南麟帝本紀 第2章 2
玖月弐拾参日(承前)
専任衛士といっても一日中キャラに付きっきりというわけではない。もしそうだったら、キャラが先に音を上げていたかもしれない。
セルディは朝夕の二回キャラの部屋を訪れ、その日の予定と次の日の予定の確認をする。城の外に出る用がある時は付き従う。公都の外に出る時は、まずキャラ一人で出ることは無いが、元々十人以上の親衛隊が随伴するが、その際にもセルディも同行することになる。もっともキャラが公都の外に出る事は、新年に王都に挨拶に行く時と夏にスーサに行くぐらいしかない。
キャラに出かける予定が無い時は、他の親衛隊士たちと訓練をしたりしているらしい。
拾月某日のことである。
中庭で一心不乱に木剣を振るセルディを見たのは、アレクシスと回廊を歩いていた時だった。もちろんカティも二歩後ろで控えている。
アレクシスが立ち止まるのに合わせて、キャラたちも一緒にしばらく眺めた。縦に振り下ろしたり、横に薙いだり、突いたり、それらを組み合わせたり。けっこう剣の動きが速くて、風を切る音がビュンビュンとする。
やがてセルディがこちらに気付いた。
「公嗣さま! 姫さまも」
慌ててひざまずこうとするのを制してアレクシスは声をかけた。
「やあ、頑張っているね」
「今日は休日ではなかったの?」キャラが訊くと、
「次の試験には通りたいものですから。自主練習をしているのは私だけではありません」
二月上旬に、正式に親衛隊に入るための試験があるって云っていたことをキャラは思い出した。
「きみはやはり父君から剣技を習っているのかい?」
「はい。週に二度稽古をつけてもらっています。それ以外は他の隊士の方たちに教わっております」
「ところで、木剣はもう一本あるかな」
「はい、ありますが…」
「ならば私と立ち合ってみないか?」
「ええっ、公嗣さまとですか? 私などまだまだです!」
アレクシスはこれまで全国剣技大会で少年の部では何度も優勝し、十六になって一般の部に移ってからも三位二位と並いる強豪を倒している。次の大会の優勝候補筆頭である。セルディが躊躇うのも無理はない。
「やってみなければ分からないさ。さ、木剣を」
「は、はいっ」
セルディは、予備用として置いておいたらしい木剣を、捧げるようにしてアレクシスに手渡した。アレクシスはそれを軽く振りながら、
「それに私は昔、ノルディ卿に稽古をつけてもらったこともあるのだよ」
アレクシスは中庭の中央まで歩いた。セルディもそれに従い、五歩ほど離れて足を止めた。
「さあ、遠慮はいらない。本気で来たまえ」
ようやくセルディも覚悟を決めたのか、木剣を構えた。
「だあっ!」と声を上げると、地を蹴って間合いを詰め、木剣を振り下ろした。
アレクシスは体を開いて
セルディは剣を戻すと今度は斜めに振り下ろした。
アレクシスは敢えて剣を合わせてみる。打撃の威力を計っているようだ。
横に薙ぐ。
突く。
正面で斬り下ろす。
袈裟懸けに振り下ろす。
下から刎ね上げる。
セルディは打突を繰り返したが、ことごとく躱されるか振り払われ、かすりもしない。
遂には突きを躱したアレクシスが軽く手を打つと、セルディは
木剣を取り落としてしまった。
「参りました」
「はい、お疲れ」
肩で息をしているセルディに対し、アレクシスは息を乱してすらいない。
カティが二人に手拭いを渡した。
「まだまだだねぇ」キャラが云うと、
「いや、そんなことはないよ」アレクシスは額の汗を拭くと云った。「打撃の強さもあるが、剣尖の動きが速い。正直驚いた。余程素振りを繰り返しているのだろう。これで突きの速度を上げられれば、剣技大会でも結構いいところまでいけるだろう。そういや、今いくつだっけ?」
「十五です」
「じゃあ、年末の剣技大会、試しに出てみるといい。少年の部に出られるのは今年までだし。というか、何故今まで出なかったんだい?」
「私などはまだまだ……父にも出るからには結果を残せ、と云われているんですけど、結果を出せる自信がなくて」
「大丈夫だよ今のきみなら少なくても入賞はできるだろう」
「真ですか。ありがとうございます!」
「でも、いいの、兄様? セルディにだけ稽古つけるとヒイキにしてるって云われちゃうんじゃない?」
「普段キャラの世話をやいているぶん、他の者よりは時間も限られているからね。逆に平等にするためさ」
「でも兄様の従士だって二人いるし」
「キャラの専任では、人一倍大変そうだからね」
「ちょっと酷くないですか? セルディもなにか云いなさいよ」
「公嗣さまはやっぱりよく解ってらっしゃいますね」
「あんた、クビ」
「え、そんな」たじろぐセルディを見てアレクシスは助け舟を出す。
「命じたのは父上だ。キャラにはそんな権限はないから、心配することはない」
「じゃ、父様に云いつけてやるわ、有る事無い事」
「いや、無い事は駄目でしょう」
そんなやりとりを見て、カティはしみじみと云った。「セルディ様も随分ツッコめるようになったんですね」
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