第1話 ストレイドッグに悲しみを




 マミヤはこの世界はとても広いんだと言った。


 きっと、どこかで拾った本に書いてあったんだろう。だがそんなこと俺には関係ない。


 俺にとって世界は、マミヤと、汚い飯と汚らしい建物と、排水が流れるパイプ管と、半分腐ったような人間たちと、不釣りあいなほど青く清々しい空、そしてこの穴から見えるでかい建物だけでできているのだ。


 それだけで十分だ。あとは死ぬまで生きるだけ。


「おい。」


「あ?」


 俺が気怠そうに振り返ると呆れ顔のマミヤが立っていた。俺の横腹を軽く足で小突いてくる。


「ゴロゴロしやがって。なんか落ちてないか拾いに行くぞ。」


「昨日食べたろ。今捕まって蹴られたら全部吐いちまう。」


「あれはお前がヘマしたからだろ?いいから来いよ。いくら食べても腹は減るんだから。」


 そう言うとマミヤは歩いて行ってしまった。


 俺はあたりを見渡す。誰が建てたかもわからない粗悪な建物に俺とマミヤは隠れ住んでいた。どうせあと何日もしたらここも去るのだろう、でないと俺たちを恨む大人たちに家ごと潰されてしまう。


 頭の下に敷いていた手を組み直すと違和感がしたので手を持ち上げてみてみると名前の知らない虫がかさこそと俺の手を動き回っていた。


「おえ」


 ブラブラと手を振った。


「おい!遅いぞ早くしろ!」


 ドンと音が鳴る。マミヤが家の柱を蹴ったのだろう。


 (そろそろ行かないと後が面倒だな…。)


 俺はしぶしぶ重い腰をあげた。

 マミヤはちらりと俺を見たが何も言わなかった。


 2人で連れ立って道とは言えない道を行く。俺は歩いている途中で自分の履いている靴の底がパカパカと取れかかっていることに気づく。


 また新しい靴を拾わないとなと思いマミヤの靴を見る。左右で違うその靴はきっとサイズも少しだけ違うのだろう。俺もそうなのだから。


「今日は降る日らしいな。」


 マミヤが話しかけてきた。


 降る日というのは、空から食料や服が降ってくる日のことだ。非規則的に穴にはそれらが降ってくる。


 その日だけは亡者のような大人たちも幾分マシになる。もっとも幾分かであってそいつらが亡者であることに変わりはないのだ。


 俺は彼らの土黄色の顔を思い浮かべる。彼らの顔は俺たちを捕らえた瞬間赤色に染まり上がるのだからまるで何かの化け物みたいだと俺は思う。


「どうせ行っても俺たちが払うもの前にみんな取られちゃうだろ。」


「…早く大人になりたいなっと。」


 マミヤはそう言って道端に落ちていた布切れを手に持った。捨て置かれた割には状態がいい。サイズが比較的小さいからだろう。


「これ俺なら着れるかな?」


 マミヤがそう俺に聞いてくる。マミヤは俺より一回り背が小さい。もしかしたら俺よりも年下なのかもしれない。


「着てみればいいだろ。」


「………」


 マミヤは返事をせず、布切れを腰に巻いて歩き出した。自分の言葉を無視されたことに少し不機嫌になりながらも俺もそれに続く。


 ブラブラと隠れた道とも言えない道を歩いたものの、収穫は何一つなかった。強いて言うなればマミヤが拾った布切れぐらいだ。


結局、俺たちは手ぶらのまま仮の住処へと帰った。俺はドカリと座り、寝転がった。


「結局収穫はなしか、あーあ。」


「明日になれば大人たちが引く。隙を見れば食料も手に入るだろ?」


 マミヤが言っているのは物資が降ってくる場所のことだ。今頃大人たちは嬉しそうに徘徊しているのだろう。


「朝一で行くか、起こしてやるよソラ。」


 そう言ってマミヤもごろん、と俺の横に寝転がった。


「頼むよ、俺は朝が弱いから」


「知ってるよ。」


 そう言って寝返りを打ったマミヤは笑った。顔をこちらに向けている。


「穴の外にいる奴らはこんな思いもしなくて済むんだろうな…。」


「穴の外、か。」


 俺は穴の外にいる生き物に想いを馳せる。それらはどんなものなのだろう。本当に人間なのだろうか。蛙のような肌に蟹のような足の生物だったとしても俺は驚かない。


 だがもし、穴の外に住むのが人間だったとしても、俺は俺たちと同じ《人間》なのだろうか?


 土黄色の顔をした俺らと同じ人間なのだろうか?


