第3話 誤算、愛を叫ぶ桃色




 脱獄を決意した俺とカツミは策を練るために、向かい合って座りこんでいた。

 場所は俺の牢の中、その頑強な扉は本来の用途に反して恥ずかしげもなく開け広げられていた。


 真っ暗闇が俺たちを照らす。


 カツミは床に指をつけ、スラスラと円をひたすら描いている。それは何かを意味するようなものではなく、ただの意味のない簡素な娯楽だった。


 状況を整理しよう、とカツミが呟くように語りかけてきたので俺はコクリと頷いた。


 カツミは一瞥し、埃のついた人差し指を俺とカツミの目の前にピンと立てる。


「ソラ、実を言うとお前が脱獄するのはそんなに難しいことじゃない。」


「それは…お前が助けてくれるからだろ?」


 看守が直々に逃してくれると言っているのだからこれほどザルな警備もないだろう。


 しかしカツミはかぶりをふった。


「いいや。俺はあくまで"見習い看守"でしかないんだ。それこそ黒籠についても知らないことはまあまあある。」


「あん?それじゃあ」


「いいかソラ。"0の黒籠"は監獄として終わってる。」


「…どういうことだ?」


「看守たちのことを悪く言いたくはないが、監視システム自体が形骸化してるんだ。

 脱獄なんてめったに、いや俺が着任して起きたことすらない。

 それに、もし見つかったとしても星架隊と戦ったお前なら簡単に退けられるってわけだ。」


「……なるほどな。」


 確証はないが、多分ロザリオがない俺は戦えない。しかし潜伏は常人よりは得意だ。穴の中ではそうだった。カツミが言うような緩い監視体制なら大丈夫かと俺はカツミの話を聞く。


「しかしだ……ソラ。」


 カツミは、苦虫を噛み潰したような顔をする。

 カツミの話に一つ間違いがあった。いや、間違いというか前提が違う。


「カツミ、俺の目的は"脱獄"じゃねぇ、"再会"なんだよ。ここから出るだけなら俺に利点はない。」


 いや、マミヤと会えないのなら俺はここから出たくはないのだ。ちゃんとした屋根があって寝床もある。

 埃っぽいものの穴での生活に比べればマシだ。ここで暮らす方がよっぽど良い。


「shit……………わかってるよ。

 今まで言ったのはただ脱出するためだけの策。でもこれじゃあその"使徒"とは話せない。そう言いたいんだろ?」


「ああ。」


「ぶっちゃけその通り。

 お前が諦めない限り、いや諦めるとは思わないけど。どっちみちお前は星架隊と戦うことになるわけだ。隙を見て…なんてことができるほどあいつらが甘くないのはおまえもわかってるだろ?」


「…………」


「悪いけど、俺はここから先の策は何一つ浮かばない。だからお前が考えろ。」


 それはある意味当然だった。

 カツミは0の黒籠の看守であり、それ以上でも以下でもない。彼にできるのはソラの脱獄の手伝いだけであり、マミヤとの再会の手助けは力になれないのだ。



 カツミは俺を見ている。


「わかってる。俺はマミヤと再会するための策を考える。お前は俺の物語を楽しむ。そういう契約だしな…今欲しいのは、やっぱ情報か。」


 いつもは、大人を撒いたり、追い返すための策はマミヤが考えていた。

 俺はこういうのには向いてないからだ。


 一体、マミヤならどう動くんだろうな?


