第4話 この国に安寧は訪れるのか?




「ノト、使徒はどうしてる?」


 十字傷の男は顔に一閃の傷が刻まれた男、ノトにそう問う。黒籠の上にあるサングリッド教会支部の執務室には十字傷の男とノトがいるだけだった。


 皮張りの椅子に座った十字傷は立ったままでいるノトを見据えているものの、その目にはどこか呆けたような、面倒くさそうな、そんな感情がチラついて見える。 


「はっ!現在、使徒は女神へ祈りを捧げるために聖堂に赴いています。かれこれ8時間は経ちますが。」


「監視からの連絡は?」


「異常があれば知らせるように伝えておりますが、依然何も連絡はありません。」 


 十字傷の男は銀のロザリオを、退屈そうに指でくるくると回す。


「………意識の混濁は見られなかったのか?」


「はっ!これと言って異常はありません。

 ゴミ箱の少年への態度が気になりますが、他には意志の疎通に障害は見られず、話し方も違和感は見られませんでした。」




 —————ピタッとロザリオが止まる。




「そうか、わかった。引き続き頼む。」


 話は終わりだ、とでも言わんばかりに男は執務に戻った。


「はっ!」


 それに対してノトは威勢の良い返事で返す。

 しかし、ノトは部屋から出ようとしない。


「なんだ?」


「あの………失礼ながら、あなたも休んだ方がいいのでは?ずっと働き詰めですよね?」


 男はノトの労いの言葉にふっと苦笑混じりのため息をつく。


「………俺も隙を見て休んでるさ。お前はただ自分の仕事を全うすればそれでいい。それでも何か?お前は俺が疲労で倒れるような柔な男に見えるか?」


「いえ、そんなつもりでは……わかりました。また、時間になったら呼びにきます。

 サカザキ上官。」


「…………ああ。」


 ノトはそう言って扉を閉め、出て行った。


「意思を持つ使徒と、銀星を振るう少年か。」


 サカザキはそう言うと机に置いたロザリオを指で弾いた。









 ☆


 "恋鬼"ジーナ。

 大陸とまではいかないが、この国だったら誰もが知ってる名前だ。知らないのは余程の引きこもりか、それこそ穴出身のものぐらいだろう。

 そんな恋鬼は一体なにで恐れられているのか?


 それは、




「求婚の激しさよ!」


 俺とカツミは顔を見合わせる。カツミは数秒、視線を彷徨わせたあと、うなずいた。

 どうやら冗談ではないらしい。


 俺とカツミ、そしてジーナはジーナの牢の中で丸まって話していた。

 二人の看守は部屋の隅に縛って裸にして寝せてある。


「あんと、ジーナ……さん?」


「ジーナでいいわ!」


「ジーナさんは本当に俺たちの計画に協力してくれるのか?」


 正直、信用できない。

 カツミのことも全て信用しているわけではないのにこの得体の知れない者まで懐に入れてしまって本当に大丈夫なのだろうか。


 カツミも同じことを考えているようで、さっきから一言も喋らずにキョロキョロと場を見渡している。


「ええ、そうね。あなたたちの若さに免じてノッてあげる。私も脱獄の機会は見計らっていたしね。」


 ジーナは息を吐くようにそう告げる。


「そうなのか?」


「そう、きっと私だけじゃないわよ。

 この黒籠に入れられてる囚人はほとんどそう思ってるはずよ。それこそ、他の国の黒籠よりもね。」


 俺はカツミを見る。カツミは首を振る。

 どうやら知らないらしい。


「まあ、確かにこんなに息も詰まる場所ならそりゃ出たいとも思うか。少なくとも俺ならそう思うね。」


 ジーナはにこりと俺を見て笑う。

 この人に笑顔は似合わないな、と俺は考える。


「いいえ。まあ、それもあるだろうけど、そんなの他の国も黒籠以外の監獄でも一緒でしょう。問題はこの国自体よ。

 あなたもそうでしょ?不当な罪で訴えられてこの場所に連れてこられた…違う?」


 不当な罪………なんのことだ?