 マミヤがくつくつと笑い始めたので俺はマミヤを見た。


「見ろよソラ。」


 そのとき、ポツポツと地面が濡れてきた。


「恵みの雨だ。」


 マミヤは自嘲気味に笑った。


 俺とマミヤはしばらく雨を眺めていた。薄汚いこの場所は雨に濡れると煩くなる。雨漏りの音が止まないのだ。



 雨に濡れたくないと屋内に入る者。


 雨水を飲んで喉を潤す者。


 段ボールを広げ、道端に寝転ぶ者。


 干していた汚れた服をしまう者。


 野犬同士の喧嘩。


 どこからか薫るタバコの煙。


 死んで物となった肉塊。


 そいつを殺した者。


 たくさんのろくでなしがここにはいる。



「ソラはさ。」


「え?」


 マミヤが俺の名を呼ぶ。


「この穴から出れたとしたら何をしたい?」


「あ?いきなりなんだよ。」


「いいから答えろよ。」


 俺はマミヤを見る。長い前髪に隠れていまいち表情がわからない。


「……いまいち想像できねぇけどな。美味しいものじゃなくていいから飯をいっぱい食べたい。丈夫で虫の出ない家にも住みたいし、あったかい水で顔を洗いたいな。それに、服も丈夫なのがいいし。あ、そうだな、あそこに見えるでっけぇ建物。近くで見てみたい………」


 俺は自分の理想の暮らしを夢想していく。


 それはきっと俺の不自由の裏返しであり、理想の多さは不幸せの多さと同意だ。


「ははは!欲張りだな、お前は。」


 マミヤは笑う。


 だが俺は不思議と嫌な気はしなかった。俺は理想の暮らしを思い描く中で大切なピースを思い出す。



「………あと、穴から出てもお前とは一緒にいたいな。」



 いつまでもマミヤが黙っているので俺はマミヤの方を見ると、マミヤは目を見開いた様子でこちらを見ていた。群青色のその瞳を俺は久しぶりにまじまじと見た気がした。


 俺は少しだけ不安になる。


「なんだよ。お前は俺と一緒に暮らすの嫌なのかよ。」


「!」


 マミヤはハッとした様子で俺に言葉を返す。


「…違うさ。素敵だと思ったんだよ。」


「そうか?」


「そうだ。」


「そうなのか。」


 俺たちは笑い合った。


 ——しばらくしてマミヤは懐から銀色に光るものを取り出した。


「なんだよそれ?」


「銀製の十字架、ロザリオって言うんだっけか。さっき拾ったんだ。」


「ふーん。そういやお前最近妙に信心深いな。やめろよ辛気臭い。」


「お前そんなこと人前で絶対言うなよ。殺されるから。」


「んな、大げさな。」


 マミヤはしばらくロザリオを見たあと、ソラに向かってそれを放った。


 銀色の軌道が宙に線を引いた。


 俺はなんとなく、流れ星を想起した。

 銀色の星だ。


「! お、おい!いきなり投げるなよ!」


「それ、やるよ。お守りだとでも思って持っててくれ。」


「…へへ、まあ、ちょっとは金の足しになるかもな。」


「いや、お前なぁ。」


「冗談だよ。一応受け取っとく…あとで返せなんて言うなよ。お前は割とケチんぼだからな。」


「おお、言わないよ。」


 俺はロザリオを首から下げた。


 その姿を見てマミヤは笑った。


「なんか不格好じゃないか?ボロボロの服に、こんな金ピカ、いや、銀ピカか。」


「別に、そんなことねぇよ、似合ってる。」


「そうかよ。」


「あと、俺もお前と会えて良かったって思うよ。」


 早口でマミヤが呟いた。


 (らしくないな。)