「カツミ、お前がわかる情報を全部くれ。」


俺が尋ねるとカツミは後頭部をガシガシと掻いた。


「…この黒籠には俺も知らないことがあつて、それがどう作用するかわからない、ってことだけは頭に入れておけよ。」


「おう。」


 カツミは横目で俺を見て、続ける。


「さっき言った通り、ここは六階建て。

 んで、順当にいくと、下に行くほど監視も囚人も強くなる。お前は知らないと思うけど、

 "恋鬼"ジーナ、"首もぎ"ハレルヤとか、結構有名な犯罪者もここにはいる。」


「ってことは俺も有名な犯罪者の部類に入るのか?」


「そもそも星架隊にちょっかいをかける時点でお前はぶっ飛んでるんだ。クレイジー具合で判断されたんだよお前は。」


 カツミはそう言いつつ俺に背を向け檻の外へ出ていく。


 開けっ放しの牢の扉がギシギシと揺れていた。


 (今なら簡単に出れるだろうな。)


 俺は少しばかりカツミへの不信感を募らせる。娯楽のために罪人を逃したりするだろうか?俺が世間を知らないのか、あいつもぶっ飛んでる部類の奴なのか。


 俺はカツミという男を見極めなければならないのだろう。


「お前はこの牢から出るなよ、一発でアウトだから。」


「あー、おう。」


 何かを包み込むようにカツミは胸の前で掌を合わせている。蕾のような彼の両手からは幻想的な光が漏れ出していた。

 俺は少し身を引き、警戒する。


「危険なもんじゃねえから安心しろ、ほら。」


 カツミがそう言って手で挟んでいたものを俺の方へ見せる。


 そこには、蝶のような羽が生えた一つ目の球体がぷかぷかと浮かんでいた。時折パチリと目を閉じるそいつはヒカヒカと幻想的な光を出し舞う。

 その光は、カツミが持ってきていたか細い蝋燭の橙だけで照らされた黒い部屋を華麗に照らしていた。

 綺麗だと思った。少なくとも穴の中ではこんなものを見たことがない。  


「こいつは"映妖精"。さっき堕獣の話をしたろ?堕獣は何も人を襲うものだけじゃねぇ、中には人間に飼われるやつも数多くいる。こいつはその中の一種だ。ここにはこいつが何体とぷかぷかと浮いてる。」


「なんでだ?飾りつけか?」


「バーカ、んなわけねぇだろ。

 いいか?こいつはただピカピカ光るだけじゃねえ。こいつが重宝される理由は"映写"っつう能力にある。こいつらは自分が見ている光景をそのまま遠く離れた場所に見せることができる。まぁ、よくできた高性能の蜃気楼ってとこだな。んで、なんでこいつをここで放しているかっていうと」


「…こいつを放しておくだけで監視が簡単にできるってことか?」


 俺の言葉にカツミは興味深そうに眉を上げて見せた。

 俺はその仕草にどことなく苛立ちを覚えるもののわざわざ指摘するほど活力はなかったので黙って話を聞く。


「……へぇ、お前案外頭は悪くないんだな。ご明答だ。こいつを通して看守たちは異常がないか見ている。」


「それじゃあここから出れねぇじゃねぇか。」


 俺はカツミが石床に描いた地図を見る。

 通気口はこの部屋から出て少し歩いたところにある。

 カツミはさっきこの部屋から出たら一発アウトと言った。それは"こいつら"が見張っているからだろう。


「だから…ここの監視システムは終わってるんだよ。まぁ、看守が脱獄に協力する時点で監獄なんてもの自体脱獄は簡単なんだけどな。


 "映妖精"には弱点が二つある。まあ、画質の悪さを含めたら三つだけどな。一つは頭の悪さだ。こいつらはその小ささゆえに一度の多くのことを考えられない。もう一つは燃費の悪さだ。こいつは常に視界を映写しつづけることができない。この弱点のために人間はあらかじめこいつらに強力な命令、プログラムってやつを組み込んでおくんだ。」



 カツミはプカプカと浮いていた"映妖精"をひょいと捕まえて見せた。


「こいつらのプラグラムは三つ。

 ・"0の黒籠"内をうろつく看守服じゃない対象を見つけたら映写を開始すること。

 ・囚人が収監される部屋は映さないこと。

 ・看守服を着た対象に捕まった場合は抵抗しないこと。」


「! じゃあ」


「ああ。俺がいる限りこいつらは意味をなさない。もっとも、こいつがお前を視界に入れる前に捕まえなきゃいけないわけだが、看守が手招きするだけで寄ってくるんだから簡単だ。」