「違う、と思う。

 俺の罪状は星架隊とかいうのに喧嘩売ったせいだ、ってカツミには言われてる。」


「ああ、ロマーリオもそう言っていたし、俺もそう思ってた。」


 カツミが俺に促される形で口を挟む。 


 そんな俺たちを見てジーナは目と口を大きく開け、いかにも驚いたという風な反応をとる。


「………星架隊に挑むだなんて、なに考えてるのよソラちゃん!」


「ソ、ソラちゃん………」


「そんなの死ににいくようなもんじゃない!

 まあ、彼らは軽々と一般人の命をとったりしないでしょうけれど………一体なにがあったか聞いていいかしら。」


 俺はジーナを見る。言っても脱獄に支障は出ないか、と俺はジーナに事情を伝える。



 俺の話を黙って聞いていたジーナは突然目を瞑り始めた。

 手のひらを俺に向け、話を続けろとでも言いたそうに促す。

 いちいち動作がうざったらしいやつだと思った。


「……………………」


 話終わってもジーナは黙り込んでいた。


 沈黙の時間が流れる。

 カツミも困惑の表情でジーナを見ている。


 沈黙の時間は未だに流れていた。




 その瞬間、ジーナの目が突然開かれる。




 立ち上がるジーナ。



 構える俺とカツミ。





「ソラちゃん!!!!!

 それは恋よ!!!!!!!!!!!!!」





「「は?」」


 間の抜けた声を発したのは俺か?カツミか?


 ばっ!と俺の手を取り握りしめるジーナ。

 正直その動きを俺は目で追えなかった。


「なんて素敵な関係かしら!

 私、ドキドキしちゃうわ!

 あぁこれだから若いって良いわねぇ〜!

 恋は障害が多いほど燃えるものよ!

 頑張りなさい!!!」


「いや俺とマミヤはそんなんじゃ……てか恋って俺よくわかんな」

「これはもう!協力するしかないじゃない!もう!もう!サァ何してるの!早く策を考えましょう!」


 グイグイ来る。なんだこいつ。


「ま、待て。策を立てる前に、

 "不当な罪で囚人は捕まえられている"って話を聞きたい。」


 ジーナを止めるカツミ。


 ジーナは不満気な顔をする。


「カッちゃん……私その話は胸糞悪くてあまり好きじゃないのよね。」


「カ、カッちゃん……」


「それに今は恋話の余韻に浸ってたいし……」


「だから俺とマミヤは………」


「ソラ」


 カツミが俺を手招きしていた。

 俺はカツミに耳を向ける。


「こいつを計画に組み込むのは危険だ。

 何をするかわかったもんじゃない。」


「否定できない………けど、現状看守たちと渡り合えるのはジーナだけだ。お前も見ただろあの強さ。」


「……星架隊と渡り合ったっていうお前があそこまで苦戦するなんて完全に予想外だ、shit!」


「俺だって看守があそこまで強いなんて思わなかった。……ロザリオがあれば俺も戦えるはずなんだ。」


「でも今は星架隊に取られてる、と。」



「何二人でコソコソ話してるのよ。」



「「!?」」

 俺とカツミがすぐさま距離をとる。


「もう!何よ二人とも!………まあいいわ。

 それよりも、この国の囚人についてだったわね。」


 ジーナの目が陰る。俺はそこでようやくジーナの顔を落ち着いて見ることができた。


 思ったよりも理知的な雰囲気を感じた。


「……………ことが始まったのは今から14年前。この国、サイクスの王が変わってからのことよ。」


 ジーナは話し始めた。 







 ☆


「この国の前王、ロシアン=サイクスはそれはそれは立派な賢王だったわ。

 民はあの方を愛していたし、今はお尋ね者に近しい私からしてみても彼は素晴らしい王だったわ。


 民を愛し、国土を見通し、皆が幸せになるであろう道を身を削ってでも探していた、まさに王の鑑のような男だった。


 でも彼をよく思わない人もまあ何人かはいるわけで………


 ロシアンの弟カルテルもそのうちの一人だったわ。

 カルテルはロシアン王に比べ民衆からの人気も少なかったの。それはその横暴な振る舞いと、兄王への反抗的な態度が起因するものだったわ。


 そして14年前、ロシアンが死んだ。


 何かの病気だったらしいけど、民の多くはカルテルが毒を盛ったと噂したわ。

 …私もそう思っているけれど真相は闇の中、ね。


 誰も追及することなんてできないし、そんな意思を持つ者も現れなかったわ。…なぜかはわからないわ。王国の兵士は皆カルテルについた。ロシアン王に忠誠を誓った兵士たちのあまりの変わりように国民は目を見張った。もちろん私もその一人よ。

