第31話
カラッと乾いた風が吹き込む心地よい気候とは対照的に、校舎裏は酷く重苦しい、気まずい空気が流れていた。
由羅とひまりがキツク睨みつけあう状況で、存在感を消そうと身を縮こまらせる。
しかし、それで晴那の存在が消せるはずもない。
先に動いたのはひまりで、彼女に腕を掴まれ、守るように体を引き寄せられていた。
「何してたの」
「ご飯食べてただけ」
晴那が答える前に、由羅が言葉を返してしまう。さらに空気がピリッとしたのを肌で感じた。
「シマ、由羅姉と仲良いわけ」
「…ひまりは、晴那ちゃんのなんなわけ」
今度は突っかかるような言葉を、由羅はひまりに向かって放っていた。
明らかに、ひまりの機嫌が悪くなる。
しかしそれを気にする様子もなく、由羅は彼女に対して凍てつくような冷たい瞳を送っていた。
血の繋がっている姉妹だというのに、二人は見るからに互いを嫌い、威嚇し合っているのだ。
「クラスメイトで友達だけど」
「私も晴那ちゃんと友達だから」
「そんなこと言って変な目で見てんじゃないの」
もしかしたら晴那が想像をしていたより何倍も、姉妹の関係はギスギスしてしまっているのかもしれない。
姉妹だからと無条件に仲が良いことはないと分かっていたが、あまりにも険悪な雰囲気に狼狽してしまっていた。
埒が明かないと思ったのか、ひまりは晴那を掴んでいた手に力を込め、引き寄せるように自身の方へ引っ張った。
「行くよ、シマ」
しかし、反対方向の手を由羅に掴まれてしまったせいで、二人の間で綱引きのような状態になってしまう。
「なんでそれをひまりが決めるの?」
「友達だから。由羅姉のそばに置いておけない」
「はあ?」
「ひまり、いきなりどうしたの…?」
突然登場して、由羅から晴那を引き離そうとする。
自分の嫌いな人の側に置いておきたくないと言われればそれまでだが、そんなのどうもひまりらしくない。
彼女は確かに不器用だけど、理由もなく理不尽な行動を取るような子ではないのだ。
苦虫を嚙み潰したような顔をしながら、ひまりは声を漏らした。
「あのね、この人は…」
しかし、そこまで言って口を閉ざしてしまう。
不可解なひまりの言動に困惑していれば、彼女は疑惑の色を滲ませながら、晴那に問う。
「本当に、ただの友達な訳」
「そう言ってるじゃない」
「由羅姉に聞いてない 」
「うん…由羅さんはうちが経営するお店でバイトとして働いていて…本当に、優しくしてくれる先輩だよ」
正直に話しても、ひまりはいまだ納得がいっていない様子だった。
手綱代わりに掴まれていた手は、ひまりが離したことによって反対側も解放される。
「これからあたしもここで食べるから」
「はあ?」
今日一番不機嫌な様子で、由羅が低い声を発する。
わけが分からないと言った様子で、妹であるひまりを睨みつけていた。
「いいでしょ?シマ」
由羅のことも、ひまりのことも、どちらも大好きだからこそ、どうすれば良いのか分からない。
本来であれば大切な友人2人を交えて食事をするのは楽しいことだろうに、関係性からして気まずい空気間に包まれるのは目に見えていた。
無言を、ひまりは肯定だと受け取ったらしい。
晴那の左隣に腰を降ろして、そのままお昼ご飯を食べ始めてしまった。
言い争いをしていたせいで残された休み時間は僅かで、晴那も持っていた菓子パンを口に含む。
シンと静まり返った空間で、こんなに味のしないお昼ご飯は久しぶりだった。
ちっとも分からない英語の授業をながら見しながら、晴那はあの2人のことを考えていた。
結局あれから会話が生まれることはなく、そのまま分かれて午後の授業に突入してしまったのだ。
どうして、ひまりと由羅はあんなにも仲が悪いのだろう。
互いが互いを嫌い合い、まるで憎しみ合っているようだった。
それに、なぜいきなり3人でご飯を食べると言い出したのか、ひまりの思考もちっとも分からない。
由羅と仲良くなりたくて、歩み寄っているようには見えなかった。
親しくしたい相手に、あんなにも冷たい瞳は向けないだろう。
板挟みのような状況が苦しくて、思わずため息を吐きたくなってしまう。
「じゃあ、隣の席の人と読み合わせして」
慌てて、閉じていた教科書を開く。
隣の席は男子生徒で、確か名前は吉野と言っただろうか。
多く会話をしたことはないが、どちらかというと親しみやすい雰囲気をした少年だった。
「ごめん、何ページ見ればいいの?」
授業を聞いていなかった晴那に対しても、親切にページ数を教えてくれる。
英語の長文をピリオドごとに区切って読み合うのだが、勉強が苦手は晴那はちんぷんかんぷんだった。
それとなく発音を濁しながら、何食わぬ顔で英文を読むのはもはや慣れっこになってきている。
読み合わせは制限時間よりも5分ほど早く終わってしまい、暇を持て余した晴那は気になったことを吉野に訪ねていた。
「吉野って兄弟いる?」
「妹が一人、なんで?」
「私一人っ子だから、どれくらい仲良いものなのかなって」
「うちは割と仲良いよ。歳離れてるせいか、保育園も毎朝オレが送って行ってる」
どうやら彼は、兄としてきちんと妹の世話に貢献しているらしい。妹から「お兄ちゃん」と呼ばれ、慕われる姿が容易に想像できた。
やはり兄弟によって仲はそれぞれなのだろう。とくに、離婚をして別々に暮らしていれば尚更複雑なのかもしれない。
部外者の晴那が口出せることではないと分かっているが、それでも2人の関係性が気になって仕方なかった。
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