 俺はカツミの手の中でぷかぷかと浮かぶそいつを見る。なかなかに可哀想な奴だと思うが、そもそも悲しいとか苦しいとか思う思考力はこいつにはないのかもしれないと思い直す。

 カツミはまだ話があるようで、こちらに人差し指を立てた手を寄せる。


「次に看守。

 0の黒籠には総勢30人の看守がいる。

 俺を抜いて29人。

 これはあまり脅威にはならない、なぜなら看守ってのはただマニュアル通りに囚人を見張るだけの簡単なお仕事だからな。」


「お前にできるなら確かに簡単だろうな。」


 カツミは俺の挑発にものってこない。俺も喧嘩しようというつもりは毛頭なく、なかば条件反射のように出た悪態だったため気に止めない。


「ちなみに言うとこの階には俺の他にもう一人、看守が降りてきてる。今は定期の見回りだからな。

 今は来てないが後でこっちに来るらしい…なんでもお前に興味を持ったらしいからな。だから俺たちの作戦会議も悠長にはやってらんないってことだな。」


 カツミはそう言ってポケットから懐中時計を取り出した。カチカチと音が鳴っている。俺は壊れた状態のそれしか見たことが無かったので、本当に時計というものは音が鳴るんだ、と少しだけ衝撃を受ける。


 時計。


 俺はハッとするように顔を上げた。


「おい!俺が連れてこられたのはいつだ?」


 カツミは俺の突然の大声に焦る様子を見せるもののなんの問題もないとわかると懐中時計に試験を落とした。

「あん……と、今から4時間前ぐらいか?」


「………………!」


 4時間と言う数字は時間という概念にあまり親しみがない俺にとってはよく理解できるものではなかったが、それでもマミヤと離されてから短いとは言えない時間、マミヤという存在がどこか遠くに行ってしまうのには十分すぎるほどの時間が流れたのだと俺は理解した。


 思い詰めた表情を俺は浮かべていたのであろうか?

 カツミは後頭部を掻き上げ、俺に試験を向ける。

「あーなるほどな。いや、多分その使徒ってやつは大丈夫だろ、身体的な面ではな。

 星架隊の使徒(?)への対応は不思議と丁寧だったらしいし、まだ星架隊はこの地にいるんだから会えるチャンスはまだあるはずだ。」


「………そう…か、いや、そうだな。うん。」


 カツミの言葉に一旦は安心するものの俺の心からは不安の霧がモヤモヤと俺の安寧を司る心の部分を覆い隠そうとしていた。


「マミヤは、星架隊と一緒にいるんだろう?だったらどっちみち星架隊とは戦うことになるんじゃないのか?」


「馬鹿、それこそ隙を見て会えばいいだろ?夜這い的な。」


「何だそれ?」


「……大人になったらわかるぞ。まあ、隙を見てっつっても隙なんかねぇけどな。

 星架隊ってのはとにかく強い、見つかっても命までは取られないだろうけど今度こそこの部屋から出れなくなることは間違い無いな。」


 俺は十字傷の男を想起する。瞼裏に立つその男をよく知らないながらも俺は野生の獣が強者に感じる覇気のようなものを感じ取っていた。


「ただ、星架隊は今この場にはいない。お前が黒籠から出る分には脅威にならないだろう。

 星架隊への連絡手段を持つのは唯一、看守長のメイデンぐらいだ。さらに言えば、メイデンはあまり仕事場には顔を出さない。」


 お山の大将なのさ。カツミがそう言うのを俺は半ば聞き流していた。


「ここまでで質問はあるか?」


 カツミの問いに俺は気になったことを順々に言っていく。


「………施設の種類、見回りのペース、監視カメラを監視している人の数。手錠と牢屋の鍵のありか、看守に伝わっている脱獄者が出たときのマニュアル、それとメイデンとかいう人はいつもどこにいるのか。」


