第38話
初めて由羅と会った時、本当に美しい女性だと思ったのだ。
長い黒髪も、透き通ったような白い肌も。
転校したばかりで、下を向いていた晴那の顔を上げてくれたのは、間違いなく彼女だった。
同じ女性として、憧れの気持ちを抱いていたのも確かだ。
あんな風に、洗練された女性になりたいと憧れて、身も心も成長させていきたいと思えた。
だけどそれは邪な感情を一切含まない、本当に純粋な尊敬で、由羅に対して淡い恋心を抱いているかと問われれば、すぐに首を縦に振ることはできない。
そもそも恋愛経験もゼロな晴那が、簡単に答えを導きだすことだって、容易なことではない。
由羅は考える時間を与えてくれたが、あとどれくらいで、自分の気持ちに答えを出せるのかだって、分からないのだ。
結局午前中の授業はいつにもまして集中できないまま、中休みを迎えてしまっていた。
告白をされた手前、どんな顔で由羅と会えばいいのか分からない。
気分が上がらないまま校舎裏へ向かう準備をしていれば、スマートフォンの連絡アプリに連絡が入った。
「由羅さんだ……」
送り主はまさに晴那の頭の中を支配している彼女からで、内容は図書委員の仕事が中休みに入ってしまったため、今日は行くことが出来ない、と書かれている。
会わずに済むことに、少しだけホッとしてしまっている自分がいた。
由羅のことが嫌いなのではない。
寧ろ友達としては本当に尊敬しているし、信用だってしている。
だけど、恋愛対象として見て欲しいと言われて、まだ心の整理が出来ていないのだ。
今まで告白をされたことはあるが、女の子は初めてだった。
あんなに綺麗な人が晴那を好きだなんて、未だに信じられない。
「シマ、裏庭行くわよ」
「今日、由羅さんいけないんだって」
「そう、早く行こう」
てっきり、だったら今日は行かないと言う答えが返ってくると思っていたため、少し意外だった。
季節は本格的に梅雨入りをしたようで、窓の外から見える世界は大雨が降り注いでいる。
「雨降ってるね」
「もう6月だもん」
沖縄に比べて、一か月ほど遅い梅雨入り。
そんなところにも違いを感じつつ、晴那はひまりと共に空き教室へとやってきていた。
少し埃っぽいが、我慢が出来ない程ではない。
しとしとと、雨の音を聞きながら、室内に置かれていた椅子に腰を降ろす。裏庭と違って椅子と机がある分、ここも中々に居心地が良かった。
「そういえば、シマは前の中間テスト何点だったの」
「赤点一つもなかったよ」
苦手な数学ですら、赤点を取らずに済んだのだ。
どの教科も平均の少し上か、それ以下であることに変わりは無いが、晴那にしては良い成績だろう。
自身気に言えば、勉強のできるひまりは呆れたような顔をしていた。
「それ当たり前でしょ」
「褒めてくれてもいいじゃん」
唇を尖らせて、わざと拗ねたような声を上げれば、そっと頭を撫でられる。
「仕方ないわね」と言いながら、小さな子供を撫でてやるかのように、その手つきは優しかった。
「いい子」
そういえば、この子は想像の何倍も面倒見がいい子なのだ。
真正面からこんな風に褒めてくれるとは思わず、完全に予想外だった。
ついじんわりと頬を赤く染め上げれば、ひまりも我に返ったのか、恥ずかしそうに耳を桃色にさせていた。
「な、なんで赤くなってるの」
「ひまりだって……」
「シマが赤くなるから釣られたの」
甘酸っぱいような、変な空気間が流れ始める。
照れている彼女を見ると、自然とこの前の事故でキスしたことを思い出してしまいそうで。
今以上に顔が赤らみそうになって、慌てて別のことに意識をやる。
それは、彼女も同じようだった。
「……あのさ、あたしの初恋の相手、クラスの奴らには…」
「言うわけないじゃん。こんなの言えないよ……」
人気者の瀬谷ひまりの、皆が気になって仕方がない初恋の相手。
それが同じクラスにいて、ましてや同性の晴那だったなんて、誰にも言えるはずがない。
揶揄われるのは目に見えているし、べらべらと誰かに口外するつもりもないのだ。
「女同士って…由羅姉じゃないんだから」
「ひまりは、そういうのに偏見あるの?」
「偏見じゃないけど、自分が女の子と付き合うなんて想像したことないから、あり得ない」
由羅に告白されたと言えば、ひまりはどんな顔をするのだろう。
いくら姉妹と言っても、由羅の想いを簡単に打ち明ける気にはなれなかったが、もし知ってしまったら、驚くのだろうかと考えてしまう。
女同士で付き合うつもりが毛頭ないこの子は、もし晴那が女性と付き合うことになったと言えば、どんな顔をするのだろう。
チクリと、何故か胸が疎い痛みをあげた。その痛みの原因がなぜなのか、初恋もまだな晴那には、到底分かるはずもなかったのだ。
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