南麟帝本紀 第2章 4

玖月弐拾五日(承前)


「いや、まさかの展開でしたね。話の展開ではセイル・リートが王になるような流れだったのに、以前聞いていた初代王はクラウス様だったので、どうなるんだろうって聴き入っちゃいました」カティがため息を吐いてから云った。

「セイランの名前はセイルと云う人から取ったとは聞いていましたが、そういう事情だったとは。初めて聴きました」と云うセルディはプトレマイオスの興奮がうつったのか、頬を赤くしている。

「プトレマイオス伯のお話がお上手でしたから、思わず引き込まれてしまいましたわ」

 と云ったカティは、講義ということを忘れて物語を聴いている気分になっているらしかった。

 水差しから玻璃の盃に水を注ぎながら侯爵が云った。「今でもセイル・リートは英雄として慕われておるが、その活躍もクラウス王の支えがあったからなのじゃ。彼ももっと評価されてしかるべきじゃ」

(やっぱ語り継いでいくには英雄の方が好まれる、ってことかしら。悲劇性があった方が民衆に贔屓ひいきにされるって兄様も云ってたな)とキャラは考えた。

「さて、姫さまはすべて聞き知っていて退屈そうでしたから、ここで質問をさせてもらいますぞ」

「へあ?」急に指名されて思わず変な声が出た。

「クラウス王は現在の制度の基礎ともなっている幾つかのことを始めたのじゃが、何がありましたかの?」

「えーと、パンディラ暦を制定して広めた」

「ふむ。他には?」

「確か、国内の貨幣を統一したんじゃ――」

「左様」

「え、まだ? あ、そうそう、五爵位を定めたのも初代だったかしら」

「違いますぞ。初代陛下が定めたのは三公と四侯だけです。建国戦争の際に特に功績のあった三人を公爵として、クラウス王は三人の妹をそれぞれ嫁がせたのじゃ。さすがに三公は分かりますな」

「もちろんよ! ルノア公に、カルナック公……あれ?」

「キャラ様。ご自分のところをお忘れですよ」

「あ、そういえばそうだったわ」

「信じられない……」とセルディが慨嘆する。

「もっと自覚を持たないといけませんな。あなたにも王位継承権はあるのですぞ」

「そうか、公爵家ということは、王家の血筋を引いてらっしゃるんですよね。姫さまが女王になる可能性もあるのか」

「セルディ、なんかイヤそうに云ってない? だいたい継承権、って云っても十何番とかだから、まずまわってこないわね」

「ルノア公はもともと五都市の代表の一人じゃった。残りの四人がそれぞれ侯爵となったのじゃ」

「でも今は侯爵家は五つありますよね」とカティが疑問を呈する。

「二代目のアウグスト王の御代に近衛隊が作られ、近衛隊の隊長が侯爵の爵位を賜ることになったのじゃ。故に領地は賜っていない。もし、万が一、仮に姫さまが女王になったり」

「仮定を強調しなくてもならないわよ」

「アレクシス様や、いやそれよりも先にメルリース公が王になる可能性もあるな、もしそうなったとしたら、サン・クラリスが近衛隊長となって侯爵閣下になるのはかたいじゃろうな」ちらりとセルディを見ながら云った。

「初代と二代目は国内の平定と国力の強化に努めた。そして三代目のユリウス王は、コダール王国の内紛につけ込み、とうとう宿敵のコダール王国を滅ぼしたのじゃ。旧コダールの地を併合し、アンティウス朝はますます隆盛を極めた。東に興ったギルバリアとは小競り合いが幾度かあったのじゃが、四代目のアウグスト二世の御代に不可侵条約を結んだ。その後は隊商が行き来する間柄となっておる」

「ギルバリアには」キャラが口を挟んだ。「海がないから、海産物を持って行くことが多いのよね」

「その通りですな。さて、それでは次回からは初代から六代目の前王ユリウス二世までの各王の事跡について説明しますぞ」

「ありがとうございました」

 三人が唱和し、伯爵に続いて室外に出た。

「あー、疲れた」

「姫さまは何か疲れるようなことしてました?」

うるさうっさいわね。あの熱い講義は聴いてるだけでも疲れるじゃない」

「セイランにもドキワクの歴史があったんですねぇ」

「カティ……嬢」

「もう。カティと呼んでいただいてかまいませんよ。年齢としも身分もセルディ様の方が上じゃないですか」

「身分と云っても私自身が伯爵な訳ではないが……。では、カティ、そのドキワクっていうのは?」

「あら、私としたことが下世話な言葉を使ってしまうなんて」

「ドキドキワクワクのことでしょ」

「そうなんですよ。最近女官たちの間で、言葉を略して云うのが流行ってるんですよ」

「カーテローザをカティと呼ぶような」

「それは愛称だから、また違う話ですねぇ」カティはにっこり笑いながらはっきりと否定する。

「カーテローザがカティ。キャリアンティーヌがキャラ。セルディはセル? ルディ? んー、あまりしっくりこないわね」

「無理に略さなくていいです!」



玖月弐拾漆日


 二人の男が、アレクシスの居室に入ってきた。一人は二十代半ば程、もう一人は四十代初めの頃のようだ。共通して、髪の色も瞳の色も黒く、肌の色も浅黒い。

「アルフレッド・ウェーバーと申します」

 四十代の男は鼻の下と顎にきれいに切りそろえた髭を蓄えていた。身なりもきちんと平民の正装をしている。「公嗣閣下におかれましては、ご機嫌麗しく存じます」

「ああ、そんなに固くならないでくれ。で、きみは?」

「ジャスティン・チャンっす」

 二十代の男は、対照的にくだけた普段着だった。この国の男性の平均より長い髪をしていた。最近若い男性の間で流行になっているようだ。「公嗣様直々のお呼びと云うことなので、緊張するっす」まるで緊張しているように見えない口調と態度で云ってのけた。

「突然の話ですまないが、君たちには北方に行っていただきたい」

 アレクシスは二人に細かい話をした。四十代の男、ウェーバーは「公嗣閣下の御為であれば」と即座に承ったが、もう一人のチャンは最初は渋っていたものの報酬の額を聞いて請け負うことを決めた。


そして二日後、二人は別々の道から北方へ向かって旅立った。





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