 カツミは驚きと愉悦を秘めた顔でその一つ一つを整理していく。俺がここまで熱心に情報を欲するとは思っていなかったのだろう。


 俺がここまで情報を欲しがったのは、計画を完璧なものにするため。


 そして、もう一つ。

 今、俺の目の前にいる男が裏切ってもいいような二重策を作っておくため。


 俺はこいつの話を聞いていて思った、思ってしまったのだ、こいつが裏切る可能性に。


 俺はこいつのことをあまり知らない。


 だからこそ、俺は用心するに越したことはない。

 もちろんこいつが嘘をつく可能性もある、嘘かどうかを見抜くためにも俺はこいつの話に矛盾点がないかを洗い出す必要がある。


 俺はカツミをある程度信用することに決めた。

 だけど、完璧に信用してやるつもりもない。


 カツミは多分俺が疑ってかかっていることに気づいている。

 気づいて面白そうなものを見る顔をしたのだ。

 俺の中でカツミの存在が固まっていく。

 どうやら俺はカツミのことが嫌いなタイプではないらしい。


「ふぅ………」

 ひとしきり質問を言い終えた俺は息を吐いた。体中を巡る重苦しい何かを外部へ捨て置くように。


(やっぱこういうの嫌いだな……俺。頭が痛くなるぜ。)


 俺が今までやってきたことの準備も作戦だても大半はマミヤが受け持ってくれてたんだな。


「…………こんなもんか。」


「shit!俺はここまで質問はあるか?ってんだよ。ったく!そこら辺の話もちゃんとするっての。」


「む」


 確かにそうだ、と俺は少しだけ気恥ずかしくなった。


「まぁいい、ちょっと待ってろ。」


 カツミは床につけていた指をそのまま滑らしていく。どうやら何かの図を描いているらしい。


「っていうか、お前以外と理知的なんだな。

 穴の中で育ってたっていうからもっと獣くせー性格してるかと思ってたぜ。」


 カツミが言っていることは正しかった。

 本来の俺はお世辞でも、理知的とは言えない。

 それは自分でもわかってた。

 本能で動くタイプだし、物事を考えるのは苦手だ。


 でもマミヤは違った。

 マミヤは本当に理知的だった。

 いつでもその頭で大人たちから俺を助けてくれた。


 マミヤなら、今、この状況でどう動くのだろうか?


 俺は今もそう考えていた。


「……いいぜ。お前が望むなら情報はくれてやるよ。」


 カツミはスラスラと描き綴っていた指を止めてこちらを見た。


「それは?」


「地図だよ。ここの構造がわかるもの。」


 四角い部屋が6段積み重なった建物。その真ん中を一つの支柱が貫くように通っていた。


「ソラ、ここに来て思ったことはないか?」


「思ったこと………………そりゃ色々思ったけどよ。」


「…良いや思い出せ、あるはずだぞ。」


「……………あ。」

 俺は考えるためについたため息が白く燻るのを見て気づく。


「寒いだろ?当然だ、この施設はサングリッド教会支部の下、地下にある。」


「それじゃあ!」


「ああ、"使徒"はこの上にいる。」


「!?」


(マミヤが……この上にいる………………)


 俺は自分の目が熱くつり上がっていくのを感じた。

 それに構うことなくカツミは説明を続けていく。


「この建物は円柱型で、真ん中にめちゃくちゃ大きな螺旋階段が通っている。その螺旋階段を中心に放射線状に部屋が連なっている。構造としてはシンプルだ。」


 カツミは地図に指を刺して説明を始めた。


「1階は看守室だ。当然だが看守たちがいる、お前は行かない方がいいだろうな。ちなみに手錠と牢の鍵もここに揃ってる。

 2階以降は牢が続いているが、2階には物置部屋、3階には放送室がある。少ないようだがそんなもんだな。」


「放送…………」


「"映妖精"の亜種みたいなもんだ。"奏妖精"。

 自分の聞いた音を他者にも伝える力を持つ堕獣だ。」


 ほらこれ、とカツミは自分の腰にかかっていた瓶を取り出す。


 そこには"映妖精"より少し小さい光の玉がぷかぷかと浮いていた。


「これが"奏妖精"だ。看守はこれで情報をやり取りする。つってもこのサイズだと、一人にしか声が届けられない。監獄全体に声を届けるには放送室のでかい妖精が必要なんだ。」