 あれはまるで…悪い夢でも見ているみたいだったわね。


 カルテル一派が行ったのは、王家の処刑だったわ。自分の親も甥も姪も兄妹も皆殺した。そしてそれを咎める者を殺した。

 

 この事件の真相を知っているのは、カルテル一派だけ。つまり、闇に葬られたのよ。

 

 そして、カルテルが新しい王になった。


 悪夢が始まったのはそれからよ。


 カルテルは、いやサイクス王国は飢餓に困っていた。

 否、他の国よりは飢餓ではあったものの民が飢え死にするほどではなかった。

 もともと土壌があまり優れていなかったのよ。

 だからこそ、ロシアンはよく工夫してやり繰りしていたわ。



 それでもカルテルはそこに目をつけた。

 四大国ならともかく、他の国よりも劣っているというのは彼には耐えられなかった。


 そこで彼が行ったのは



 国民の口減らしよ。



 彼は一般の民に難癖をつけ、牢に入れ、処刑することで民の分の食費を削ることにしたのよ。」






 カツミが驚いた顔で、虚空を見つめていた。

 おそらく彼も知らなかったのだろう。


 俺はジーナの話を聞きながらあることを考えていた。

 賢王と言いながら穴のことは全く考えていなかったロシアンとかいうやつの話でもないし、

 カルテルとかいう男のことでもない。


 ジーナは話を続ける。


「カッちゃんはその服からして見習い看守かしら。だから知らなかったのね。


 この牢獄には多くの無罪の罪で捕まった人たちがいるわ。


 そしておそらくメイデンをはじめとした看守勢も黒よ。

 彼らは多くの給料を餌に国に買収されている。


 だからこそ、当然囚人たちの中には、カルテルと看守たちを恨む者も少なくない。


 怒りと悲しみを抱えたままいつ出れるかわからない状況を悔いているのよ。」


 ジーナはそういうと息を吐いた。

 


 牢の中は静寂に満たされる。


「ジーナも、無罪の罪で捕らえられたのか?」


 カツミが尋ねる。


 ジーナは口を開く。



「強制わいせつ罪よ。」



 こいつを仲間にするべきではないのかもしれないと、

 俺とカツミは悟った。























 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



『わかりました。

 あなたがそうおっしゃるのでしたら私はそのようにします。

 だからどうか彼だけは、彼には聖なる祝福が訪れるよう、どうか。どうか。



 彼は私の大切な人なんです。』




 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
























「なぁ、一つだけ案があるんだ。」

 カツミとジーナが俺を見る。


「カツミ、今から看守室に行って、黒籠内の全ての手錠と牢の鍵を持ち出すことはできるか?」


俺が尋ねるとカツミは苦虫を噛み潰したような顔になった。俺の考えを悟ったのだろう。


「……………鍵は束が全部で30弱。まあ、難しくはないと思う。

 だけど、すぐに戻さないと疑われるだろうな。それこそ15分ぐらい。」


「15分……………ギリギリか。

 それに持ち運ぶのも難しい………と。

 ジーナ、この牢獄には脱出の意思を持つ奴らが少なからずいる。そうだな。」


「…………………ええ。」


「んで、俺たちは仲間がほしい、と。」


 カツミが天井を見上げる。


「………………まあ、ここまで来ればそういう話になるわな。」


 カツミもおそらくこの選択肢については考えていたのだろう。ため息をつく。


「…ジーナも、最初からこの形に持ってくためにこの話をしたんだろう。」


「ええ………まあ、そうね。

 ぶっちゃけ私としてはこれぐらいしか考えられないもの。

 看守があの強さだとしたら、私たち3人じゃ無理。だからこそ、大規模な脱獄事件にしないと、あなたの挑戦は成り立たない。」


「…………………………」


「だからこそ、私はあなたに問いたい。

 あなたにはその覚悟があるの?」


 ジーナは俺に真剣な顔を向ける。

 笑顔よりもジーナにはその方が似合っていた。


 覚悟?


