ほどまでの焦りはなんだったんだろうな。

 全く、こんなもの事件でもなんでもないじゃないか。)


 安堵するトムだが"恋鬼"ジーナの顔を見た瞬間どうしようもないほどの違和感を覚える。



 ————————————-—笑っている!?




「なんだあれは!」


 声がした方向を向くと看守の一人が上を見ていた。


(なんだ?)







 看守が見上げる先には、長槍を持った集団が螺旋階段を降りて来ていた。

 




 ジーナはソラを見る。


 この少年は最初の賭けには勝ったらしい。


「ソラちゃん。やっぱりあなた、最高よ。」


 ジーナは誰に言うでもなく、そう嘯いた。

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