第37話


 昨日感じた気まずい空気感は、1日経てば元通りに収まってしまっていた。


 ひまりはすっかりケロッとした表情をしており、あれほど取り乱してしまった自分が恥ずかしくなる。


 晴那ばかりが、昨日のキスを意識してしまっているのだ。


 学校についてから、コンビニで飲み物を買うのを忘れてしまった晴那は、1人購買に訪れていた。


 朝ということもあり、誰もおらずシンと静まり返ってしまっている。自販機で買った飲み物が取り出し口に落ちてくる音が、やけに大きく感じていた。


 さっさと教室へと戻ろうとすれば、タイミング良く、由羅が現れる。

 窓から差し込んだ朝日に照らされた彼女は眠たげに欠伸をしていた。


 駆け寄って声を掛ければ、嬉しそうに頬を緩めてくれる。


 「朝から会うなんて珍しいね」

 「おはようございます」


 由羅はアイスコーヒーを手早く購入してから、2人掛けの長椅子に腰を掛けていた。

 誘われるままに、晴那も彼女の隣に座り込む。


 「月曜嫌だよね。本当憂鬱」

 「ですね…勉強したくないです」

 「奇遇だね。私も苦手だよ」

 「そうなんですか?由羅さん頭いいのかと…」

 「よく言われるけど、見た目騙しなんだよ。けど…あの子はお父さんに似てそうじゃないみたい。張り出されてる学年順位にもよく載ってるし」


 あの子とは、間違いなくひまりのことだろう。

 仲が悪いとはいえ、妹であることに変わりはないのだ。


 昨日の会話でひまりが由羅を嫌うというか、避けている理由は分かったが、由羅は何故なのだろう。


 馬が合わないと言えばそれまでだが、何か具体的な訳でもあるのだろうか。


 「あの、由羅さんってひまりに何で冷たいんですか?嫌いなんですか…?」

 「嫌いっていうか、なんだろう…」

 「何か理由があったりとか…?」

 「うん、最後においしいところ、全部持っていっちゃう所は嫌いかな」

 「え……」

 「昔からそうなの。親の手伝いも、何もかも…なんでかわかんないけど、気づいたら全部あの子の手柄になってた」

 「そんな…」

 「あの子も私のこと死ぬほど嫌ってるし。まあ、驚かせちゃったからね。あんなところも見られちゃったし」

 「女の子の友達と、キスしてるところですよね」

 

 晴那の言葉に、由羅は驚いたように「あれ」と声を上げた。


 「私、相手が女の子っていったっけ…」

 「あ、その…」

 「ひまりか…うん、私は女の子が好きで…その子のことも可愛いなって思ってたよ。まあ、彼女もひまりが好きだったみたいなんだけどね」


 衝撃的な言葉に、どういった表情をすれば良いのか分からない。

 しかし由羅は、凛とした表情のまま言葉を続けていた。


 「私は、ひまりの身代わりだった…顔が似てるから、姉でもいいって思ったんじゃない?」

 「そんな……ひどい」

 「私も別に本気だったわけじゃないし…けどね、晴那ちゃん」


 顎を掬われて、考える間もなく唇にふわりと柔らかいものが当たっていた。

 昨日と違って、痛みも生じないまま、ゆっくりと離れていく。


 ファーストキスは、わずか1日で別の女の子に塗り替えられてしまったのだ。


 「私、晴那ちゃんだけはあの子に取られたくないの」


 その言葉の意味がわからないほど、晴那だって馬鹿ではない。

 

 「晴那ちゃんが好き」


 一切濁さない、ストレートな言葉。

 真っ直ぐに視線を寄越されながら言われた言葉に、心はゆらゆらと不安定に揺らいでしまっている。


 無意識に、片手で自身の口元を押さえてしまっていた。


 「……少しずつ、考えてくれたらいいから」


 そう言い残して、由羅は一足先に購買を後にしてしまった。

 

 柔らかい感触と共に、彼女からひまりとは違うシャンプーの香りがした。

 今までずっと頼りになる先輩で、友人だと思っていた同性の女の子からの告白。


 すぐに返事は返さなくて良いという口ぶりで、考える時間を与えてくれた。

 

 一体、晴那はどうすればいいのだろう。由羅に告白をされて、嬉しかったのは事実だ。


 困惑もあったが、好意を寄せられて、嫌な想いはしない。

 だからといって付き合うのかと問われれば、素直に首を縦に振ることもできない。


 今まで誰とも付き合ったことも、恋をしたこともない晴那は、すぐに答えを導き出せずにいるのだ。


 唇に触れれば、先程の由羅の感触とは別に、昨日のひまりとした時の痛みも込み上げてくる。


 2人の顔が、同時に浮かんできてしまう。


 言いようのない感情に晴那はその場で頭を抱えてしまっていた。

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