 俺は雨のせいで聞こえなかったふりをした。


 マミヤも俺の返答には期待していなかったらしく、そのまま俺に背を向けるように寝返りを打った。


 やがて大振りになった雨を尻目にマミヤは目を瞑った。俺は不思議と眠ることができずに雨と路地と偶に穴の外に見える建物を見て過ごした。


 マミヤが寝返りを打つ。背中に痣ができていた。昨日の逃走中にぶつけたのだろうか、と訝しんだがそれもどうでもいいかと、目をつぶった。





『まだ、まだ我慢できる。もうちょっとだけこいつといたい。だからお願いです女神様、もうしばらくの猶予をお与えください。』





 目が覚めた。目が覚めたということは、どうやら俺は眠っていたらしい。


「マミヤ、起きてるか?………マミヤ?」


 いつまで経っても返答は返ってこないので俺はマミヤが寝ていた方を向く。


 そこにはマミヤの姿はなかった。


「……便所か。」


 大きい方かな、と考えながら俺はマミヤの帰りを待った。それから、マミヤが帰ってくることはなかった。






 ☆


 マミヤと俺が出会ったのは今から11年前、俺らがまだガキだった頃の話だ。


 その日も雨がザーザーと降っていたのをよく覚えている。


「はっ!はっ!はっ!」


 俺は相も変わらず走っていた。


 いつからこんな生活をしていたのか自分でもわからない。赤ん坊だったころに気まぐれに拾われ、盗んで走って逃げるこの生活を教えられたのだ。もっとも教えてくれた人の記憶はないので、物心つく前に死んでしまったのだろう。