 そんなもの、とうに決まっている。

「ああ。」

 俺は力強く頷く。


 ジーナは少しだけ俺を不審気に見つめたあと、カツミを見る。

 カツミは俺を見ていた。


「とは言え、私たちがやろうとしていることはとても無謀なことであるってことは、何一つ変わってはいないわ。さっきだって、私がいなかったら貴方たちは共倒れしていた。

 これから起こることはきっと予期せぬことばかり……それに私は脱獄できれば良いけどあなたは違う。ここにいる全員でかかったとしても星架隊には勝てっこないわよ。」


 ジーナが誰に言うでもなくそう呟く。


「……………わかってるよ。

 星架隊との戦いに、他人は巻き込めない。利用するのは脱獄だけ。

 そもそも脱獄も、奇跡でも起きない限りできっこない。できる根拠だってない。

 けれどもう動き出したからには止められない……それに、止める気もない。」


 正直、俺はカツミもジーナも完全に信用しているわけじゃない。

 穴の中ではマミヤ以外信用できなかったから。


 それでも俺にはもう後がない。


 進むには前——–——マミヤがいる方向に行くしかない。


 パァンッッッッ!!!!!


 俺は自分の頰を力強く叩いた。


 でも、今、マミヤはいない。

 それは俺にとって半身が無くなったみたいなものだろう。

 だが、だからこそ俺は冷静でなければならない。


「やるぞ。」


「………ああ。」

「ええ。」

 カツミとジーナがうなずく。






 ☆


 "0の黒籠"副看守長トム=アラリックは"映妖精"の飼育場にいた。


 "0の黒籠"中にふわふわと巡回している"映妖精"が何か異変を察知した場合。この場所に映し出されるのだ。


 しかし、肝心のトムはその傍で椅子にドカリと腰掛け惰眠を貪っていた。なぜなら"映妖精"による監視といってもそれ自体が形骸化しているからだ。

 それはここにいる囚人にトラブルを起こすほどの度胸はないと、"0の黒籠"にいる囚人の多くは無罪で捕まった善良な国民だとトムは知っているからだ。


 問題が起きるとしても、よしんば死刑囚の死体が消失していたという事件が何度か起きたぐらいだ。

 普通に考えたら大問題だ。

 しかし、ここでは話題にすらならない。


 トムは重い瞼を開け、妖精を確認する。


 囚人たちが何人消えようが看守たちには関係も興味もない。

 彼らは死んだことすら死刑囚であったことも家族には知られていない。

 無作為に選ばれ、別れの言葉も満足に言えないまま死んでいくのだ。

 そして、カルテル王が捕らえた無罪の男たちに戦闘能力はない。


 もし逃げ出しても自分たち看守はつよい。

 よって捕らえられないはずがないのだ。


 これこそが看守たちにとっての当たり前の日常なのだ。


(腐っている………………)


 トムをはじめとした看守に発言権はない。

 この監獄では看守長メイデンこそがルールであるのだ。

 メイデンに殺された看守の数は少なくない。


 看守をやめたとしてもメイデンと王家は繋がっている。


 この国に、この場に逃げ場などないのだ。



 トムは居眠りを続けようと目を閉じる。


 だから、気づかない。


 明らかな異常に。













『看守共!そして囚人たちよ!聞け!!!

 俺は今からこの監獄を出る!!!

 俺たちはもう!この監獄の一部を支配下においた!

 俺と共にこの籠から出たい者は声を上げろ!!

 絶対に道を切り開いてやる!!!そしてその檻を壊せ!!!』





 なんだ………………………?





『お前たちが犯した罪はなんだ!!!!

 俺たちが、犯した罪はなんだ!!!!!

 殺し、盗み、強姦、放火、そんなものは到底許されるはずはないだろう。

 ならばもう一度、自らの罪を思い出してみろ!

 本当にその罪は本当に罰されるべきものなのか!?

 今こそ!無罪を証明するときだ!

 血が疼くものは俺についてこい!!!!』







 何が起きている…………………………?







 トムは"映妖精"を見る。


 そこには、明らかな異変が映し出されていた。




 —–————–—6階にいた囚人たちが次々と牢から出ていることに気づいたのは、

 妖精によるノイズめいた聞き慣れない若い男の声が聞こえた直後だった。

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