「便利なもんだな。」


 そうだな、と頷きカツミは話を続ける。


「見回りのペースは2時間に1回、各階を2名ずつで回る。

 見回り中の時間はランダムだけど大体30分もあれば終わる。

 もう一人この階にいる看守をどうにかしたとしてもなかなか戻ってこない俺たちに看守は疑問を抱くだろう。看守と戦うのはお前も避けたいだろ?」


「あ、ま、まあな。」

 おそらく戦えないだろう俺は曖昧に頷いた。


「監視カメラは2名で"映妖精"の動きを監視している。

 つってもこれはほぼ形骸化してるから余程隠密行動が下手でもない限り対して障害にはならねぇな、これは。

 マニュアルに関しては俺は聞いてない。脱獄なんてなかったし、想定されてないんじゃないか?」


「そうか……」


 マニュアルの有無は気になるが、見習い看守がそう言ってる以上いくら考えてもしょうがないだろう。


「それで、策は思いついたか?」


「…………メイデンを直接叩くのはどうだ?」


「あーいや、それは」


 カツミは俺との会話に夢中になっていた。


 だから気づかなかった。






「何してるんだ?カツミ」



 ——————近づいてきていた人影に。



「「!?」」


 俺たちが話していた廊下を見る人影は、

 カツミと組む看守である男だった。






 ☆


「ロマーリオさん!助けて!

 この囚人鍵を持ってやがった!」




 止まったのは一瞬、カツミはロマーリオと呼ばれた男にそう叫ぶと、自分の手を後ろに組みまるで捕まってるかのようなフリをする。


「「!」」


 これに驚いたのはロマーリオと、ソラだった。


(カツミ!何を考えてやがる!?)


 ソラは瞬時に同僚に自分の無罪を証明しようとするカツミを睨む。


(こいつ!計画が破綻しそうだからって俺を見捨てたのか!くそ!まだ情報を集めきってないのに!)


 ふと、ソラは気づく。


 カツミは交差した手で自分の腰の左部分を指していた。


 カツミが、示していたのはロマーリオの左腰に垂れ下がっているふよふよとした何かが入った瓶だった。

 そして、俺はそれを見たことがあった。


(あれは"奏妖精"!)


 "奏妖精"で連絡されることを警戒したカツミは裏切りをバラして他の看守を呼ばれることを警戒したらしい。

 カツミがロマーリオにこの場を2人でおさめるように誘導すれば勝機はあるのだ。


(……!そういうことか!)


 ソラは瞬時の判断でカツミに近づきその交差された両手を掴む。

 そして、ロマーリオを睨む。


「動くな!!!!

 こいつがどうなってもいいのか!!!!!」


 ソラの声が廊下に響く。


 カツミが首を動かしソラに小声で言う。


「ソラ、絶対にこの部屋から出るなよ。出たら"映妖精"に映される。

 さっきも言ったようにメイデンは星架隊への連絡手段を持ってる。つまりバレたら終わりってことだ。

 ここはロマーリオさんには申し訳ないけど、気絶でもしててもらおう。」


「ガッテン。」


「"奏妖精"に関してはおそらく大丈夫だ。

 ロマーリオはまず俺の救出を考えるはず、俺の身柄が確保されるまでは急いで上に連絡することはないだろう?

