第33話
どこか既視感のある光景に、晴那は密かに気まずさを覚えていた。
4人で食卓を囲んでいるのだが、2人並びで勿論由羅とひまりは対角線上に座っている。
彼女達の母親も慣れっこなのか、全く気にする様子もなく、サラダを取り分けてくれていた。
お礼と共に受け取ってから、手を合わせて食べ始める。
目の前にあるボンゴレパスタからは先ほどからいい香りが漂っており、晴那の食欲を刺激していたのだ。
「美味しいです」
「本当?沢山食べてね、リユも晴那ちゃんが来て嬉しそう」
隅でご飯を食べていたリユが、答えるようにニャアと鳴いた。
丁寧にぺろぺろとお皿を舐めており、その仕草がより一層可愛くて堪らない。
唯一の癒しに視線をやっていれば、彼女達の母親の声が静かな室内に響いた。
「……ひまりは、元気してたの?」
「普通」
「5年近く会ってなかったじゃない?お母さん、心配してて…」
5年という月日に、驚いてひまりに視線を移す。離婚をしているとはいえ、こんなに優しい母親に長年も会っていないなんて信じられなかった。
3LDKのマンションはいつ行ってもひまりしかいなくて、女の子が1人で暮らすには広すぎる。
父親の仕事が忙しいの一言で納得してしまっていたけれど、もしかしたら晴那は何か重要なことを見落としていたのかもしれない。
「あたしの心配だけ?」
「え…」
「お父さんのことは、何も聞かないんだ」
母親は言葉を選んでいるのか、グッと下唇を噛んで、目線を彷徨わせている。
そしてすぐに無理矢理に笑みを張り付けて、わざとらしく明るい声を作っていた。
「……今からでも遅くないじゃない?お母さんたちと暮らすのも……」
「話題流さないでよ」
「ひまり、お母さんを困らせないで」
「はあ?大体、あたしの嫌いな猫飼い始めた時点で、一緒に暮らす気なんてないでしょ」
「いい加減にして、私が我儘言ったの。お母さんだって、ひまりが来づらくなるから飼いたくないって何度も言ってたんだから」
それは、初めて聞かされる事実。
てっきり喜んでリユを引き取ってくれたのだとばかり思っていた。
晴那を他所に、姉妹の口論は益々激しくなっていく。
「家族なんだから一緒に暮らしいたいってお母さんは言ってるんだよ」
「家族のお父さんを、見捨てたくせに?」
「ひまり…あんたいい加減に…!」
次第に声は大きくなり始め、リユは驚いたように隅っこへ移動してしまった。
母親もキツく眉間に皺を寄せて、堪えるように俯いている。
「あ、あの!」
これ以上続けば手が出てもおかしくない状況にら、無理矢理に割り込む。
2人の視線がこちらに集まるが、何も言うことなんて考えていないのだ。
咄嗟に、目の前にあるボンゴレパスタのお皿を手に取る。
「お、おいしくて…おかわりないかな〜なんて……」
段々語尾を小さくして言えば、母親が優しい声色で「もちろん」と返してくれた。
晴那のお皿が半分以上残っていたことも、きっとその場にいる全員が気づいているのだ。
キッチンへ向かっても、リビングから罵り合う声は聞こえなかった。
言い争いが鎮まったことにホッとしていれば、2人の母親からお礼を言われる。
「……ありがとう。もう、私じゃあの2人の喧嘩止められないの」
小さい声で、苦しげな声色。
娘同士が仲が悪い状況は、想像するよりもずっと母親を悲しませてしまうのかもしれない。
「……ひまりは、ちゃんとご飯食べてる?あの子、朝苦手だからちゃんと起きて学校行けてるかしら?」
「はい、ちゃんとご飯も作ってるみたいです。この前も朝ごはん食べさせてもらいました。学校も一緒に行ってるので、朝は私が起こしてます」
「そうなの?本当にありがとう……」
トングで少量のパスタ掴んで、お皿へと注いでもらう。
用は済んでからも、暫く彼女の言葉に耳を傾けていた。
「……あの子たちの父親は仕事人間で頭でっかちで…頑固だから、私も口喧嘩ばかりでね。離婚する時も、由羅は予想通りだったみたいなんだけど…あんなのでも、ひまりは大好きだったみたいで」
知らなかった、2人の過去。
離れ離れになってしまった姉妹の確執は、複雑で、簡単に解消されるものではないのかもしれない。
「だから、ひまりはお父さんの方について行ったんですか?」
「ええ…あの人を置いて家を出た私たちを、よく思っていないのも、仕方ないことなの…驚かせちゃったでしょう?ごめんね」
「いえ…」
「これからも、あの子のことよろしくね。気が強いけど、心は人一倍繊細な子だから…」
離れていても、彼女はひまりの母親で、娘のことを本当によく分かっている。
不器用で、気が強くて。
勘違いされることもあるけど、本当に根は優しい子なのだ。
普段余裕な由羅が、あんな風に感情をむき出しにする所だって初めて見た。
親にも、友達にも見せない。
姉妹である、ひまりだけに見せる由羅の一面。
離れていても、歪みあっていても。
姉妹であることに、変わりはないのだ。
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