 走りながら思い出す。そうだ、マミヤとはじめてあった日も俺は走っていたっけ。




 追う大人と逃げる俺。子供の頃からずっと変わらない。穴の中の子供が生き残るためには大人の不意をつくしかないのだ。


 俺の足は今より遅かったがその分小さかったので大人の入れないような狭い通路に逃げ込んでなんとか生きてきた。


「畜生!はっ!はっ!」


 だがその日は運が悪かった。


「あ!」


 道が雨のせいでぬかるんでいて俺は足を取られて転んでしまったのだ。


「この!……クソガキが!へへ!ちょこまかと逃げやがって!ぶっ殺してやるよ」


 追ってきた小汚い男は薄ら笑いを浮かべ近寄ってきた。あの顔は今でも覚えている。こいつは俺を殺すだろうと幼いながらに思ったものだ。


「!」


 俺が咄嗟に身構える。


 ゴギンッ!!と音が鳴った。


 俺は自分が殴られた音だと思った。しかし痛みはいつまで経っても来ない。俺は目をおそるおそる開ける。


 そこには白髪の、自分と同じ年頃の子供が血のついた鉄パイプをもって立っていた。


 それがマミヤだった。


 マミヤと俺はそれからよくつるむようになって、ある時から一緒に寝食を過ごすようになった。


 マミヤと俺と、もう一人、何を思ったのか俺たちに優しくしてくれる名前も知らない好好爺、3人でよく過ごした。


 おそらく死ぬ間際にでも子供に優しくしたという事実が欲しかったのだろう。自分の人生を肯定するために。


 きっと人間そんなもんだ。


 マミヤは彼が死んだとき泣いていた。

 俺は泣かなかった。


『ソラ!』


 マミヤはとても頭が良かった。どれほどかと言うと、なんと字が読めるのだ。そのくせ足も早かったし度胸だってあった。


 俺は彼にひそかに憧れていたが、マミヤは俺を同等の存在として接してくれた。


 俺はマミヤを兄弟のように思うし親友のようにも思う。それはきっとマミヤも同じだろう。その絆だけは俺が誇れるものなのだ。




 雨はまだ降り続いていた。


「マミヤ!どこだ!返事してくれ!」


 俺は走っていた。マミヤが外出するのなら俺に一言何か言うはずだ。見限られたなんてあるはずもない。


「はっ!マ、マミヤ!畜生!」


 俺はいい加減くたびれた両足を叩きマミヤを探した。大降りだった雨は弱まり今はしとしとと俺を濡らしている。


「マミヤ!マミヤ!どこだ!」


 角を曲がろうとしたとき。


「ぐぁっ!」


 俺は何かに弾き飛ばされた。それは俺が昨日パンを盗んだ髭面の男だった。


「! てめぇ、昨日は良くも!」


「!」


 俺はその男の胸ぐらを掴んだ。


「ぐっ、な、なんだよ!離せ!」


「き、昨日俺と一緒にいた白髪の男を見なかったか!?起きたら、はぁ、いなくなってたんだ!」


「は、し、知らねぇよ!それよりお前」


「そ、そうか…悪い!見かけたら声かけてくれ!じゃあな!」


「あ、おい!てめぇ待ちやがれ!」


 俺は駆け出した。


 空色は薄暗くなり俺の肺にまとわりつくかのようで、俺は息苦しさを抱えながら走る。




「神様の使徒だとよ。」


「立派なもんだな。俺たちみたいなゴミになんの用があるってんだ?神に祈れば救われるってか?」


「なんでもその使徒とやら、この穴から出たらしいぞ。」


「は?あの嬢ちゃんだろ?そうは見えなかったけどな。」




「?」


 俺の耳に入ってきたのは使徒の話。

 その話は不自然に俺の耳にこびりつき離れない。


 何故だか嫌な予感がするのだ。まるで頭の中の鐘が鳴り響くみたいだ。



ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン


「あ!」


 俺はつまづく。ぬかるみに足をとられたのだ。俺は咄嗟にマミヤと初めて会った日のことを思いだした。


 俺は膝に走る痛みを気にしながら前を見る。


 前を見たのだ。


 そこには白髪の、自分と同じ年頃の少女がたっていた。


「なんで……?」





 白いワンピースに冷徹な目、沢山の鉄の服を着た者たちに囲まれたそのはマミヤだった。





 マミヤはこちらを向かない。代わりに鉄服たちが一斉にこちらを向く。


「マミヤ…マミヤ!何してんだよ!そんなところで!そんな、女みたいな服着て。勝手に寝たことなら謝るから!」


「………………」


「お、おい!何か言えって!」


 俺はマミヤに近づく。マミヤの肩に手が届く位置だ。


 しかし、伸ばした手は空を泳いでいた。


「ぐっ!」


 瞬間肩に感じる痛み。鉄服の一人に押さえつけられていた。


「!は、離せよ!」


「貴様、何者だ。」


 顔に一文字の傷がある男がソラに問う。


「お前らこそ、誰だよ!マミヤを返せよ!」


「…そうか、貴様。この女の関係者か。」


 男はソラを押さえつける手に力を入れる。


「ぐっ!がぁぁっ!」


 俺はあまりの痛さに悶絶する。


「ノト、もういい。」


「!…はっ!」


 痛みが離れていく。俺は視線をノトの奥、マミヤの隣に立つ男のに向ける。


 顔に十字傷のあるその男は俺をちらと見ると、すぐに視線をはずした。まるでネズミでも見るかのように。


「お前ら!なんなんだよ!マミヤをどこに連れてく気だ!」


 俺は痛む肩を押さえながら怒鳴る。その声が震えていることをソラは自分でもわかっていた。


 一文字傷の男が口を開く。しかしそれを十字傷の音が止めた。


「ノト、行くぞ。」


「!……はっ!」


 鉄服を着た奴らが遠のいていく。


「待てよ!待てって!」


 男は俺を一瞥する。すると鉄服の何人かが俺を再度押さえつけた。俺はその痛みに思わず顔を顰めた。


「お前ら、そいつを眠らせてから来い。一応、安全そうなとこで寝せてな。」


「「「はっ!」」」


「ちょ!この!離せ!」


 男たちは俺を押さえつけるために力を込める。俺はそれに対抗するようにもがいた。


「ぐっ!マミヤ!」


 マミヤと鉄服の男たちの背中が離れていく。そして、徐々に見えなくなっていく。


 瞬間、重い痛みが俺の腹部に走った。


「がっ!」


 俺を押さえつけていた男の一人が俺の腹を殴ったのだ。口のなかには血の味が。もう二人もそれに続く形で俺を殴ってくる。


「やめ!ろ!がっ!」


 思考がまとまらない。頭が真っ白に、なる。 


 そして、俺の意識は飛んだ。


 (なあ、昨日の夢の話なんだったんだよ、マミヤ。)


 今、何考えてんだよ。突然いなくなって、見つけたと思ったら女みたいな格好してるし、てか、女なのか?俺そんなん知らなかったぞ。


 それに、お前が"使徒"ってやつなのか?だから急に信心深くなったのか?一人だけ、穴から出れるからって俺にあんなこと聞いたのかよ。


 クサいこと言ったなって笑ってたけどあのとき、どう思ったんだよ。


 俺らの11年間なんだった?

 いつからこんなこと考えてた?


 お前が穴を出るって言ったら止めるって思ったのか? まあ、ちょっとぐらいごねるかもしんないけど。それでも応援ぐらいしたぞ俺は。



「が」



 痛ぇよ、痛い。畜生。なんで俺がこんな目に合わなきゃいけない。なぁ、マミヤ。


 お前だけでも幸せになるなら俺は…。




 殴打が止まった。俺は男の一人に抱き抱えられ、屋内の長椅子の上に横にさせられる。


 薄く開いた俺の視界に、遠のいていく三人の背が見えた。



 ずっと頭の中に鐘の音が響いていた。



「がふっ!………はぁ、はぁ、はぁ……」



 俺は何を考えてるんだ?


 "お前だけでも幸せになるなら俺は"?