 でも、根拠はない!」


 カツミにだけわかるようにソラはうなずく。


「ロマーリオを倒す。それしか道はない。

 このまま交渉という状況に持ち込まれて時間を稼がれたらロマーリオが妖精を使って上の看守たちにアピールするかもしれない。

 看守たちもそれを見て流石に異変に気づくだろう。」





 —————ソラはロマーリオを見る。

 ロマーリオは、穴の中では見慣れないとても肉のついた。

 言うなれば小太りの男だった。

 背丈も小さく手足も短い。


 ソラはロザリオがない自分の戦闘能力は格段に下がっているだろう、と考える。

 根拠はなかったが、強いて言うならロザリオを手にした時の万能感が今はないことだろう。


 だが、あのときの感触は少しだけ、今でも体に残っていた。



(いける!!!!!!!!!)



 ロマーリオが監視カメラの死角内に入る。

 ソラはカツミから手を離すと一気に距離を詰める。







 そこにあったのは五つの————誤算


 一つ目、ソラは自分の強さを過大評価しないよう意識していた。


 彼の体は星架隊との激闘で疲れ果てていた。

 傷だらけではあったものの打撲や、良くて擦り傷程度であり、痛みも我慢できないほどではなかった。

 それでも1mmの誤算で戦況が変わる戦いの場においてそのことは大きなことだった。


 だが、大切なのはそんなことではない。


 ロザリオなしのソラの戦闘力を、彼自身は一般人と同等と思っていた。しかし大きな慢心である。

 ロザリオなしの彼はただの痩せこけた少年でしかないのだ。



 二つ目、ソラに勝てると思わせたロマーリオの手足の短さは武器でカバーできるということ。

 要はぶくぶくと太ったロマーリオの体つきを見てソラは明らかに油断したのだ。



 そして三つ目、




「がぁっっっ!?!?!?!?!?!?」




 彼は、ロマーリオの強さを見誤った。




「カツミ、お前は見習いだから知らんだろう。黒籠では脱獄囚へのマニュアルが定められている。我々は脱獄囚を見つけ次第。


 その武力を持って徹底的にその心を折る必要がある。」



 カツミが見たもの、それは、



 手に警棒を持ち構えるロマーリオと、少し離れたところで片膝をつき口元の血を拭っているソラの姿。


 カツミの額から頰、そして首元へと冷や汗が流れる。


(Shit!shit!ロマーリオを見縊っていた!完全に俺の落ち度だ!てか、は?しかもロマーリオの言ったマニュアルが正しいのなら、看守は全員ある程度の武力を誇ると考えていいのか!?shit!当てが外れた!ソラにどんな顔をすればいい!?!?)


 ロマーリオがもたらした事実。


 簡単だと思われた脱獄が難関だという事実。


 カツミが思考する合間にもロマーリオの蹂躙は行われている。

 今でこそ受け流すことによってなんとか意識を保っているソラだが、いつ気絶してもおかしくない。


 そう思わせるほどの戦闘力の差をカツミは感じていた。




 ソラとの関係を白紙にすることも考えたが、カツミはすぐにその選択肢を除外した。


 理由は二つ。

 一つは、ソラが俺たちの間にあったことを話したら自分自身の立ち位置が危ない。

 それだけの情報をカツミはソラに開示したからだ。


 そして二つ目は、ソラが退屈で死にたくなるこの生活を終わらせてくれる、もはや『天命』とも言えるほどにカツミの勘はそう訴えていた。




 瞬間、ソラとカツミの目が合う。

 ソラはまだ脱出を諦めていなかった。



(shit!高みの見物のつもりだったのにな!)


 カツミは覚悟を決めた。





「ぐっ!」

「…………!…………!…………!」

 ロマーリオの猛追は続く。


「ロマーリオさん!事務室に連絡しました!すぐに増援が来ます!」

「仕事が早くて助かるぜ!…‥オラァ!」


 カツミは後ろで交差していた手を戻し、今やっと拘束を解くことができたという体でロマーリオに話しかける。


 連絡したというのももちろん嘘だ。


 もしソラが意識を失ってロマーリオが事務室への連絡に意識を向けたとき、時間を稼ぐための保険。


(そうだ。もっと、もっと殴れ。

 ソラの意識が途切れるぐらいに。 

 その体が動かなくなるぐらいに。

 そしたら今度は俺がお前の意識をトばしてやるぜ。

————————俺の理性と引き換えにな!)


 カツミの覚悟。


 それは自分のを使うことだった。





 強者になす術なく蹂躙されるもののその闘志はまだ燃えているソラ。


 職務を全うするためにその腕を振るうロマーリオ。


 自分の疑問に答えを出してくれた、

 自分の人生の岐路となるであろう何かを感じさせる男をみすみす失いたくないカツミ。



 そんな3人の攻防に潜むあと二つの誤算。



 四つ目、





「カツミ!ロマーリオ!大丈夫か!?」





 ドクンッ!!!!!!!!!!!!!





 その声を聞いた瞬間、その姿を見た瞬間、

 カツミの鼓動は大きく鳴った。


(なんでだよ…………なんでなんだよ!!!)




 見回りの当番ではなかったし、監視カメラの当番でもなかった。


 本当にたまたまだったのだ。


 たまたま六階に降りて、

 たまたま喧騒の音を聞いて、

 たまたまそこまで立ち寄った。





 髭面の看守の男がそこに立っていた。



(shit!shit!shit!!!!本当にやばい!これで俺は!俺すら行動が不可能になった!)



 カツミの計画はソラが気絶したのち、ロマーリオを倒し、その場を収めるつもりだった。

 そうすれば、少なくとも上にバレることはなかった。

 多少、強引だがカツミが考えられる唯一の手だった。


 しかし、もう一人敵が現れたことで、状況が変わった。

 ソラを気絶させたロマーリオを倒すところを、見られてしまう。


 そのリスクは大きすぎる。


(ロマーリオと俺が戦っている間に連絡されたら、そしてそれがメイデンの耳に入り星架隊に入ったら、俺もソラもどうなる?お先は真っ暗だ。shit!どうする?)



 結果的にいえば、カツミは看守二人を相手にしても蹂躙できるだけの力を持つ。


 しかし、二人が身動きを取る前に制圧できるほどこの力は万能ではない。



(shit!!!最悪だ!本当に打つ手立てがない!!考えろ!!どうする!?!?俺!!!!!)







「あら、何か楽しそうなことやってるじゃない。

 よかったら、私も混ぜてくださらない。」







 ————————誤算、五つ目。




 カツミたちがソラの牢のドアを開け、策を練っていたこと。


 その向かい側にも同じく牢があること。


 その喧騒が、鉄格子の窓から全部に聞こえていたこと。

 男は聞いていたのだ。

 鉄格子ごしのわずかな隙間から、この状況をただ把握していたこだ。




「ねぇ、boy。いいでしょ?

 ……………今なら、その小汚い看守二人。まとめてぶっ飛ばしてあげるか、ら、ね♪」




 カツミは迷わなかった。

 腰に巻いたベルトに括り付けられた鍵を探り、

 その男の独房の鍵を 開けた。



「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!」





 独房から飛び出てきた男は、勢いそのままロマーリオに



 無情のタックル



「ゴフゥッッッッ!?!?」



 そして、流れるように髭面の看守に回し蹴りを叩き込む。



「ブッッッっ!!!!!」






 看守二人にとってその攻撃はあまりにも不意打ちであり、対処する余裕などなかった。






 男は巨漢だった。

 推定2mはあるだろう体には隆起されて筋肉がびっしりと並んでいた。


 髪は金の長髪であり、監獄生活の中であるにもかかわらずよく手入れされていた。


 そして、なによりも存在感を引き立たせていたのさ、その顔。


 その口周りに彫られた口紅を模したであろう真紅の刺青だった。




「なに?脱獄?面白そうなことやっちゃって!これだから若いっていいわね!ンフ!

 私はジーナ。"恋鬼"ジーナ。羨ましいから、その戦いに…」


 バチンとウインク♪


「ノッてあげることにするわ♪」




 バチンッ!!!!!

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