 ふざけるな



「ふ、ふざけるな、がふっ。」


 こんなやり方許されるわけない


「こんな、こんな、」


 マミヤ。俺とお前はお前が何をしようと親友だ。こんな別れ方俺は納得できない。



「ぐうおおおおおおおおおおおお!」




 だから一発ぶん殴って、連れ戻してやる。




「!!」


「なんだ!?確かに気絶させたはず。」


 光に包まれた。俺は目を開ける。目の前には3人の鉄服。


 そして俺の右手には、


「なんだこの気迫は!?」


「お前ら!剣を構えろぉ!」


「…っ……うおおおおお!!!」


 大柄な男が剣を振りかぶる。


「!」


 俺は思い切り身をかがめ、つまづいたかのような体勢で男の懐に潜り込む。そして男の足と足の間に自分の足を入れ込むように踏ん張り、剣を振った。


 男は吹っ飛んだ。


 二人目の男が追い討ちをかけようと俺に迫る。俺は体勢の整っていない体を横にずらす。体と地面スレスレのところで手を入れ、思い切りそして体ごと剣を回し男を斬りつける。と、同時に転がり3人目の男から距離を取る。


 3人目の細身の男はソラを化物を見るように見ている。そして、ソラもまた自分の人間離れした動きに驚いていた。


「は!は!は!は!は!は!は!は!は!」


 肺が痛い。はち切れそうだ。


 なんだこれは?


 まるで相手がどこにいるのかわかるみたいだ。それに思った通りに体が動く。


「はっ!はっ!はっ、はっ、ふっ、ふっーー!」


 肩を落ち着かせていくソラ。細身の男はソラが疲れているのを見て、破顔し、剣を持つ手に力を込める。


 測らずも一騎打ちのような形になる。


 男が平行に剣を振る。俺は俺はその剣の動きに合わせるように、反動なしにターンする。それは明らかに物理法則を無視した動きだった。


「うらぁぁぁぁぁぁ!」


 ソラの掛け声と共に細身の男は倒れた。


 俺は、剣を握る手を天に掲げ。


「しゃあああああああああああ!!!!」


 咆哮。


 そして、マミヤの元へ駆け出した。







「!」


 声が聞こえた気がする。これは彼の声だろうか?

 "私"の、この体に刻まれた彼の。


「…………」


 思わず"私"の足が止まる。これは願いだ。彼が"私"を止めてくれるのだという願いだ。



「———マミヤ!!!」


「!」



 やっぱりこの声は本物だ。彼が"私"を止めに来てくれたのだ。彼が手を剣を握り、兵士たちを倒していく。


「な、なんだ!?」


「あの三人はどうしたっ!?」


 その姿に兵士たちは慄く。当然だ、痩せこけた少年が軍人である自分たちを切り倒していくのだ。さぞかし異様な光景だろう。


 しかし、束の間彼らは安堵する。


「どけ。」


「「!」」



 十字傷の男が彼の前に立ったからだ。



「…っ……どけっ!」


 血走った眼で相手を睨み、彼が突進してくる。その足取りに迷いはなく、自分の勝利を疑わない堅い意思があった。


「……………」


 対して、十字傷の男は何も喋らず、動かない。ただ彼を見据え、剣を構えていた。

 


 瞬間、男と彼の体が交差する。



「あ………」


 しかし、もう動き出してしまった時は止まらないのだ。


「……さよなら、"少年"。」



 血を吹き出し、地に臥したのは、"彼"の方だった。






 ☆


 ジャラリと手錠の音があちこちから聞こえる。


 一際、大きな音を鳴らしながら入ってくる者がいた。どうやら暴れているらしい。


 年輩の看守が疲弊した顔で看守部屋に入ってくるので、俺の部屋にいた同僚が声をかけた。


「随分活きがいいのが入ってきたみたいだな。」


「まあな。」


「で、何をしたんだそいつは?」


 疲弊した男はかぶっていた帽子を取り、髪を手で梳き、再度帽子をかぶる。彼の癖だった。


「…ゴミ捨て場のゴミが、星架隊を襲撃したらしい。」


「! ははっ!それはすげぇな。命がいくつあっても足りないじゃないか。実際どうなんだそいつは。」


「いや、隊の何名かは、そいつにやられたらしい。」


「おいおいまじかよ。あれは下っ端と言ってもそこらのチンピラが勝てるもんじゃないはずだろ?」


「それが、囚人は不思議な剣を持っていたらしい。銀色の、まるで十字架のような。」


「……は?なんだよそれ?」


「調査中だとさ。」


 疲弊した男を質問攻めにしていた小太りの男は俺に顔を向けてくる。


「おい!お前も様子見てこいよ!なんだか面白そうだ!」


「…悪趣味ですよ?」


「ったく!わかってるよ堅い奴だな。相変わらず不気味で何考えてるかわからんなお前は————カツミ。」



「……………クヒ。」


 俺は気づかれないように笑った。



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